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第10話『集う新たな星たち』

 桐嶋朔夜という少女は自信家である。

 自負に相応しいだけの努力を行い研鑽も積んでいた。

 学生という身分であるために大層なことはしていないが勉強にスポーツと優秀な成績を収めていたことは事実である。

 彼女が魔導という技術に惹かれたのはある意味で必然であったのだろう。

 人を超人へと変える技術。

 アンチ技術も発達しているため、単体では活躍出来ない部分もあるがそれを含めても自分を高みに導ける技は彼女を虜にした。

 実際に触れ合うことで想いはさらに強くなる。

 もっと先に、もっと前へ。

 そのためにも強いチームを踏み台に自分は最強になるのだと――あの日までは夢を見ていられた。


「……あ、あのさっちゃん?」


 親友の声に何も返さずに彼女は思考に没頭する。

 叩き付けられた現実。

 ここで奮起するのがいつも彼女なのだがあの戦闘は明確な格差を彼女に刻み込んでいた。

 優秀だったからこそ、わかってしまうことがあるのだ。

 健輔が明らかに手を抜いていたこと、そしてまだまだ先があり、圧倒的な万能性を誇る彼ですらも世界最強でないということに戦慄を隠せない。

 この世界において、自分は特別ではないのだ。

 ある意味で当たり前の結論を認めることが出来ない自分も嫌なのだが、そんなことを考えていることにすら嫌悪感が湧いて出てくる。


「私は……っ」

「さっちゃん……」


 今日からチームとしての活動が始まる。

 なんとかして、前向きに考えようと努力はしていたのだが、どうしてもチラつくのがあの日の光景だった。

 自信も自負も粉砕する力の前に彼女は人生で最初の挫折を味わったのだ。

 立ち上がれるし、前にも進むことは出来るだろう。

 しかし、前と同じではない。

 何も知らずに前進できたのは無知であるが故にである。

 現実を知った今では同じような歩みは不可能なのだ。

 完全に折れてしまった意思は同じ形にはならないのだから。


「あーその、なんだ。あんまり気を落とすとあれだぞ、うん」


 集められた教室の一角。

 居心地の悪そうな男子生徒――白藤嘉人が声を掛ける。

 部室ではなくわざわざ空き教室に集められたのは、方針を決定する会議をしているからであり、彼らは待たされている状態となっていた。

 だからこそ、負のオーラを撒き散らす朔夜の姿は嘉人の視界に入っていたのだ。

 普通に考えて、教室内にそんな人物がいるのは精神衛生上よくはないだろう。

 彼のことを責めるような人物は早々いない。

 正しい行動をしたのは間違いなかったが相手が悪かった。

 怒れる相手に正論など無意味である。

 ましてや、今の彼女は本当に虫の居所が悪かった。


「……うるさいわよ。あなた程度に何かを言われる必要なんてないわ」

「……おいおい、これからはチームメイトだろう? そこまで言われる筋合いはないと思うんだが」


 顔を引き攣らせながら反論する嘉人の言葉は正しい。

 しかし、何度も言うが正しいだけで人が矛を収めるかは別の話だった。

 今の朔夜は簡単に言ってあまり良い精神状態ではないのだ。

 緊張感が漂い始める空気。

 おろおろとする栞里を置いてけぼりにして、2人の間に火花が散る。

 火薬庫のような危険な空気をその場にた2人の人影が諌めに動いた。


「――其処、うるさいです。負け犬の遠吠えは別の場所でしてください」


 訂正である。

 油を注ぐ人物が現れた。

 彫の深い顔には日本人的な特徴と外国人的な特徴が上手く調和している。

 淡い色合いの紫の髪に瞳を持つ美しい少女。

 身体つきも朔夜とは違い女性の魅力に溢れていた。

 我関せずと本を読むに終始していた彼女は、騒がしさを煩わしく思ったのか冷たい視線で朔夜を射抜く。


「なんですってッ! 私に喧嘩でも売ってるの!」

「別に買っていただいて構いませんよ。あなたぐらいなら、簡単に捻ることが出来ますので」


 油どころか爆弾を投げ込むような所業。

 ただでさえ低い朔夜の沸点は軽く振り切ってしまい、萎えていた闘争心に火が付いた。


「……いいわ。じゃあ、これから決めようじゃない。何処の何方か存じませんが、叩きのめしてあげるわ」

「お断りします。あなたとの格付けとチームへの紹介なら後者の方が優先度が上です。そもそも、あなたぐらいの魔導師には興味がないので」


 そういうと紫の少女は本への視線を移す。

 それっきり本当に興味を失ったのであろう。

 朔夜には何の反応も示さなくなった。

 喧嘩を売るだけ売って相手にしないやり方に、朔夜は1周回って逆に冷静になっていく。

 同時に彼女は悟った。

 こいつとは絶対に仲良くはなれない。


「へ、へぇ、怖いの? 私に負けたら大口叩いたのがばれちゃうもんね」

