第115話『広がる脅威』
『騎士』。
欧州における戦闘系の称号であり、代々引き継がれた名誉ある証。
歴代の勇士たちは残らず魔導の歴史に輝く英傑である。
技で成り立つ強き男たち、彼もまたその1人であった。
「なるほど――!」
秀麗な容姿に憂いげな表情が浮かぶ。
誇りの称号を背負う者――アレン・べレスフォードは納得した様子で敵を見据える。
顔にあるのは異なる技への敬意と負けないという強い意思。
桜香に粉砕されても、否、粉砕されたからこそ彼は更なる修練を課した。
技量における頂点。
少なくとも現役でテクニックという分野で彼に優るものなどいない。
控えめに見えても彼も強者。
振る舞いというものを理解している。
「ふっ!」
「くっ!」
剣をただ振るう。
特殊なことなど何もない。
しかし、それこそが彼の恐ろしさであろう。
魔導師であるのに彼からは魔的なものを、超人的な要素をほとんど感じない。
外部に感知されない領域に達した魔力のコントロール。
緩急を付けた絶妙な剣の扱い。
誰でも出来るからこそ、彼ほど極める者がいない領域の神技。
特殊な力で上に来る者にとっての天敵。
彼には本当の強さを持つ者ではないと対抗できない。
「なんとも……!」
輝ける栄光を前にして、日本からやって来たヒーローは吠える。
銀の輝きを身に纏い、少し派手なユニフォームはある種の特徴を備えていた。
刹那の間で魔力を切り替えて、魔導戦隊――正秀院龍輝は万能系の天敵に立ち向かう。
「よく耐える。いや、この言い方は失礼かな」
「何、気にすることはない。――俺も、驚いている!」
「ほう。ふっ、ならばこの数奇な運命に感謝しておこうか。まさか今大会で1番警戒しているものと同じ属性がいるとは思わなかったよ」
「無名なものでな。よかったら、箔付けを手伝って欲しいところだ!」
剣に対して龍輝の魔導機はハルバード。
間合いでは勝っているが、この戦いは魔導師の戦い。
相手でがいくら魔力を感じさせないとはいえ、この部分を勘違いしてはいけない。
「はああああッ!」
気迫の一閃。
威力は十分、速度も悪くはない。
チーム内でも能力値だけならば随一である。
龍輝もそこまで軟弱ではないと、自らを評価していた。
しかし、現実は常に彼を裏切る。
自信があった昨年度も気付けば現実に蹂躙されていた。
運命からは逃れられない。
「やはり、面白いね」
「なっ――」
いとも容易く攻撃を受け流される。
明確に示される格差。
騎士は強者として、静かに、そして厳かに立つ。
「君の戦いは面白いよ。我ながら恥ずかしいことだが、技量、というものを些か狭義に捉えていたようだ。本当に良い魔導師だと、感じるばかりさ」
「ありがとう。そう言えば満足か。騎士よ」
立場を弁えない強きの発言。
普通ならば多少は不快感を抱くべきなのだろうが、アレンはどちらかと言うと好意を抱いた。
己の矜持、そして相手への敬意。
どちらも備えているからこそ龍輝は吠えるのだ。
相手の意をくみ取れないほど、アレンは愚かではなかった。
「いや、申し訳ない。言葉は無粋だったかな」
印象に違わず爽やかに笑う騎士に、正秀院龍輝は獰猛な笑みを浮かべる。
もう1人の万能系。
健輔とは異なる道を選択したもう1つの可能性がこの地で芽吹こうとしていた。
アレンは新しい強者が誕生する瞬間を見ている。
「ああ、言葉は無粋。これで、語ろうじゃないか!」
「異論はないよ。むしろ、望むところでもある」
正面から向かってくる龍輝は魔導機を破棄して素手となる。
まるで健輔のようなバトルスタイルの変化だが、同じものではない。
センスと経験が融合した健輔の戦い方は完全な模倣が不可能な領域にある。
似た物は可能でも明確に結末が異なってしまう。
そんなことは誰よりも万能系を知り尽くしている龍輝が1番理解していた。
龍輝が武器を捨てたのは健輔のようにあらゆるバトルスタイルへと自らを変化させるためではない。
