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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第107話『広がる輪』

 健輔が楽しく戦乙女と仲を深めている頃、彼の姉に等しい女性が能面のような表情である仕事に従事していた。

 根性を叩き直す。

 言うのは簡単だが、上手くいくものでもないだろう。

 彼ら、アマテラスのメンバーに対して桜香を含めて、合宿参加者の意思は決まっていた。

 このままでは最強を名乗らせることすらも危険だし、何より彼らが名乗って欲しくない。

 弱すぎる最強のチームなど、恥を晒すだけだからだ。

 激化する戦闘。

 新しいルールと新時代の技術。

 適合した魔導師たち。

 桜香にも容易ではない戦いは必ずやってくる。


「言い訳の余地なく、あなたたちを叩きのめす。ま、それが私の仕事って訳よ」

「……亜希さんは、どうしたんですか?」

「王者からの別メニューの後で合流よ。数合わせでしかないけど、このままだと本気でつまらないことになりそうだしね。邪魔にならない程度には鍛えて上げる」


 葵は心底詰まらなそうにアマテラスのメンバーを見渡した。

 彼女も元はアマテラス。

 知った顔も何人かいるが、以前よりもかなり詰まらなくなっている。

 どいつもこいつも負け犬の顔をしていた。


「楓、あなたも詰まらない奴になったわね」

「……あなたにはわからないわよ」

「当たり前でしょうが。わかるつもりもないわよ」


 健輔は意外と優しいのだが、葵は同じ戦闘狂でも冷淡な部分がある。

 自らが弱者であると自認する健輔に対して、葵は強者の自覚があった。

 どちらが良いも悪いもないが、他者への期待感で両者の温度差は現れる。

 自分もいけたのだから、他の者もいけるだろうという楽観が健輔。

 対する葵は期待できない者もいると割り切っていた。

 持てる者と持てない者の差を知っているからこそ、葵は飛び立てない者がいると理解していた。

 

