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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第106話『趣味』

「1つ、聞いてもいいですか?」

「うん? というか、同い年なんだし普通に話してくれていいぞ。お前さんの丁寧な話し方、なんか違和感がある」

「い、違和感……い、いえ、前は割と暴言を吐いた記憶があるので、これで通させてください」

「お、おう……ん? 前って……」


 苛烈な意思を宿した瞳。

 火を象徴する少女は頬をぴくぴくさせながら必死に笑顔を維持していた。

 真由美との再戦までまだ時間がある中、彼がやろうとしていたのはあまり話したことのない人物たちとの交流である。

 たとえ表に出ていなくとも優秀な魔導師、というのは必ずどこかにいるものだ。

 人脈を広げることの重要性は流石の健輔も理解していた。

 物色する、という訳ではないがそんな目的でふらふらとしていたのだが、そこで意外な人物から声を掛けてきたのがこの状況の始まりとなった。

 あまり接点がないために意外ではあったが、直ぐに気を取り直して先ほどの発言出てくる辺り、切り替えの早さは未だに健在である。


「すまんが、記憶にないな。何かあったっけ?」

「えっ……嘘」


 世界大会の際での楽しいレクリエーションは健輔的には美しい思い出になっている。

 彼女――カルラとの間に齟齬があるのは仕方がないだろう。

 ショックを受けた表情を見せるカルラに焦りながら、頭を捻ってみるが暴言とやらが全く記憶に残っていなかった。


「わ、悪い、本気で記憶にない」


 申し訳ないとは思っているが本気でカルラとの間に因縁など思い至らない。

 試合中、練習中の暴言などは記憶に残らないのだ。

 健輔が言った時もそうであるし、逆もまた然りである。

 さっぱりとした健輔の発言にカルラは落ち着いたのか大きな溜息を吐く。

 

「真由美さんから言われてたけど、あなたは本当に凄い人ですね」

「あ、ありがとう? 微妙に褒められてないように感じるんだが、気のせいか?」

「褒めてないですよ。はぁぁ……」


 肩を落として彼女の中で張りつめていたモノが切れる。

 それなりに覚悟をしていたが、全く意味がなかった。

 思う甲斐がないとはまさにこの事である。


「じゃあ、そのことはもういいわよ。未来の話をしましょう」


 火は鎮火したが、今度は別の部分に火が付く。

 調子を取り戻した強い眼差しは健輔の記憶にもある。

 ようやく本調子なのかと健輔も笑みを浮かべた。

 敵意、というほどに強くはないが、攻撃的な意思を向けられて喜ぶ様は何も知らない者が見たら妙な光景だろう。

 自らのアンバランスさ加減に気付かずに健輔は道を爆走する。

 この向う見ずな部分が美咲と優香をヒヤヒヤさせているのだった。


「私、強くなりたいのよ。あなたの強さの秘訣、教えてちょうだい」

「……ん? 強さの、秘訣? ……なんぞ、それ」

「はあああ!? いや、あるでしょう、練習だとか才能だとか、後は切っ掛けとかさ!」


 健輔の惚けた態度にカルラは食って掛かる。

 彼女からすれば万能系という器用貧乏を携えてトップクラスの魔導師に打ち勝ってきた健輔は怪物なのだ。

 しかし、怪物であるが人間なのも間違いない。

 桜香やクリストファーのような1点ものには負けるのも仕方がないが、健輔には何か秘訣があると思っていた。

 切っ掛けを強く欲する彼女にとっては賭けにも等しい問いだったのだが、健輔の答えはあまりにもやる気がない。


「いや、マジで記憶にないな。逆に聞きたいんだが、どういう理由だったら納得するよ」

「納得って、別に疑っている訳じゃないわよ。ただ、何かあるだろうって……」

「そこだよ、そこ。理由があったら、自分が弱いのを認めるんだろう? 俺にはその辺りがわからんからな。何も言えないよ」

「え……いや、弱いのを認めるって訳じゃ……」


 カルラからすれば思いもよらないところからの指摘。

 健輔には当然の疑問。

 両者のスタンスの違いが、言葉にも表れていた。


「理由なんてあっても無くてもやることは変わらないだろう? それともあれか、俺の強さが実は神様から与えられた才能だったら諦めるのかよ」

「私は! そんな、つもりは……」


 弱くなっていく語尾は自らの強さに対する疑問があるからだ。

 彼女は弱い。

 客観的に見て、ヴァルキュリアのメンバーの中でも弱者の部類に入るだろう。

 おまけに最近は1年生に追いつかれようとしているのも焦りを加速させる。

 焦りは更なる負のサイクルを呼び出す。

 かつての友人、クラウディアはかなり強くなりランカーにもなった。

 対してカルラは驕りからチームへ敗北を呼び込み、あの日から成長した実感は欠片もない。

 この合宿にも不安があるのだ。

 弱さを露呈して、それで終わってしまうのではないのか。

 常にこの事が頭に張り付いて消えない。


「強さに理由を求めるのも、弱さに理由を求めるのも不毛だぞ。どんな相手でもやるしかないだろうが」

「あんたは……!」


 万能系がある、と言いそうになるが必死に飲み込む。

 これだけはカルラが言ってよいことではない。

 彼女にも分別はあった。


「……参考にはならなかったけど、あなたの強さの理由は理解したわ。ありがとう、無駄な時間を使わせたわね」

「んん? あー、うん、良し。やるか」

「へ?」

 

