第11話『1年対2年』
試合開始と同時に閃光が戦場を駆け抜ける。
魔導砲撃――戦場の華たる砲火が両陣営から放たれた。
新入生を支えるのは、憤怒で胸を焦がす1人の少女。
「今度こそ、私が落としてやるッ!」
屈辱で怒りに支配されていても、いや、だからこそ朔夜の動きは完璧だった。
地道な反復学習が窺える動きが教科書通りの支援を可能にする。
砲台として、真由美のような規格外さはないが堅実さに関しては十分なものを見せていた。
2色の魔力光が前衛陣を支援する。
気にいらない魔導師であっても、己の役割はきちんと果たす。
教室での醜態から朔夜の評価を下げていたササラだったが、この姿勢は素直に評価できた。
前衛のことまで考えた砲撃は彼女から見ても見事なものである。
「見事な支援ですね。相手があの方じゃなければ十分な錬度でしょうに。世界の壁は高く険しいですね」
ササラから見ても立派としか言いようがない砲撃精度。
1年生にしては破格の能力だが、破格だからこそ敵――健輔には絶対に届かないと理解出来てしまうのだ。
彼が見続けた砲撃魔導師は近藤真由美であり――他にも赤木香奈子やハンナ・キャンベルと綺羅星の如き魔導師が名を連ねていた。
朔夜は教科書通りに優秀だったが、それ以上の存在ではないのだ。
新技術の恩恵も今はまだ早く強くなれる、と言う程度のものでしかなかった。
「能力は十分。やる気もある。だからこそ、次のステージへ。先輩たちの考えはそんなところですか?」
「――そうですね。流石、フィーネさんの推薦、と言ってもよろしいですか?」
ササラは胸の中の考察を誰かに語りかける。
虚空から返ってくる反応。
転送を用いた進攻、予想していた通りの行動に先輩たちの本気を垣間見た。
ササラは驚愕を押し殺して、静かに言葉を返す。
「構いません。私もあの人にはとても感謝していますから。……挫折、という貴重な体験をさせていただきました」
「……そうですか。では、ここから起こることも予想出来ますね?」
「はい。お相手願います。『夢幻の蒼』九条優香様」
ササラが名前を呼ぶと、優香の姿が空から現れる。
手に持つ双剣と蒼い魔力が空を総べる乙女として彼女に加護を与えていた。
ササラは自身の魔導機たる手甲型のカスタム機に魔力を注ぎ込む。
既に彼女の魔導機も専用機が作成中だが、今はまだ手に装備された相棒が最高の物だった。
格闘スタイルのバックス。
あらゆる意味で常識に当て嵌まらない少女は、世界最強の姉を持つ魔導師に毅然と宣戦を布告する。
「あなたの強さは存じています。――その上で、私の力を示す。これは、絶対に譲らない」
「受けて立ちましょう。元々、あなたの全力を受け止めるのが私の役目です。望むところ、とお返ししましょう」
「はい、胸を貸していただきます!」
滾る魔力は2色。
紫色の輝きと淡い白が合わさった2重光。
ササラが構えると同時に戦意が空を奔る。
優香も静かに後輩の瞳を見返す。
両者のどちらもが才を持ち、研鑽に積む努力型の天才。
そして、確かな能力を持ちながらもそれ以上の輝きに押し潰されそうになった同類でもある。
「雪風、牽制はいりません」
『了解しました。魔力を全体に展開します』
「いざ――ッ! 先輩の力、見せていただきます!」
圧倒的な量の魔力が優香の周囲を覆う。
出力という面で現在のクォークオブフェイトの頂点に立つ彼女は単純な力押しでも十分にランカークラスに数えられる。
双剣という攻撃に偏ったスタイルも合わさり、彼女の連撃は嵐のごとく敵を蹴散らす。
「はあああああッ!」
「させない!」
右と左、おまけとばかりに放たれる魔力刃。
振りかざす剣の軌跡は変幻自在に色を変えて、ササラのライフを削らんとやってくる。
攻撃の全てが実態を持っているが、迸る魔力と合わさって幻のようにも見えた。
「これが、『夢幻の蒼』……! 流石、としか言えないですね!」
迫る刃を勘だけで迎え撃つ。
