第94話『終局』
「ありゃ、これはマズイかも」
「でしょうね。1対1なら、こうなるのが普通でしょう」
「わかっていてやるんだから、あなたもイイ性格をしてますよね」
「あら、そんなに褒めないでちょうだい」
葵の笑顔にアリスは大きな溜息を吐く。
ヴィオラには申し訳ないが、この展開は彼女の中では予想されていた。
大凡の流れは確かに彼女たちが掌握していたが、どうしても制御できない部分も出てくる。
全てを掌の上で、というのは策士としては理想的だろうが、流石に人間の身でやるには荷が重いだろう。
「さて、ここからはどうしますか? 大体、察することは出来ますけど」
「そうね。向こうでこっちの後輩とヴィオラちゃんが同じ結論に至ったみたいだし、やっておきましょうか。――あなたはどうする?」
「愚問です。私だけになっても、勝利は諦めませんよ」
葵の言葉に壊滅したヴァルキュリアの生き残り、レオナ・ブックは言い返す。
もはや彼女1人だけだが、闘志は微塵も衰えていなかった。
「じゃ、そういうことでいきますか」
「ボロボロですけど、3つも纏めれば少しは体裁も整うでしょうしね」
即席の連合軍。
どこもボロボロだが、戦意だけは充実していた。
「私が前に出るから、2人は援護。ヴィオラ、指示は任せたわよ。香奈は私への支援に集中してね。海斗くんは、朔夜をお願い」
『わかったよーん』
『しょ、承知しました!』
敵のチームへあっさりと指揮権を渡す様は割り切った考えであった。
文字通り総力を結集しないと勝てないと判断しているのだ。
フィーネ、健輔、優香と美咲、そして皇帝。
勝てる可能性を持つ者たちを尽く超えてきた。
現在の桜香が、試合開始前と同じレベルとは思っていない。
「後ろはお任せを!」
「申し訳ありませんが、こちらにも情報をください。何分、チームが壊滅してますので」
「じゃ、こっちから繋げるよ」
「感謝します」
何かしらの細工があるのでは、というのは全員が考えている。
考えて上で可能性を破棄した。
策とは勝利のために練り上げるものだ。
これからやってくる最強の脅威には単体で抗しえないと既に結論が出ている。
敵であろうが、なんであろうが使わないと勝てない状況で目先の策しか練れないような無能はここにはいない。
敵に対する敬意がこの結論に至らせたのだ。
「準備は出来ています。アリス様、レオナ様、朔夜様。攻撃を開始してください」
「わかったよ。ヴィオラは?」
「お姉様が落ちてしまった状態では、そこまでお役には立てません。全力は尽くしますが、至らないところがあるのはお許しください」
シューティングスターズは最も消耗が少ないチームだが、その分アリスやヴィオラたちには大きな負荷が掛かっている。
全域を駆け抜けてきた疲労は確かにあった。
それでもアリスが笑みを浮かべるのはエースの矜持である。
チームを背負う者が辛い顔をする訳にはいかない。
葵も、そしてレオナも振る舞いだけは普段と変わらないように努めていた。
「あれで弱くなっているとはね」
「最強、というのは伊達ではないのでしょう。私たちの距離でも相手になるか微妙ですね。小細工ですが、私が牽制します」
「了解、レオナ先輩」
「良く言いますね」
お互いにぶつかり合ったからこそ実力を認めている。
2人は敵同士だが、後衛という共通点があった。
敵だからこそお互いをよく理解している両名は完璧な連携で敵を穿つ。
「私は動きますよ」
「あなたの機動力に止まれ、などと言うつもりはありません。存分にどうぞ」
アリスが終盤とは思えない加速を見せて、こちらに接近する桜香に進路を取る。
消耗していようが戦いに影響を見せるほど、彼女は未熟ではない。
如何なる状況でも絞り出せるものを絞り尽くすからこそ礼儀。
お互いに全力をぶつけ合うと誓い合った戦場でもっとも尊い約束がある。
「あら、あなたも前にくるの?」
「普通の砲撃じゃ、通用しないでしょう?」
「それもそうね。じゃあ、援護はよろしく」
「承りました!」
葵と合わせて流星となったアリスは桜香と接敵する。
最前線での前衛と後衛のコンビネーション。
前衛魔導師にも劣らない機動が出来るアリスだからこその選択であった。