彼はある事柄に全神経を集中させている。
そのことが素手以外の武器による戦闘という選択肢を奪い去ってしまったのだ。
「はッ!」
アレンの斬撃は鋭い。
膂力で言えばあくまでも平均的であるが、機動格闘戦の正統派として彼に優るものは今代にはいなかった。
葵ですらも彼と比べれば大人と子ども、そう言えるだけの差がある。
鋭く、技量に裏打ちされたタイミング。
魔力の滑らかな制御は教科書に乗せたいほどに完全だった。
近接魔導師、斯在るべし。
模範を体現する存在。
それこそが、『騎士』アレン・べレスフォード。
対する龍輝は無名。
ハッキリと言えば、格の違いは明らかであった。
誰であっても龍輝の勝利を描くものはいないだろう。
「これは、どうかな!」
「っ、見事だよ!」
アレンの斬撃が龍輝によって弾かれて、大きく仰け反る。
状況説明はそれで完了だが、背景を知っていればこの先がどうなるのかは明白であった。
龍輝も万能系。
健輔とは異なる形で、彼も可能性を体現する。
「セット、アクティブ、セット!」
スイッチを切り替えるイメージ。
身体の各部位に設定した魔力パターンを組み替える。
龍輝に健輔のような優れた戦闘センスはなく、高速で変化する戦場に対応するだけの柔軟さにも欠けていた。
バックス向き、つまりは前衛としての適性がない彼では万能系の能力を最大限に発揮するのは難しい。
これは健輔も認めていた事実である。
万能系の出力では相手の意表を突く形でないと、特化した力に押しつぶされてしまう。
これは揺るぎない真理であり、バックスとしての多様性も本職には及ばない。
バックスとは準備さえしていれば事実上の最強ポジションなのだ。
個人単位では限界があるが、魔導技術発展のほとんどはバックスから行われていることを考えればどれだけ重要な位置かは直ぐにわかる。
早い話、龍輝は器用貧乏としての万能系に悩まされていた。
健輔も囚われた命題。
万能系を持つ者の宿願に対して、己の資質と向き合った彼が出した答え。
それこそがここにある。
「ふんッ!」
「物凄い魔力だよ。その拳、だけはね!」
「喜んでくれるかな?」
「ああ、相手にとって不足なし!」
健輔のようにリミッターを龍輝は無視できない。
正確には小分けにされた状態でなければ彼は系統の切り替えが出来なかった。
健輔のやり方はあらゆる乗り物を初見で乗りこなすような超難易度の芸当である。
彼だからこそ出来るオンリーワンであり、龍輝には真似できない。
しかし、たった1人の同類であり世界最強クラスとなった相手を調べていないはずもなかった。
「まだ、粗が多いかっ!」
騎士との激突は楽しいが、身体は悲鳴を上げている。
頭は頭で行われている処理の数でパンクしそうであった。
それでも、これを超えないと世界大会で戦えない。
騎士はパワーではなくテクニックを極めた存在。
龍輝と――そして、健輔にとっての天敵である。
万能系は系統の性質として、リミッター問題を解決しても今度は制御の問題が出てきてしまう。
これは健輔にも避けられなかった問題であり、そもそもとして万能系であるならば絶対に解決できない問題だった。
複数の系統、という性質を持つ以上はその分の最大出力には制限が出来る。
万能系として戦う健輔にはこの問題を解決出来なかった。
ゆえに、龍輝は逆をいったのだ。
「中々に面白いよ。各部位ごとに、魔力の波長が異なる。うん、君は『境界』とはまた違う答えに至ったのか」
「ああ、どうせ、全ての系統を使いこなすことは出来ないからな。だったら、最初から全ての選択肢を選ばなければいい」
「発動部位ごとの魔力回路の配置。事前想定を念入りに行わないと怖くて僕には出来そうにないかな。見事な発想だよ。でも――」
龍輝は戦闘用に調整したパターンに沿って、身体のパーツごとに発現する魔力を絞った。
健輔ですらも全身に無造作に流しているものを小さく小分けしたのだ。
