第117話『王者たちの系譜』
現役世代が活発に動く影で、投入された劇薬たちも世の流れに降り立つ。
彼らこそがウィザード。
いろいろな意味で魔導界に嵐を巻き起こした者たちである。
かつてランカーとして魔導を牽引した才能たち、10年以上の時を超えて彼らが戦いの舞台に舞い戻って来た。
「ぐっ!!」
1人の女性が1人の男性に追い掛けられる。
目まぐるしく入れ替わる攻防。
双方が共にレベルの高い魔導師だと簡単にわかる光景。
間違いなくランカーレベルの戦いが繰り広げられていた。
片方は2丁拳銃。
片方は構えすらもない素手。
決死の表情の女性を男は静かに観察しながら追い詰める。
「――おいおい、真面目にやれよ」
「やってますよ!」
「はあ? 正気か。これが攻撃、とか言うのはやめろよ。白けるからな」
「いちいち、言い方が癪に障るおっさんですね!!」
「クソガキに何を言われたところで気にもならんな」
吐き捨てる言葉は尊大。
態度は不敵で、好感を持てる要素は少ない。
それでも彼は偉大なる称号を最初に冠した至高の王者。
『皇帝』――魔導の頂点に立つ王者を示す記号。
現在は空位となっているこの称号を最初に生み出した男、その名は『魔導大帝』アンドレイ・カルヴァ―ト。
歴代ランカーを含めたランクを創るとしたら、間違いなく1位として名が上がるであろう不滅の王者である。
「チィ!」
アンドレイの眼前で敵が武装を切り替える。
リボルバー式だった魔導機を収めると取り出すのは背中に背負っていた3つの魔導機。
ライフル型のそれを構える未熟者にこれ見よがしに溜息を吐いた。
魔導機の複数所有という非常に珍しいスタイルは見応えがあるが、これでは曲芸にしかならない。
「アホが」
無造作に踏み込み、蹴りを放つ。
一切の躊躇のない行動は、何もかも違うのにある部分だけ『皇帝』たる者と共通していた。
他者への接し方が全く異なるが彼らの共通点。
自らが最高で最強と信じている。
根本にある強さだけは疑いようもなく彼らは王者であった。
事実、彼らは最強の帝王だった。
自信と確信で彩られた精神はクリストファーと同じく揺るがぬ柱を備えている。
「ふん、詰まらん奴め。まあ、恐ろしい程に小粒だが見るには耐える程度ではある。褒めえてはやろう。喜べ」
「うっさいッ!」
眼下の動きを酷評する。
彼が正しく評価する、ということは認めがたくとも認めてしまう領域。
つまりは強者であるということになる。。
どれほど優れていようが、弱者では視界に入らない。
強さゆえの傲慢。
強者ゆえの無慈悲なまでの暴力。
端的に彼の在り方は暴君である。
己の在り方で魔導を牽引したクリストファーとは相いれないスタンスであろう。
しかし、彼もまた王者なのだ。
圧倒的な強さと傲慢に相応しい振る舞いに憧れるものもまた多かった。
クリストファーがライバルや試練に相応しい相手ならば、アンドレイは遠慮なくぶっ飛ばせる敵として相応しい存在である。
万民に拝させるのはでなく、ひれ伏させるのが彼の在り方であった。
酷く暴力的だが、その屈辱に奮起する者たちもいたのだ。
方向性は違えど、王者の系譜は魔導を発展させる。
「しかし、貴様も小奇麗な戦い方をするな。理解できんよ。敗北から奮起しない弱者に意味などあるのかよ」
吐き捨てる言葉は不機嫌そのものである。
彼からすれば雑魚が泥水を啜っていないことが不快なのだ。
あるべき形として、敗者は――弱者は地に這うべきである。
屈辱からの再起が貴様らの本懐であろう。
アンドレイは本気でそう思っていた。
「な、何がよ!」
「執念が、執着が薄い。下から蹴落とされて、平気とは。負け犬根性が染み付いているな」
「そ、そんなことないわ!」
「言葉など意味はない。お前の手が、足が、瞳が――全てがクソだと物語っている」
昨年度のランカー『ガンナー』を擁するチーム『フォースエクスプローラー』。
決して弱くはないが、特徴もまた皆無である。
ガンナーは弱くないランカーであり、些か特殊な後衛であるが、それでも確かな実績を積んだ魔導師なのだ。
一緒くたに見下されるような惰弱者ではない。
それでも彼は見下ろすのだ。
さあ、奮起するがいいと暴君として甚振りながら楽しんでいる。
「小突くがいいのか。潰すがいいのか。些かに脆くて、加減が困る。おい、簡単には終わるなよ」
「当たり前でしょう! 絶対に、絶対にその顔面に一撃を入れてやるわよ」
「無駄な努力、ご苦労。ああ、暇つぶし程度にはなってくれよ」
既に幾度も直接潰してきたが、この雑魚は中々にメンタルが良い。
酷評しているが、評価しただけアンドレイの中では上位にいる。
