第103話『方針』
「なんか、あれだ……練習とは違った意味で疲れたわ」
「おや、健輔がお疲れとは珍しい。あれだけ激しく戦ってたんだから、結構楽しかったんだと思うけど、それで疲労を感じてるのかい?」
午前中が終わり昼の休憩。
昼食を取りながら、健輔は圭吾と先ほどの大乱闘についての感想を言い合う。
羨ましいのか、ハズレだったのかはわからないが、圭吾は恙なく練習を終えたらしかった。
健輔は健輔で真里と中々の逸材と戦って楽しかったのだが、この相手が曲者だったのだ。
楽しいのは楽しいだが、妙な疲労感もおまけで付いてきた。
「いや、その……なんていうかさ。凄い、形容し難い奴だったよ」
「健輔が遠い目をするとか、本当に紙一重な人だったんだね」
圭吾は苦笑する。
健輔は基本的にどんな人物でもオールオッケーな懐の広さを持っており、苦手な人物など存在しない。
むしろ、健輔を苦手とする人間の方が多いだろう。
そんな健輔を全力で煤けさせているのだから、相手はかなりの難物であったのが窺える。
「どんな子だったんだい?」
「そうだな、攻撃を受けると恍惚とした表情を浮かべる、女子だ」
「えっ……」
直撃を与える度に微妙に色っぽい溜息を吐くのだ。
潤んだ瞳は何やら別の感情を感じるし、今まで出会ってきた魔導師とは違うタイプだとよくわかる。
先の試合に出場していなかった理由もわかった。
アマテラスの威信が掛かった試合であれは出さないだろう。
まともな感性がアマテラスに残っていたと喜ぶべきなのか。
それとも、あれに頼らないといけないほどに腑抜けていることを悲しむべきなのか。
健輔にもわからなかった。
「封印が正しかったような……。でも、将来は楽しみな強さだったしなぁー」
「それほどまでに人格は悩みものなのかい。なんとも凄いことだよ。世界は広いね」
「ああ……本当だな」
男2人が黄昏ながら空を見上げるのは、思うところがあるからだろう。
妙な空間を形成していると、それをぶち破る者たちがやって来た。
集うのはいつも4人組。
クォークオブフェイトの2年生たちが集結する。
「何を黄昏てるのよ」
「ん? ああ、お疲れ様」
「お疲れ様、それよりも、きちんと質問には答えてよ。疑問の解答を貰ってないわ」
美咲の物言いに健輔は困ったように笑う。
アマテラスの女子がいろいろと凄かったです。
一言に集約するとそういうことなのだが、なんとなくそのまま言うのはマズイ感じがしていた。
「えーと、あれだ。1年生にもいろいろいるな、と」
「ああ、健輔のところにも来たんだ」
「健輔さんはどちらのチームの方だったんですか?」
「俺のところはアマテラスだな」
アマテラスの名を聞いて優香の表情が微妙に歪む。
思い浮かべたの模擬戦での出来事なのだろう。
チームとして纏まるという以前の段階で崩れたチーム。
最初からお互いに一方通行の思いだけであり、ぶつかり合うことすらもなかった。
桜香を除いたほぼ全ての主力がそんな有り様だったのだ。
優香でなくとも表情は暗くなる。
「その……如何でしたか?」
「圭吾にも言ったけど悪くなかったよ。個人的に面白かったかな。……疲れたけどさ」
「面白い、ですか。しかし、アマテラスの上級生はあれでしたが」
優香が珍しく言葉を濁す。
本当はこのような影口染みたことを言うの嫌なはずなのだ。
それでも言ったのは、思うところがあるのだろう。
「まあ、3人は悪くなかったよ」
「どこにでも玉というのはいるものだね。健輔が断言するのだから本当に中々のものなんだろう?」
「そらな。変な奴はボコボコにしてるさ。まともでもなかったけどな」
殴られてご褒美です、というような顔をするのは本当に勘弁して欲しかった。
桜香が価値観の基準の少女は扱いが本当に難しい。
今一集中しきれなかったのは未知の相手だったというだけではないだろう。
今後の対策を考えておかないといけない程度には、厄介な『敵』であった。
「そっちはどうだったんだよ? そっちにも誰か来て、挑んできたんだろう? こっちよりも面白かったのかが気になるな」
「はい。ユーリアとソフィ。実に素晴らしい敵でした。雷と重力。どちらもかなり特殊な力です。現段階の完成度は中々でした」
「能力的にも結構噛み合っていて、傍から見ても結構な完成度だったけど……ちょっと、泥臭さが足りないかしら」
攻撃力と速度が両立している『雷』に拘束用の重力。
どちらも非常に強力な力である。
上手く役割を分けて連携を行えば格上にも通用する、かもしれなかった。
