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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第101話『千載一遇』

 嘉人と海斗の策、と言えるほどのものではない逃走劇。

 大規模な転送陣を設置してどこかに逃げる。

 見事なまでにあっさりと闘争を諦めたのはどう考えても生き残れないからであった。

 そもそもとして嘉人と海斗が協力したぐらいで覆せる差ならば2人とも普通に連携を行う。

 問題はヴァルキュリアの2人は純粋な戦闘能力では圧倒的に嘉人を凌駕していたことだろうか。

 必然として戦う、という選択肢を潰せば残るのは1つしかない。

 しかし、普通に逃げても僅かに寿命が延びるだけでしかないために一計を案じたのだ。

 結果が合宿全てを巻き込んだアグレッシブな逃走であった。

 良いか悪いかはともかくとして、禁止されてはいない。

 嘉人にとって嬉しいかどうかはともかくとして誤算だったのは、戦闘態勢の1年生に嬉しそうに戦いを挑むのが何人かいたことだろう。

 特に王者と彼らの先輩が筆頭として戦闘を開始している。


「白藤嘉人! って、これは……」

「なるほど、嘉人くんが急に此処に来たのはこれが理由ですか」

「いや、すんません、九条先輩」

「海斗君も協力してるみたいね。何でもありでも、これは流石に酷いわね」


 優香は困ったような笑みを、美咲はくすくすと笑って状況を評価する。

 アリスとの戦いの最中にまさかの乱入者。

 しかも後輩たちの作戦のようなのだ。

 どう言うべきか困るのも仕方がないだろう。


「とりあえず、挨拶を。あなたたちはヴァルキュリアですか。私は九条優香と申します」

「……ユーリア、と申します。夢幻の蒼」

「そ、ソフィです」

「よろしくお願いします。ここであなたたちとも縁が紡がれた。さて、この状況は私たちの後輩が好きにやった結果のようですが、どうされますか?」


 結果として巻き込まれただけの優香からヴァルキュリアの両名へと問いが投げかけられる。

 この言葉の意味がわからない魔導師はこの場にはいなかった。

 つまり、戦いたいのかと問われているのだ。

 明確に禁止されているのならば優香も手を出さないが、縁というものもはある。

 後輩の作戦の一助にもなるし、戦うのも吝かではなかった。

 陰気な策であるのならば優香も考えるが足りない力から決断した逃走。

 結果的に優香の力を借りているが、誰かに助力をしてもらうのは間違ってはいなかった。

 嘉人は非力でその事を武器にしており、同時に限界も見極めている。

 誰もが正面から自分の力で勝ち取ることは出来ない。

 しかし、そこで諦めるかは関係ないだろう。

 嘉人の足掻きがこの結果を引き寄せて、同時に新たな戦乙女たちの願いも叶える。

 浮かべた笑みは最上級の敵と戦える喜びを示す。


「……お手合わせをしていただけるならば光栄です」

「い、いきます! 望むところです!」

「ふふ、素晴らしい向上心です。私も微力を尽くしましょう」


 アリスの方に視線を送るとニコリを笑みを返してくれた。

 そろそろ煮詰まっているところだったので息抜きにはちょうど良いだろう。

 覚悟を決めた乙女に対して、優香はなんとも余裕に溢れる態度だった。


「……なんとも、傲慢な思考です。私もランカーらしくなったのでしょうか」


 息抜きにしかならない。

 裏の意思を無視して、優香は戦意を鼓舞する。

 戦うことは好きではないが、やるべきことがあるのだ。

 そのためにも嫌なことをやるのも許容範囲である。


「ユーリアにソフィ、でしたね。その名は覚えておきましょう」


 己への戒めとして、勇敢な1年生を忘れない。

 桜香と自分との違いあるとすれば、他者への接し方であろう。

 剣を構えて対峙するのは優香の誠意であり、彼女の強者としての在り方でもあった。


「有り難く」

「ゆ、ユーリアちゃん!」

「ええ――いくわ!」


 紫電を纏い、ユーリアが空を駆ける。

 親友とよく似た姿に少しだけ眉を動かす。

 雷光を纏うということはこの先どうしてもクラウディアと比べられるということだ。

 この少女はあの戦乙女に負けないかどうかを見極めるのは悪くない。


「ん……? これは、身体が重い?」


 迎え撃とうと剣を構えた時に妙な重さが腕に掛かる。

 魔導機が重い、というよりも掛かる力が増していると感じる力。

 

