第112話『真由美』
魔導師の戦闘で重要となるファクターはいくつか存在している。
まずは、出力。
これは単純に魔素を魔力に変換する量というだけでなく如何にして質の高い魔力を生み出すかまでを含めた総合的な能力を示している。
皇帝の黄金、桜香の統一系などは極端な例であるが、量と質を兼ね備えているからこそ彼らは攻防において圧倒的な優位を誇っているのだ。
ある意味では魔導戦闘の根幹たる部分である。
この部分、出力を起点とした戦い方を組み立てるのがポジションを問わないパワー型の魔導師の共通点であった。
対する健輔が武器にするものはこの対極にあるものだ。
「陽炎」
『アナライズ――パターン、セレクト!』
センス、決断力。
パワーというわかりやすいモノとは違う形のない強さ。
千差万別の在り方を持つテクニック型。
それこそが健輔が起点とする強さであった。
もっとも、彼はテクニックだけに偏った存在ではない。
時にはパワー型に似たこともする。
あくまでも起点、根本の部分にある強さがそうであるというだけであった。
ド派手に見えても堅実。
堅実を尊ぶようで、博打も好む。
万華鏡のように見る角度で様変わりするのは自分というものをよく理解している証拠だった。
「まずは、これでいく!」
真由美の系統については良く知っている。
収束・遠距離系。
この組み合わせは砲台型として知られており、今の後衛のスタンダードだ。
全ての系統を扱う健輔からすると、出力1点ばりの系統になる。
純粋な魔力の高出力状態での運用に優れており、距離を問わないのがこの組み合わせの強みであった。
弱点は純粋な魔力のみの運用が基本となるため、破壊系に弱いのと上位の出力にはやれることが少ないことだろうか。
単純な強さであるために弱点までもわかりやすい。
「はああああああッ!!」
「ふんッ!」
――逆を言うと、その2点にさえ目を瞑れば出力では頂点に立つ組み合わせである。
皇帝が、桜香がそうであるように出力差による格差は最もわかりやすい魔導師の強さの証なのだ。
時間制限あるとはいえ、出力部分のネックが解消された『終わらなき凶星』がどうなるのか、などというのは想像に容易い。
疑いようのない上位ランカーとして、実力を存分に発揮するだろう。
「格闘戦なら、なんとかなると思ったかな!」
「さあ、どうでしょうかね!」
双剣と棒がぶつかり、健輔が大きく弾き飛ばされる。
原初の形態で出力の問題は解決しているのに、かつてと変わらないパワー負けの構図。
つまり真由美の方が出力で大きく健輔を凌駕している。
そのために膂力に大きな差が出ているのだ。
天秤が傾き過ぎれば彼に出来ることは少ない。
テクニックで捌けるパワーには限度があると最高の技量を持つ『騎士』が己の末路で示していた。
「力押し、防御を固める。なるほど、小細工はしないということですか!」
「勿論! だって、私の強さはそういうものだからね」
快活な笑みは自分への自信に溢れている。
否定の言葉はなかった。
真由美の言う通りであると健輔も思っているからだ。
バトルスタイルの変更は本来容易くはない。
健輔のように変更を前提とした柔軟さならば、あり得るのだろうが残念なことにこれは非常に稀有な在り方であった。
真由美は間違いなく時代を彩ったエースの1人だが、才能に溢れたタイプの魔導師ではない。
健輔のような臨機応変さはなかった。
固まっているがゆえの制約がある。
「ハッ!」
「チィ!」
接近しようとすると魔力の圧力を高めてくる。
常時暴走を続けて、最終的に弾け飛ぶのが今の真由美だがデメリットばかりではない。
いつか来る破滅は確定であるが、遅らせる方法がある。
「バレットオープン――全弾、装填!!」
魔導機を掲げて、大量の砲撃術式を展開する。
高速で展開された術式は本来ならば一発の消費が非常に重い術式だった。
こんなものを粗雑に、かつ高速で展開すれば消費する魔力はとてつもない。
しかし、今の真由美には関係のない話であった。
「いっけええええええええッ!」
「くそっ、やっぱりか!」
魔力を節約する、という発想がない。
消費を続けないと暴発する運命なのだ。
真由美は消費が激しい術式を潤沢に、容赦なく使い捨てていくだろう。
これこそが破滅を伸ばすための方策。
膨らむ以上に消費してしまえば、暴発はしないという狂気の戦法であった。