本職がバックスでありながら前衛としての戦闘までも熟す。
ササラの才能を象徴するようば出来事だが、彼女にそれを誇らしいと思うような気持ちはない。
「本物のランカー、それも世界で2番目の!」
1つの刃を止めてところでもう1つの軌跡がササラを狙う。
彼女に2つを同時に対処するような能力はなく、直撃する斬撃で徐々に彼女のライフは削られる。
一撃を許せば次々と決壊していくことは避けられない。
続けざまに放たれる攻撃にササラの顔から余裕が消えていく。
「っぅ……!」
「逃がしませんッ!」
かつてのルールでならば既に終わっていてもおかしくはないのだが、幸か不幸か彼女は未だに健在だった。
新ルールの良い面の影響を受けた故の幸運だったのだが、ササラにそのことを喜ぶような余裕はない。
運も実力内ではあるが、敵の猛攻に押されているのに疑う部分はないのだ。
「っ……!? く、クソ!!」
新ルールでのライフ周りのレギュレーション変更。
今までは全員が一律同じだったのだが、魔力放出による肉体的な頑強度の上昇も考慮されるようになっていた。
特に身体系による全般的な身体能力の向上もライフ設定に組み込まれるようになった意味は大きいだろう。
ササラは身体系ではないが、ライフが一律ではなくなったおかげで攻撃を受けるという選択肢が生まれた。
優香と紛いなりにも戦えている理由がそこにはある。
防戦一方という状況にさえ目を瞑れば、という有様ではあるが戦えてはいるのだ。
「……でも、このままでは!」
実力差を考えれば奇跡といっても過言ではない。
確かにそれは間違いないのだが、戦えているだけでは勝利など夢としか言いようがなかった。
優香は通常攻撃を普通に繰り出しているだけなのだ。
それがササラには既に必殺に等しい。
あまりにも大きな地力の差がここではどうにもならない要素となってしまっている。
絶対絶命の状況、遥かなる高みと叩き付けられる攻撃の重みを前にして――ササラは嬉しそうに笑った。
「本物とは、魔導師とは……ここまでいけるの! ならば――!」
「……なるほど、あなたは健輔さんと同じタイプなのですね」
嬉しそうに叫ぶ後輩を先輩は冷静に見つめる。
九条優香は優しい気性の持ち主だが、戦闘において手を抜くことなどあり得ない。
真面目、実直、そういった形容詞が本当によく似合う大和撫子は溢れる才能に何も思うことなくただ己が性能を発揮する。
相手がなんであろうが、彼女は最適な戦闘理論で敵を蹂躙するのだ。
「――雪風。あのタイプは危険です。警戒を厳に」
『敵の脅威度を修正。魔力量を上昇させます』
雪風の言葉と同時に制御されていた魔力が噴き出し始める。
魔力は魔導にとっての根幹。
これが全てを決定する要素である以上、単純な出力で他を圧倒する優香の強さは言うまでもないだろう。
しかし、それだけで全ては決する訳でもないのが魔導の奥深さでもある。
暮稲ササラは九条優香に比べれば才に劣り、実力については言うまでもない。
戦闘もこなせるが適性技能がバックスである彼女が本職の前衛である優香と戦うのは無茶にすぎることである。
誰が見てもこの光景は順当なものだと判断するだろう。
戦っている本人もそのことは理解出来ているのだ。
それでも、彼女も易々と諦めるつもりはない。
「――このまま、終わるつもりはありませんッ! もっと、私は戦いたいっ!」
常識ではこの状況は正しい。
では、諦めて運命を受け入れろとでも言うのか。
ササラは挫折したことのある天才だが、負け犬ではないのだ。
今でも負けることは好きではない。
「セット――『ライトニング』!」
『発動』
少女は持ち得る全てをここで使い、優香と言う名の暴虐に抗おうとしていた。
手に宿るのは紫電の輝き。
優香もよく知る力が牙を剥く。
「この魔力は……変換系! やはり、フィーネさんの推薦ということは、そういうことですかッ!」
ササラの身体を電光が走り、拳に稲妻が宿る。
