第113話『決闘』
魔導開闢。
固有能力の使い方は覚醒した際にある程度の使い方が頭に浮かぶらしいが、リミットスキルであるこの力にそんな便利機能は搭載されていない。
それでも本能的に察することが出来ることはあった。
リミットスキルは原則として系統で可能なことを極限まで高めたものとなる。
万能系の最大の強みとは言うまでもなくその圧倒的な汎用性であろう。
文字通りの万能であることを武器にする系統。
仮に亜種だったとしてもそこから大きく外れることはない。
桜香の融合リミットスキルと似て非なるもの。
融合が既存の系統を合わせて1つにする力ならば、健輔の複合リミットスキルは1つの魔力に複数の能力を発現させる力だ。
結果は同じでも過程に大きな差異がある。
今はまだ大きな差異ではないが、この違いが桜香を超える確かな一助となるのだ。
そのためにも、眼前の敵に――真由美に勝利する必要がある。
「私の魔力が、全部吹き飛んだ!?」
「相手の魔力が、どれほど強くても関係ない!」
『針の一刺し、山をも崩す』
描いた力は桜香の『浸透破壊』と同質が異なる点もある。
破壊系と浸透系の性質を基礎としているが、健輔が生み出した魔力は浸透する破壊系なのだ。
僅かなニュアンスの違いだが、浸透させて破壊する桜香とは意味が違う。
1つの魔力を切り替えるのではなく作り変える。
魔導の法則を破壊するのが彼の技。
桜香や皇帝のように極限域まで至れば話は別だが、固有化程度までならば力にどれほどの差があろうとも内部から吹き飛ばす。
「――ふふ、見事だね!」
「お褒めに預かり、恐悦至極!」
最高クラスの能力での奇襲。
通常の魔導師なら、ここから流れで勝負を掴めただろうが、流石に真由美相手では不可能であった。
驚きはしているが、動揺はない。
感じられた驚きも未知への恐怖、などではなかった。
あるのは純粋な技への感嘆。
見下す、などではなく自然体で健輔を受け止めている。
混乱などは一切見せずに、健輔の勢いによる攻撃を容易く防いでいく。
「おろろ、攻め気を緩めていいのかな?」
「さて――確かめてみればいいじゃないですか!」
「うーん、それもそうなんだけどねぇ。健ちゃんは何をするのかちょっとわからないからね。それにさ」
真由美は言葉を区切って真由美はニヤリと笑う。
見通しているぞ、と瞳で語る女傑に健輔は一瞬だが確かに固まった。
優勢を得て勢いに乗っている健輔だが心の中で焦りが生まれている。
複合リミットスキル。
強力無比な能力であり桜香の統一系や融合能力にも比肩する力を備えている。
素晴らしい能力だが、当然の如くデメリットも存在していた。
桜香の融合能力とは比較にならないほどにこの能力は扱いが難しい。
十全たる力を発動するには、健輔の意識を全て傾ける必要があった。
そのため、本来の健輔では犯すはずのないミスを誘発する。
「健ちゃん、勝負を急いでいるね。態度からわかっちゃうよ」
「っ……!」
勢いで押し切ろうというらしくない焦りを長い付き合いの真由美が見抜けないはずがないのだ。
焦りは技を根幹に置く健輔の動きに悪影響を与える。
『マスター、ご注意を』
『無理はしないでよ。わかってると思うけどね』
「――ああ!」
そして、制御の問題よりも遥かに深刻な影響がも1つある。
既存の秩序、つまりは圧倒的な魔力出力の格差を覆すだけの力。
強大な力であるがゆえに、リスクも大きかった。
同レベルの能力を桜香は呼吸をするかのように簡単に扱うが、健輔はむやみやたらに乱発してよいものではない。
魔力回路、つまりは身体に掛かる負荷は戦闘に支障が出るレベルであった。
圧倒的な力と釣りあうだけの難易度とリスク。
簡単に強くはさせないとばかりの諸刃の刃。
