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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第100話『待ち受ける試練』

 1年生全員、ということはこの場にはバックスも含めて全員がいる。

 当たり前の事実なのだが、クォークオブフェイトを狙う全チームに共通していることがあった。 

 あまりにも存在感がないためか、1人見落としが存在している。

 周囲から完全に気配を消して、クォークオブフェイトの1年生全員の管制を行っている魔導師。

 大角海斗。

 今日に至るまで特筆した活躍のない魔導師であり、表だって褒められる部分は何もない男であった。

 仕方がないと言えば仕方がないだろう。

 バックスとはつまるところ参謀であり、頭脳なのである。

 この部分が直接攻撃をされるような局面とは終盤であり、終盤で盤面を覆せるほどの力を持っているならば彼は戦闘魔導師になっていたはずだろう。

 バックスとは習熟に時間が掛かるものであり活躍も同様に遅れる。

 美咲ですらも戦闘面では今年からの活躍なのだ。

 周囲に置いて行かれる焦燥に耐えられる者でなければこの役割は務まらない。

 如何なる時でも冷静に、そして確実に情報を捉える。

 只管に反復でそれだけを彼は叩き込まれてきた。


「嘉人は、捕獲されている。川島さんと暮稲さんは……交戦中か。桐嶋さんもそろそろ新しい相手とぶつかる」


 ぶつぶつ呟くの周囲の戦況。

 言葉にすることで己の中でも整理を行い、打開策を模索する。

 指示に従っていればいいだけの状況ではないのだ。

 頼れる先輩たちがいない中で彼は彼の仕事をこなしていく。

 海斗の系統は固定・流動系。

 バックスとしてはオーソドックスな構成であろう。

 この構成を持つ者の特徴としては直接的な戦闘能力に乏しい事が上げられる。

 正確には敵を打破する火力が発揮しにくい、と言うべきだろうか。

 日常的には極めて重要な固定系だが、創造系などが無ければ事前準備以上の力は発揮できない。

 目まぐるしく変化する戦場で全てを事前に準備しておくのは難しいとしか言いようなく、そんなレベルで術式を準備している化け物は魔導師全体を見渡しても1人ぐらいしか存在していなかった。

 逆に言えば、攻撃用の術式を用意しておけばあらゆる距離での戦闘もこなせるが、そう言った器用な使い方は武雄のように機知に富んだ者がすることであり、海斗のように無骨な者には向いていなかった。


「嘉人、聞こえるか」

『……流石、静かな念話だ』

「状況は把握している。どうして欲しい?」


 体型は大柄で優れている海斗だが、心根が戦闘向きではない。

 バックスを目指したのもそのためであるが、激化する戦闘と先輩たちですらも粉砕される上位の戦いに恐怖よりも感動していた。

 先輩を含めて、ぶつかり合う人たちの美しさに感服したのだ。

 そして、自らの在り方に確信を持った。

 美咲が導いてくれていた方向性だが、間違いないと断言できる。


『俺を遠距離に転送するのは可能か? しかも、バレないようにだ』

「……少し時間が掛かる。止まっている今の状態ならば可能だが、5分は欲しい」

『了解。中々に厳しいが、まあ、口でなんとかしてみるよ』

「頼む」

 

 活躍も栄光も捨てて、海斗は支援に特化したバックスとなることを選んだ。

 自らに戦局を打破する力はなくとも、誰かならばきっとある。

 信じて選んだ道は非才だからこその選択だった。

 今後の主流になるであろう戦闘もこなせるバックスとは真逆。

 火力に割くリソースすらも全てを支援に回して大角海斗は自己の完成を目指す。

 時代に逆らっても、いや、逆らうからこそ至れる場所がある。

 

「4分、いや、3分まで縮めてみせる。直接転送ではなく、場所で指定すれば今ならばいけるはずだ」


 派手さは微塵もないが、自らの役割に従事する魔導師がここに1人いた。

 彼らのように目立たない者たちの存在が光をより強くするのだ。

 そのことを理解しているからこそ、上位ランカーたちは自らの努力を誇らない。

 

