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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第111話『可能性を剣に変えて』

 魔導は趣味。

 カルラにそう語った健輔だが、隠していることがあった。

 本当に大したことではないのだが、強い目的意識がある相手に対して言うことではないと思って隠していた想い。

 魔導を手段として、健輔が傾倒するもう1つの真実がある。

 敵の打破、困難の踏破。

 ようは、戦うことが大好きという野蛮な感性を発露である。

 誰かを傷つけるような暴力性を誇っているのではない。

 強者を凌駕することに楽しみを見出したのだ。

 どこまで走る抜けられるのか。

 自己を掘り下げることに余念がない。

 魔導ほど、面白く命を燃やせる趣味と出会えたことが彼にとって最大の幸運であろう。

 これこそが、己が血道を捧げるにたると確信していた。


「我ながら……どうしようもない奴だな」


 可能性の追求のために、健輔はあらゆる敵に焦がれている。

 衝動に理由はない。

 理由を仮定するのならば、そこに敵がいたからとなるのだろう。

 割とダメ人間だと自覚はあった。

 優香も、美咲も、本当によく付き合ってくれている。

 1人では折れはせずとも、歩みは遅くなっていただろう。

 僅か1年と数ヶ月でここまで来れたのは今まで出会った敵と、仲間たちのおかげなのは言うまでもないことだった。

 

「今更よ。最後まで付き合ってはあげるから精いっぱい頑張りなさい」

「おっ、すまん。漏れてたか」

「気にしないで。どうせ、この戦いが楽しみで仕方ないんでしょう? いいんじゃない。理由がなんであれ、あなたは真摯に物事に取り組んでいるもの。誰も、それを否定は出来ないわ」

「そっか。いや、そうだな。……サンキュー」


 健輔の謝辞に美咲は微笑みだけで応える。

 少し気恥ずかしくなるも、意識は徐々に戦闘へと切り替わっていく。

 準備は整った。

 真由美の言葉を聞いた昨日から、健輔の胸は高鳴り続けている。

 1番最初の壁。

 どうしても超えないといけない一線。

 その相手と雌雄を決することに思うところは多々あった。

 戦いを前にしてらしくなく緊張するぐらいには待ち望んでいた決戦である。

 傍で見守る美咲がこれ以上ないほどに穏やかな笑みを浮かべているのも、健輔を微笑ましく思っているからであろう。

 まだ自分にもこのような部分があったのだ、と本人が1番驚いている。


「いろいろと理由を付けての3対3、だけど」

「ああ、結局は俺と真由美さんの一騎打ちだよ」


 葵と優香が間に入るようなことはない。

 別に確認した訳ではないが、健輔は確信があった。

 健輔の船出。

 真由美という揺り籠に最後を告げる戦いでそのような無粋をする女たちではない。

 彼女たちは彼女たちで真剣に戦うのは疑う余地もないが、真由美との決戦を妨げるようなことは絶対にあり得ないはずだった。

 距離がある最初は真由美に有利。

 近づいた後の格闘戦は健輔に有利。

 表面上のバランスは整っている。


「……バランスは整っている。だから、きっと」

「一筋縄じゃ、いかないでしょうね。近づけば終わる。そんな簡単な弱点をいつまでも放っておく人じゃないもの」

「つまり、これはお互いに成長を見せる場所なのさ。真由美さんは真由美さんで、きっとこの戦いを必要としてくれたんだろうさ」

「でしょうね。紛いなりにも最強に勝利した男ですもの。何かには使えるわよね」


 揶揄しているようで、言葉には信頼が籠っている。

 真由美が本気ならば、あなたも全力を尽くすのでしょう。

 言葉にしない真意をきちんと察していた。

 

