第99話『願うのはただ1つ』
次代の因縁が生まれる中、与り知らないところで敵意を買っていた男は必死に逃げていた。
白藤嘉人。
昨日の模擬戦においては重要な活躍をした男であるが、直接戦闘能力には左程優れていない。
彼の優れているところは機知であり、戦闘能力以外の部分なのだ。
殴り合いでは1歩も2歩もこの場に集った者たちから劣っていた。
「ぬおおおおおお!!」
低空を必死で逃げ続ける嘉人の傍で轟音が鳴り響く。
地面に突き刺さった攻撃は『雷撃』。
非常に見覚えのある攻撃に額に汗を浮かべる。
「そうか、そうだよな! 別に雷は属性なんだから1人の者じゃない!」
攻撃が放たれる前に相手の術式を掻き乱して狙いを逸らす。
これを続けているからこそ逃げ続けられているが、非常に心臓に悪い時間が続いていた。
攻撃そのものを妨害する術は嘉人にはないのだ。
轟音だけでも地味に死んだ気分になる。
「やべぇ……やべぇよ!」
「待て!」
「待てと言われて、待つ奴がいるか!」
魔力光は銅色。
司る属性は『雷』。
嘉人もよく知っている元ヴァルキュリア所属の人物と同じ力を持つ者。
ヴァルキュリア所属の1年生、ユーリア・アヒレス。
追いかけ回されてわかったことは相手が非常に優れた前衛魔導師であることだ。
完全な上位互換であるクラウディアを見ていなかったら危なかっただろう。
初見での雷光はインパクトに溢れている。
「良く観察すればまだまだ荒いけど、俺には正直なところ関係ないしな! どうしようか、この状況をさ!!」
健輔に引き摺られて強敵と戦った経験は無駄ではない。
同じ属性、そしてバトルスタイルもある程度被っているからこそ相手の至らない部分がよく見える。
まずは『雷』の力に振り回されていることだろう。
決して弱くはないが、洗練された強さを知る身からするとそこまでの脅威ではない。
「クラウディアさんほどじゃない!」
まだ強さではなく暴力、というレベルだ。
その程度に負けてやれるほど嘉人の矜持は安くない。
遠距離干渉から雷を暴発させることを狙い意識を集中させる。
嘉人の戦い方は相手の力を逆用するのがメインとなる予定なのだ。
桜香のような怪物には何も出来ず、フィーネに頼るしかなかったが同格ならばやりようはいくらでもあった。
「次の攻撃で――」
決める。
タイミングを決めた以上、残りは敵の動きを見抜くだけだった。
1対1で負けない、というそれは嘉人の自信の表れであろう。
絶好調、誰にも負ける気がしない。
こういう時にこそ、深く注意をする必要があるのだが、まだ嘉人にその辺りを察しろというのは早かった。
彼も未熟者の1人であることに違いはない。
「がっ!?」
突然身体に大きな負荷が掛かる。
体重が増したような、大地に引きつけられる感覚。
低空を飛行していた嘉人はあまりの重さに耐えきれずに大地に叩き付けられる。
それだけでも大ダメージだが、異常はまだ続いていた。
「お、起き上がれない……!?」
押さえつける力に逆らう力が勝てない。
嘉人の膂力では不可能としか思えない圧倒的な圧力。
この力と類似したものも彼は知っている。
「お、おい……まさか、これは」
「やはりご存じですか」
「っ!」
空を見上げると赤毛を持った女性が嘉人を見下ろしていた。
クラウディアと同じ属性を持つ魔導師。
ユーリア・アヒレスはこの結果を冷めた表情で見つめる。
「あんたは、確か……」
「名乗りはしていませんでしたね。データでは知っていますよ。昨日の模擬戦は見事でした。私は見学でしたが見事な機転に感服します」
「それは……どうも」
「私はユーリア。そして、後ろにいるのが」
冷めているように見えるが礼儀は弁えている。
モデルのようなスラッとした美少女は魔力を高めながらゆったりと嘉人に真相を話す。
目を引くのは持っている魔導機だろうか。
盾型、というべきか実に珍しいタイプのものを持っている。
攻撃自体は通常の雷撃だけだったが、他にも何かあるのだろう。
嘉人は静かにユーリアの脅威度を修正してから、声に従って視線を後ろに移す。
ユーリアも脅威だが、もっと直接的な脅威として存在している者。
ユーリアの背後に庇われるように存在しているオドオドとした雰囲気の女性。
彼女こそがこの事態の原因なのだ
「え、えーと、ソフィです。よろしく、お願いしますね」
ぎこちなく微笑むのは男性に慣れていないからなのか。
叩き付けられているのは嘉人なのに何故か向こうの方が腰が低い。