「はぁ……。あの方たちの能力は信頼してますけど、こういうのを見ると微妙な気分になりますね」


 紫の少女――暮稲ササラは殊更に大きく溜息を吐いた。

 こういうタイプの人間が行う挑発などそれほどバリエーションは多くないのだ。

 何よりササラから見れば、今の朔夜の様子は癪に障ることこの上ない。

 まるで以前の自分の焼き直しを見ているようで気分がよくなかった。


「程度が低い挑発はご自身のレベルを下げるだけですよ。心配しなくても、どうせすぐに戦えますよ」

「どういうことよ? 適当なことを言って、誤魔化そうとしているつもりかしら?」

「……なるほど。自負と自信の取り違えはこうまで醜いですか。イライラしますね」


 話を切ろうとするササラに朔夜が食い下がる。

 両者が共に才気に溢れているが故に起こる対立。

 朔夜が多少、理性を失っていることが原因でもあるが、ササラ側も対応が下手と言えるだろう。

 

「おい、お前ら」


 爆発しそうな雰囲気を醸し出す2人。

 火薬庫から爆心地に代わろうとする場所に土足で踏み入る勇者が現れる。

 ガッシリとした体躯、明らかに喧嘩慣れしたような風貌。

 新入生の最後の1人――大角海斗が割って入る。


「……海斗さん」

「ササラ、お前さんが言っていることは正論だが言い方があるだろうが。それともこんなところで無駄に喧嘩でもして、先輩たちの顔に泥を塗るつもりか?」


 海斗の言葉にササラは戦意を収める。

 元より朔夜と戦うつもりなど微塵もなかったのだ。


「言われるまでもありません。少しだけ気を張っただけですよ」

「だったらいいさ。こっちは勉強で忙しんだよ。気を散らすようなことをするな」

「申し訳ありません。朔夜さん、でしたか。こちらの言葉足らず申し訳ありませんでした」

「え、ええ……別にいいわよ。こっちも少しイラついていたから……ごめんなさい」

 

 ササラがあっさりと雰囲気を翻すのに朔夜は目を点にする。

 戦意は消えて、あっさりと興味を失ったのだ。

 静寂が戻る教室。

 怒りに思いっきり冷や水を掛けられた朔夜は多少冷静になったのか、思考を続けるのか考え込む姿勢に戻っていく。

 安心したような栞里を横目に嘉人だけは大きな溜息を吐いた。


「……これは、少し早まったかもしれん」


 明らかに普通ではない4人を見つめて、嘉人は頭を抱える。

 これからの3年間、退屈とは無縁そうな日々を彼は1人で嘆くのであった。






 健輔が部屋に入った時に感じたのは妙な空気であった。

 どこか遠慮したような、と言えばいいのだろうか。

 今後はチームとしてやっていくはずなのに彼らが向いている方向が完璧にバラバラであることをなんとなくだが感じ取る。


「何をやってるんだか……」


 呆れたように小さな声で呟きを漏らす。

 曖昧な笑顔でSOSを送っている嘉人に軽く頷き返して健輔は全員に向かって声を上げた。


「まずは自己紹介からしておこうか。既に知っている人もいるだろうが、クォークオブフェイト所属、2年生の佐藤健輔だ。これからよろしく頼む」

「よ、よろしくお願いします!」

「お、おう……げ、元気だな」

「は、はい! 自分は、世界大会での先輩の活躍を見て、この学園に来ました。お会いできて、光栄です」


 何かを耐えるように下を向いていた大柄な男が感動も露わに直立不動で健輔に想いをぶちまける。

 ギャップがあるよ、という葵の言葉を思いだした健輔は相手を軽く観察してみた。

 体格、及び先ほどの空気感から察するに周囲の干渉にもあまり動じないタイプなのだろう。

 そんな人物が戦闘は怖い、と言っていた。

 葵の情報から判断すると確かにギャップがあるとしか言いようがない。


「そこまで言ってくれると嬉しいな。所詮は敗者だが、このまま終わるつもりはない。チームの一員として尽力してくれると嬉しい」

「も、勿論です! ご教授、よろしくお願いします!」


 疑問はあれど脇に置いておき、話を進めていく。

 気になることは他にもいろいろとあるのだ。

 敵愾心が全面に溢れている朔夜や警戒している栞里はまだわかりやすくていい。

 嘉人についても同級生の新しい面に驚いている辺り、常識的な感性で苦労しそうな様子が窺えていた。

 問題は最後の1人であろう。

 あれほどまでに葵が勿体ぶった魔導師。

 紫の乙女は冷たい瞳を何処か期待したように上気させて健輔に向けている。

 リアクションに困ると思うも、役目を果たすべく言葉を放った。


「……連絡事項がいくつかあるが、それよりも最初に諸君らは味方について知っておくべきだと思う。俺も後輩たちについて良く知りたいしな」


 健輔の言葉を予想していたのか、朔夜は好戦的に顔を歪めて、ササラは更に瞳を潤ませる。

 オドオドしている栞里や緊張したような海斗、そして肩を落とす嘉人。

 各々に様々なリアクションを見せる姿は健輔から見ても実に面白かった。

 