「フィーネさんの重力……、なるほど、嘉人くんが遅れを取る訳です」


 初見でこの組み合わせは嘉人には厳しい。

 拘束されているところからここまで持ち込むのも精いっぱいだっただろう。

 1年生同士の練習で先輩を巻き込むのは中々に禁じ手であろうが、ここまでやらないと状況を覆すのは難しい。


「いえ、ここまでやらないとダメだったのですね」


 転送陣で先輩たちがいるところに行く。

 発想としてはそれだけだが、不確定要素が多い。

 狙ってこの状況に持ち込めた訳ではないだろう。

 優香たちが嘉人たちに協力するように相手のチームも同じことをする可能性がある。

 もしくは何もしない可能性もあった。

 優香も相手がやる気でなければ嘉人たちにどんな思惑があってもスルーしていたのは間違いない。

 

「礼儀として、真面目にやりましょう」

「――本当に、有り難い! この機会は無駄にしません!」

「くぅ!!」


 ソフィが額に汗を浮かべて優香に干渉する。

 正確には優香の周囲の環境を捻じ曲げているのだ。

 嘉人、つまりは1年生程度ならば完封できる強力な能力である。

 一見すれば攻略は困難だろう。


「――はああああああッ!」

「え」

「チィ、やっぱりこうなるのね!」

 

 ソフィが呆然として、ユーリアが舌打ちをする。

 優香が魔力を放出しただけでソフィの干渉場が掻き消えてしまった。

 周囲の環境を捻じ曲げるのは優香の十八番でもある。

 お互いに得意分野ならば、激突して勝つのは強い方であった。


「レオナさんたちは教えてくれませんでしたか? 強者、というのはこういうものですよ」

「しっかりとしなさいよ。あなたたちの前にいるのは世界ランク2位なんだからね。1位も2位もあなたたちからすると雲の上。多少の差異に意味はないわよ」


 クォークオブフェイトの1年生はとっくの昔に洗礼を受けているが大切に育てられた者たちはまだであった。

 ヴァルキュリアに関しては優しく育てた後に地獄に落とそうという真由美の策謀なのだが、当然ながらこの場にいるものは知らない。

 最も、ユーリアたちはとても運がよかった。

 別の場所で、同時刻、最悪の相手と鉢合わせをしてしまったアマテラスの面々よりも間違いなく救われている。

 皇帝と健輔。

 ある意味で最強のタッグが笑顔で追いかけてくる楽しい練習。

 直ぐ傍で彼らを見守る朔夜が気の毒になる戦いがそこでは行われているのだった。






 アマテラスの1年生の中で残っていたのは3名。

 1人は朔夜と戦った河西俊哉。

 そして、残りの2名。

 クロウと戦っていた彼女たち、大隅(おおずみ)(あんず)笹川(ささがわ)真里(まり)

