第96話『成長』
「おっ、向こうは始まったみたいだね」
朗らかな笑みは彼女のトレードマーク。
駆け抜ける流星、アリス・キャンベルはその場に集った綺羅星たちに微笑む。
この場における責任者、つまりは指導者は彼女である。
「アリスが私たちに教えてくれる、ということは聞いたけど具体的には何を?」
聴講生は2人。
丸山美咲と九条優香。
組み合わせとしては珍しくはないが、彼女たちが教えられる側というのが新鮮ではあるだろうか。
彼女たち2人に教えられることがある。
これだけでもアリスの成長が窺えるだろう。
当然、逆のことも考えても組み合わせではあるのだが、今日はアリスのターンであった。
「おろ? 真由美さんから葵さんに連絡はいっていると聞いたけど」
「素直に教えてくれる人じゃないの」
「葵さんは、スパルタですからね」
「なるなる! 理解したわ。うーん、そうだな~。先生らしく、質問してみるかな。どうしてだと思う、優香?」
アリスはニンマリとした笑みを浮かべて優香に問う。
楽しんでいる感じの雰囲気は昨年の合宿とは全く違うアリスを感じさせる。
姉の背後、というと言い過ぎだが緊張で身体を堅くしていた少女と同じには見えない。
振る舞いの端々に自信とハッキリとした信念を感じさせる。
エース、もしくはリーダーと呼ばれる魔導師として不足のない態度であった。
「え、えーと……」
「アリス。遊ばないでよ。優香は真面目に考えちゃうじゃない」
「ははは、でも、優香に関してはそこも関係してるんだよ?」
「私の真面目さ、ですか?」
「うん、そこだよ、そこ」
アリスは頷き、激しい魔力が立ち上る方向を順番に指さす。
指を指した先には、練習を開始した桜香やフィーネ、そして皇帝などの上位ランカーがいる場所であった。
何を指し示しているかは予想できるが、答えを出すには情報が足りない。
優香は深く考え込む姿勢で固まってしまう。
「あー、うん、そこがダメかな」
「へ?」
「だから、優香がこの合宿で直すところ、かな。私が気付いた訳じゃないんだよ? ただ言われるとそうなのかなーって思ったからさ」
「アリス、ちゃんと説明をして。優香が混乱してる」
「よ? ああ、ごめんごめん。最近、落ち着きがないって言われるんだけど、また端折っちゃってたか」
アリスは言い終えると魔導機を展開する。
彼女の魔導機は武装型の魔導機であり、棒状のものの先端に魔力収束機構が付けられた砲撃魔導師がよく使うモデルのものだった。
特別さ、というものは特になく標準的なモデルと言える。
普遍的に道具に奇抜なスタイル。
アリスの今の在り方を端的に示していた。
「昨日の試合を見たけど、優香は凄かったね。流石は世界ランク第2位だよ」
「あ、ありがとうございます」
「でも、ちょっと不思議なんだよね」
「は、はぁ……」
アリスの物言いに美咲は眉を顰める。
世界大会で話した時はもう少し大人しい印象だったのだが、大分弾けていた。
もしかしたら、ハンナの妹なのだしこれが地なのかもしれないが、それにしてもテンションが高い。
頭を傾げる優香のためにも、美咲は口を開こうとするが、それよりも先にアリスの行動に遮られてしまう。
2人の目の前でアリスが唐突に魔力を全開にし始めたのだ。
「っ……! ちょ、ちょっと! いきなり魔力を叩き付けるなんてどういうつもり!」
「そりゃあ、宣戦布告、かな?」
微笑むアリスに陰りはない。
真っ直ぐな瞳は優香を見つめて射抜いていた。
魔導機の砲口を優香へと向けて、アリスは真意を語る。
「だって、あれだけの力が出せるのに今までは手を抜いていたんでしょう? それは、許せないと思うんだけど。どうかな」
アリスは微笑みを浮かべたままである。
しかし、感じる圧力は大きくなっていた。
ランカーが発するプレッシャー。
ランクは10位だが、長ずれば姉の領域に至れるプリンセスが冷たい微笑みを世界第2位へと叩き付けていた。
「そんなことは……」
「ない?」
「私の誇りに誓って」
「うん、だと思った」
穴の開いた風船から空気が抜けるように急激に場を空気が変わる。
このまま殴り合いになるのでは、と思っていた美咲だけが無駄に疲弊した会話はあっさりと終わりを迎えた。