最強の魔導師を迎え撃つ、現役における最高峰の組み合わせ。
先ほどまでぶつかり合った敵同士がこれ以上はない態勢で桜香を出迎える。
「珍しいわね。不滅の太陽、疲れた顔をしているわよ!」
「自覚しています。余裕は、ありませんね」
アリスの指摘をあっさりと認めて桜香は微笑んだ。
意地を張っているが、良い意味で肩の力は抜けている。
同類との決闘は桜香に影響を与えた。
健輔以外では初の快挙であろう。
優香もまだ成し遂げていないことを皇帝は自負だけでやり遂げた。
王者が誇るかはともかくとして、物凄いことなのは間違いない。
そして、偉業だからこそこの事により、アリスたちの勝率は更に下がる。
「わお、絶望的~」
アリスが思わず口笛を吹いてしまうほどに、状況は逼迫している。
桜香に齎された変化は付き合いのほとんどないアリスにも明白だった。
触れるな、という孤高のオーラが緩んでいる。
上だけを見つめていた視線がしっかりとアリスを認識していた。
変化、というよりももう進化というべきだろう。
才能の怪物は心境の変化だけでこれほど容易く強くなる。
「まったく、相も変わらずに努力を小馬鹿にする人ねっ」
連続して放たれる砲撃は圧倒的だが、今の桜香には物足りないものなのだろう。
攻撃を弾く動作すらもせずに真っ直ぐに向かってくる。
自然体で身に付けた自信。
鼓舞せずとも、自らは最強だと理解しているのだ。
クリストファーにも似た姿勢は、彼と接する時間が長いからこそ簡単に看破できた。
「簡単に影響を受ける、って言えたらいいけど、同格ぐらいしか参考に出来ないもんね。前例に倣いたい気持ちはわかるかも」
「そう言っていただけるとありがたいですが――少し余裕を見せすぎではないでしょう?」
「そりゃあ、ね? 私たち能力的な相性は悪くないですもん。――簡単にはやられて上げられないかな」
高速機動で戦闘を行うアリスはチーム内で連携を組める者がいない。
単独に特化したバトルスタイルになってしまったのは、皮肉にも姉と似た部分であった。
ヴィオラとヴィエラはなんとか呼吸を読んで合わせてくれるが、彼女たちほどの実力と密度の濃い時間がないと連携が取れない、ということの証左でもある。
チーム力が高いシューティングスターズで自らの道を進んだからこそ孤立した。
強くなることで失われるものも確かにあるのだ。
しかし、出会いによってそれらのデメリットはメリットに代わることもある。
「私の攻撃は、あなたたちの戦闘速度に付いていけるからでしょう? まったく、現金ですね」
全魔導師の中で最高の攻撃速度を誇るのがレオナである。
アリスがどれほど早かろうと彼女の技が見逃すことなどあり得ない。
敵として戦えばアリスのバトルスタイルは封じられて、普通に戦闘するしかないが、味方ならばこれ以上ないほどに頼もしい援護だった。
「じゃ、そろそろギアを上げていくわ」
「先ほども言いましたが存分に。私は私なりにやりますよ」
話しながら、いくつもの術式を並列で展開していく。
最後の最後まで、諦めることはない。
両者に共通する信念。
最強を前に、いや、最強を前にしたからこそ限界を超えた先で吠えるのだ。
「敵ながら、見事。――ゆえに、容赦は、しない」
「――あら、私もいるから、忘れないでよ?」
「理解していますよ!」
アリスとレオナの連携を掻い潜るように葵が接近する。
放たれる拳は魔力を纏っていない。
魔力での強化を内部に留めて統一系の影響を極限化、肉弾戦を出来る状況を作り上げていた。
1度の交戦から導き出した葵なりの対処の仕方。
彼女よりも強い前衛魔導師は『騎士』ぐらいであろう。
現役でも最高の技量。
ここに最高の後衛コンビが加わる。
「状況は、あまりよくないですか」
迂闊に攻めれば、ライフを取られる。
桜香らしからぬ安全策だったが、彼女なりに計算した上での選択だった。
激戦に次ぐ激戦で流石の桜香もダメージが大きい。
戦闘能力には影響がないが、ライフ的には瀕死なのだ。
これ以上の時間は掛けられない。
それ故の守り、いや、カウンター戦法であった。
相手側の連携を上手く受け止めて、そこからの逆襲を狙っているのだ。