魔力を変換することで別の事象に転換する――昨年度から運用が始まり、今年度が正式な選択系統となった新しい魔導。
変換系の脅威――朝に遭遇したばかりの自然の暴威が再び眼前に舞い降りる。
「てりゃあああッ!」
「これは……風もですか! 規模は小さいですが、まさか……!」
優香は剣でササラの拳を迎撃する。
ぶつかる剣と拳。
弾かれたのは意外にも、と言うべきだろうか。
パワーで優るはずの優香がササラの攻撃に身体を泳がせる。
「拳から、熱……! やはりっ」
「セット――『フレイム』!」
拳から伝わる熱さに優香の表情が変わる。
ころころと入れ替わる属性。
変換系の使い手の中でそんなことを出来るのは、優香が知る限りでは1人だけしかいない。
バックスと聞いていた後輩の思いもよらない特技に優香も驚いていた。
「なるほど、フィーネさんの推薦だけはあります!」
「退屈はさせません! 先輩も、手を抜いて勝てるとは思わないでください!」
後輩の啖呵に優香は笑みを浮かべた。
この気性ならばチームでやっていくのは難しくない。
「私と戦える、それだけで満点を上げたいところですが……」
これが朔夜の時のように採用試験ならば満点だったが、今やっているのは総合的な実力を見るための練習である。
1人での実力は十分に理解出来た。
ここからどのように動くのか。
それこそがこの戦いの本題だった。
「――――本気で行きます。付いて来れますか!」
「――――望むところです!」
優香の身体を虹色の魔力が覆う。
後輩の見事な功夫に優香の心に火が付いた。
健輔の影響を受けた乙女は彼の趣向と似通ったものを発症している。
見たことがないタイプとの戦いに胸を躍らせながら、彼女は固有能力を発現させて正面から再度の攻勢を仕掛けるのだった。
その戦いは優香とササラの決戦に比べれば地味と言うべきだろう。
栞里を前衛として嘉人が支援する。
オーソドックスな1年生の連携を2年生の圭吾が受けて立つ。
やっていることはそれだけであり、健輔対朔夜のようなド派手さもない。
果敢に攻撃を仕掛ける1年生たち、徐々にラインを下げているのは上級生側であることも地味さに拍車をかけている。
「いやいや、こんな順調にいくとか、マジかよ?」
嘉人は自問自答してみるが答えはない。
現実的に彼が援護した栞里は圭吾との近接戦闘を行っている。
彼が幻術にでも掛かっているのならばともかくとして、目に映る光景は彼らが有利であることを確かに示していた。
栞里の全身が凶器となる戦闘スタイルは冷静な時でもそれなりの効果を発揮している。
嘉人の遠距離干渉も相手の防御を引き下げるのに役に立っており、全ては彼が意図した通りに進んでいた。
しかし、だからこそ恐怖が胸中を満たす。
――こんな風に上手くいくなんてあり得ない。
「クソっ、俺は小心者だな。もっと、自分を信じろよっ」
唇を噛み締めながら、己の悲観的な性根を愚痴る。
常に最悪を考えて行動するのが彼の戦い方の基本だったが、それがここでは足を引っ張っていた。
臆病者である故に如何なる時でも油断しないという強みを得ているが、変わりと言わんばかりに果断さが失われているのだ。
圭吾を追い詰めているのに決定的な瞬間へと踏み出せない。
「――ああ、もう! 自分が嫌になるな」
栞里に攻めてくれ、と言えば彼女は指示に従ってくれるだろう。
親友が勝利のため、明らかに相性が悪い相手でも援護していたのだ。
穏やかな雰囲気を見せているが、あの試験の時に見せたようにそれだけではないのが彼女の特徴である。
今もなんだかんで嘉人の指示にきちんと従ってくれていた。
「川田、だったよな。すまん、次で仕掛けるぞ!」
『了解。そ、その、そんなに緊張しなくていいよ? 大丈夫、きちんと相手の行動は読めてるから。簡単には負けないよ』
「……おう、サンキューな!」
気遣いに礼を述べて、嘉人は圭吾を睨みつける。