実に健輔らしい――万能系らしいリミットスキルであろう。
簡単にはその万能性を振るわせてくれない。
気難しい女性のようなものである。
一廉の魔導師、彼らだけに真の力を見せてくれるのだ。
「ふふっ、勢いがあるのに辛そうだよ。大丈夫かな?」
「余計な心配ですよ!」
真由美に見抜かれることなど想定の範囲内である。
痛みを消して、顔には笑みを張り付けておく。
やれると確信して、準備を進めてきた。
実際に上手くいったが、負荷が大きく想定を超えている。
身体の節々が痛み、魔力を生成する度に鈍痛が走るようになっていた。
『マスター、お気を確かに』
「わかってるさ」
リミットスキルの発動とは系統能力を極限行使することである。
その状況に2つ以上の性質を発現させて、見たこともない魔力として生み出すには原初の力でもキャパシティーが足りていなかった。
回路が不適合を起こしているのだ。
桜香との明確に叩き付けられる差。
能力を発動しただけでこの体たらくとは健輔も思ってもみなかった。
陽炎と美咲が必死に押さえてくれているが、限界が見えている。
『健輔、想定の10倍の負荷。やっぱり、検証データが足りなかったわね』
「ははっ、前人未到は流石にヤバかったか」
軽口を叩くが秒単位で健輔の体調は悪化していく。
1度全ての秩序を崩壊させても、真由美は既に冷静に建て直しを進めている。
この辺りは歴戦の魔導師の面目躍如といったところだろうか。
想定外や予想外に慣れている。
健輔の大技に感嘆しても我を見失うようなことはなかった。
「大技に頼ってパフォーマンスが下がってちゃ話にならないよ!」
「箴言、心に刻んでおきますよ」
「私に良いところを見せようと張り切ってくれたのは嬉しいけど、このままだと卒業試験は悲しい結果になるかな! それでいいの?」
「このまま終わると思うなら、そうでしょうね」
空元気だが、元気の内ではある。
負荷自体は想定外だが、この程度の苦境は想定通りであった。
真由美が敵だからなのか必要のない挑戦をしてしまったのは健輔の作戦ミスではあるだろう。
しかし、後悔はなかった。
これだけの事が出来るようになったと伝える事が出来たのだ。
輝かしい先輩にあなたが育てた存在はここまで来たのだと示したかった。
悪癖だとわかっていても、期待に応えたくなる性分がここまで健輔を連れてきたのだ。
今更直せるはずもない。
「美咲、予定通りだ。ランクを下げるぞ」
『ええ、リミットスキルを停止させるわ。いつも通り、あなたにはそっちの方がいいわ』
出力をあえて落として、身体全体の魔力の制御を美咲に任せる。
過剰な出力と特異な能力に頼った力押しではやはりダメそうであった。
失敗は成功の母である。
真由美という強敵で、手を抜けない試合だからこそ手を出して正解だった。
痛い教訓が得られてからこそ、この先に健輔はもっと強くなれる。
「さて、手品は不評だったので別のものをお見せしますね」
「ふーん……。うん、そっちの感じの方が私は怖いかな」
力自体は大したことがないが、落ち着いた健輔が何やら思惑ありげな笑みを浮かべている。
能力でゴリゴリとされるよりもこちらの方が遥かに脅威であった。
健輔の本当の怖さは力押しなどではないのだ。
何をしてくるのかわからないことこそが、『境界の白』の本領である。
「こんな時も評価ですか」
「まあ、性分かな。気になる子は目で追っちゃう感じと同じだよ」
ある種のコレクター気質を覗かせて真由美は微笑む。
優しい笑みは成長を見守る母のようである。
クォークオブフェイトの生みの親。
そして、健輔をここまで連れてきた道標。
偉大な背中を超えるにはこれしかないと確信していた。
