第97話『挨拶は大切に』
凄く見られている。
嘉人の心に浮かんだのはそんな言葉であった。
集まる視線は物理的な圧力を伴っている。
気のせいなのだが、そのように感じるほどに彼は見られていた。
ごくり、と唾を飲み込む。
「……これは、何だと思う?」
「活躍したからじゃないの?」
解答などわかり切っているが、精神の安定のために隣にいる朔夜へ小声で話し掛けるが返答はあっさりとしたものだった。
同時に朔夜にも視線が集まるが嘉人と違い平然と受け止める。
微妙に示された器の違いにちょっと凹みつつ、嘉人は小声で囁いた。
「いや、お前にも集まるべきだろうが。というか、暮稲や川田にも向くべきだろう」
「はぁ? そんな訳ないでしょうが」
「へ?」
嘉人だけに注目が集まる理由がない。
彼の中では絶対の解答だったが、朔夜からすれば完全に的外れである。
彼らは白藤嘉人を見ているのだ。
断じて桐嶋朔夜ではない。
ましてや、川田栞里や暮稲ササラでないのも明白であった。
「バカな顔を晒してないで、しっかりしなさいよ。仮にも私たちの顔になった訳だし、恥を晒したらぶん殴るわよ」
「い、いや、理由を教えてくれよ」
「いやよ。こんな周りが聞き耳を立てているところで言うなんて」
「げっ、マジか」
嘉人が視線を周りに送ると何名かが顔を逸らした。
全員ではないようだが、術式などで会話を拾っているようである。
迂闊だった自分を内心で罵倒してから、念話に切り替えて朔夜に続きを促す。
『んで、これってどういうことですか! マジで勘弁してほしい』
『あなたが活躍したからでしょう? 言い方は悪いけど誰も期待してなかったんじゃないの。おかげで倍プッシュで注目が集中したのよ』
『あ……あーあ、なるほど、なるほどね』
試合に参加するメンバーは事前に通達されていた。
クォークオブフェイト以外の3チームはそれなりの規模があるため、予備のメンバーがそれなりに存在している。
そのため今回の試合で1年生を主力級で運用していたのは、嘉人たちクォークオブフェイトとシューティングスターズぐらいの2チームとなっていた。
『俺のステータス。ま、能力はあれだもんな、微妙?』
『曖昧な言い方ね。その通りでしょうけど。カタログスペックだけを見て判断していたってことなんじゃないの。他の1年生たちは私たちに興味津々みたいよ』
朔夜やササラのある程度の活躍は予想していただろう。
しかし、嘉人と栞里は完全にノーマークだったのだ。
栞里に関しては前衛としての技術があるのも見て取れたために納得をしたのだろうが、嘉人については完全に予想外だったのだろう。
栞里の活躍が想定内ならば、嘉人は完全に予想を超えている。
『あんな程度しかなくて、あれぐらいなら俺にも! みたいな感じゃないかしら』
『うわぁ……香ばしい感じだな。俺、あんまり好きじゃないわ』
『魔導を舐めてるのよ。私、そういう人種は嫌いよ』
『ハッキリ言うな。いや、まったく同感だけどさ』
1年生の大半が集められた場所で周囲にいる奴らを嫌いと言う訳にはいかないだろう。
そのための配慮であり、そのための念話であった。
嘉人は微妙に顔を引き攣らせながら朔夜を見る。
大分大人しくなったように見えたが、彼女はやはり苛烈な性を持っていた。
むしろ朔夜が御淑やかに見えるほどに周囲がヤバイのだと思えばなんとなく納得も出来る。
『あれだなぁ……。面倒臭いわ』
『有名税よ。それに私もあれは凄かったと思うわよ。紛いなりにも世界最強から1つ確かに勝ち取ったんだから胸を張るのが義務よ』
『あー、うっす、ありがとさん』
念話は切れて、朔夜は涼しい表情のままで前に視線を向けている。
この場に集められた1年生たちには当然ながらやることがあった。
嘉人の思いなど一切勘案しないで世界は動き出す。
「はーい、皆さん注目してください!」
元気に声を上げるのは、数々の伝説を築き上げた女性。
特にクォークオブフェイトには重要な意味を持つ存在であった。
近藤真由美。
『終わりなき凶星』の2つ名を持つ魔導師である。
嘉人は健輔が遠い目をしながら一言だけ「いい人だよ」と言ったのを覚えていた。
裏の意図を見抜けぬほど未熟ではないのだ。
間違いなく健輔や葵のアップグレード版であろう。
「俺に好戦的な笑みなんか向ける暇、あるのかね」
幾人か敵意とまではいかないがあまり友好的じゃない視線を向けてきている。
それ自体はどうでもいいのだが、連鎖で巻き込まれる可能性を危惧していた。