評価する必要もないクソに比べれば『ガンナー』はマシであった。
傲慢であるが、彼を否定するには彼を地に落とすしかないだろう。
しかし、かつてただの1度も成し遂げた者の存在しない偉業に挑むことになる。
大帝は強すぎるゆえに王者なのだ。
桜香が規格外の怪物ならば、彼は魔導の怪物。
極点を超えた力はポジションに捉われない。
「リエット。後、有象無象。そろそろ俺も行くぞ。――耐えてみせろ」
天に翳して生み出すのは黄金に包まれた巨大な魔力球。
同じ黄金でも優しさがあるクリストファーとは対照的にアンドレイは少し禍々しい感じがしている。
持ち主の気質が忠実に反映された結果なのだが、攻撃される側すると嬉しくないことであろう。
実際に、『ガンナー』を含めた眼下の者共は慌てている。
「オラァ、いくぞ!」
地上に投げ捨てられた魔力に慌てて魔導師たちは逃げる。
嗜虐的な笑みを浮かべて、アンドレイは物凄い速度で降下を開始した。
空気の抵抗など何とも感じないのか表情には笑みが浮かんでいる。
「リエット、0点だ」
「は、はあ!?」
慌ててライフルから銃型の魔導機に持ち替える美少女の背後に一瞬で降り立り、勢いよく蹴り飛ばす。
「次、早くこいよ。攻めないと、終わるぞ?」
衝動の赴くままに蹂躙する。
コーチという立場を完全に無視した力で生徒たちは踏み潰されていく。
喪失する自信と高すぎる天井に彼らの心は淀んでいた。
何をしても意味を成さないし、努力の成果をあっさり超えられてしまう。
この大帝はあまりにも理不尽なのだ。
「こいつらはこの程度だが、さて、トップクラスとやらは本当にやれるのかね」
彼がロックオンしているのは当然ながら現役最強の魔導師である。
どれほど後発が強かろうが彼の知ったことではないが、最強は自らだと自負があった。
如何なる形で参加するにせよ、譲らないし、負けるはずがない。
「直近での交流会。そこで見えるものもあるか」
自らこそが主役だという振る舞いは変わらない。
真由美たちとは異なる持論は激突を経て変化するのか。
それはまだ誰にもわからないのであった。
望月健二は最高峰の近接魔導師である。
橘立夏は総合力において天祥学園でも5指に入る魔導師である。
宮島宗則は想像という分野において皇帝に次ぐ逸材である。
ランカーとして、コーチとして最上位を見れば確かに劣るところがある彼らだがあくまでも最高ではないだけであり、上位であることに異論などない。
彼らに率いられる3チームの新人たちもそう思っているし、普段は悪態を吐く彼――大城正影も健二の技量は信頼していた。
武雄からほとんど押し付けられた形だがそれなりに愛着も湧いているチーム『賢者連合』の1年生リーダー。
才覚に自信がある彼だからこそ、3人を評価していたしこの面倒な合宿にも価値を見出していたのだ。
――己の認識がこれほどまでに狭いと知らない内はそれでよかった。
「マジか……」
力のない声は驚愕を通り越して色が消えている。
信じられない。
いや、正確には信じたくない、であろう。
彼ら3人のコーチに3チームの総力を結集して、欠片も相手に届かない。
力で粉砕されるなら、まだ理解はした。
しかし、この相手は違う。
手に持った武器は長槍。
身の丈を大きく超える武器を手足のように操り、驚異的な技量で全ての魔導を切り伏せる。
何も特別なことはしていない。
誰でも出来ること、たったそれだけの技で彼女は全てを退ける。
「あれが、『制覇の女帝』クラリス・アンバーなのか……」
常には生意気な声が気弱に聞こえる。
立夏の剣を全て体捌きだけ潜り抜け、宗則の風を一振りで蹴散らし、健二の刀をいとも容易く弾き飛ばす。
魔導大帝、そしてクリストファーを含めた王者の系譜がパワーならば、女帝は技の系譜である。
男の野蛮さを受け流す淑女の技。
最初からそういう方向だった訳ではないが、彼女はある意味でそれを決定付けた存在であった。
歴代でも発現者が皆無のリミットスキルの先に至った最初の傑物。
技量の極点、騎士すらも超えかねない存在はここにいる。
「ふふ、見事な連携です」
「こっちの攻撃を完璧に捌いて言うことですかね」
「結果と、技の出来に関係はありませんよ。私は不出来な身なりに積み上げた者です。時間では、一日の長がありますから」
「時間を重ねただけ、と言うつもりですか」
健二と立夏の連携を涼しい顔で受け流す。
言葉での問答にもクラリスは素直に応じていた。
垣間見える余裕。
ランカーに届くレベルの逸材も彼女の技の前では霞んでしまう。