くすくすと笑うアリスに心の中で報復を誓って美咲はジト目を向ける。
「あのね。人で遊ぶんじゃないの。そんなに私のリアクションは面白いかしら?」
「ごめんごめん。端的に言うと、昨日の力を普通に出せるようにするのが今回の目的かな。美咲ちゃんは実質的に連れ添いだよ」
「私じゃなくて、優香がメイン?」
「そ、理解が早いと説明を省けるから楽でいいね」
優香は怒りで思考が単純化された結果だが、姉に――桜香に近しい領域まで近づけた。
秘めたる力の発揮、で片付けるのは容易だがそれだけでは芸がない。
あの事象からわかったことは全てを活用すべきであろう。
「あの戦いで、優香の本当の能力が少し漏れ出た。結構重要だと思うけど、本人はあの時の感覚を覚えている?」
「い、いえ……その、正直なところあんまり覚えていたくないというか」
優香はモジモジとした様子を見せる。
本当に恥ずかしいのを我慢しているのだとわかるからこそ、美咲の瞳は優しくなった。
同様にアリスの瞳も優しくなる。
同じ年で強大な力を持つ魔導師たちであるが、年相応の部分もあるのだ。
人前での激昂などに羞恥を感じるのは仕方がないことだった。
「おー、可愛いなぁ。羨ましい」
「あなたも美人じゃない。日本人よりもいろいろなパーツが優れていて本当に羨ましいわ」
「私はお姉様みたいな感じになりたかったんだけどね……」
少し力がない返答なのは、豊満な肉体だった姉と比べるとまだまだ蕾である自分への諦めが混じっているからであろう。
2つしか変わらない両者の肉体的なポテンシャルは相当にかけ離れている。
アリスは美女ではなく、美少女であり、ハンナは美女でおまけに豊満なと付くような身体つきであった。
血が繋がっているからこそ、差異を嘆きたくなる。
「はぁぁ……っと、ごめんね、辛気臭い感じにしちゃって」
「気にしないで」
「私が、その……煮え切らないから悪いので……」
「え、えーと、この空気はあれかな。あー、注目!」
アリスは声を上げて、大きく咳払いをすると、グダグダになりかけた空気を整理する。
仕切り直しを図る小柄な少女に2人は姿勢を正した。
「ま、軽く1回やろうか。ぶつかりながら説明するよ」
「またその脳筋言語? あなたたちは本当に好きね」
「はは、でも、美咲ももうすぐ仲間入りだよ?」
「……え?」
不思議そうな美咲をスルーして、アリスは空に飛び上がる。
昨日の模擬戦では優香とアリスは正面からぶつからなかった。
前衛と後衛、おまけにお互いにエースなのだからぶつかってもおかしくなかったのに運命は2人を出会わせなかったのだ。
「さてと、私のやり方をちゃんと伝えられるかな」
アリスは真剣な眼差しで優香を見つめる。
才能に溢れた友人。
今はまだそこまで仲良くないが、この練習を通じて仲良くなれたらいいと思っている。
「夢幻、か。私の奴もだけど、優香のも素敵ね。名前負けしないようにしっかりと頑張って貰わないと」
気合は十分。
流星のお姫様は、夢幻の空を待っている。
異なるスタンス、違う在り方の2人が交わる果てに何があるのか。
この組み合わせを目論んだ者たちは知っているのだった。
風が吹き荒び、雷光が飛び交う。
此処は彼女の支配領域。
比類なき魔導師、フィーネ・アルムスターが生み出した世界であった。
「多少はマシになりましたが、あなたたちダメダメですよ」
空間展開が通常の空間に違うルールを付与するものならば、こちらは完全に1つの異空間を創造する力。
空間に長けたレジェンドクラスの魔導師が至った高みに女神は制御可能になった能力の付録で届いていた。
これこそが圧倒的な才覚。
桜香にも劣らない最強クラスの固有能力の力であった。
僅かに一端を引き出しただけで、魔導師としてのランクを1つ上に押し上げるほどに凄まじい潜在能力がそこにある。
「あぁ!?」
「イリーネ、水に直ぐに頼るのをやめなさい」
久しぶりに出会ったヴァルキュリアのメンバー。
彼女たちのあまりにも不甲斐ない状態に女神が活を入れる。
既に卒業したフィーネの方がイリーネたちよりも大きく成長しているのは、外に踏み出した者と足踏みしている者の差異であろう。
未知に挑むことが勇気。