「……やめるつもりもないのでしょう?」

「当然。私は藤田葵だもの。せっかくの機会だし、当然ながら全力で、本気でやるわよ。真由美さんに付いていったのも、桜香の下から抜け出るためだもの」

「どうして、戦おうなんて思うの? 私には、それがわからないわ」

「太陽の眷属たちにはわからないわよ。やりたいからやる。シンプルで単純な理由なんだけどね。別に大した意味がある訳じゃないわ」


 太陽の眷属。

 熱量を携えていない彼らには重すぎる名なのだが、葵は一切勘案しない。

 可能ならば後輩の期待に応えて欲しいと無駄だと思いながら祈るだけだ。


「やることは単純。全員で私に掛かってきなさい。私が落ちれば終了。逆に言えば、落ちるまでは続けるわよ」


 戦力比からすると無謀。

 1対20はいく人数の差はそれだけで確かな暴力である。

 古来より、戦場とは数が総べた場所。

 言うまでもなく葵が圧倒的に不利なのだが、魔導という奇跡が英雄の存在を許容する。

 勝負において圧倒的な強さを誇る格闘型。

 桜香とも戦える魔導師の気迫にアマテラスのメンバーは気圧されていた。


「さあ、やりましょうか」


 合図はそれだけ。

 葵の静かな宣誓と共にアマテラスを叩き直す旅は始まる。

 最強の魔導師を彩る華にするために、藤田葵は一切の手を抜かない。


「さあ――惚けないで、戦えッ!」


 手近にいた相手の鳩尾に渾身の拳をお見舞いする。

 敵はくの字に折れ曲がり、吹き飛ばされていく。

 唐突に始まった決戦にアマテラスは浮き足だつ。

 仮にも最強のチーム。

 クリストファー抜きでも威厳を見せたパーマネンスに比べればあまりにもお粗末な在り方であった。


「もう少し、スマートに始めなさいよ! 奇襲なんて卑怯じゃない!」

「あら、ごめんなさい。でもね、ここは戦場なのよ。気構えが足りない! 最強のチームが1人潰されたくらいで狼狽えるなァ!」


 相手の怒声に怒声で応じる。

 優香ではないが、葵にも気の乗らない仕事なのだ。

 早く終わらせるべきだと思っていた。

 こんなものを鍛える時間が勿体ないのだ。


「あなたたちに、私の時間を割くのが嫌なのよ。どうせ、無理なんだから早く諦めないさよ。理由は、作ってあげたでしょう?」

「――! それでも!」


 葵の挑発――いや、本心に楓と名前を呼ばれた魔導師が吠える。

 反骨の意思が完全に無くなった訳ではない。

 ある特定の部分以外には彼女たちも至極真っ当な人間であった。

 自然な感情の動き、激昂は当然である。

 しかし、向ける相手は間違っていた。

 藤田葵がそんな言葉を勘案することなど絶対にない。


「何か、言ったかしら?」


 感情のままに突っ込んできた楓に渾身の蹴りをプレゼントする。

 返答など許さないと叩き込まれた力は葵が不機嫌だということを如実に示していた。

 お前たちは本当に詰まらない。

 表情と雰囲気で主張する女傑に、アマテラスのメンバーも敵愾心を抱く。

 友好的な空気など皆無。

 お互いに相手を潰すことに益を見出そうとしていた。

 まずは優香が無駄なプライドを圧し折って、葵が燃料を用意しておく。

 準備は整った。

 起爆のために必要な素材もこの戦場には存在している。

 アマテラスが変わるかどうかはまだわからないが、1つだけ確かなこともあった。

 彼らは失敗を犯したが、まだやり直すことは出来る。

 桜香と共に、本当の意味で歩む覚悟をした時にこそ、最強のチームは真実、最強となるのだ。

 何れ来る日だけに期待をしながら、葵は拳を振るい続ける。

 今まで振るった拳の中で、最も熱を感じせない技はこうして静かに磨かれていくのだった。






「コツ、というのはあまりないのですよ。ササラ、栞里」


 殺伐とした雰囲気でぶつかり合う葵たちとは全く異なる光景。

 小柄な少女たちが笑顔で己の技を披露し合う場所があった。


「あれだけ見事なゴーレムなのに、ですか?」

「ええ、私の技は私の夢。大きな巨人の肩に乗って、旅をしたいという願望を描いたものよ。魔導は願望に沿った方が実現性が高いの」

「な、なるほど……」


 栞里とササラに対してヴィエラが普段を違う様子を見せる。

 天真爛漫で無垢な少女であるのが彼女の姿だが、今日はいつもよりも大人びた顔をしていた。

 教えを受ける2人に胸を張る姿は微笑ましい。


「大きく分けて、魔導の能力は2種類です。理論型と理想型。これらの違いはわかりますか?」

「理論型は積み重ねられた理論から結果を導くもの。弱点は習熟に時間が掛かるのと相性があることです」

「り、理想型はその逆です! 習熟は早くて、相性も抜群ですけど、やりたいこと以外には何も出来ません」

「良く出来ました。創造系はどちらの特徴も持っていますが、理想型の方が強くなりやすいですね。情熱が、感情の桁が違います」


 理想型の代表的な魔導師はクリストファー・ビアスである。

 圧倒的な強さ、それを支えるのは自負。

 精神強度で全てを決する熱量は正しく王者である。

 対して理論型は総じてがバックスであるため、傑出した魔導師は少ない。

 理論の性質が多くの者に扱えるようにする普遍性を示すものであるため、仕方がないと言えば仕方がないだろう。 

 魔導師のほとんどは何かしらの理想を描くため、特化した素養を持つがバックスは逆というのがこれまでの棲み分けだった。

 後は個々の人間が待つ割合で傾向が決まる。

 ちなみにクリストファーは理想型の代表的な存在だが、同時に例外的な存在でもあった。

 特化した理想の極みなのに汎用性においては実は優れている。

 このように常識を超えている連中がランカー、と呼ばれるのだ。


「勿論、どちらか一方だけを収めている人はいませんよ。両方を収めた方が強いのは間違いないです。言い方を変えていいのならば、ようは使い分けですからね」

「強力なもの、切り札を理想にして」

「普段使うのものは理論にする」

「ええ、魔導師とはそういう使い分けをするものです。健輔様もその辺りは代わりませんわ。あの方を筆頭にランカーは少々特殊なのですが、その辺りも説明しておきましょうか」