全身で見た時の最大出力には大きな問題を抱えているが、部位で見た場合だと通常の特化型すらも凌駕する。
健輔が使用しているリソースの活用をもう1歩進めた戦い方であった
武雄から指南もあり、使い方は大分様になっている。
しかし、
「――問題は、君自身かな」
「ぐぉ!?」
肘が鳩尾に入る。
勢いよく前に出た龍輝の攻撃を何もなかったかのように、受け流して反撃したのだ。
テクニック型における極点。
健輔すらも届くかどうかわからない技量の頂を甘く見過ぎである。
「この合宿で君が狙うのは戦闘経験かい?」
「ええ、それが俺には足りていない!」
「自己分析は正確だね。なるほど、君はしっかりと頭を使えるタイプのようだ」
穏やかなアレンの笑みは余裕を表している。
種さえわかってしまえば、今の龍輝に脅威など感じない。
能力の相性上、桜香とは絶望的な戦いとなるが優香、皇太子とはそこまで差がないのが彼である。
現役勢の中では間違いなく最上位のランカーの1人だった。
「ふっ、あなたに褒めて貰えると多少は自信が付く」
「そうかい? だったら、合宿の意義はあったということかな。こちらも貴重な体験をさせて貰っているよ」
力こそ足りないが圧倒的な多様性は桜香にも通ずる部分がある。
健輔が桜香を打破したことから考えれば、この相手を理解することで『不滅の太陽』に届く部分もあるだろう。
アレンにとっても未知である敵との対戦。
彼もまた魔導師の1人として心が躍っていた。
「では」
「尋常に!」
練習は続く。
お互いが満足できる瞬間まで、両者は楽しげに技の応酬を繰り広げるのだった。
雷刃が空を駆ける。
全身に雷を纏う黄昏を照らす乙女がかつての女帝に挑む。
夥しい数の魔弾が覆う空をクラウディアは閃光となって蹴散らしていく。
攻撃と防御を両立させる物質化した雷の鎧。
そこに彼女の技量を加えることで、砲撃の雨を物ともせずに前進する。
「女神の加護を捨てて、旅をした乙女が1番強い。ふーん、なんとも素敵な話ね」
自らの砲撃が蹴散らされるのを気にも留めずにハンナはクラウディアの観察を続ける。
王者の系譜たる『皇帝』が力の系譜ならば、それに抗う『女帝』は技の系譜。
女の嫋やかさに強さを備えた存在が彼女たちである。
歴代の中でも1番リーダーシップに優れた存在。
人を見抜く事に長けたハンナは敵をじっくりと見つめていた。
「私が戦った前衛の中でも、中々に類を見ないわね。正道で、邪道。健輔の影響かしら。あの子も色男よね」
合宿の中で理解したことは、正統派に見えて意外と邪道にも理解がある、ということだった。
あの手のタイプは正しくあることに拘るのだが、クラウディアにはその手の拘りが見受けられない。
強くなるためならば今のバトルスタイルを投げ捨てるのも厭わないだろう。
「普通は時間を掛けて積み上げたものを崩すのは怖いものだけど……」
魔力の流れから大規模な攻撃を察して、ハンナは回避行動に移る。
砲撃型にも劣らない火力は現象の再現率が上昇しているからであろう。
本物の雷に近づいている。
「あの子には躊躇がない。確信がなくても、前に出れるのね」
砲撃が足止めにしかならないことに時代の流れを痛感する。
アレンもそうだったが、前衛の後衛火力への対抗は続々と成果を生み出していた。
これでは早晩、前衛のエース級がランカーを独占するだろう。
アリスは頑張れると確信していたが、妹だけでこの流れを押し止められるのかは微妙である。
スタイルの流行や廃りは欠片も興味はないが、このまま後衛が前衛に劣るなどと捉えられるのは癪だった。
「女帝、一手ご指南願います!」
「ええ、来なさい!」
来るべき未来への考察を雷光が遮る。
ハンナであろうともこの魔導師と近接戦をするのは勇気が必要だった。
杖型の魔導機を半ばから分離させて、近接戦闘用のスタイルへと移行する。
世界大会敗北後に真由美が更なる出力の向上を果たしたようにハンナも新しい能力を模索していた。