「座標を設定。出口には、佐藤先輩」


 この戦いはルール無用のデスマッチ。

 明確な終わりも禁止行為も定められていない。

 魔導競技の基本ルールの範疇であれば何をしても問題なかった。

 嘉人の考えた策を海斗が形にする。

 前線にはいないが、これは確かに彼らの連携であった。

 頼りなく、まだまだ弱い背中であるが、背負うものは既にある。

 美咲が健輔を支えているように、海斗が嘉人たちを支えていた。

 次代の絆が少しずつ、形を成していく。

 この合宿を経て、彼らはようやく一人前の魔導師になる。

 後輩たちの完成を健輔たちは何よりも待ち望んでいるのだった。






「いくよーー!!」

「ほう、太陽の眷属にも面白いのがいるじゃないか!」


 真っ直ぐに向かってきたアマテラスのメンバーは都合3名。

 他にも新人はいたのだが、朔夜の砲撃は彼ら以外には通じていたようである。

 自らの腕を誇りながらも、警戒は強めていく。

 生き残ったということは、強いということだ。

 朔夜にもその程度の方程式は容易く理解できた。


「こいつら、もしかしてアマテラスの中で浮いている?」


 桜香を中心に据えているに見えて独特の空気を持つのがアマテラスだ。

 真由美が改善ではなく脱出を選ぶ程度には面倒臭い。

 スサノオにもあった伝統というべきものが腐った例なのだろう。

 あの快活な葵が言語にし難い複雑な顔をして語ってくれたのを朔夜は忘れられそうにない。

 拳で解決する問題には葵は強いが、流石にそれですまない問題も世の中にはあった。


「あなたはそいつらを!」

「承った」


 相手の構成は前衛2に後衛が1。

 数的には不利であるが、朔夜に不安はない。

 劣勢を覆してこその強さ。

 先輩たちならばこういう時に心底楽しそうな表情を浮かべると知っていた。


「落ちろ!」

「いやだよ、痛いし面倒だ」


 声に覇気がなく、あるのは気だるさだけ。

 瞳を半分閉じた男が朔夜の砲撃に砲撃をぶつけて相殺してくる。

 

「なっ……!?」

「ほら、返すぞ」


 見事な収束速度で攻撃が放たれる。

 回避が間に合わないと判断して、障壁へ力を割く。


「これで!」

「ま、そうするわな」

「ちょ、まさか!」

「その、まさかだな」


 光が晴れたところに敵の姿。

 気だるげな表情は変わらずに男は魔導機を構える。

 砲撃魔導師の魔導機は多くが身の丈よりも随分大きい棒状のものを持っていることが多かった。

 先端部分に砲塔を展開することで砲台と化すこの仕様が現在のメジャーなものであり、スタンダードな形式となっている。

 そのため砲撃魔導師が魔導機を武器として使う場合は必然として棒のように扱うことになっていた。


「鋭いし、上手い!」


 朔夜が知る限りで後衛をこなす魔導師の中で1番接近戦が上手いのは健輔である。

 抜群の戦闘センスと多様な手段は朔夜程度は軽く捻ってしまう。

 健輔は物差しとしても優秀なので、敵の強さを推し量る際に朔夜の中での比較対象は必然として健輔になってくる。

 そんな彼女の中での結論としては健輔の方が遥かに厄介だった。

 当たり前だが仮にも上位ランカーと無名の1年なのだ。

 前者が強いのは当たり前だろう。

 先輩の名誉のためにも朔夜は断言できる。

 その上で自らと比較した場合、結論は簡単なものとなった。


「この、面倒臭いわね!」

「お互い様だ。先輩たちが変に盛り下がっていて、おまけにそれが同級生に波及。仇を取るんだ、とか言ってエリート様が気合を入れて付き合わされる身にもなってくれ」

「何を、他人事のように」

「他人事だよ。別に俺は桜香さんに思うところはないしな。ここにいるのは成り行きで、魔導をやっているのも流れだ」

「……そう、そういうことを言っちゃうの」

 