 健輔はカルラの言い分に引っ掛かるものを感じた。

 酷い誤解されている気がする。

 そして、気のせいではないだろう。

 基本的に空気を読む能力には長けているのだ。

 専門外のことにはバカになるが、頭の回転は悪くなかった。


「めんどくさいわ。よし、1対1だ。そっちの方が早いし、わかりやすい」

「ちょ、ちょっと!? いきなり何なのよ!」


 カルラの腕を掴んで場所を変える。

 言葉でグダグダと説教など柄ではないし意味がない。

 何やら眼前の炎は自分に自信がないようなのだ。

 励ます義理などはないが、弱い相手と練習しても健輔が楽しくない。

 どこまでも自分のためにであるが、結果として相手の益にもなる。

 これまでもそうしてきた行動が、戦乙女に真実の火を灯す結果となるか。

 手を握られて慌てているカルラを置き去りにして、いきなり戦闘へと空気は加速する。

 そのやり取りを水の戦乙女は静かに見守るのだった。






 健輔から見て、カルラ・バルテルという少女は決して弱くはない。

 今でこそ差が生まれているが、クラウディアと比較した場合に明確に劣ると断言できる部分はほとんど存在していなかった。

 属性『火』。

 クラウディアが保持する『雷』ほど威力と速度は備えてはいないがわかりやすい破壊力と汎用性では間違いなく1級品の属性であろう。

 魔力による防御に関係なく熱で相手から体力を奪うなどの小技も使えるのは健輔には結構好みな部分であった。

 万能系とは違って出力にも問題を抱えていないのだ。

 並べられたスペックは間違いなく1流であり、これで文句を付けると大抵の魔導師が落第となる。

 

「……なんだけど、あれだよな。宝の持ち腐れというか」

「はあああああああああああッ!」


 我武者羅な攻撃をあっさりと躱して大きく溜息を吐く。

 カルラの突破力、そして破壊力。

 全てを台無しにする構図がここにある。


「当たらない破壊力じゃ意味はないぞ」

「わかっているわよ!」 

 

 怒鳴り返してくるも、反射的にといった感じである。

 本心では健輔の意見に他ならぬカルラが同意しているのが外からでも見て取れた。

 心の何処かで負けを認めている。

 そんな状態では勝てる試合も落としてしまう。

 健輔からするとそこまで卑屈になる理由がわからなかった。

 彼女から自信を奪った原因ではあるが、本人的には普段通りに戦っただけなのだ。

 特別ではなく、常態であったからこそ健輔は強かった。

 1度限りの強さならば誰でも発揮できるが、常に強くあれるのは強者だけである。

 健輔は既に強者の領域におり、カルラはまだ道に迷っていた。

 この差こそが、結果的にクラウディアとの差にもなっている。


「……あれだな、お前って実はバカなのか?」

「ば、バカって何よ!」


 繰り出される拳は火を纏い、全身には燃え盛る炎のような魔力がある。

 移動そのものが攻撃になるカルラは間違いなくランカーに至れる逸材なのだ。

 健輔にとってみれば、羨ましいばかりの才能であった。

 