「こんな簡単? 嘘だろうさ。臆病だからな、わかるんだよ」
わざと後ろに押されているであろう先輩に毒づきながら次の機会を待つ。
今度こそ相手を仕留めるに、彼は息を潜めるのであった。
拙速も巧遅も使いこなせなければ意味がない。
嘉人はそう信じて、今は機会を窺うことを選択した。
奇妙なまでの硬直状態、嘉人が描いた図面は正確に動き始めている。
そして――、
「なるほどね。健輔が選んだのは伊達じゃないか。きちんとこっちの意図を汲んでるよ」
その事はしっかりと敵対者たる圭吾にも伝わっていた。
チームの頭脳と会話をしながら、圭吾は後輩たちの査定を進める。
『動きはそのまま、でも積極性が僅かになくなってる。こっちの動きを誘発しようとしているわね』
「僕の行動が欲しいんだと思うよ。まあ、攻撃型じゃないから、別に間違ってはいないね」
圭吾が最も隙を晒すのは攻撃のタイミング――嘉人がそのように判断したことを圭吾は瞬時に読み取った。
似たような思考回路をしているからこそ狙いも容易く読み取れる。
仮に圭吾が自分のような魔導師のデータを知っていたら似たような作戦を考えるだろう。
実行するのかどうかは別として、攻撃型の魔導師ではない彼が攻撃時に隙を見せるのは相対的なものであろうと事実ではあるのだ。
「……若いねぇ。こういうと年寄りみたいだけど、1年がここまで大きいとは中学時代は思わなかったよ」
『同感ね。私も2年前とは肝の太さが違うと思うわ。ふふ、お互いに影響は強い感じかしら?』
「美咲ちゃんはまだ1年だろう? 僕はもう手遅れさ。健輔の無茶、というかあの好きな事に対する行動力は昔からだからね。……少しは嫉妬したこともあるさ」
圭吾も人の子である。
活躍し、どこまでも上昇する親友に思うところはあった。
「――まあ、それ以上に友人として醜態は晒せないという想いの方が強いけどね」
『関係は対等。確かに置いていかれることもあるでしょうけど、それは努力をさぼる口実にはならないものね』
「そういうこと。そういう意味では後輩たちはよくやっていると思うよ。ある一点を除いてね」
似たような後輩――もしかしたらあり得たかもしれない者のために戦いを通じて刻まねばならないことがあった。
「僕に対する警戒が甘いのは、まあ構わないさ。けどね――」
圭吾の瞳が僅かに危険な色を帯びる。
今までは防衛のための結界だった糸たちが主の戦意に呼応して活性化していく。
佐藤健輔と九条優香が僅かな期間でも進歩しているように高島圭吾も前に進んでいるのだ。
読み間違ってはいない。
いないからこそ、読んでいてもどうにもならないことを教えねばならないのだ。
「――それで、安心していたらダメだろう? 1番危険なことを教えてあげようか。それは、誤認することだ」
特に問題が解決した訳ではないのに、警戒したからと安心してはいけないだろう。
圭吾という脅威はまだ前にあるのだ。
完全に排除に成功する瞬間までは、参謀たる者は考えることをやめてはならない。
「何より、あの子はやってはいけないことをしているからね」
『スパルタな先生ですこと。自信を無くすまではいかせないでよ?』
「善処はするさ。そっちもあの男の子にはある程度は加減するんだよ? 彼が1番、慣れていないみたいだからね」
『了解。落とされたら笑うからね』
美咲からの脅迫めいた激励に圭吾は表情を崩す。
これから前に出ようとする者に対する言い方ではないだろう。
しかし、圭吾も美咲とはそこそこの付き合いなのだ。
遠回しだが、彼女なりの激励なのはわかっていた。
「怖いなぁ……。まあ、ボチボチとやるさ」
健輔の親友が動き出す。
世界大会の後に遊んでいた訳ではないのだということを、彼は後輩たちに知らしめるべくかつてとは大きく異なるレベルの技を披露する。
「さあ、いくよリミットスキル――」
それは空間を生み出す創造系の最高の技。
高島圭吾の世界が今、衆目に晒されるのだった。