健輔と出会う前の全てを否定していたが、改めて受け入れる気になった。
だからこその行動なのだが、敵にとっては最悪の行動である。
『うわぁ……葵ー、大体わかってると思うけど、状況は最悪だよ』
「でしょうね。……まさか、ここまで桜香が強くなるとは」
乱戦に次ぐ、乱戦。
予定など粉微塵に吹き飛んでいるが、葵としては流れは悪くなかった。
誤算と言えば桜香が仲間を完全に切り捨てていたことと桜香の強さであろう。
「フィーネさんや皇帝でも有効打が取れないとは……」
『消耗までは順当、残念なことに撃墜まではいかずってのがあれだったね』
「桜香を消耗させることの無意味さ、か。世界大会の前に気付けてよかったのかしら。健輔ももっとタイミングよく使うべきだったわ」
自らの失策を認めて、葵は眼前の戦闘に集中する。
まだ最後のチャンスはある――そう信じて、前を向くのだ。
「朔夜、最後まで考え抜くのよ。いいわね」
『了解です。必ず、最後まで』
真っ直ぐに向かってくる力は最強の魔導師に相応しい威容を備えている。
この大乱戦は桜香と葵から始まったが、終わりの組み合わせもこうなるとは思っていなかった。
自らの運に葵は笑う。
「運がいいのか、悪いのか。いや、どっちでもあるのかな」
なんとも言えない感想を抱く。
終わりが見えて試合を前にして、流石の葵も少しだけ気が緩んだ。
リーダーとして今後を僅かに思い、首を振る。
「切り替えたつもりだったけど、まだまだみたいね!」
「っ……! まだ抵抗する元気がありますか」
「当然。だって、私は藤田葵ですもの」
「そして、私はアリス・キャンベル! 忘れないでよ、最強の魔導師」
「レオナ・ブックもお願いします」
割り込む声に葵の表情が緩む。
いろいろと不安な部分もあったが、全ては杞憂で終わるだろう。
このチームたちならば、何も問題はない。
「そういうこと。健輔以外もやるものでしょう?」
「私を倒してから、言ってください!」
言葉は勇ましいが、行動は冷静だった。
戦士としての葵は桜香の行動を絶賛する。
敵に送る感情ではないだろうが、葵はそういう人間なのだ。
今更どうこう出来るものではなかった。
「最強ともあろう方がなんとも臆病ね。その守りの戦法、見覚えがあるわよ」
「ええ、この戦いでよくわかりましたよ。私は中々に臆病者のようです。勇気のなんたるかを、妹とあなたの後輩から教わりました。礼を言っておいてください」
皮肉も通じない。
朔夜が唾を飲み込む音が念話から伝わってきた。
外見的なものは何も変化していないが、内面の変化が桜香にオーラと呼ぶべきものを纏わせている。
クリストファーにはあったが、桜香になかった気風というべきものが芽生えていた。
頂点に坐すものとして、持って然るべきものをついに手に入れたのだ。
「どこまでも、強くなるのね」
「ええ、遥かな先を目指して」
微笑み合う2人はお互いに理解を示して決裂する。
何が切っ掛けとも言えない状況で、葵が一気に攻勢を強めていく。
ここから先は拳で語る。
何よりも強く主張する瞳に呼応して、桜香も剣を構えた。
カウンターを取らなかったのは、王者としての責任。
葵の気概に、桜香は最強として相対したのだ。
「はああああああッ!」
「てりゃあああッ!」
お互いに魔力を漲らせて、一直線でぶつかり合う。
朔夜は先輩の突然の猛攻に本当に僅かに動揺を示したが、遠慮なく放たれるアリスとレオナの攻撃を見て、直ぐに葵ごと攻撃の対象として援護を始める。
葵ならば当たらないだろう、という信頼から成り立つ戦法なのだが実にクォークオブフェイトらしいと言うべきであった。
順調に朔夜もこのチームの流儀に染まっている。
「素晴らしい後輩ですね。見事にチームの精神を継いでいる。少しだけ、ヒヤヒヤとしましたよ!」
「余裕の表情で言うことかしら? まあ、賛辞は受け取っておくわよ!!」
桜香からの掛け値なしの賛辞に葵は気分よく返答する。
被害は皆無であり、欠片もダメージはないが、桜香は本当に朔夜に感心していた。
この状況で桜香に牙を向ける人間は多くない。
葵が残っていようが理性の部分が桜香の強さを認めてしまえば立ち向かう気力を失う。
限りなく0に近い勝率で戦える。