「さて、どうだろうな。意外と不甲斐ない奴かもしれないぞ」

「あらあら、謙遜でもしてるの? 似合わないわよ」

「うっせ」

「痛っ……! もう、照れ隠しをしないの!」


 ニヤニヤとこちらを見る美咲を軽く小突いてから大きく深呼吸をする。

 震えはないが興奮はあった。

 音が消えていく景色を1度振り返ってから前に進む。

 過去は自らの1部である。

 決別するのではなく、受け入れるために健輔は真由美との戦いに挑む。

 滾る闘志は最高潮。

 最強に挑むとのまた違う。

 自分と戦うのとも、また違う。

 健輔にとっては最初の卒業試験で、もしかしたら最後になるかもしれない卒業試験がついに始まる。

 育てて貰った恩を返すために、境界の主はかつてないほどに自己への理解を深めていく。

 限界を超えた程度では足りない。

 あなたが育てた魔導師は、只者ではなかったと証明するために過去最強の牙を向けるのだ。

 この決戦こそが、天に至るのに必要な最後のピースだと健輔は信じている。


「いくか、美咲」

「ご随意に。そして、存分に」


 物分りのいい相棒に笑ってから陽炎に魔力を流し込む。

 ここから先は全てを魔導で語る場となる。

 もう言葉で語れるようなものはない。

 真由美と道を分かれた後も自らは研鑽を進めてきたと突き付けよう。

 佐藤健輔は、もう近藤真由美の教え子という枠を超えているのだ。


「最初から、全開だ」

「ええ、出し惜しみはなしね」


 原初の力で、自らの持てる到達点で一切の加減なしにいく。

 戦術と戦略すらも投げ捨てるパワースタイル。

 健輔らしくないが、同時に健輔らしくもある戦い方であった。

 敬すべき『敵』と最高の戦いを。

 この一戦もまた、彼の信条が適用される。

 新旧ランカー激突。

 合宿にも広まった対決に注目は集まっている。

 凶星と境界。

 道を違えたからこその対決は幕を開けるのだった。






 開戦の合図と共に、健輔と優香が空を舞う。

 チーム内での対戦は頻繁にやっているが、今日の2人は表情が違った。

 試合にも劣らぬ、いや、凌駕するだけの熱量を秘めている。


「健輔さん、きます」

「わかった。手筈通りに頼む!」

「御意!」


 優香は頷くと速度を一気に上げて前に出る。

 彼女には葵を迎え撃って貰う必要がある。

 盾のように扱うのに僅かな躊躇はあったが、直ぐにそのような感傷は消えた。

 視界を覆う圧倒的な弾幕。

 空を覆い尽くす破滅の星たちが見えたからである。

 

「なんとも、懐かしいな!」

『喜ぶ前に対処しなさい。前方から第1群来るわよ。後、ついでに』

「葵さんもセット、か!」


 味方だけ器用に避けてくれるような便利な攻撃ではない。

 一緒に突っ込んでくるなど巻き込まれるだけで正気ではない行動だが、今更の話ではあった。

 実際にやっている葵も、許可したであろう真由美も健輔の師匠である。

 ぶっ飛んでいるのは当然であり、この光景も懐かしいというものだけだった。

 かつてはこうして葵と真由美が戦場を掻き乱していたのだ。

 今ではこの派手さはないことが少し寂しいくらいである。


「敵に回すと凄い光景だなっ」

『楽しそうで何よりです。マスター』

「――ええ、本当に楽しそうね」


 介入する第3者。

 優香でも美咲でもない声に、健輔は速やかに戦闘態勢へと移る。

 身体を駆け巡る回帰の魔力。

 既に何百回と戦った相手である。

 攻撃の呼吸など知り尽くしていた。


「葵さん!」

「ええ――葵さん、ですよー!」


 おどけたように笑いながら応じる。

 挨拶だと言わんばかりの拳に同じく拳で返礼した。


「俺の相手は真由美さん、なんですけどね」

「あら、つれないことを言わないでよ。私とデートしてくれても、いいんじゃかしら?」

「いやいや、今回は――お断りさせていただきます!」


 魔力を放出して、その勢いで距離を作る。

 本当に僅か、葵ならば一呼吸で割り込める程度の隙間だがこれだけあれば十分だった。

 いつだって健輔が願ったことは読み取ってくれた相棒がこの場にはいる。

 桜香という天才を知っても健輔の中での評価は何も変わっていないのだ。

 自らと組んだ時に、最も戦場で輝くのは蒼い翼だと信じていた。


「葵さん!」

「優香、やっぱりこうなるか。あーあ、真由美さんはいいなぁ」

「至らない身ですが、お相手させていただきます」

「ん、オッケー。ま、優香ちゃんでも楽しめるわよ」


 一瞬の隙を見逃さすに優香は素早く割り込み、葵との格闘戦に移行する。

 言葉はなく、背中で先に行って欲しいと伝えられてきた。


「美咲、準備だ」

『こっちも準備完了。いつでもいけるわよ』


 まるで準備をしてからやってこいと言わんばかりに真由美の攻撃も止まっている。

 健輔の心の中で生まれるのは感謝の念。

 これだけ素晴らしい人たちがいたからこそ、健輔は強くなれたのだ。

 努力もあるが、それを成せるだけの環境を用意してくれたことに報いる必要があった。

 きっと、真由美がいなければここまで辿り着くのはもっと遅かったはずである。

 