 比率の問題で魔導師の戦い方は変わってくる。

 ヴィエラはどちらかと言うと理想に偏っているため、理論は左程得意ではない。

 逆にヴィオラは理想よりも理論派であった。

 お互いの特徴を補い合うことで『魔導』そのものの力を引き上げているのが彼女たちなのだ。

 こういった構成になっていることには理由がある。

 まず第一に上位ランカーと戦う際に壁になる部分が関係していた。


「強さ、というものは数値にし難いですけど、明確に数値として出てくる強さが1点ありますわ。出力です」

「3強……」

「ええ、そして、何れは激突するでしょう上位クラスの方々の中にも、こちらの攻撃を一切通さないような方がおられるでしょうね」


 下位の魔導師が上位と戦う際に注意しなくてはならない最大の点が相手の防御を貫けるのか、という部分になる。

 魔導師のタイプに限らず、この部分の防御だけはなんとかして対処しておかないと蹂躙されるだけであった。

 3強、もしくはそれに類するウィザードクラスの魔導師などはそこにプラスαを持っているが今はまだササラたちには関係はない話である。

 

「魔導は原則として、格下への防御は圧倒的なものである」

「その通りですわ。あなたたちもご存じのように九条桜香、クリストファー・ビアス、そしてフィーネ・アルムスターにも、中途半端な攻撃は通じません」


 魔力の出力が桁違いになると、それだけで障壁を遥かに超える防御力を発揮する。

 障壁は誰でも作れる魔力の壁だが、魔力放出による周辺環境の掌握はそれよりも上位の技であった。

 やっていることの複雑さは障壁の方が上であるが、単純ゆえに真似できない脅威がそこにはある。


「突破の方法がないと、いけない」

「その通り。その時に考える突破方法が魔導師のタイプでやり方が決まります。たとえば、わかりやすいところだと理論型ならば、クォークオブフェイトの杉崎様のようになるでしょうね」

「和哉先輩、つまりは五感に訴えかけるですか?」

「いいえ、本質はそこではありません。言うなれば、現実のものにする、でしょうか。魔力体のままだと上位の魔力には通じない。ならば、現実の法下で争う、というのが正しい認識でしょうね」


 魔導師と言えど有害な物理攻撃を全てを遮断することは出来ない。

 明確な毒物などは流石に禁止されているが、身体を弛緩させる程度の創造は許されていた。

 ルール違反ギリギリの戦いになるため、現実的な妥協点としては和哉のように匂いなどになるだろう。

 もっと踏み込んでいる魔導師もいるにはいるが、彼らはそういう妨害に特化した魔導師のためあまり参考にはならない。


「後はパワー高めて突破など、やり方は各々で違いますね」

「身体能力が葵さん、多様性が佐藤先輩、優香さんが総合的に、と言った感じですね」

「正解ですわ。あまりにも出力がかけ離れていると普通の手段では難しいですけどね」


 後衛火力優勢の時代から現状は前衛の優位に移ろうとしているが、理由の1つに上位ランカーの防御能力がインチキ染みているところにあった。

 前衛魔導師は魔力自体は通じなくても攻撃手段はある。

 相手の障壁をどうするのかなどと問題があるにはあるが、なんとかする自信があるからこそ上位ランカーを討つためにも健輔を筆頭とした下位ランカーたちは頑張っていた。

 そして、この構図はそのままランカーを狙う者たちと下位ランカーにも当て嵌まる。


「理想型は戦い方がそのまま切り札な人も多いので、具体的な例が難しいのですが、実力的にも噛み合っているのは健輔様辺りになるのではないでしょうか」

「それはそうですね」

「あの人、よくわからない強さがありますからね」


 理想型に関しては究極系がクリストファーであるが、強者は基本的にこの側面が強いためなんとも言えない。

 強くなる、ということは理想を追求する行動であるために結果としてそのようになっていた。

 

「さて、事前の前提はこの辺りにして、2人には自分のスタイルについて考えていただきましょうか。仲間ありきでも、なんでも構いません」

「私は、変換系をどうするのか」

「私はどういう前衛を目指すのか」

「はい。私も微力ですが、協力させていただきますので、頑張りましょうね」


 朗らかな笑みと明るい雰囲気。

 少女たちは敵という間柄も関係なくお互いを高めていく。

 直ぐ傍で激しい爆音さえなければごく普通の光景。

 激しい違和感こそあるが、穏やかな一角はこうして日が暮れるまで聖域として保たれるのだった。


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