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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第119話『未来に至る話』

 超えるべき壁。

 挑戦こそが己の在り方。

 健輔のスタイルに陰りはなく、自らの正しさを疑ったことはない。

 外に向かうものはともかくとして、自分の在り方に疑問があるようでは強敵たちとの戦いに失礼であろう。

 真剣にそう思っているし、今までもこれからも変わらない気持ちである。

 しかし、物事には何事も例外が存在していた。

 勝つこと、乗り越えることよりもたった1人だけ、戦っているだけで満足してしまう魔導師がいる。

 一進一退の戦いは健輔の中に遊びがある証拠でもあった。

 他の誰よりも健輔自身が痛感している。


「まあ、なんだ。だから、これはケジメだと思うんだよ」

「一体、何を……言っているんですかっ!」


 本気で戦えば、本当は勝つことは出来た。

 心の中でそのように言い訳をしていない、と健輔でも断言することが出来ない。

 だからこそ、この日、この時に決着を付ける。

 決めた以上はどれほど未練があっても完遂するのだ。


「本気でやろうか、九条優香。――不甲斐ないようならば、ここでお前の心を折る」

「ぁ……え――」


 気が抜けたような、現実が信じられないような顔。

 彼女にそんな顔をさせたことに僅かに心が痛むが、表情は微塵も動かさない。

 ここから先のため、何よりも優香のためにも誰かがやらねばならないならば、自分がやると心に決めていた。

 桜香でも、真由美でも、葵でもいけないのだ。

 たった1人、優香が心の中で格下だと思っている男でなければならない。


「宣戦布告だ。真由美さんを超えた。だったら、次は去年の清算はきちんとすべきだろう?」

「ど、どうして!? そんな、さっきまではっ」

「どうしても、こうしてもないさ。戦いたいから、戦う。俺はそういう奴だろう? 誰よりも、近くで見てきたじゃないか」


 真由美からの卒業を以って去年の己に一区切りを付けた。

 ここから先に進むために、健輔はもう1つハッキリさせるべきことがある。

 九条優香は、本当にこの程度の強さなのか、ということを解き明かさないといけないのだ。

 あの桜香と血の繋がりがあり、本人も才気に溢れて努力も欠かさない。

 血縁が天才だから縁者も天才とは限らないが、あまりにも類似する能力の多さは無視できない要因であろう。

 優香の精神的な脆さを知っている健輔にとっては、決して見逃すことが出来ない違和感がそこにある。


「何を考えているのかは、知らないし興味もない。ただな――」


 美しい姿に焦がれた。

 上を飛びたいと願った。

 原初の想いはもう1つ、彼の胸に宿っている。

 真由美から旅立ったのだから、この想いにも1つの答えを出すべきだ。

 いつまでも見上げているだけでは、隣にいるとは胸を張って言えはしない。


「――俺を舐めるなよ。お前の全力程度、超えられずに何処にいける」

「……健輔さん、あなたは」


 心中になど興味はない。

 わかっているのは、何やらこの友人は健輔のことを慮っていることだ。

 彼女の努力も成長も、決して嘘ではない。

 困難に挫けたことも、真実であろう。

 しかし、本当はもっと先にもいけたはずなのだ。

 少しずつ少しずつ、健輔の前を誘導するように進んでいた。

 ここまで成長できたからこそ、この相棒の実力に疑問が膨れ上がる。


「男に気など使うなよ。全霊で、全力だ。どうか、応えて欲しい」

「……仰ることは、本当にわかりません。ですが……」