「ええ、若く才能溢れる方々。あなたたちの努力は間違いなく本物です。もし、それを超えると断言できるものがあるのならば――それは、時間だけでしょう」
「謙遜しますね!」
「事実ですよ」
立夏の剣を見事な技で弾き飛ばし、健二一振りで両断する。
技自体もそうだが1番恐ろしいところは此処に至るまでただの1度もクラリスは魔力を外に漏らしていない。
皇帝や桜香たちとは完全に逆。
凪のように静かな状態は一見すると常人と大差がないように見える。
完全制御。
魔力の流れ、力強さ、規模。
出力を決定つける要因の全てを彼女はコントロールしている。
魔力を総べる者――ゆえに『制覇の女帝』。
そして、1番恐ろしいことはこの状態、近接戦で相手を圧倒する力を見せながらも彼女のポジションが前衛ではないことである。
彼女は後衛。
本来の武器は言うまでもなく、砲撃である。
余技のような近接戦闘で立夏たちを圧倒する様は歴代ランカーでも最上位の名に相応しい威容を備えていた。
「見惚れてしまって、仕事を忘れてしまいそうですが、そろそろ私からもいくつか指導させていただいてもよろしいでしょうか」
「望むところです!」
「受けて立ちましょう」
「女帝よ、その威を僕に教えて欲しい!」
返答は3者3様。
親睦を深めるための戦闘だったが、目的は既に達していると言えた。
コーチたちだけでなく、この場にいる全ての者たちがクラリスの技に目を奪われている。
美しくて強い、女性の魔導師。
これこそが『女帝』である。
「では、お言葉に甘えて」
微笑み、優しく返答する。
雰囲気に変化はないが、次の瞬間にそれまで感じられなかった魔力が少しだけ外に漏れるのを全員が感じた。
「嘘!?」
「橘、下がれ!」
立夏が声を荒げて、健二が勘のみで迎撃に移る。
流石は健二というべきだろうか。
いつの間にか移動していたクラリスの攻撃をしっかりと受け止める。
「あら……大口を叩いたのにこれでは恥ずかしいですね」
「っ、重い」
耐える健二に微笑み、クラリスは優美な唇を少しだけ開く。
この攻撃は指導のためなのだ。
本来の役割を果たす必要がある。
「さて、まずは立夏から。あなたはもう少し魔力を落ち着かせて下さい。パワー寄りではないのに、過剰な出力は無駄になりますよ」
「は、はい!」
次に耐える男に視線を送り、
「健二は少し攻め気に逸ってますね。いけませんよ。技を武器とするならば心は熱くとも、頭は冷静であるべきです」
「しょ、承知!」
そして、最後の1人に同じように視線を送る。
そこでクラリスは少しだけ眉を顰めた。
アドバイスをしようにも既に完成しようとしている者には言うことがない。
仕事の放棄のようになるのは心苦しいが、現状では如何ともし難かった。
「宗則は……う~ん、特に言うことがありませんね。己の求道を貫いて下さい」
「流石だな、女帝! 我が道がよくわかっている」
嫋やかな笑みに柔らかな雰囲気。
手に持つ長槍さえなければ優しい雰囲気のお姉さんだが、変わらぬ雰囲気のままに振るわれる技は常軌を逸している。
宗則の風を断ち切った技などは特に魔力を使うことなく結合を断ち切っているからこその芸当。
アレンも最近は似たようなことをやっているが、それとて成功率は高くない。
100%完全に扱えるのが彼女の怖さである。
アレンよりも1段階上の対魔力技法。
彼も参考にした偉大な先達の通常攻撃であった。
「1年生各位はしっかりと見ておきなさい。自らの道が力か技か、おぼろげでいいので行く道は考えておいてください」
レジェンドの中にも実力差がある。
魔導への貢献と現役時代のランクなどから割り振られているクラスであるが、これが実力を示している訳ではないからだ。
クラリスは間違いなく魔導師の歴史でも10指に入る魔導師である。
大帝などとは時代が違うが、彼らに比する領域にいる1人であった。
真由美やハンナが憧れた姿。
ある意味では健輔にも広がる系譜の元祖とも言える。
鍛え上げた技が時には圧倒的な力を――皇帝を凌駕すると示した数少ない1人。
立夏がなりたくてなれなかった存在である。
「全てのことに意味がある。ただ剣を、物質を創る事に集中しないで。どうして、何故を問い続けてください。答えは中にありますよ」
「……ありがとうございます!」
丁寧な指導だが、攻撃は苛烈。
優しい口調だが、容赦は皆無。
新しい教え子だからこそ、女帝は決して手を抜かない。
暴虐で独尊たる皇帝と対なす系譜は面倒見がよかった。
上層部が期待していた現役とOBの交流をまともにやってくれる数少ない魔導師。
先達が磨き上げた技が新しい世代に託されて広がっていく。
力に反逆する技の系譜が静かに動き出していた。