美咲が言った言葉にフィーネもまた同意する。
安全で、わかり切っている事しか出来ない者に頂は手に入らない。
「白兵に手を出して、創造にも手を出す。あなた、そこまで器用でしたか? さらに――」
水で出来たゴーレムを粉砕して、フィーネは顔を歪める。
芸術的には素晴らしいが戦力的には見るところすらない。
ゴーレムは奥が深い技術だ。
ラッセル姉妹、特にヴィエラのように極めた領域に近づけば非力な己を補ってくれるだろう。
しかし、イリーネのような道具として扱い方ではダメである。
「――作ったところで扱い切れないようでは、程度が知れます。やめなさい」
「は、はい!」
「そこでどうして、素直に返事をしますか。こいつ、何を言ってるんだ、それぐらいは言い返しなさい」
フィーネはかつてのリーダーだが、今は別チームのコーチなのだ。
プライベートで出会った時は昔のままで問題ないが、練習中にそれではいけないだろう。
なんでも素直に聞き入れる、というのは逆に言えば何も考えていないということだ。
ホイホイと従うような性根でもそれはそれで困る。
同様に、意味なく反発するのもいただけない。
現在相手にしている水と火のコンビは性質が全く異なる者たちであった。
「カルラ、あなたの負けん気はいいですが、それだけでやっていけるつもりですか?」
「ち、違います!」
「瞳が反抗的なのはいいですが、理由のない反抗はやめておきなさい。熱量の制御、感情のコントロールはいいですけど、まだまだなってないですよ。我慢している、というのが伝わるだけでも十分な情報です」
水に比べると炎は負けん気がある。
しかし、負けん気が強すぎて視野が狭い。
大分改善されているが、今度は改善したことで以前ほどの覇気が無くなってしまった。
朔夜が現実を知った時のようにカルラも現実を知ったのだ。
意気消沈ではないが、分を知ったために大人しくなっている。
「あの子は真っ直ぐにいけばいいのに、頭が回るから……」
カルラの問題点はバカになれないことである。
頭の回転が速いため、直情的だが戦闘自体は上手いのだ。
これが余計に彼女の戦闘スタイルを奇怪なものにしてしまっていた。
何も考えずにパワープレイがおそらく最適なはずなのに、カルラは考えてしまうのだ。
悪いことではないが、躊躇が彼女をランカーの手前で留めてしまう。
「リタにエルフリーデ、顔ぶれにそこまで変化はないですね。ふむ、真由美が別枠にしたらしい1年生が新入りでしょうか」
ヴァルキュリアは昨日の戦闘でも新人を隠している。
クォークオブフェイトは何も考えずに試合に放り込んでいるが、普通はもう少し自信を付けさせてからだった。
フィーネも大分染まっているゆえに疑問に思わないが嘉人などは他のチームでは勇者と讃えられている。
初に近い実戦でいきなり桜香と出会って一矢報いているのだ。
鋼のメンタルに一目置かれていた。
似たような理由で栞里やササラも同様である。
「アマテラスも1年生ならばまだなんとかなりますかね」
未熟な教え子たちをボコボコにしながら思うのは、他のチームの1年生についてであった。
自分たちのチームが恵まれているのは素直に嬉しく、同時に頑張ろうという意思が沸き立つ。
新しい世代から自らを脅かす者が出てくるのが楽しい。
身軽になったからなのか。
今のフィーネはそのように思うことが多かった。
「ん? イリーネとカルラが……連携ですか、ふむ、悪くはないですが」
物思いに浸っていたフィーネが現実に引き戻される。
フィーネの眼前では2人が合流を図っていた。
2人のコンビはそれなりに強力だ。
連携すれば今よりもマシではあるだろう。
「練習の趣旨的に、それは微妙なんですが。はぁ……頭が固いですね」
自らのバトルスタイルは魂を曝け出すようなものだ。
恥ずかしがっていては辿り着けない。
「まずは頭をからっぽにして貰いますか」
合流させないために風の壁を生みだし2人を分断する。
嗜虐的な笑みを浮かべて、フィーネは白兵戦のために戦場へと飛び込んだ。
大分クォークオブフェイトに染まった女神が肉体言語でかつての後輩に理を叩き込む。
悲鳴も聞こえなくなるまで戦乙女たちの地獄は終らないのだった。