「どうして自己の評価に他人を入れようとするよ。自分で考えればいいだろう? そんな変なことをしてるからクラウディアに抜かれるんだよ」

「う、うるさいわね! 何よ、少し強いからって!」

「いや、だから強くないって」

「王者と、フィーネさんに勝った人間が弱い訳ないでしょう!」


 カルラの叫びに健輔は眉を顰める。

 言いたいことは理解できるが、彼女の中での強さの基準がさっぱりわからないのだ。

 真実の強者と比べれば健輔はムラが多い。

 正統派に強いのは間違いなくカルラなのだ。


「周りを見ているよりも自分を見ろよ。説教なんて柄じゃないんだ。その才能、持て余すな。やりたいことを、真っ直ぐにやればいい」

「だから――」


 カルラの意思に火が灯る。

 合わせて燃え上がるのは魔力。

 彼女の属性を象徴するように強く火は天へと昇っていく。


「――それが、強いのよ!」

「わからんな」

「ムカつくわね!!」


 会話になっていないが、カルラの動きはキレを増している。

 元々、深く考えるタイプではないと見て取っていたが正解であった。

 葵のように頭を使う脳筋ではない。

 本能で、そして経験で相手を燃やし尽くす狩人がカルラなのだ。


「ほぉ、なるほど、なるほどね」


 急激に動きがよくなったのは雑念が消えて、刻まれた基礎に集中しているからだ。

 シンプルに纏まった強さ。

 クラウディアもそうだが、パワータイプの魔導師に必要な技量とは健輔のようなテクニック型とは意味が違う。

 有り余る強さを制御する。

 それこそが求められるものなのだ。


「いいね。多少は楽しめる」

「上から、私を見下ろすな!」


 コンパクトに纏まった型は健輔には見覚えがあるものだった。

 仕込んだのは真由美なのだから、基礎の部分は同じなのだろう。

 葵と、そして健輔とも似た体捌きに思わず笑みが浮かんだ。

 完全に同じではなく当然ながらヴァルキュリアで仕込まれたであろう動きも散見されている。

 葵と健輔が姉弟ならば、カルラは親戚と言ったところだろう。

 似ているが違うというなんとも言えない間柄を保っている。


「陽炎、剣は無粋だ」

『承知しました』


 剣を消して、拳を構える。

 原初も回帰もない健輔は全ての系統を使える以外に特徴のない弱者と言ってよい魔導師だ。

 机の上で考えれば桜香に勝てる可能性など微塵もなかった。

 それでも健輔は挑んで、掴んだのだ。

 努力も運も、そして情熱も全てを賭けた。

 強者、などという言葉で片付けられるのは嬉しくはない。


「おい、お前にとって魔導は何だよ」

「急に、何を!」

「良いから、答えろよ。わざわざ意味のない喧嘩に乗ったんだ。これぐらいは答えて欲しいね。それとも、手を抜いて欲しいのか」

「どうせ、答えなくても本気は出すでしょうが、白々しい。でも……まあ、いいわ。1回しか言わないからね」


 大きく深呼吸をしてから、カルラは真剣に健輔はを見つめる。

 

「……英雄に、なりたかったのよ。物語みたいに格好のよい存在になりたかったの」

「はっ、いいねぇ。俺は嫌いじゃないぞ!」

「わ、私が言ったんだから、あなたも答えなさいよ!」

「俺か……そうだな」


 健輔は少し思案する。

 カルラに対してなんとなく出た言葉だったが、言われてみると健輔も自分が目指した理由に明確な名前が付けられない。

 空も飛びたいし、強い者とも戦いたかった。

 1つだけ確かなのは健輔は魔導を大いにに楽しんでいる。


「ふむ……楽しむ、か」


 不思議としっくりと来る言葉だった。

 佐藤健輔は魔導を楽しんでいる。

 生活を犠牲にする勢いだが、微塵も後悔はない。

 熱に飲まれて、浮かされて、駆け抜けることに迷いはなかった。


「おお、俺が魔導をやっている理由がわかったぞ!」

「あのね、どうして質問した方が私よりも悩んでるのよ」

 

 呆れた表情は間違いなくカルラの心情なのだろう。

 気を張っていた表情が嘘のように緩む。

 

「いや、原点というのをしっかりと認識してなくてな。駆け抜けるのに別にいらないしさ」

「……物凄いことを言われたよね、私。はぁ、じゃあ、あなたがやる理由は何なのよ。乙女の恥ずかしい秘密に手を出したんだから、それなりのモノなんでしょうね?」

「さて、それはわからんね。お前の価値基準はお前の中にしかないしな」

「口は達者なんだから……それで、理由は?」

「おう」


 一拍おいて、健輔は渾身の笑顔で告げる。

 原点、こうまで魔導に熱くなっている理由は1つだろう。


「趣味だ」

「……へ、いや、あの、もう1回」

「趣味」


 簡潔な2文字にカルラがフリーズする。

 場の空気を固めた勇者は拳を構えて、火の中にガソリンをぶちまけていく。


「趣味だから全力。趣味だから楽しい。うん、魔導は娯楽だな。俺にとっては最高の玩具なんだよ。サンキュー、大事なことがわかったわ」

「……そうね。あなたは、こういう人間だったわ。趣味、趣味か……。なるほどね。ふ、ふざけるなッ! 言うに事欠いて、趣味ってどういうことよ!」

「そのままだよ! 安心しろよ、生活に必要ないからこそ純粋に全力だぜ!」

「う、うふふふ……。殴るわ、絶対に」


 イイ感じの笑顔でカルラは健輔に告げる。

 背筋が凍りそうな視線に勇者は笑い、嬉しそうに戦いを挑む。

 趣味、娯楽だからこそ過程が重要なのだ。

 結果だけを見ても楽しくはない。


「おっしゃあ! 何かテンション上がってきたぞ!」

「うがああああああああッ! 何なのよ! もう、絶対に、殴るんだから!」


 女性が上げていい感じではない叫びをあげてカルラは空を駆ける。

 ハイテンションとハイテンションはぶつかり合う。

 バカに成りきれないバカと賢者のふりをするが根本がバカな魔導師は楽しく2人で語り合った。

 拳の友情が小さいが紡がれる。

 お互いに得るものはあまりなかったが、楽しくはあった練習はそのまま夕方まで続くのだった。


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