外見だけ見れば間違いなく貫録があるのはユーリアだろう。
クラウディアと能力もそうだが雰囲気も似ている。
自分に厳しいタイプなのは間違いない。
しかし、騙されてはいけないのだ。
この2人で本当に恐ろしいのは間違いなくソフィの方である。
今までフィーネしか使ったことのない力を平然と操る存在が普通のはずがない。
「よろしく。で、この拘束は解いてくれるのか? ソフィさん」
「それは、無理ですよ。……私がやったんだってわかるんですね」
「変換系は扱いが難しいと聞いている。元々自然現象なんて人の分を超えている。だから、扱いやすくするために個々の素質に合わせた形で変換系は作られるんだろう?」
「女神がそちらにいる以上、その辺りは既知ですか」
万能系にリミッターがあるように扱いやすくするための工夫は全ての系統でされている。
強くなった者たちはこれを解除していき更に上を目指すが、万能系並みの新参者な変換系は相応にまだまだ試行錯誤なところがあった。
属性ごとのフィルターなどは最たるモノだろう。
本来ならば全員があらゆる属性を使えるはずなのだが、習熟のレベルが高すぎてそうはなっていない。
ササラは数少ない例外であり、フィーネを除けば彼女ぐらいしか全ては扱えないのだ。
「……特化型は、対応に難があるが極めればその辺りは変わらないか」
「まだ極めるには程遠いですが、ソフィはこういう事が出来ますので」
「ご、ごめんなさい」
「謝るなよ。というか、重力か。まさかフィーネさん以外にも使えるとは思わなかったな」
全ては扱えない。
これは事実だが、特殊なものを扱えない訳ではなかった。
フィーネでも持て余す属性。
全方位に強力で出力が桁違いだからこその女神の悩みであるが、眷属である戦乙女には関係なかった。
たった1つしかないからこそ、それに全力で取り組み、出力の問題も当然解決している。
フィーネだからこそ問題になったいたのだ。
悲しいかな、それとも喜ばしいのか。
ソフィにもわからないが彼女の力の範囲で扱えるほどに彼女は彼女の属性に適合していた。
「さてと……どうするか」
相手の力の種はわかったが、危地なのは何も変わっていない。
ユーリアが魔力を高めているのも不審な動きをすれば攻撃するためだろう。
ルール無用のデスマッチ、と真由美は言っていたがそれ以外には何も言っていない。
敵を倒すことが目的ではない可能性があるのだ。
こうして呑気に話をしているのもそれが理由の1つだろう。
「ここは、先輩の力を借りるか」
悪巧みをしつつ、嘉人はタイミングを窺う。
ある意味で健輔以上に他力を扱うのが上手い男は涼しい顔の中で必死に策を巡らせる。
次代の戦乙女たちを前にしても戦意は何も変わらない。
1年生の中で最も諦めの悪い男は足掻き続ける。
先輩に似た姿は背中を見たものが勝手に育つというクォークオブフェイトの謎な伝統を確かに示しているのであった。
嘉人が戦乙女に追い詰められるのと同時刻。
空を舞い砲撃を放っていた朔夜の元にも何人かの刺客が放たれていた。
反応が鈍い者たちはともかくとして、他のチームでも主力級となる者たちの動きは流石に素早い。
朔夜たちがそうであるように磨かれた玉というのは何処のチームにも存在していた。
「暑苦しい!」
「ヌオオおおおおおおおおおおッ!」
まだまだ荒削りだが見事な速度で突っ込んできた魔導師。
シューティングスターズの前衛候補、クロウ・アーダである。
朔夜と同じトライアングルサーキットを持つ次世代の魔導師は、彼女が引いてしまうほどに暑苦しかった。
「ああ、もう!」
「シャああああああッ!」
激しい叫び声と裏腹に体捌きは見事に研ぎ澄まされている。
葵を知らなければ容易く持っていかれた可能はあるが、やはりそこは上位に位置する者を知っているだけのアドバンテージがあった。
鋭いが、もっと鋭いのを知っている。
自信となり、そして実感として身体に宿っている経験値が後衛対前衛でも機能していた。
迂闊に攻めれば負けるが、朔夜はそこまでバカではない。
痛い目を見ているからこそ、実力を見抜こうとする意思は強かった。
「チィ! 貴様、やるな!」
「私の名前は貴様、じゃないわよ!」
誘導型の魔力弾で相手を攪乱する。
威力はないが精度は抜群な一撃なのだが、
「温いわッ!」
「チぃ!」
拳の一振りで叩き潰される。
葵にも同じことをやられたが同学年にやられるとは思ってもみなかった。
舌打ちをしてしまうのも無理からぬことであろう。