これだけで朔夜の精神が如何に優れているのが判断できた。
「この状況でまだ精度を上げる。……なるほど、健輔さんの後輩でもある訳ですね」
葵の猛攻を捌きつつ、桜香は朔夜の観察を進めていた。
今はまだ小さく弱い輝きだが、長ずれば間違いなくランカーに成れる。
桜香は内心で結論を出す。
「こちらの2人には、言うまでもないですか」
「しゃあッ!」
「いけッ!」
光の女神と流星姫は最初から遠慮無用の全力攻撃。
何発か葵を掠りそうになっている。
味方なのでは、と桜香が疑問に思うほどの苛烈さだが、これぐらいはないと桜香をヒヤヒヤさせるのも不可能だろう。
「全員が覚悟を決めている。その瞳、私は好きですよ」
「ふふっ、今日は不思議ね! あなたと戦うのはいつも以上に楽しいわ」
キレを増す格闘に桜香は苦笑する。
「格闘戦を挑んでこそ、藤田葵。本当に変わりませんね。――しかし、こういうのはどうですか」
嫌いではないと言っておいて、桜香は葵を挑発する行動に移る。
視線の先にいるのは、後衛陣、その中でも桐嶋朔夜に狙いを付けているのは間違いない。
「あんた、まさかっ!」
「これも、戦術でしょう?」
葵を置いて朔夜に手を出そうとすると、葵の動きが変わった。
わかりやすい挑発だが、葵には乗る以外の選択肢がない。
僅かに距離を開けるのすらも危険なのだ。
今以上に果敢に攻めていく。
「そう、それでいいです」
魔力的には余裕があるが、精神的な疲労は既に桜香もピークに達している。
全てのチームを1人で壊滅させるという無茶苦茶な戦法は相応以上の消耗を桜香に強いていた。
まだまだやれるのだが、精神的なパフォーマンスの低下している状態で渡り合いたい相手ではない。
駆け引きなどでは桜香もまだまだ未熟な魔導師なのだ。
彼女が優れているのは才能であり、圧倒的な実力である。
他の要因に関しては鍛えれば伸びるだろうが、今すぐになんとか出来るものでもなかった。
「……この試合、いろいろと見えてきたものがある」
「お互いに、ね!」
全チームが正面から殴り合いを選択したのも問題点を浮き彫りにするためだ。
4つのチームの対決というあまりないシチュエーションだが、特殊なところはそこまで多くない。
相手の力を上手く活用するところを含めて普通の戦いに応用できる部分は多かった。
特にアマテラスに関しては分かり切っていた問題が浮上している。
「いくらあなたでも正面から攻めれば、そこまで消耗する。形振り構わずにコーチを使えば、本来のルールなら、どうなるかしら!」
「私1人にこの様では、この先厳しいのではないですか? 個別に強いと言っても、あなた方の実力は全てを圧倒するほどじゃない。考えてください」
笑顔で問題点を指摘し合う。
既にわかっていたことも、この戦いでわかったことも全てを受け入れて変わった行く必要がある。
チームも――そして、個人も。
参加した全てのものの課題を浮き彫りにして、合宿の初日を彩る決戦は終わりへと向かう。
開幕においても猛威を振った圧倒的な暴力。
黒き太陽が大地に堕ちる。
「それでは――また次の機会に」
「くっ!?」
葵の胴体に蹴りが入り、朔夜の方に吹き飛ばされる。
2人纏めて終わらせる黒き閃光。
「――終わり、です」
『術式展開『黄泉下り』』
全てを塗り潰す太陽の一撃が、葵たちを飲み込む。
前衛を後衛ごと潰して、次はちょこまかと鬱陶しいハエの番だった。
「さあ――掛かってきなさい」
「上等よ」
「いけ、光よ!」
潰された葵たちを前にしても動揺は見せない。
しかし、唯一の前衛にして攻撃の起点を失った彼女たちに成す術はなく、光の中へと消えていくこととなった。
長きに渡る激戦。
試合時間をほぼフルで使い切った戦い。
4チーム合同の試合において、勝者はアマテラス――否、九条桜香となった。
この結末の果て、魔導師たちは再び己を振り返ることになる。
お互いを理解し合う挨拶はこれで終わり。
ここからが本当の意味での戦いとなるのだ。
過去を受け入れる者、現在を超える者、未来を目指す者。
各々の立場で、魔導師たちは天に羽ばたく。
合宿の初日、4チームの合同模擬戦はこれで終わりを迎えるのだった。