 無意識でも枷を嵌めるのに桜香の存在は関係あるはずだ。

 圧倒的な才能で孤立を深めて、距離が離れていく姉を見て、幼い妹が思ったことは何なのか。

 ぼんやりとしていたが、答えは胸の中にあった。

 仮に意識していなくても、最も身近な怪物に優香の瞳は囚われている。

 健輔もまた自覚せずに真由美に寄り掛かっていたからこそわかるのだ。

 先だって最大の依存を乗り越えたからこそ、見えてくるものがあった。

 今こそ九条優香も解き放つ時だろう。


「お受けします。全力で、全霊で」

「おう、サンキュー」


 返礼はシンプルに。

 合宿最後の模擬戦の前日の朝。

 クォークオブフェイトの今後を左右する戦いは約束された。

 お互いに自分の全てをぶつけ合う。

 これからと、今までのために。

 素直な刃を向け合うのだ。

 これは少しだけ先の話、必ずやってくる激突の話であった。






 いつか来る争いより遡ること2週間弱、真由美を乗り越えた次の日。

 何処か気の抜けた表情を晒す男を容赦のない蹴りが襲う。

 微睡んでいるところへの容赦のない攻撃は誰がやってきたのかを簡単に教えてくれる。


「ぐへ!?」

「何をアホ面晒してるのよ。合宿はまだまだ続くのよ。しっかりと理解してる?」

「相変わらずお前は容赦ないな……。健輔、大丈夫か?」

「す、すいません、葵さん、和哉さん」


 葵からの理不尽に抗議の声を上げないのは腑抜けている自覚があるからだ。

 ロビーのソファで焦点の合わない瞳を見せれなツッコミも入れられるだろう。

 葵の思考回路程度、見抜けるだけの時間は過ごしている。


「いててっ」

「当たり前じゃない、痛くなるようにしたもの」

「……俺はドン引きだよ、藤田。後輩にまず鉄拳を振るう女とか、嫁にいけなくなるぞ」

「この程度で挫ける男とか、こっちから願い下げよ。ていうか、あなたも殴られたいのかしら? 喧嘩を売ってるなら買うタイプよ」

「ああ、うん。知ってる」


 少しだけ機嫌が悪そうな葵に和哉は肩を竦める。

 処置なし、という視線に健輔は苦笑するしかない。

 昨日の決闘。

 真由美との戦いに葵なりに思うところがあるのだろう。

 複雑な模様を描く思いに葵も苦悩している。


「何よ、2人してニヤニヤして。もしかして、厭らしいことでも考えてるの?」

「どうしてそうなる」

「そもそもこの状況で何を想像するんですか……」

「何よ。私って、結構美人だと思うんだけど。そんな美女が薄着なのよ。何か思うのが男子高校生というものでしょう」


 理不尽な暴力よりも自らを美女、と言い切る自信の方に感心してしまう。

 実家に帰ったような安心感とでも言えばいいのだろうか。

 殴り殴られてを繰り返してきただけの意味はあった。


「……ちょっと、想定した反応と違うんですけど」


 胸を強調するようなポーズは自信があるのだろう。

 実際、何も知らなければ葵は健康的な美人である。

 しかし、詳細を知る健輔と和哉にとっては肉食獣が獲物を狙っているようにしか見えない。

 ときめいたり、劣情を催すには距離が近すぎた。

 誰だって一撃で命を刈り取りかねない女傑と無防備で対峙したいとは思わないだろう。


「すいません、その……無理っす」

「ああ、とても申し訳ないが俺たちにそのオーダーはかなり厳しい」


 男2人は真顔で宣言する。

 そして、当然のように葵に笑顔が浮かぶ。

 何も知らなければただの微笑み。

 知っている者には死刑宣告。

 次に何がくるのかを理解している2人の行動はとても素早かった。

 まったく同じ速度で素早く大地に無言で頭を降ろす。


「……何、踏んで欲しい訳?」

 