しかし、わかったこともある。
まず第一に葵と違って技術として誘導弾を粉砕しているのではなく、魔力を用いた力技であること。
次に基本は葵と同じタイプの格闘型魔導師だが、稀に混じるあるモノが差異を作っていることだった。
「身体、収束。ここまでは読めた。最後は――」
「はあああああッ!」
魔力を纏った圧倒的な力押しに朔夜は顔を歪める。
葵が内部に力を溜めるのに対して、クロウは外に出していた。
これは砲撃魔導師と同じ最近の前衛で多いタイプだ。
皇帝のバトルスタイル。
劣化に過ぎないが、模倣と言い換えても良いだろう。
要素だけは上手く抽出してある。
「ふんっ、気に入らないわ!」
王者は最強。
朔夜も異論はないが真似ただけのものに負けるつもりなどない。
本人ならばともかくとして猿真似に負けるのは朔夜の矜持が許さなかった。
魔導機を武器代わりにして、敵の渾身の一撃を受け止める。
「何!?」
「魔力の量で、私に勝つ? その程度じゃあ、負けてあげられないわ」
「ぐ、ぬおおお!?」
相手を弾き飛ばして、一気に魔力を充填する。
狙いは外さない。
「術式展開!」
『バスターライン』
貫通力に過ぎれた攻撃が放たれて、クロウを飲み込む。
最後の系統の正体もこれでわかるだろう。
「ふーん、これを防ぐ。やっぱり応用力があるわね」
「……まさか、格闘までもこなすとは思わなんだ」
「お生憎様。これぐらいやれないと練習も耐えきれないのよ。それにこなす、なんてレベルじゃないわよ」
朔夜の直撃必須の攻撃を防いだモノはゴーレムなどを生み出す時に用いる魔力体。
つまるところ、最後の系統までも『皇帝』をリスペクトしている。
「創造系、ね。中途半端な気持ちで手を出すと火傷するわよ」
「理解しているさ。それでも、王者の系統が欲しかったのさ。猿真似だよ。だが、中途半端ではないさ。憧れから始まるものとてあるだろう?」
「否定はしないわよ。それで、まだやるの?」
「貴様との戦い、楽しいのだが無粋な輩もいるからな」
クロウが視線を動かす。
朔夜も同じように視線を動かすと、こちらに向かってくる人影が見えた。
「……まあ、横殴りは基本よね」
「戦術ではあるな。しかし、向こうは3人のようだ。どうだ、こちらと手を組むのは?」
「ルール無用、つまりは何をしてもいい」
「流石は凶星、そして破星である。我らがプリンセスが尊敬するだけのことはある。あの王者から勝利を勝ち得た境界の主もいるのだ。俺は貴様たちと肩を並べてみたい」
真っ直ぐで率直な言葉は嫌いではない。
迂遠な輩よりは付き合い易いだろう。
上げられた功績は全て先輩たちのものだが、朔夜が尊敬する人物たちを褒められて悪い気はしなかった。
「いいわよ。じゃあ、最後の2人になるまで休戦といきましょうか」
「ふっ、笑われないために壁として役立ってみせよう」
砲撃のチームであるシューティングスターズのメンバーなのだ。
どのように前衛が動けばよいのかは理解している。
練習だからこそ、レベルの高い後衛と組むことで彼は本来の役割も研ぎ澄ますつもりなのだ。
皇帝を尊敬していても、王者と同じでは届かない。
わかっているからこそのチームのための在り方をクロウ・アーダも選択していた。
「では、方針を」
「単純よ、敵はぶちのめす。可能な限り、派手にね」
「なるほど、わかりやすいな」
壁を手に入れた朔夜が本来のスペックを発揮する。
狙いは向かってくる太陽の眷属たち。
先輩たちと違ってまだ腑抜けてはいない彼らがどのように動くのかが興味があった。
もし、万が一だが模擬戦の先輩たちと同じ醜態を見せるのならば朔夜が優香たちの代わりに鉄槌を下すべきだろう。
「私たちのチームに勝利した者たちが弱いなんて、絶対に許さない」
努力を知っている。
涙を知っている。
敗北の痛みも皆が受けているはずなのだ。
明るい先輩たちは昨年度の敗戦に何も言わないが、確かに感じたものがあるはずである。
自らも地に堕ちたからこそ、気持ちはわかるつもりだった。
「先輩たちは勝者として相応しい態度で私を導いてくれたわ。ただ惨めなだけの敗北じゃなかった。さあ、あなたたちはどうなのかしら」
「期待させて貰おうか。我らの頂点、最強のチームよ。これ以上の失態は許せないぞ」
目的が一致した前衛と後衛が迫るアマテラスの新人たちに牙を向ける。
交流はまだ始まったばかりだが、熱く燃え上がっていく。
昨年度の健輔たちがそうであったように、彼らも同じように絆を紡ぎあげるのだった。