葵だったら殴り合えば解決と言いかねないし、健輔でも同じである。
先輩たちがそういう意味では敵であることを既に嘉人も理解していた。
何かよろしくないことが起きる。
こういった時の勘は信じるようにしていた。
春から夏、今日までにかけて外れたことがない。
「各チームの1年生の皆さんですが、集まって直ぐで申し訳ないですが、これからデスマッチをしていただきまーす」
「ルールは簡単よ。1年生たちでやり合って、最後の1人になるまで全力戦闘。基本形式はベーシック、以上」
「じゃ、ルールを守って楽しくバトルをしましょう! スタートッ!」
説明から流れるように戦闘開始の合図が告げられる。
呆然とする周囲を置き去りにして、何名かの魔導師たちが素早く戦闘状態へと移行した。
騒いでいるのがアマテラス、遅れて対処を始めたのがヴァルキュリア、そしてクォークオブフェイトとほぼ同じ速度なのがシューティングスターズ。
嘉人は昨日の模擬戦の情報と今の対応で得られた情報を組み合わせて脅威度を設定する。
「川島、暮稲、アマテラスは後回しだ」
「わ、わかりました!」
「了解。先にシューティングスターズね」
「向こうも同じ対応だろうけどな!」
今まで圧倒的な格上ばかりでまともな戦闘が少なかったが感じる魔力に大きなものはない。
嘉人を超えるモノはいくつかあるが、この程度は許容の範囲内だった。
魔力量だけが強さの指標ではないが、わかりやすいものであるのには違いない。
天秤は拮抗している。
この状況でならば、嘉人の策なども上手く働くだろう。
「これこれ、こういうのが良いんだよ。怪獣大決戦とか、勘弁して欲しいわ」
自らの弱点がそこにあると理解しているが、いきなり世界最強にぶつけられて如何にか出来るとも思わなかった。
スパルタ過ぎる先輩たちに文句を言いたいところだが、結局のところ最後には感謝することが目に見えているのが怖いところだろう。
「おお、桐嶋の奴は凄いな」
1年生の中で別格と断言できる砲撃。
同級生に負けていられないと闘志を燃やして嘉人は空を舞う。
クォークオブフェイト1年生。
卵から雛になろうとしている彼らの前途は希望に溢れていた。
この場に集まった1年生の数はそれなりに多い。
クォークオブフェイトでは主力になりえる人材を最初から選んでいるが、普通は育成することに主眼を置くからだ。
自らの人物眼に自信があっても不確定要素を考えれば組織力があるチームがそうするのは当然のことだろう。
つまり、この場に集うのはまだ雛になったばかりの者たちばかりである。
真由美の号令の意味を正確に理解できたのが、彼女と縁がある者たちだったのは必然ではあった。
「ササラちゃん!」
「ええ、わかってますよ」
前衛として前に出る栞里とササラ。
援護の砲撃は朔夜から速やかに行われている。
見事、としか言いようがない連携。
ペアでの戦闘能力でならば間違いなく1年生の中では最高峰だろう。
飛び抜けたスペックと技量が見事に噛み合っている。
「さて、何人いるのかしら、ご同類たち」
ササラの独白は空に融ける。
彼女の言葉が切っ掛けだったのかはわからないが、現実が彼女たちの『敵』を浮かび上がらせる。
1年生たちの中では飛び抜けているのは間違いないが、飛び抜けた1年生は彼らだけではなかった。
先ほどの模擬戦を見るだけだった下級生たち。
彼らはここで自らの実力を証明するために必死であった。
嘉人たちを――クォークオブフェイトを逃すつもりはない。
「朔夜の砲撃が落ちた!?」
緑色の砲撃が朔夜を上回るパワーで迎撃してくる。
1年生の中で朔夜は最高峰の砲撃魔導師のはずなのだ。
健輔のお墨付きもある部分を疑う必要はない。
ならば、答えは1つしかあり得なかった。
一撃で彼女の連射を潰す威力は下手をすると1年生の中でも最高のものとなるだろう。
『敵』がやって来たのである。
「ササラちゃん、追撃がくるよ!」
「今度はオレンジ? まさか、攻守の役割を分けている……」
視界を埋め尽くすオレンジの輝き。
威力は平均的な砲撃よりを下回るが連射力は見事なものだった。
長ずればアリスに近づけるだろう。
面で圧してくる火力の嵐を前にして、ササラが動く。
「風よ!」
障壁ではなく風を創造して攻撃を防ぐ。
魔力をそのままに用いた障壁への対抗策は各チームで進められている。
貫通術式もそうだが、ただ展開しただけでは砲撃に貫かれるだけであった。
個性と組み合わせた形での強化を1年生までもが模索している。
「よし! 上手くいった」