 合計3名の魔導師たちが放り込まれたのは健輔たちが鬼ごっこをしている最中であった。

 ここが他の組み合わせならばマシであっただろう。

 事情を聴いてくるなりのアクションがあったはずだ。

 しかし、非常に可哀相なことだが、此処は王者とバカの遊び場。

 紛れ込んだ者も強制的に参加となる終わらない鬼ごっこの会場であった。


「がぁ……!?」


 悲鳴を上げたのは鳩尾に遠慮なく拳を叩き込まれた俊哉である。

 万事を適当に、適量でやり過ごす。

 別に悪くはない思想である。

 朔夜に対しては互角で戦えたことも含めて努力をしていない訳ではなかった。

 他のアマテラスのメンバー、特に先輩陣と比べれば雲泥の差がある。

 それでも、此処の組み合わせには対応できない。


「ハッ!」

「く、くそォ……!」


 気絶すらも許されない。

 意識が落ちそうになるタイミングを見計らって拳が叩き付けられた。

 黄金の魔力が内部に流れ込み、激しい異物感が彼を目覚めさせる。

 こちらに転移してから既に数分。

 彼にとっては数時間に等しい拷問は終わりを見せてくれない。


「ほう、気概があるな。そのような目が出来る内はまだ大丈夫だ」

「ふ、ふざけ――」

「口を動かす前に身体を動かせ」

「ゴォ!?」


 誰であろうが、どんな状況であろうが眼前に来たのならば粉砕する。

 黄金の行進。

 クリストファーの行く先は力技一択である。

 敗北を経験しようが、枷を嵌められようが在り方に変化はない。

 強烈な自我を前にしてしまえば、俊哉のやり方など風前の灯であった。


「え、援護は……」

「来ないだろうな。向こうは向こうで境界が相手にしている。勝てんよ。太陽がそのように定めているのだ。眷属ではどうにもならない」

「っ……!?」


 言葉が出ない。

 理屈としては筋が通っているようで通っていないのだが、謎の説得力があった。

 桜香に匹敵する怪物。

 高々魔導で、と思ったことはあったが、己の不見識を呪いたくなる。

 これは間違いなく超人だった。


「なるほどね。先輩たちが腑抜けるのも理解は出来たよ!!」


 桜香は一応味方のため、流石に威圧をするようなことはない。

 アマテラスの面々が本当の強者、というものを感じる機会が少ないのはそのためだった。

 桜香がいるだけで守られている。

 この事を正しく理解していたのは、卒業した先代のリーダー北原仁だけであろう。

 何もしなくても人に影響を与えるのが最強クラスの魔導師なのだ。

 この理不尽さから守ってしまえば、残るのは温室で育てられたエリートたちであった。

 見栄えだけは立派だが、芯には何もない。


「にょわああああああああ!?」

「このアホみたいな叫び声は……」


 俊哉がチームのことを考えていると思考を遮るかのように大きな声が響く。

 健輔と戦っていた2人の片割れ。

 俊哉からすると、アホの一言で片付けられる女性。

 大隅杏の声であった。

 俊哉の前を吹き飛ばされていく彼女を救出して状況を問い質す。


「大隅か! 笹川はどうした!」

「うぃ? 真里ちゃんなら、あっちだよー」

「あっち?」


 杏が指を指す方向を見ると健輔と激しい空中機動戦を繰り広げる大人びた容姿の少女がいた。

 涼しげな外見にクールな声。

 亜希もそうだが男装が似合いそうなスレンダーな美人である。

 見掛けに反して激しい戦闘を繰り広げる彼女はアマテラスの1年生では最強の存在であり、番外能力まで保持する天才だった。

 俊哉が知る中では桜香に次ぐ強さなのだが、残念なことにどう見ても押されている。

 現実をしっかりと認識しているつもりだったがまだ甘かった。

 彼女でもどうにもならないほどに此処は危険なのである。


「余所見は終わりで構わないか?」


 固まる俊哉に向かってクリストファーは語りかける。

 様子に変化はなし。

 端的に言って俊哉は舐められている。

 カチンとくるものがあったが、言葉を飲み込んで声だけは威勢よく返した。


「は、まさか、2人で来いってか?」

「ああ。境界もそうした方がいいと思って、こちらに少女を寄越したのだろうさ。奴の眼力は信じた方がいいぞ」

「ご忠告、どうも」

「ほへ? えーと、とりあえず、お兄さんと戦えばいいのかな? それで大丈夫、俊哉くん」

「ああ、今はそれでいいよ」


 マイペースな声に苦笑して、杏に同意する。

 言っていることは間違っていないが、このマイペースな少女はタイミングを外すのが上手いのだ。

 入学してからの知り合いであるが、独特のペースは未だに慣れない。


「そっか。じゃあ――いくよ!」

「お、おい!」

 

 相手が誰なのかわかっているのか。

 そう言いたくなるのを閉じ込める。

 杏がアマテラスに入った経緯が謎というか意味がわからないものなのだ。

 人が集まっていて面白そうだからやって来て、桜香に懐いた。

 たったそれだけなのだが、だからこそ異常が目立つ。

 

「や!」

「――ほう、流動系か」

「よく斬れるでしょ!」 


 刀型の魔導機に流動系の魔力を纏わせて、接触と同時に回転させる。

 刀なのに様子だけ見ればチェーンソーのようだった。

 強制的に魔力の流れを生み出す。

 そして、流れが生まれれば流動系でそこに干渉するのは容易い。

 奇妙な戦闘スタイルだが、それなりの理由はしっかりと構築されていた。

 敵の魔力すらも利用して、相手を断ち切る刃を生み出す。

 さながら敵と自分の魔力で刃を鍛えるようであった。


「ふふっ、面白いが――この程度では驚いてやることも出来んな」

「ほへ!?」

「はああああああああああッ!」


 杏の魔力が接触していたところが激しい発光する。

 黄金の力が高まっていくのはあらゆる干渉を粉砕する意思を発露したためであった。

 一蹴。

 俊哉の脳裏に過った言葉は直ぐに現実のモノとなる。


「出直せ。地力が足りんな」

「わ、私の魔力……」

「潰れろ」


 魔導機が弾き飛ばされて、魔力も四散する。

 示された格差。

 次にあるのは失敗したことに対する叱責であった。

 言葉の代わりの拳が腹に容赦なく突き刺さる。

 男女平等の精神の表れで、皇帝は誰にも容赦などしない。

 いつでも全力で粉砕する攻撃は杏の意識を一撃で刈り取っていた。


「おいおい、どうしろと言うんだ……」


 目の前の光景に抗う力はない。

 万事を適当にこなしてきたものに理不尽な現実が襲い掛かる。

 アマテラスを新生させるために容赦のない試練が突然として湧き出した。

 新人たちの交流がチーム同士の交流へと移り変わる。

 先輩からの愛を受けて、新人たちは羽ばたいていく。

 太陽の欠片たちにもそのためのチャンスは平等に与えられているのだった。

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