1人で全てをこなせるフィーネのヤバさも再確認することになったが、優香にとっても先ほどの戦いは楽しいものとして記憶に残っている。
「後、推測ですが雷、ユーリアの方はクラウディアとは少し使い方が違いましたね。魔導機の扱いも少々手つき怪しかったです」
「恐らくだけど、本質は攻撃じゃないと思うわ。戦い方の端々にも本来の性質が出てたわ。今回は本当に練習、だったんでしょうね」
「ふーん、つまりはどういうことだ?」
健輔の問いに美咲はあっさりと答える。
数多の魔導師を分析してきたからこそ、彼女は細かい部分にも気付く。
「動き的には攻めが苦手なように見えたわ。攻撃をする際には雷撃オンリーだしね。変わりに優香からの攻撃を捌くのは凄く上手かったわ」
「へー、そうか。……確かに面白そうな相手だな」
練習中だったからこそ完全に本来の形ではなかったのだろう。
見て取れた部分から判断すると誰かから意図的な枷を嵌められていた。
ユーリアの所属チームから考えれば彼女に指導を行う人物の思惑は見て取れる。
1年生の間は何かしらに特化させて鍛えるのは彼女の十八番なのだ。
攻撃に光るものを感じず、防御に何かが窺えたのならばそういうことなのだろう。
「じゃ、もう1つの方はどうなんだ?」
「重力の種が割れてしまえば、それほど強力な魔導師ではありませんでした。私たちはフィーネさんを知っているからこそ怖さを知っていますが」
「まあ、あの属性は攻撃に転用するのが難しいからな。フィーネさんが使わないのもその辺りが理由だし。試合で普通に使えるのは、フィーネさんもよりも出力に劣るからだと判断すると」
「はい、どうしても拘束力も下がってしまいます」
フィーネの力では制御しきれずに相手を殺してしまう可能性がある。
そういった理由により試合での使用が制限されているのが『重力』という属性なのだ。
他の属性の中にもフィーネは出力の問題で使用が禁止されているものがあるが、これは別にフィーネだけの問題ではない。
もっともソフィに関しては出力についてそこまで優れてものではなかった。
純粋に干渉力の問題で大した脅威となれなかったのだ。
「未熟なのは今だけでしょう? 経験を積めばいい魔導師になるだろうし、そこまで甘くみる訳にもいかないんじゃない?」
「甘くみてないけど、フィーネさんが怖いのは重力と何かを併用することだからな。言い方は悪いが併用できなければそこまで怖くはないぞ」
「ペアなのはそのためなんじゃないかい? 実力を補う、って意味で」
「真由美さんにはその辺りの思惑はありそうだけど、結局は1人で戦う力も必要だろう? ソフィ、だったか? 1人でやれるのかねぇ」
ペアを前提とした能力も悪くはない。
だからと言って、それだけしかやらないのも問題である。
1人で戦う力も高めて、初めてペアでの戦闘能力も向上すると健輔は考えていた。
彼がそういった道筋を歩んできたからこその自負である。
「戦う前から気にしても仕方がないんじゃないかい?」
「それもそうか。……なんとも、複雑だな。急に老けたような気がするわ。新世代、か。後ろに何かくると驚くものだな」
「あのね、同い年なんだからそういうことは言わないでよ」
「え、えーと、後輩思いで素晴らしいと思いますよ?」
下級生に思いを馳せて、未来を案じる。
まだまだ好き勝手やっているつもりの健輔であったが、後輩を大事に思う気持ちはあった。
大事に思った結果、大切に酷使する矛盾はあるのだが、クォークオブフェイトの伝統がそうなのだから仕方がない面もあるのだろう。
4人の姿は去年と変わらないが変化していたものの、心も在り方も変化が生まれている。
追う者としてだけでなく、追われる者としての彼らの戦いは既に開幕していた。
突き付けられた事実に、何とも言えない想いを抱く。
同じように見えて違う合宿。
先輩としての彼らの在り方もこれから問われるのだった。
健輔たちが和気藹々としている時、同じ人数だが微妙にトゲトゲした関係の4人が顔を突き合わせていた。
「凶星、こちらのノルマは達成したぞ」
「はーい、ありがとうね。あなただけにしか出来ないからって、便利使いをしてるけど、感謝してます」
「構わんさ。元より俺は器用ではない」
「よく言うわよ。その気になればどんな能力も創造できるんでしょう?」
真由美の呆れたような視線に王者は笑う。
否定はしないが肯定もしない。
かつてのクリストファーは相手の能力を想像のみでコピーできたのだ。
今でも出来ると考えるのは自然なことだろう。
「2人とも、話が脱線していますよ。個々の実力については今日は気にしないでいいでしょう」