「前に出るね!」
「お願いッ!」
風による物理的な防御。
純粋な魔力だけではなく物理的障害を容易くに生み出せるのがササラの特性である。
これから格上と戦う上で自らの利点を活かすための努力は欠かせない。
栞里から学んでいる体捌きも含めて、いつか自らを完成させるために今はまだ試行錯誤を繰り返す時だった。
未熟であるが故に、彼女たち可能性に溢れている。
もっとも、それは相手にとっても同じであった。
「おろろ、リリア止められてるよ~」
「見ればわかります! いちいち言わないで!」
「ほへ? リリア~なんで怒っているの?」
「あなたが煽るようなことを言うからでしょうっ!」
魔力光と同じ髪色を持つ女性が2人の前に喧嘩をしながら出てくる。
機動しながらの砲撃。
まだまだ拙いがアリスが行っている機動砲撃スタイルの模倣であった。
健輔辺りから見れば隙だらけだが、ササラたちには十分に通用する。
形だけを見れば中々に堂に入っていた。
「あなたたちは……!」
「初めまして、暮稲ササラ、川田栞里。ワタクシは、リリア・ウィードゥン。そして――」
「フロメア・リンダーバーグ。メアって呼んでね!」
挨拶代りにフロメアから極大の砲撃が叩き込まれる。
威力に全振りをした一撃。
破壊力だけならば砲撃型となった健輔を超えている。
代わりに弾速は見た後で、ササラたちが避けられる程度だったが、感じる力は1年生のレベルではない。
遠距離の手合い、と認識したササラが素早く行動に移る。
相手の牽制、及び火力の担当はササラなのだ。
彼女が動かないと栞里は迂闊に前に出られない。
「雷よ、天を駆けよ!」
ササラが手を翳して、雷撃が放たれる。
しかし、急加速で2人は直ぐにその場から去ってしまう。
次に起こるのは返礼として降り注ぐオレンジ色の輝きであった。
乱射される砲撃は逃げ場がない。
選択肢は受けるしかない――ように見えるだろう。
ササラも彼女がいなければ、そのように判断していた。
「たあああッ!」
腕に魔力を身に纏い、直撃する部分だけを掻き消す。
ダメージを負っているし、完全には程遠いが砲撃を斬る姿は1部のランカーたちが見せる技量の果てとよく似ていた。
「ごめん、ありがとう栞里!」
「気をつけて、この人たち連携が上手い」
口論をしているように見えるが連携は素晴らしかった。
ラッセル姉妹を見ているかのように綺麗に役割が分担されている。
攻撃はフロメア、防御はリリア。
2人とも足を止めない機動スタイルを維持しつつ前衛と格闘戦をやれている。
アリスと同様に次の世界大会を見据えて練習が施されていた。
ササラたちのように個性を伸ばす形なのは似ているが、更にチームに組み込んだところまで考えてあるのはシューティングスターズのチームとしての完成度の高さが理由であろう。
ハンナ・キャンベルが生み出したチームは彼女が去った後でも機能するどころか進化していた。
皇帝が認めた魔導師は伊達ではない。
「お褒めにいただきありがとうございます」
「昨日は凄かったよ! だからね、私たちもちゃんと挨拶をしておくべきかなって」
「アリス様には届きませんが、私たちも流星の系譜。かつての女帝の技はしっかりと根付いていますよ」
「凶星の技はあなたたちにあるのかな?」
不敵に微笑み2人の振る舞いには自信が溢れている。
頂点の意欲、戦い抜く覚悟に満ちていた。
両名からの戦意を受けて、ササラたちの闘志に火が付く。
「いい歓迎だったわ。そうね、お互いのチームの流儀から考えればこうあるべきよね?」
「私たち、負けません。葵さんからの言いつけですから」
「ふふ、素晴らしいですわ。メアと一緒、というのがあれですが、勝負には手を抜きませんよ」
「ふえ? リリア、何か酷いことを言ってない」
「気のせいですわ」
凸凹に見えて、綺麗に嵌っている連携。
なんとも読み辛い者たちだったが、ササラたちの心に動揺はない。
面倒臭いキャラをしているのは先輩たちも同じなのだ。
健輔や葵と比べればどんな人物でもマシである。
「この様子だと、嘉人くんや朔夜ちゃんの方も大変そうかも」
「だったら、私たちは自分で切り抜けないとね」
戦況の把握は本来はバックス仕事でもササラにはお手の物だ。
ペアでの完結性において、ササラたちはこの合宿内でも群を抜いて高い。
クォークオブフェイトの次代を象徴する2人が、シューティングスターズの次代を象徴する者たちとぶつかり合う。
新人たちの『挨拶』はこうして始まったのだった。