捌ける力の限界、言うまでもなく健輔にこれをどうにかする技量はない。
ならば、道具で差を補うしかないだろう。
「チェンジ!」
『――了承』
「破壊系で打ち消す。やると思ってたよ!」
圧倒的な弾幕。
量では敵わないと判断して、健輔が性質を切り替える。
相手に対する根本的な対処が可能な点が健輔の強さの証。
真由美もよく知っていた。
そして、知っているからこそ対応方法も理解している。
「羅睺――!」
『バレット展開。装填数は3倍』
「さあ、逃げてみなさい。全方位、掃滅!」
『術式展開『スターダスト』』
健輔を空間ごと囲むように全方位を砲撃術式が覆い尽くす。
破壊系による魔力の破壊は確かに真由美の天敵であるが、それは普通の状態ならばという前提条件が今は付くようになっている。
他の系統がそうであるように破壊系にも破壊できる限界点があることは既に判明しているのだ。
解答は簡単――ザ・パワー。
対処できないほどの弾幕で押し潰せばいい。
真由美の至極単純で、だからこそ対処困難な力が健輔を押し潰す。
「――弾け飛べ!」
光が視界を埋め尽くして、健輔に迫る。
3強と戦えるレベルまで一皮剥けた先輩の圧倒的な洗礼に健輔は気付けば笑っていた。
やはり、真由美は凄い。
子どもがヒーローでも見るかのように健輔は目を輝かせる。
溢れんばかりの才能でも、執念だけでもない。
困難を見据えて、前に進んできた背中が見せる輝きに健輔は目を奪われていた。
「――ああ、やっぱり、真由美さんは凄いなぁ」
攻撃が直撃する間際にも呑気な言葉が飛び出る。
想定を遥かに超える強さに感嘆の念しか湧いてこない。
感嘆の念しか抱けない、だからこそ――
「超えないとな」
短く意思を示す。
理想はまだまだ先にある。
それでも健輔は1つの到達点に辿り着いた。
「いくぞ、陽炎。ここからが新時代の佐藤健輔だ」
『リミットスキル、リブート』
「――発動」
級友が至った境地を用いて、先輩のパワーに抗う。
強くなったのは、真由美だけではない。
佐藤健輔もまたランカーに相応しく成長したのだ。
「真由美さん、あなたの相手は全ての魔導だ。超えられるかな!」
原初の力。
魔導の根源で先にいるものへと牙を剥く。
卒業試験は答え合わせへと移る。
真由美からの最後の課題に、健輔は正面から応じた。
真由美のパワー、つまりは魔導における最大の正攻法。
王道を進む在り方はまさに近藤真由美の在り方を象徴していると言えるだろう。
皇帝や桜香と規模こそ違えど方向性は同じである。
3強とは正道で強いからこそ、圧倒的な領域に至った者たち。
ウィザードやレジェンドたちも原理は違わない。
何れはレジェンドと呼ばれる真由美にはその事がよくわかっていた。
「ふふ、何を見せてくれるかな! 楽しみにしてるよ、健ちゃん!」
魔力を滾らせて健輔のアクションを待つ。
魔導の原則で言えば健輔はどちらかと言えば邪道の部類に入る。
パワーに抗うために最低限の力は求めたがそれ以上は求めていない。
魔力量の上昇による対抗ではなく、万能系の真の力で対抗しようとしているのが見て取れた。
1つの道ではあるだろう。
現在の王道から外れてはいるが、多様性もまた武器になるはずなのだ。
後輩が切り拓く道に真由美は期待しか感じていない。
今までとは違う系統の魔導師。
期待するな、と言う方が無理がある。
「さあ、超えてみせて!」
自分を超えずに、先は行かせない。
ランカー佐藤健輔が越えるべき最初の強敵が己であるべきという自負があった。
健輔を囲む牢獄は圧倒的な火力の星屑。
少し器用な程度では絶対に突破不可能。
数多の工夫を粉砕する力に――健輔は不敵な笑みで立ち向かう。
健輔の剣と接触した端から魔力が解体されて、根こそぎ別のものへと転換されていく。
情報だけは知っている現象。
ヴァルキュリアというその力を行使するチームと深い関係だからこそ仕込まれたネタに気付く。
「事象転換――! でも、それだけじゃあ、ダメよ!」
健輔に干渉されている魔力に強く念を込める。
遠距離での魔力への干渉など普通は出来ないが、自らが発した攻撃ならば話は別だった。
減衰する攻撃たちに強い意思で命じる。
敵を穿て。
強く念じる意思に呼応して魔力の輝きが真由美の下へと還っていく。
王者の『黄金』、桜香の『漆黒』がそうであるように真由美の『真紅』も彼女のモノとして固有化している。
