第108話『友達』
「……なるほど、やること成すこととんでもないと思ってたけど、結構ちゃんと考えているのね」
「いや、どういう印象を持っているんだよ。俺は普通だって、普通」
「あなたが普通だったら魔導師に常識人がいなくなるからやめてよ。同類扱いされるじゃない」
「えっ……そこまで拒否するものなの?」
「それよりもいくつか聞きたいことがあるんだけど、構わないかしら?」
「そ、そんなこと……ま、まぁ、いいっすよ」
激突を経て、友情を結ぶ。
魔導師には珍しくないが、友情というよりも理解と納得で結ばれた者たちが此処にいた。
唐突に過ぎる健輔の奇行から始まった戦闘を経て、2人はお互いのバトルスタイルについて意見を交わす。
合宿の妙というのはここにあるだろう。
異なる観点、違う価値観との出会いは貴重である。
カルラに自分のバトルスタイルについて一考させる程度には力があった。
「あなたのバトルスタイルは根本に『技』がある。戦闘センスに優れているのは知ってたけど、決断力にも富んでいるのね」
「お、おう」
「器用さを活かして、パワーの格差を超える。……全然タイプは違うと思ってけど、『騎士』と同じような傾向なんだ。なんていうか、意外だわ。あの手の魔導師は頭脳派が多いから」
言外に脳筋に見えると言われてるが棘はない。
絶賛の言葉に健輔は返答に困ってしまった。
正面から素直に褒められる事に慣れていないのだ。
カルラの言には一切の虚飾がない。
直情的に燃え上がりやすい体質だが思考は続けている。
ただ怒りで視野で狭くなってしまうことが弱点であった。
ランカーの手前で足踏みしてしまう要因はそこにある、とフィーネは健輔に言っていたことがある。
同じ意見だが、今は少しだけ別の見解を抱いていた。
カルラの本質は考えた上で怒ることなのだろう。
健輔のような本能で戦うタイプではないと、同類じゃないからこそ見抜いていた。
考え抜いた果てに思考を放棄する技のタイプが健輔ならば、カルラは決断の果てに迷い
再び答えを見出す魔導師なのだ。
「多様性は判断を迷わせる。これまで、私はそう思ってたわ。あなたを知った後でも結論は変わらなかった。でも、それは誤りだったわね」
「……ほう?」
「あなたは自分のやるべきことを極限化している。結局のところ、処理は決断するだけなのよ。よく考えているわ。最終的に必要なパターンは絞られるものね」
「ふーん、よく見てるな」
健輔の戦い方を理解する時に必要なのは彼の歴史を見抜くことである。
戦い方の根本には今だにシルエットモードがあるのだ。
シルエットモードは側だけは能力を真似ているが、いろいろと足りなかった形態である。
出力、その他にも錬度も足りないなどと今から考えれば穴も多い。
しかし、あそここそが健輔の出発点であることに変わりはなかった。
能力を選択して、自らの判断を武器する。
ある意味ではクリストファーと同じように基礎に忠実であること言えるだろう。
複雑に見えるのは選択肢が増えているからであり、健輔のやっていることは決断する、という1点に絞られている。
「対して、私はやりたいことが見えない。ここが、ネックなのね」
「だろうな。クラウディアはハッキリとしていたよ」
そして、カルラの問題点も浮かび上がる。
彼女の属性『火』で何をするべきなのか。
この部分が彼女の戦い方からは見えてこない。
例えば、真由美ならば砲撃型に忠実であり、基本を極めた果てに自分らしさとしては破壊力を加えた。
ハンナならば全方位で戦えるように格闘能力を、と言ったように基本に自らの理想を付け加えるのが中位までのランカーの特徴である。
上位ランカーには突き抜けたモノが多いため、こういう凡人の構築では役に立たないが上位は上位で似たような論理の下、しっかりとした土台を創ってはいた。
桜香などはその土台が誰にも真似できないだけである。
つまり、ランカーには必ず必要とされる要素であり、カルラに欠けているのがこの部分であった。
「雷を武器にして、自らの白兵能力を磨き上げる。これも王道でしょうね」
「ああ、何も決めずに上にいけるのは天才だけだろうさ。凡才はきっちりと考え抜かないとな」
「凡才、ね。あなたは異才ね。いろいろとぶっ飛んでるわよ」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてないわよ。……でも、いいアドバイスは貰えたかな。あなたもそう思うでしょう? イリーネ」
この場で無言を貫いていた最後の1人。
カルラと健輔の激突も静かに見守っていた人物に火の戦乙女は話し掛ける。
「……そうですね。ええ、私にもとても参考になりました」
「汎用性を武器するのか。それとも」