「俺のやり方は、これしかないだろう」
初心も、戦う理由も既に胸の中にある。
可能性は既に見せた。
次は今の強さとこれからの強さを見せにいこう。
「万華鏡・幻影顕現」
『ミラージュモード起動します』
複合リミットスキルですらも見せ札。
健輔の本当の剣はこちら。
昨年度の全てを結集して生み出した現時点で出せる最高の手札を開帳する。
ここから先は健輔の頭の中にも結末はない。
どれだけ真由美に通用するのかを誰よりも健輔が楽しみであった。
魔力の色が真紅に染まり、同じ波動を身に纏う。
昨年度はよくあった光景が立場を違えて再現される。
葵が健輔との戦闘においてある種の優位を得るように真由美にも似たようなアドバンテージがある。
葵は格闘戦オンリーであったが、真由美の場合は魔導師としての呼吸、とでも言うべきだろうか。
健輔が勝負に出るタイミング、もしくは嫌だと感じるタイミングを読み取ることが出来るのだ。
全てが完璧に、という訳ではないが魔導師としての佐藤健輔を育てた彼女だからこそ持つ最大の特権。
しかし、真由美はこの特権を優位に活かせるとは言い難い面があった。
彼女はド派手な火力に目を奪われてしまいがちだが、総合的な能力では安定している。
つまりはバランス型なのだ。
健輔も本来は似たようなタイプなのだが、あまりにもバランスに傾倒し過ぎた結果として逆に安定感を失っている。
無茶苦茶な力のバランス。
これを是としたまま、健輔は真由美に真っ直ぐに向かってきた。
「私と同じ色!!」
『このパターンは……魔力が真由美と完全に一致しているだと?』
親友の驚愕の声をBGMに真由美は迎撃に移る。
詳細など言われずとも、見て、感じ取ってしまえば健輔に起こっていることなど容易く読み取れた。
「シャドーモード!? いや、でも……!」
シャドーモードは発生源となる魔導師が必要となる。
言うなれば同じエネルギーを供給するからこその同格。
健輔は必然として供給元の相手に従属することになる。
強さの格も上がるが、同時に最大レベルでも格差が出来てしまう。
健輔の強さにも制限が掛かるゆえに、彼はシャドーモードを封じたのだ。
真由美に劣る程度になったところで意味はない。
理性は真由美に訴えかける。
「これって……!」
接近してくる健輔に攻撃と共に魔力による防御を展開する。
噴出する魔力そのものを盾にする上位に許された技。
桜香ほどでなくても暴走している真由美には扱える。
「はっ――」
「まさか、健ちゃん!?」
早奈恵が言った言葉が過る。
完全に一致。
明らかに力強さは違うのに完全に一致している。
これが指し示す事柄は1つしかない。
魔力パターンの同一化。
自らと異なるものを排除するのが防御の基本とするならば、それをすり抜けてくる最悪の選択肢である。
「はあああああッ!」
「しまっ――!?」
ミラージュモード。
健輔が現時点において切り札として発動した術式は実に彼らしいものとなっていた。
シルエットモードで培った戦闘技術の模倣をそのままに美咲の緻密なデータをプラスして精度を大幅に上げている。
おまけとばかりにシャドーモードで培った魔力パターンを模倣する力も1段階上に領域がシフトしていた。
直接相手に繋ぐのではなく、相手が放出した魔力からパターンを割り出す。
後は自らの魔力を相手と同じように偽装するだけだ。
これだけで健輔は敵の防御を全てすり抜ける。
事実上、パターンをコピーされた時点で全ての防御を無効化する健輔最強の術式がこのミラージュモードであった。
つまりは強制的にテクニカルなバトルに持ち込むのだ。
相手の攻撃に対しては何も変わらないが健輔の刃は絶対に届くようになる。
1対1において最大の力を発揮する決闘術式。