 只管に無言を貫き最終手段たる土下座で耐え忍ぶ。

 理不尽極まりないことだが、葵の女としての誇りを傷つけたのだ。

 いくら事実でもオブラートに包むことは必要となる。

 そのためには葵に興奮するしかないのだが、戦闘中ならば可能でも流石の健輔も日常では厳しかった。

 和哉に至ってはいろんな意味で悟っているため、絶対に不可能である。

 彼の中で葵は良い友人だが、そういう関係になることだけあり得なかった。

 既に種族的なカテゴリが異なっている。


「なんか、こう、あれね。……対処方法を心得られているのも、少し腹が立つわ」


 顔は見えないが引き攣っているのは確定である。

 和哉と健輔。

 2人の男は言葉が無くても空気のみで通じ合う。

 妙に完璧な連携は葵に変な怒りを抱かせるのだった。

 合宿もいよいよ本格化し始めてきた日の些細な出来事。

 いつもと変わらないクォークオブフェイトの姿があった。

 健輔にとって変革が起こっても世界は恙なく回る。

 今日も昨日と変わらない世界大会に向けて1日が始まるのだった。






「くぅ!?」


 白い魔力が彼女の傍を駆け抜ける。

 攻撃は単純な砲撃。

 見た目に珍しいところはなく、威力自体も特に見るべき部分は存在しない。

 無論、脅威ではないということではないのだが、相手の実力からすると想定内の攻撃ではあった。

 彼女よりも格上のランカーで、何より敬愛する存在を打破した男。

 レオナ・ブックにとっては非常に複雑な感情を抱かせる魔導師について警戒していないはずがないのだ。

 実力に想定外は存在しない。

 ならば、得も知れないこの威圧感は何だと言うのだろうか。


「まるで……ランカーのいいえ、上位ランカーのようになっている?」


 疑問を口にすることで解答を得る。

 何と言う事はない。

 今までは実力に対して薄かった、という語弊はあるだろうが、とにかくオーラが足りなかった。

 上位にいる魔導師が持って然るべき威圧感が皆無だったのだ。

 挑戦者であり、かつ未熟者である。

 健輔が己をそう思っている以上、内から滲み出る迫力は存在しなかった。

 しかし、彼は真由美との決別を以って、前に進み出している。

 失ったものは大きく、確かな寂寥感を彼に齎したが、マイナスばかりではない。

 弱者だと思っていた時には持ち得なかったモノ、格に相応しい凄みを健輔は手に入れていた。


「一皮、向けたのね。切っ掛けは、言うまでもないか」


 レオナも真由美との対戦は知っている。

 恩師との、尊敬するべき相手からの卒業。

 言葉にすればこの程度だが、精神的な発達は言うまでもなく魔導に影響を与える。

 確かな自負と己の強さへの信仰。

 2つが揃うことで魔力の質が上がったのだ。

 1人で立ち上がり、その上で誰かと歩む。

 立派なランカーとして、佐藤健輔は新生した。


「いつもよりも、静かなのも己が強者だと自覚したからですか」


 真由美よりも強くなった自分が弱者を自負することなどあり得ない。

 彼を育てたのは真由美で、彼女が健輔は強いと言った。

 この前提を彼が認めないと、真由美が間違っていたことになる。

 何より、健輔は真由美に勝利した。

 全てを上回った訳ではなくとも、1つの結果として勝利は手に入れたのだ。

 迂闊に自らが弱いと言えば、翻って真由美が弱いことになってしまう。

 自己への評価などどうでもいいが、それだけは認められない。


「ああ、それなりに心境の変化があったからな!」

「なるほど、無事のご卒業おめでとうございます――!」


 健輔の心の動きがレオナにはよくわかった。

 彼女が女神の名を必死に背負うのも、大体が同じ理由である。

 ある意味で同じ道を進む同類。

 1人で立てるのに誰かを支えとするレオナと、1人で立ちたいが誰かの支えがいる健輔は近くて遠い存在だった。


「羨ましい、ですね!」

「あん?」

 

 手に光の剣を生み出す。

 得意ではない近接戦闘。

 いきなり接近してきたレオナに健輔は怪訝な表情を浮かべた。


「羨ましい、と言ったのですよ!」

「お、おう。……何が?」


 いきなり過ぎる発言に健輔も要領を掴めない。

 レオナが大きな声で叫ぶタイプに見えないのも大きいだろう。

 健輔にとって光の女神は常にフィーネの影にいる存在だった。

 強いには強いのだが、我が薄い。

 そのこと自体に思うところはないが、あまり楽しい相手ではなかった。

 彼が知っているレオナはそういう魔導師だったのだ。


「こちらの事情ですよ。ええ、私が不甲斐ないだけです!!」

「いや、その……会話をしません?」


 思わず丁寧な言葉使いになってしまうが、健輔を置いてけぼりにしてレオナのテンションが上がっていく。

 もしかしたら傍から見た自分もこれと同類なのだろうか。

 少しだけ健輔は振り返ってみる。


「少し、あれだな。……自重した方がいいかも」

「はああああああああああッ!」

 

 感情をぶつけるかのような無茶苦茶な機動と格闘戦。

 何が切っ掛けなのかはさっぱりとわからないが、レオナが怒っていることだけはわかった。

 内部へ、自身へ向いている怒りは健輔にも覚えがある。


「まぁ、これが魔導の醍醐味かな」

「うわぁあああああああああああああああああッ!」


 叫びと我武者羅な攻撃はハッキリと言って無様である。

 泣き喚くかのような無軌道さに呆れもした。

 練習とはいえ、付き合う義理はないだろう。

 早く倒して他の者と戦えばいいのだ。

 戦う相手には事欠かない。


「――はっ、いいね! じゃあ、俺も真面目にいくぞ!」

『術式展開『回帰・万華鏡』』


 常識的な判断を蹴り飛ばして、健輔はレオナの我武者羅に応える。

 色が定まらない魔力を纏い、見せるのは加減がないということ。

 言葉は得意ではないがこちらは得意なのだ。

 存分に語り合ってみせよう。

 どこか魔導に君臨した王者と似た姿勢で健輔は挑戦者と向き合う。

 強者としての第1歩。

 弱き者の意地を受け取ることで、己を更に輝かせる誇りの王道。

 真由美以外の魔導師もまた、彼の中で息づいている。

 1人の魔導師として自立した健輔の背中から他の誰かが惹きつけられていく。

 そして、彼の歩んだ道に何かを見出すのだろう。

 健輔も組み込まれた円環、魔導に還っていく在り方。

 レオナ・ブックとの戦いはその始まりとなるのだった。

 


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