「属性を、個性を武器するのか。健輔様は汎用性を武器にされたのですね」
「ま、万能系だからな」
汎用性、選択肢の多さは健輔の武器であり強さの秘密だ。
ここに意思を加えることで彼は多くの強敵を撃破してきた。
イリーネとカルラにも加えるべき何かが必要なのだ。
「白兵に創造。私なりに考えたものは、まだ私の色に染まっていない」
「同じく。火だからこそ出来るもの。私だからこそ出来るものがいるのね」
「わかり切ってることだけど、中々難しいだろう? オリジナル、っていても完全我流でOKなのって皇帝ぐらいだろうさ」
「先人に倣うのは悪いことではないですからね。……さて、困りました。よく考えてみると、自分らしいというのが何かはよくわかりません」
イリーネのぼやきに健輔は苦笑する。
自分の良いところ、悪いところをひっくるめた個性というものを把握しているものは多くないだろう。
健輔も気が付いたらこの答えを選んでいただけであり、決して意図して辿り着いた訳ではない。
本能で来れただけでも大したものだが、それ故に健輔もここから先についてはアドバイスのやりようがなかった。
自分らしさを見つける、というのは人によって大きく難易度の変わる難問である。
カルラたちがどちらに属するかは、簡単に想像できるだろう。
「私もだよ。……ちなみに、あなたから見てどう見えるの?」
「バカに成りきれないアホと見栄っ張り、かな」
「……ストレートですね」
「……ええ、ストレートね」
「虚飾で覆って意味はないだろう? 正直者なんだよ、俺は」
ジト目の戦乙女に言い訳をしながら3人は共に歩む。
道のりは重ならず、距離はまだまだ遠いが敵として以外の関係が結ばれた。
クラウディアが、フィーネがそうであったように出会いには意味がある。
水と火。
2つの属性が昇華するために必要なものは本人たちも知らない間に揃おうとしているのだった。
合宿における練習の内容は基本的に自由である。
首脳陣からこのメンバーで、と指定された場合にはその限りではないが、既に2日目になろうとしていることもあり、大きな指定はなくなっていた。
自ら考えて、そして学ぶ。
この姿勢こそが、魔導師を強くする。
誰でも知っている常識であった。
「まだ『不敗の太陽』を倒すのを諦めていないのか。流石だな、ケイゴ。外見に似合わずに君は熱い奴だよ」
「そうですかね? 僕としては普通だと思うんですけど。それに、そのセリフはこっちのものですよ。ジャックさんもお変わりないようで良かったです」
「去年の俺はバックス統括、などという立場ではなかったけどね。プリンセスのご指名だがまさか抜擢されるとは思わなかったよ」
圭吾と談笑する男性はシューティングスターズ3年生。
バックス統括というポジションは公式には設定されていないが、ようはバックス系の魔導師のリーダーである。
香奈と同じ頭脳ポジション。
彼――ジャック・ハミルは親しげな様子で内情を吐露していた。
「いいんですか、そんな情報を表に出して」
「構わないさ。これで負けるならば、それまで。我らが姫はそう言うだろうよ。頂点に立ってはいなくても、我々も強者だ。驕って、高ぶるのも義務だよ」
「……負けは、ありえん」
「わかってるさ。カイ、俺がそんな奴に見えるのか?」
「念のためだ」
ジャックに話しかけた男性、彼もシューティングスターズのバックス魔導師である。
カイ・フール―。
無口だが、仕事はしっかりとこなす魔導師であり、昨年度は圭吾も世話になった。
術式を素早く正確に展開させることを得意としており、シューティングスターズの1年生及び2年生は彼から手解きを受けることになっている。
合宿では他のチームにも出張することになるだろう。
そして、最後に1人。
「しかし、一途だねぇ。お姉さんが相手してやろうかい?」
「ミーナさんは美人ですけど、残念ながらあの人ではないので」
「拒否する、と。ははっ、イイじゃないか。そそるねぇ」
豪快な笑みを浮かべる女性。
ミーナ・キュロット。
シューティングスターズの主力バックスの最後の1人である。
彼女の役割は護衛。
すなわち戦闘もこなせるバックスである。
昨年度は器用貧乏な前衛として配置されていたが、ルールの変更に伴って正式にバックスにポジションを移した。
創造・固定系をトラップとして活用する武雄とよく似た戦い方をする女傑である。
1年次の合宿では圭吾がお世話になった人であった。
「ミーナに言われると別の意味で食われそうだな」
「食欲か」
「おい、バカ2人。聞こえてるよ。全く、根性のある男が足りないね」
「圭吾のところの自爆王とかと一緒にするなよ」
「あいつはクレイジーな奴だ。尊敬はするが、憧れはしないな」