両手にトンファーを携えて、女帝と謳われた女性は雷光に笑い掛ける。
「いくわよ!」
「っ、この距離にも対応してきますか!」
両雄激突。
クォークオブフェイトを筆頭とした4チームが繰り広げる規模の合宿に劣らなぬ戦いがここにあった。
見る者たちを魅了する輝ける戦場。
魔導師の中でも最上位の激突は実に素晴らしいものだった。
故に脇にいる者たちをも魅了する。
「かっー、あれよな。面白くて、つい目を逸らしてしまうわ。そう思わんか」
「そう、だね」
無防備に背中を見せて戦いを観戦する男。
背後には蛇に睨まれた蛙のように1歩も動けない女性が1人。
魔導戦隊のコーチ、霧島武雄。
魔女の晩餐のサブリーダー、シルリー・アベンス。
激突するハンナたちと同じように彼らも戦っていたのだが、結末は見ての通りである。
タイプは似ているが格の違いが構図としてハッキリと示されていた。
「ところで、これは解いてくれないかな?」
「何故よ? 理由がないの」
背中だけを向けた極めて失礼な態度だが、シルリーの方はそこまで勘案する余裕がなかった。
直接対決は既に5度目だが、その全てで敗北している。
自らを策士と自負する彼女にとってこの対戦成績は放置してよい問題ではなかった。
「っ……」
唇を噛み締める。
初対面の印象に違わず、この男はシルリーの天敵であった。
彼女の詐術をあっさりと見抜いて逆用する。
自らがよい性格だとは思っていなかったがまさか自分を遥かに上回る性悪がいるとは思っていなかった。
背中という最大の隙を見せているのも挑発しているのだと理解している。
「理由なら、あるじゃない」
「ほう? 言ってみるとよい。気が向いたら、解いてやろうじゃないか」
両腕、両足を蛇が拘束しており、僅かでも身体を動かすと爆発するようになっている。
周囲に観察の目を広げられば、シルリーを囲むように大量の術式が配置されているのもわかっていた。
曲者。
ハンナが楽しそうに言っていたことを思いだす。
「隣で、一緒に観戦させてほしいわ。出来れば、淑女して扱って欲しい」
「ほう?」
武雄が振りかえる。
シルリーの言葉が意味することをこの男は理解していた。
しかし、そこで早合点するようなことはない。
「ハッキリと言え。少しでも足掻くのは嫌いではないが……」
飄々とした態度は常の武雄の武器でもある。
何を考えているかはわからないが笑みだけは絶えない。
彼と敵対した者たちは正体不明の不安に突き動かされることになる。
シルリーとは、桁が違う。
「降参します。そろそろ、負けは認めるよ」
「そうか。ならば、一緒に見るか。お前のように面倒臭い女子でも、それなりに花はあるだろうしの」
油断しているようならば不意打ちでもしたくなるが絶対に無理だろう。
雪辱を誓って、今はこの男と親交を深めることにする。
地味だが小さな駆け引き。
上を知って諦めない彼女も魔導師としての矜持をしっかりと持ち合わせている。
その事をニヤニヤと見守る武雄だけが気付いていた。
ねじ曲がっていると本人は思っているようだが、意外に素直だと彼は感じている。
「いやはや、面白いの。これだから、魔導はやめられない」
足掻くヒーローと、受け止める騎士。
輝ける雷光と女帝。
2つの素晴らしい戦場と、残りはもう1つ。
視線を皇太子と魔女の戦いに移す。
「おぬしはどう見る?」
「わかり切ってること、聞かないでよ」
不機嫌そうに、そして誇らしげにシルリーは笑う。
縛られた状態で少し格好がつかないがそんなことはどうでもよくなるほどに彼女は胸を張っていた。
自らは欠片も信じられないが、彼女たちのエースだけは信じている。
「あんな運しかない奴に、負けるはずないじゃない」
極大の閃光が大地を焼く。
単純な出力で他者を引き離す圧倒的な魔力。
3強すらも出力だけを見れば負けているほどの暴力が1人の人間に降り注ぐ。
ランカーという制度の矛盾。
ある意味で被害者同士が全力でぶつかり合う場所がそこにあった。