「術式――展開!」

『原初・万華鏡』


 健輔の姿が変わる。

 かつての桜香に近いようで限りなく遠い。

 見る角度で色を変える姿はまさに万華鏡。

 これこそが今の健輔に出せる全力であった。

 この戦いは長くない。

 両者が出せる全てを出し尽くして、お互いを見せ合う勝負だからこそ戦いの決着は必然として早期になってしまうのだ。

 最初で最後の卒業試験。

 あっさりと終わってしまうだろう戦いを少しだけ惜しく感じつつも少年は飛翔する。


「リミットスキル――発動」

『魔導開闢』


 新たなる万華鏡の真の姿が示される。

 彼もまた新時代の魔導師。

 今までの魔導とは違う新しい姿をこの世に示す者となる。

 かつて1つの完成系を世に示した者として、近藤真由美は大らかな笑みで教え子の挑戦を受け止めるのだった。






「流石だね、健ちゃん」


 真由美は笑みを浮かべて攻撃を続ける。

 優しげな微笑みとは違い容赦のない砲撃。

 休みなく続けられる攻撃は圧倒的であったが、全てが健輔に防がれていた。

 双剣を振るって砲撃を斬り払いながら前進する姿はまるで『騎士』のようである。

 無論、健輔は強くなったが技量で『騎士』に迫ってなどいない。

 眼前の光景には仕掛けがあって、その仕掛けに真由美も気付いていた。


「原初。……話には聞いていたけど、なるほどね」


 原初・万華鏡。

 健輔が生み出した現状における最新最強の新形態である。

 この形態の効果は端的に言えば一切の制限なしに既存の系統を全て扱えるということだろうか。

 回帰の時点でもほとんど取り払われていた制限だが、原初では本当に存在していないのだ。

 万能系の弱点たるリミッターによる出力不足を解消。

 さらには今までとは違い、本当の意味でリミットスキルにも至っている。

 完成された万能系、という表現が最も最適であろうか。

 発している魔力が常態で全ての性質を発現しているため、健輔の意思1つで全ての系統を瞬間的に発動させる。

 制御の難易度は既存の系統とは別次元だが、制御に関しては健輔が全てを注ぎ込んだ分野なのだ。

 自信が力となって彼の翼となっている。

 ここに規格外のリミットスキルたる『魔導開闢(マギノ・ワールド)』を組み合わせることで能力の応用では他者の追随を許さない。

 1つのリミットスキルに至るのに数年かかる魔導師もいることを考えれば破格の能力であろう。


「遠からず、突破されるかな」


 健輔の状況に対する対応能力は全魔導師の中でも間違いなく5指に入る。

 これはウィザードの年長者たちを含めても変わらないだろう。

 コーチとしてヴァルキュリアに赴任した真由美は立場を使って様々な情報を収集していた。

 流石に欧州でも最高峰のチームである。

 真由美の知名度もあり、情報自体は簡単に集まっていた。

 有力な選手、その能力などを見て真由美が感じたのは必要以上にレジェンドクラスなどに対策をする必要はない、ということであった。

 彼らは強いが魔導の形式が古いのだ。

 原則として新しいものが強いのは魔導の理である。

 真由美がこうして健輔たちに乗り越えられていこうとしているように、真由美も過去を乗り越えてきた。

 必然として繰り返されてきた事柄に特別に注意を払う必要がないのは当たり前だろう。

 だからこそ、彼女が主眼を置いたのはそういう常識を超えている相手たちだった。


「健ちゃんは強い。あらゆる魔導師の中でも最高峰の対応能力に戦闘センス。どんな相手とも一定以上の戦いを出来る」


 逆にどんな相手にも負ける可能性もある。

 一見すればアンバランスだが、その実は高度に整っている万能型であった。

 隙らしい隙は皆無であるし、生半可な特化型が隙を突くことは不可能であろう。


「情報整理はおっけー。現状との摺り合わせも問題なし。ようは、健ちゃんとの戦いは自分の押し付け合い。意地の張り合いになる」


 皇帝に勝利したのは、チームを背負った健輔の執念がある意味で義務で戦っていた王者に優ったから、そして桜香に負けたのは恋の執念が健輔の不屈に優ったからである。

 皇帝は真剣であったろうが、1つに全てを賭けた男と未来を見ている王者では前者の方は『現在』においては真剣だっただろう。

 能力の相性など、いろいろな要因もあったが最後の部分はそこが原因だった。


「つまり、健ちゃんに勝つには私の想いが大切ってことだね」


 卒業試験と謳っているが、本当はぶつかりたかっただけなのだ。

 相手は皇帝にも、女神にも勝利した境界の主。

 育てた者として、ずっとぶつかることを心のどこかで望んでいた。

 後輩でも弟分でもない、真剣勝負の相手として真由美は健輔を意識している。


「情けない先輩とは言わせないよ。――必ず、期待に応えて見せるからね」


 噴き出す魔力は最初から近接格闘戦を望んでいた証。

 相手の土俵で勝利する、などと驕ったことは言わない。

 これこそが真由美にとって最大にして最高の勝機なのだと確信していた。


「括目しなさい。健ちゃん、男の子が三日で変わるなら女は一瞬で化けるものよ」


 舌をぺろりと一舐めして真紅の凶星が境界の万華鏡を迎え撃つ。

 最高の後衛が機動格闘戦を挑むという摩訶不思議な構図で2人の卒業試験は始まるのだった。


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