外からの干渉で容易く全てを塗り替えられるようなことはあり得ない。
リミットスキルは到達点であるが、ゆえに魔導の原則を塗り替えるほどの力もなかった。
魔導の枠を超えるのは固有能力であり、健輔はまだそれを保持していない。
当たり前の格差、真由美が魔力を操ることで攻撃は徐々に健輔へと迫る。
直撃する――試合を見守る者たちが確信したその瞬間。
「――知ってますよ」
「ふふっ、ここから攻めに回るのかな!」
健輔の声が背後から聞こえてくる。
正面に展開した檻にいるはずの人物の声が背後から伝わってきた。
何が起こっているのかなど、真由美の経験から導くのは容易い。
「転移、そこまで使いこなすようになったんだ。凄い、凄い!」
「はああああッ!」
戦闘中の転移は難しいなどいうレベルではない。
確実に実行できる保証がなければ危険行為に分類されるルール違反スレスレの行動である。
それを戸惑わずに実行するということは確実にこなせる保証があるというとだった。
連発するほどの余裕はないが、ここぞというタイミングでの切り札としては使えるものである。
「羅睺!」
「陽炎!」
健輔は武装を解除して素手となっている。
この試合にはもう1人の恩師もいるのだ。
真由美の技だけを使っていたら拗ねてしまう。
何より、これも健輔を構成する要素の1つである。
この戦いで出さない、という選択肢は最初からなかった。
「あおちゃんで私に勝てるかな!」
驚いたが、これぐらいではまだ負けてやれない。
限界を超えて暴走を続ける魔力回路を更に高速で回転させる。
身体を駆け巡る力のイメージ。
相手を粉砕する準備は整っている。
「貫け、私の閃光――!」
ほぼ0距離。
内部で弾き飛びそうになる瞬間を狙って全魔力を攻撃に転換する真由美の最大の一撃が放たれる。
ライバルに敬意を表した彼女の新しい術式。
「消し飛べ!! 『シューティングスターズ』!」
展開された砲塔の全てに昨年度の真由美が全てを絞り尽くしても足りない量の魔力が注ぎ込まれる。
全力で全開の攻撃。
そして、真由美の行動はそこで止まらない。
渾身の一撃であるが、それだけで終わるとは微塵も思っていなかった。
健輔ならば必ずこの試練も超える。
確信を抱くだけの信頼を彼女は抱いていた。
いつだって、この後輩は真由美の夢のために全力で走り抜けてくれたのだ。
誰よりも努力を見てきたからこそ、ここで終わるはずがないと信じていた。
「いっけえええええええええッ!」
『一斉攻撃』
真由美の羅睺の無機質な声が響き、風景の全ては真紅に染まる。
着弾まで数秒。
出来ることはほとんどない状況で健輔の身体は動く。
真由美のことはそれこそ桜香以上に知り尽くしている。
1番最初に触れ合ったランカーとして、常に念頭に置いてきた。
「描け、魔導開闢」
原初の先に、あらゆる魔導を自らで描くために、今は真由美を打破する。
技術を武器にする、というのは小手先の器用さを競うのではない。
誰にも真似できない健輔だからこそ出来るオンリーワンを武器とするのだ。
パワーが普遍的な強さならば、テクニックもまた普遍的な強さである。
単純だからこそ強い力に対して、複雑だからこそ強い技で立ち向かうのを選んだ。
師匠たちとは見事に違う道だが、面白がってくれているのは間違いない。
それだけわかっていれば健輔は駆け抜けることが出来る。
「確か、桜香さんは融合だったかな。だったら、俺は複合リミットスキルってとこかな」
『術式展開。発動します』
脳裏に描くのは魔力への干渉に特化したリミットスキル。
そこに魔力を壊すことに特化した力を掛け合わす。
桜香は融合、つまりは既存の2つの性質を同時に発現させたのに対して健輔は複合。
似ているが結末が異なる。
あくまでも既存の延長の融合だが、複合は長所を掛け合わすことで今までとは違う姿となるのだ。
破壊系は他の魔力と同時に使用することは出来ない。
これは破壊系が持つ性質として仕方がないことである。
しかし、健輔は魔導の原則を破壊してしまう。
破壊系に他の魔力へ干渉する能力を合わせてしまえばどうなるのか。
それを現実として示すのだ。
「名付けて――」
『――魔導決壊』
既存のルールをぶち壊す誰も見たことのないリミットスキルがついに姿を現す。
万能系の真価。
健輔が描いた未来が限定的でも確かに現実に舞い降りた。
可能性は、剣たる強さに至ったのだ――。