 朔夜を舐めたような態度であるが、相手は真面目にやってはいる。

 戦闘に関しては手を抜いていない。


「なら、あなたはどうして、アマテラスにいるの?」

「だから、成り行きだよ。人間、全員が全員、目的があって努力をする訳じゃないだろう? 魔導師には少ないが大半はなんとなく生きているはずだ」

「じゃあ、あなたは……」

「そういうこと。あっ、勘違いするなよ。真面目にやってるぜ? ただ、心血を注いて出いるかと言われると、どうだろうな」


 同じ後衛だが、相手はよりも前衛として適性が朔夜よりも高い。

 不甲斐なさを見せてくれたアマテラスのメンバーゆえに色眼鏡で見ていたが隠れた逸材である。

 総合的な強さでは間違いなく朔夜よりも上だ。


「スタンスはわかったわ。強制するようなものでもないし、人それぞれだもの」

「おっ、流石に本当の上位は話がわかるな。桜香さんも理解してくれたんだけどさ。先輩とか凄く頭固くてよ。あれで魔導師かよ、ってな」

「ええ、あなたはアマテラスから浮くでしょうね」


 方向性こそ違えど彼――河西(かさい)(とし)()は魔導師である。

 常に我武者羅ではなく、必要な力を必要な時に提供する、ようはプロフェッショナルなのだ。

 後のことまで考える余裕。

 良いか悪いのかは別として優れてはいる。


「――でも、あなたも気に入らないわ!」

「よく言われるよ」


 苦笑するのは俊哉からしても冷めていると自覚しているからだろう。

 他の者が熱量をぶつけ合う中で1人だけ冷めていれば浮くのも当然であった。

 バカにされているように感じてしまうのも無理はないだろう。


「はあああああああッ!」

「はっ、叫んでも強くはならないさ」

「合理的だけど、空気を読みなさい!」

「断る。俺は俺なりに、真剣ではあるんだ。許容しろよ」


 強いがこういう輩には負けたくない。

 いい気になっていた朔夜よりも更に面倒臭い相手であった。

 常に素面であるがゆえに爆発力はないが安定感がある。

 1年生にして安定しすぎであった。

 魔導師の常識からズレた感じ、アマテラスの先輩たちよりもマシだが、確かにあのチームの系譜である。

 熱くなるのが有利に働くこともあるが、今回は微妙なラインであろう。

 舌打ちをしてから、心を落ち着ける。

 朔夜の感情に呼応して魔力が力を溜め込む様子を見せるが、俊哉は眉1つ動かさずに対応してみせた。


「お前さんは強いが、底が見えている。うちのリーダーよりも怖くはないな」

「あなたのところのリーダーよりも怖い魔導師なんて片手で足りるわよ」

「はは、違いない」


 勢いは朔夜にあったが優勢なのは俊哉であった。

 徐々にライフを削られる朔夜に対して、俊哉は無傷のまま時間は流れていく。

 バトルスタイルと距離の問題。

 朔夜は優秀だが能力が後衛として固まっている。

 ようは朔夜は真由美型、俊哉はハンナ型なのだ。

 どちらが優秀なのかという議論には決着が付くことはないが、総合力では後者が優るのは歴史が証明していた。


「このままだと……ジリ貧ね」


 1番の最適解はクロウと連携を取って対処すべきなのだろう。

 その程度のことはわかっているが、即席で上手くいくほどの錬度は1年生にはない。

 取るべき選択かどうかが朔夜にも判断できなかった。

 彼女は強くなったがアリスやレオナのような1級の魔導師ではないのだ。

 格の差というものはどうしようもなく存在している。

 想定が甘いというのならばその通りだが、朔夜とて全てを見抜ける訳ではない。

 失敗があるからこその未熟者であった。


「となると……!」


 このままではかつてのランキング通りに勝敗は記される。

 朔夜の矜持からしても、このまま磨り潰されるのは無しだった。


「博打の1つくらいはいるかな――!」


 いくつかの策を秤に乗せて、今後の展開を予想していく。

 刻一刻と削られる予想の中で、朔夜に幸運が舞い降りる。

 後方で海斗が準備したもの。

 嘉人に時間稼ぎを頼まれ彼が描いた策が動き出したのだ。

 展開されるのは大規模な転送陣。

 クォークオブフェイトだけでなく他のチームも利用できる形で展開された転送陣こそがこの作戦の要であった。

 何処かと繋がった穴が朔夜の直ぐ後ろで展開される。

 顔に笑みが浮かんだのは仲間の機転への感謝だろうか。

 意図は読めないが、これが悪いものではないということだけは簡単に察することが出来た。

 少し離れたところで戦う即席のパートナーに声を掛ける。


「クロウ、来なさい!」

「うむ!」

「おいおい、何だよ。これはさ」


 敵のぼやきを無視して朔夜は飛び込む。

 朔夜たちが逃げてしまえば何かあるとわかって追い掛けるしかないが他のチームである。

 1度逃がせば今度は他と合流してしまうのだ。

 チームで固まられてしまえば、総合力では間違いなくクォークオブフェイトが1番強い。

 皮肉な話であろう。

 先輩たちも含めた場合だとクォークオブフェイトは個性が強いチームなのに1年生単独だと他のチームよりも連携に長けているのだ。

 シューティングスターズとはそこまで差はないが、ヴァルキュリアとアマテラスの2チームとは埋められない差がある。


「クソ、面倒臭いが追いかけるしかないか」


 アマテラスの残り2名。

 あまり一緒にいたくないアマテラスのメンバーの中でもマシな部類だが、マシだからこそ追い掛けるとわかっていた。

 1人で悠々と相手を見送る、という訳にはいかない。


「この先に、何があるのか」


 何処に繋がっていて何をするつもりなのか。

 わからないからこそ怖い。

 クォークオブフェイトは意外性のチームなのだ。

 どれほど追い詰められようと何かしてきそうな雰囲気がチーム全体に漂っている。


『俊哉、そっちも逃げたでしょう! そこで突っ立ってないでいくわよ!』

「……ああ、わかってるさ。クソ、相手の方に地の利があるのに、突っ込めっていうのか。本当に面倒臭いな!」


 常識な判断力に常識的な決断。

 そんなもので非常識に勝てるのならば苦労はしないのだが、口には出さない。

 念話の相手は桜香を信奉する存在なのだ。

 力押しこそが正義である。

 下手なことを言うと彼がボコボコにされてしまう。

 世知辛い力関係に嘆きながらも俊哉は進む。

 その先で待ち受けているものを知らない彼は幸せであったのだろう。

 ゲートを抜けて、そこには黄金を纏う王者が笑顔で待ち受けている。

 彼が驚愕と共に思考を停止するまで、後数秒ほど時間が必要なのであった。



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