「ん、この合宿で私たちも強くなる」
「そうだね。うん、ちょっとあれだったかも。ごめんなさい」
「何、当然の言葉だ。何も気にする必要はない」
王者は不動。
揺るがぬありように女神は溜息を吐いてから話題を変える。
「真由美、午後は少しレオナをお借りしますよ」
「うん、お願い。私は健ちゃんを借りるよ。きちんと卒業試験をしないとね。まずは話からだけどさ」
「なるほど、お互いに考えることは似ていますか」
「そりゃあね」
フィーネが真由美に近づいたのか。
それとも真由美がフィーネに近づいたのか。
どちらかはわからないが自らが手塩に掛けた存在を次のステージに送るためにやるべきことは決まっていた。
「ん、私も少し借りたい人がいる」
「香奈子が、ですか。それは誰でしょうか?」
「九条優香」
「……ふーん、意外だけどわかったよ。今は桜香ちゃんを1番近くで見ている人の意見だもんね」
「感謝」
香奈子は僅かに微笑みを浮かべる。
精いっぱい戦い、1年に全てを賭けた魔導師は去年よりも柔らかくなっていた。
いい意味でも悪い意味でも区切りがついたことが彼女を次の道へと進ませている。
友人とは離れてまだ魔導競技に彼女が身を置いているのも新しい目標のためなのだ。
最強の妹。
現在の戦友に対して彼女なりにやれることをやっておきたかった。
「なるほど、そういう流れなのか。では、1つ俺も噛ませて貰おう」
「おろ? あなたにも気になる魔導師がいるの?」
「無論。貴様のところの境界もいいが、あれに余計な手出しは無用だろう。ならば、俺が後ろを押してやるべきものは決まっている」
歯を剥き出しにして戦意を滾らせる。
彼はあらゆる魔導師を尊敬しており、その念に邪なものは存在しない。
圧倒的な強さと自負を持っていても驕りもなく、まだ油断もなかった。
彼こそが精神的に完成した王者。
「高島圭吾、だったな。『不敗』と似た技を使う男がいたはずだ」
「へぇ、流石は王者だね。燻る子を見抜くんだ」
「眼力には相応に自信があるさ。これでも、魔導を背負った身である」
王者の器が小さければ挑戦者のやる気は削がれる。
クリストファーはそう考えて前に進んできた。
「奴の他にも面白そうなのがいるな。何人かを寄越せ。無理矢理にでも1つ上に押し上げよう」
「じゃ、イリーネちゃんとカルラちゃんだね」
「ん、亜希を放り込む」
決定されていく午後の運命。
合宿としては今日から開始となる。
やるべきことは早めにやろうとしているのだ。
まだ数週間あるが、始まれば終わりまでは早い。
ここを超えれば後は世界大会に向けて戦いが加速していくだけだった。
「それじゃあ、午後はそんな感じでよろしく。あおちゃんたちもいろいろと考えているだろうから、コーチの意向として伝えておくね」
「よろしくお願いしますね」
「ん、お願い」
「頼んだ」
全ての要望を一気に叶えるのは難しいが、段階を踏んでいけば可能であろう。
現役側との意向の摺り合わせも必要なため、そういった役割は全て真由美に任されていた。
真由美ならば現役もやり易いだろうという役割分担。
交渉を押し付けられた真由美としては言いたいこともあるのだが、自分以外だとフィーネくらいしか出来なそうなため諦めていた。
香奈子やましてやクリストファーに交渉など不可能である。
「……いやぁ、割とコーチも大変だね」
「そういうものでしょう。違う立場には違う立場なりの苦労があるということですよ」
「現役勢とやりたいことが違うこともあるし、うん、これは大変だね」
「教師たちの優秀さには頭が下がりますね」
生徒の望む方向と成功を一致させるように努力している教師たちは褒められるべきであろう。
学生の時には気付かなかったことに尊敬の念を強くする。
卒業してからも、より言うならば卒業したからこそ気付けたことも多く存在していた。
「充実はしているけど、忙しいのも考えものだね~」
「バランスというのは難しいものです」
「ん……む、難しい」
「黒王、微妙にニュアンスが違うような気がするのだが、気のせいだろうか」
マイペースな王者にバランス型の真由美とフィーネ。
そして、寡黙な香奈子。
凸凹なコーチ陣は現役とは違う視点で動いている。
ある意味で観客である彼らだからこそ出来ること、現役のために出来ることを考えて動く姿は正しくコーチであった。
たった1つの年の違いでも、積んだ経験には意味がある。
彼らの背中を見て、後輩たちも変わっていく。
続いていく絆。
小さな繋がりはこうして広がっていくのだった。