相手の魔力すらも模倣可能な万能系、それも健輔がいる高みでなければ使えない技であった。
このモードの前では統一系も黄金も意味を成さない。
「ま、まずっ!?」
真由美は火力が高く防御も安定している。
有り余る出力に飽かした機動力自体も悪くはない。
総合力でハンナに劣ろうとも3強に届く牙を持っているのが彼女なのだ。
数多のランカーの中でも上位にいる者なのは間違いなかった。
それでも、弱点がない訳ではない。
本質的に力に寄っている真由美では健輔の土俵に引き摺りこまれると対抗するだけの手段がほとんど潰されてしまう。
そもそもがテクニカルに戦えないからこそ、更なる出力アップを狙ったのだ。
リミッターの無限解放は何も攻撃にだけ主眼を置いた技ではなかった。
本質はむしろ逆である。
防御、3強の攻撃も受け止め得る守りを欲したのがそもそも理由であった。
技量での勝負では真由美は最上位に勝てない。
彼女が認める絶対の事実である。
防御を突破してきた後輩に抵抗する術はなく――
「がァ!」
「貰う!!」
渾身の腹パンが決まる。
ミラージュモードは相手の力で幻惑しつつ、健輔の在り方は何も変わらないのが最大の特徴となっていた。
自らと同じパターンの魔力を感じさせながら戦い方は今まで通りの千変万化。
魔力の感知に長けた上位陣だからこそ逆にこの感覚から抜け出ることが出来ない。
反射的に身体が動いてしまうのだ。
ここに思考で制動を掛けてしまえば健輔に押し負けるのは当然であった。
「ふ、ふふ……」
「うおおおおおおおおおっ!」
健輔の拳の攻撃を必死に防ぐが何発かは直撃を受ける。
砲撃、誘導弾で反撃をするもあっさりと系統を切り替えて対処されてしまう。
状況的には詰みに近い。
真由美は火力が売りで、それが封殺されるのならば何も出来なくなる。
世界大会で桜香に何も出来なかったのも根本にはその理由があった。
真由美なりに解消のために必死になったが、まだ届き得ない領域がある。
ぐうの音も出ないほど完璧に健輔は真由美を凌駕してみせた。
「なんだ。ちゃんと、出来るじゃない」
「っ、ありがとう――」
出力だけは確かに向上しているが、真由美はまだそれ以外が足りない。
力を強さに変える時間が彼女には足りなかった。
後1歩。
世界大会の時もそうだが、その1歩が遠いものである。
夢を抱いた1年生。
道から逸れた2年生。
そして、夢破れた3年生。
全てが終わってから、こうして後を託した者と戦って、ようやく真由美も終わりを受け入れられそうだった。
自分は負けてしまったが後を託した者たちはまだ戦っている。
彼らの戦いを自分なりに彩りたい。
彼女が抱く、今の想いはただそれだけである。
「――ございました!」
「どういたしまして……」
0距離からの渾身の砲撃。
自爆も厭わぬ覚悟は変わらずに少年は強くなった。
瞼の裏に浮かぶのは1年前、初陣で震えていた健輔である。
あれからたった1年、されど1年であった。
悔いも未練も山ほどあるが、乗り越えられて少しだけだが安心することも出来た。
きっと、健輔は真由美たちよりも上にいってくれる。
「私は、最強の魔導師を育てたんだ……。きっと、いつか胸を張れる」
浮かぶ笑みは勝利の笑み。
アマテラスを超えて、世界のチームを超えていく。
必ず健輔たちは成し遂げてくれる。
今日、この日。
健輔に負けることで真由美は確信を抱いた。
今までとは違う形で力を超えた技が必ず桜香をも討ち取ると夢を見たのだ。
これで心置きなく戦乙女のために尽くすことが出来る。
心のしこりは消え去って、凶星の旅は次の目的地へ。
白い光に飲まれていく真由美は最高の気持ちで敗北するのだった――。