「言葉で伝えることは勿論あるが、1回やってからでも悪くはないだろう。その後に今後のスケジュールなども発表した方が受け入れやすいだろうしな」

「じゃあ、そういうことですか?」


 好戦的な笑みと共に質問を投げる朔夜とそれを睨みつけるササラ。

 既に中々の因縁を感じさせる空気を2人は持っている。

 何とも良い空気を吸っている彼女たちのプロフィールを思い出して健輔は苦笑を浮かべた。

 恐らく、お互いの能力などまだわかっていないであろうに両者は良い感じに噛み合っている。

 ライバルとしても、コンビとしても中々に悪くない組み合わせなのだ。

 勝手に因縁が生まれるのも1つの運であろう。

 

「やることは単純だ。そっちは5人。こっちは4人でのチームバトル。味方の能力を確かめるのにも、こちらを知るのにもちょうどいいだろう?」


 既に彼らは個々での洗礼は受けている。

 次はチームとしての洗礼、組織の強さを知ってもらう必要があった。


「じゃあ、いこうか」


 後に嘉人は健輔に語る。

 この時の先輩の笑顔ほど怖い笑顔と出会うことはないと思った、と。

 満面の笑みで後輩を歓迎したつもりの健輔であったが、両者の心はこれ以上ないぐらいにすれ違うのだった。






「それで? 健輔としてはどんな感じでいくんだい?」


 場所を戦闘フィールドに移して、両陣営は別れる。

 この新設されたフィールドでは新ルール下での戦闘訓練が可能なようになっており、健輔たちにとっても初めての体験をすることになっていた。

 大凡の力はわかっており、同時に敵側は連携など望むべくもない。

 あまりにも差があり過ぎる戦闘は蹂躙にしかならないだろう。

 それを埋めるための処置の1つがこれであった。


「ん? 特に何も考えてないぞ。初めてのルールだし、まずは把握することからだろう?」

「言っている事は正しいけど、あの子たちを舐めているように聞こえるわよ、それ。ちゃんと対応してあげなさいな」


 美咲が呆れ顔で健輔に言い放つ。

 容赦のない言葉だが、それこそが彼女の持ち味でもある。

 健輔たちを影で支える同級生の意見に否定すべき部分は存在しない。


「大まかな方針はいつも通りでいいさ。美咲は圭吾と優香をメインにして、サブは索敵とかでいいよ。俺のフォローは最低限でいい」

「……まあ、生存力はナンバー1だもんね。いいわよ。作戦はいつもと一緒、ってことでしょう?」

「そういうことだな。向こうの能力を知っていて、おまけに初めての連携。これでこっちが準備万端だったら人数差を込みにしても絶対に勝てるからな」

「負ける余地を残す、か。桐嶋さんが怒りそうだね。あの子、健輔のことを睨んでいたじゃないか」


 朔夜の敵意に気付かない圭吾たちではない。

 青いと言えば青いのは間違いないが、健輔にしても嫌いな気性ではなかった。

 敗北を払拭したい気持ちは健輔もよくわかる。


「負けん気が強くいいことだな。まあ、傍にいる天才がいい刺激になるさ」

「ササラちゃんは強いわよ。私が断言してあげるから」

「美咲のお墨付き、ですか。強敵のようですね」


 敵のチームで最大の警戒を向けるべきは暮稲ササラである。

 この点においては健輔たちの中でも統一された意見だった。

 知る限りのデータにおいて、彼女は飛び抜けた才能を持っている。

 少なくとも2年生クラスの魔導師として遜色ない実力があることは確認できていた。


「向こうはコーチ投入もしてくるみたいだし、こっちの慣れも兼ねてるんだろうさ」

「何をするにしてもまずは1戦か。フィーネさんも存外に葵さんと相性が良いみたいだね」

「だな。まあ、魔導師なんて大抵はそんなものだろうさ」


 圭吾の言葉に健輔も同意する。

 女性の魔導師で頂点の域にいたのだ。

 フィーネが外見通りの優しいお姉さんのはずがないのである。

 葵よりも苛烈であり、才能があるからこそ3強などと呼ばれていたのだ。

 彼女を上回る女性が桜香しか存在しないという点だけでもどれほどの怪物なのかということはわかるだろう。


「皆さん、向こうの準備が出来たようですよ」

「よっしゃ、行くか!」

「あまり前に出ないようにしてよ、健輔。今回は後衛枠なんだから、支援もないんだし」

「わかってるよ! 圭吾、優香、前は頼んだ」


 4人で戦うという久しぶりの状況に高揚した様子を見せながら健輔たちは戦いに臨む。

 新しいクォークオブフェイトの方向性を見極める重要な戦いの幕が開けるのだった。


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