健輔が1番自爆していた時期は昨年度の夏から国内大会の前半にかけてである。
激しく弾け飛んでいた時期を知る者たちからは、未だに自爆王の尊名を送られていた。
色々な意味で勇者だった男を讃えた称号である。
「皆さん、お変わりないようでよかったですよ。スタメンになったのなら教えてくれたらよかったのに」
「おいおい、これでも敵同士だろう? 気を使ったのさ、気をな」
「空気を読む、というのだろう。我らも友人に敗北を味あわせるのは気が引ける」
挑発ではなくただのジョークである。
わかっているからこそ、圭吾は苦笑で留めた。
彼らがこのような物言いをするのは知っている。
「しかし、思いきったことをしましたね。3年生はあなたたちだけですか」
「エヴォリューション、って言ったところかな。チームも常に若返るべきだ。我らが女帝陛下の治世は終焉を迎え、既に姫の時代だからな」
「姉妹って言ってもやっぱり好みはあるからね。アリスはハンナさんを尊敬してるから摩擦は少なかったけど、やっぱり合わない部分はあるのさ」
アリスの前にハンナから次のリーダーとして指名されていた人物がいたが、彼女たちは既にサブコーチのような形で引退していた。
アリスが率いるチームの中に、自分たちは不要と判断したのだ。
新しく入ったメンバーの育成など、地味ではあるが大切な仕事の方に比重を移していた。
戦力としてはいなくなったが、代わりに下からしっかりと支えている。
勿論、全員が引退する訳にはいかず、僅かに残ったのが彼らバックス陣であった。
経験こそが最重要のポジションであり、ある意味では生命線。
そこを任されるにたるだけのものを持つ古参兵たちである。
「この間の模擬戦でもそうさ。俺たちは姫の要望に合わせて正面決戦にしたが、昔からがっつりとハンナさんに染められた奴らは他にもいろいろと考えただろうしな」
「なるほど、反発はないけど、ということですか」
「他人がコーディネートした部屋は使い辛いものさ」
圭吾も失礼だとは思うが、1つの事実として理解はしていた。
彼らは特別優れた魔導師ではない。
世界大会にメインで出場していなかった以上、積めなかった経験があるからだ。
強いとは言えず、しかし、弱いとも言えない。
そんな彼らが選ばれたのは3年生でありながら柔軟に状況に対応できる力があったからである。
スタイルがまだ未確定だったからこそ、選ばれた遅咲きの華。
「そういうことですか。納得です」
「それで? わざわざ俺たちに会いに来た理由はなんだい。旧交を温める、ってだけじゃないだろう?」
「お前は意外と計算高いからな」
男性2人の評価に苦笑する。
彼らなりに褒めているのだが、初対面だと勘違いする者もいるだろう。
そうなった場合はそれはそれで気にしないのだろうが、この飄々とした感じには慣れない。
脳裏に過るのは健輔と仲が良かった学園最大の曲者である。
彼ほどではないが、似たような人間とは何処にでもいるものだった。
感慨を抱きつつ、圭吾は訪問した真の目的を彼らに打ち明ける。
元より、隠すつもりなど微塵もなかった。
「では、お言葉に甘えて。バックスの視点が欲しいんです。現状だと、どうしても準備をしないとスペック以上の力は出せません」
「ま、その通りだろうね。私たちは凡才。時間が解決してくれるのを待つしかないけど」
「いつまでも、負けたままなのは嫌ですので」
「はっ、それで俺たちか。チームの奴らからは吸収済み。つまりは別の体系がいるのか」
圭吾が欲しているのは知識ではなく、戦闘で活かされた知恵である。
経験を経たものしか持っていないもの。
その文化に触れたことがない圭吾では理解できないものを翻訳してくれる人材を欲していた。
チームを凌駕する個人に対抗するために、緻密に組まれた流星にこそ聞くべきことがある。
「勿論、対価はあるよ。自分のではないのがあれだけど、桜香さんのデータは必要だろう? 健輔から貰ったから、効果は保証するよ」
「ヒュー、いいね。ちゃんと考えているのは評価が高い。……オッケー、了解だ。教師を承ろう」
「優しく手解きしてあげるよ」
「覚悟はしておくんだな」
好意に甘えていれば、容赦なく突き放しただろうが、しっかりと考え抜いた果てならば別である。
先輩として、彼らは胸襟を開く。
「よろしくお願いします」
ニヤリ、と圭吾は不敵に笑った。
強くなるために行動が必要ならば、圭吾はしっかりと歩んでいる。
皇帝から受けた薫陶を無駄にする訳にはいかないだろう。
王者が期待している、と戦闘を望んでくれたのだ。
あれだけの王者に期待されて、涼しい顔をするほど圭吾はまだ悟っていない。
数多の敗北に屈しない姿勢。
彼の親友と同じように彼もまた、不屈なのであった。




