第91話『流星と光』
魔導競技における戦闘はド派手なことが多い。
白兵戦にしてもそうだし、砲撃戦などは言うまでもないだろう。
煌びやかであるからこそ、人は惹かれて手を伸ばすのだ。
自らもあのようになりたい、と。
特別でありたいというのは人の欲求としては普遍的なものであろう。
魔導はわかりやすく人を特別にしてくれるものであった。
努力すればあのように成れる。
この2人、レオナ・ブックとアリス・キャンベルもかつて憧れを抱き、今は憧れを抱かれる側に回った存在であった。
現在の後衛魔導師の頂点に近い2人。
昨年度に比べればまだ大人しい部分もあるが、両者が普通ではないことだけは明白だった。
「鬱陶しい!」
光が自在に軌道を変えて対象を追尾する。
速度、及び操作性。
この2点においては前年度のランカーたち、ハンナと真由美すらもぶっちぎりで凌駕するのがレオナの属性『光』である。
フィーネという恒星の影に隠れていたが、後衛としてならばアリスよりも完成度で優っていた。
秀麗な容姿は彼女を大人びて見せており、場違いな感想であるが美しいとしか言いようがない。
『光』で大量の術式を描きながら、彼女は高速移動する敵に狙いを定めている。
「威力では、私が劣りますか!」
レオナのレーザーは速度では魔導の中でも最高レベルの攻撃である。
桜香であろうが人間である以上は発射後の彼女の攻撃速度に反応も出来ない。
問題は威力であろう。
収束率を高めていけば威力を上げることは可能だが、光を強くすればするほどに制御は困難になる。
速度だけ早くとも上位の魔導師であれば何かしらの対抗策を持っているのが普通であった。
軌道を勘で予想して回避するバカも世の中にはいるのだ。
有効打を取るには変幻自在の操作を捨てることが出来ず、結果として威力に枷が嵌っていた。
攻撃力を優先した術式もあるにはあるが、これはある意味では変則的な後衛であるレオナの事情のせいで上手く使えていない。
「己の未熟を言い訳にはしたくないですが、流石に本職には及ばない!」
アリスは高速移動しながらも見事な砲撃を展開しているが、レオナに同じことは困難である。
本来砲撃魔導師は、移動と攻撃を学ぶのが最初の基礎となっているが、レオナはそこから外れてしまっていた。
必中に近く、更に言えば操作のやり方が既存とは全く違う。
光を操るからこそ、砲撃という『光』の操作は彼女には出来ない。
フィーネからアドバイスを受けて、問題点の解決には動いていたがまだ完璧とは言い難かった。
純正の砲撃型後衛と比べると、レオナは足を止めての攻撃が多くなる。
それがこの時点で致命的な相性の悪さを露呈していた。
「レオナさん、どうしますか!」
「陣形を崩さず、防御を固めなさい! あの砲撃力でも私の攻撃で減衰は可能です。機を窺うように!」
「承知しました!」
傍で防御を固めるようにバックスに通達する。
前衛が崩されたところへの高速での奇襲。
レオナだからこそ対応出来ているが、あまりの速度に味方側は浮足立っている。
「これで最下位。いえ、これでも最下位と言うべきですか!」
仮にも下位ランカーの上位であるが、レオナは自信を持って負けないと断言できる強みがなかった。
光には自信があるが、一筋縄でいかない連中にそれだけで戦いを挑むのは厳しすぎる。
対応出来ない存在には無敵、しかし、同格及び格上にはまだまだ未熟。
真由美の考えたレオナの立ち位置がそれだった。
異論などない。
彼女自身も自らの順位を打倒だと思っている。
おそらくだが、健輔には勝てないことも含めての位置なのだ。
「お情けでランカーとなった訳ではないのですが、これは厳しいですね!」
イリーネを筆頭にヴァルキュリアは明確に伸び悩んでいる。
これはレオナも例外ではなかった。
真由美によって劇的に強くなったが、敵はそれ以上に成長している。
特にアリスの成長は顕著だった。
明らかに最下位の強さではない。
「バランスがよく、それでいて目新しい。新時代の砲台、とでも言いますか」
奇抜なように見えて既存のものを上手く組み合わせている。
アリスはやっていることの派手さに対して実に堅実だった。
この辺りは姉であるハンナとよく似ていると言えるだろう。
対してレオナは堅実のように見えて、完全に新しいことをやっている。
根本の部分に博打的な要素を抱えているのは、生みの親であるフィーネに似てしまったと言えるだろう。
女神たる彼女も大本の強さが制御不能であった。
わからないものを理解しながら進む茨の道。
レオナの進んでいる道とはそういうものであり、それこそが2人の持つ能力の性質の差であった。
「変換系であることを、後悔したことはありませんが!」
「あら、そうなの? 意外ね。ところで、大変そうですけどご機嫌は如何ですか?」
通り過ぎる際の捨て台詞に顔が歪む。
挑発だとわかっているが、健輔といい真由美の関係者は的確に嫌なところを突いてくる。
惚けた口調が怒りを煽ってくるが、不思議とレオナは気分が良かった。
改めて振り返ってみれば、レオナ・ブックは最初から博打をしていたのだ。
今更、能力について文句を言うのは意味がないだろう。
「あら、私、本当に機嫌がいいですよ。――あなたのように、堅実な方を凌駕するのは奇抜なバトルスタイルを持つ私としては痛快ですからね!」
「言いますね!」
凌駕できるか、試してみろ。
そう言わんばかりにアリスの攻撃が激しくなる。
羨ましいとは思わないが、わかりやすい強さに多少の憧れはあった。
イリーネやカルラなど多くの変換系を得た魔導師が戦い方に迷っている。
前例のない道。
自分たちが切り拓く、ということの大変さを舐めていたと言うしかないだろう。
参考になるものはあってもあくまでも参考であり、自らというバトルスタイルを組み上げることが困難なのだ。
「光よ、敵を穿て!」
レオナの術式を『光』で描くというやり方も本題からは逸れた部分から生まれた力だった。
本当にやりたかったのは光を如何にしてバトルスタイルに取り組むのかである。
変換系の多くが今は攻撃手段となっており、特質すべき戦い方が存在していない。
健輔の万能系ならばあらゆる可能性を武器とし、桜香の統一系ならば圧倒的なパワーを武器とする。
新しい系統であろうが、既に目標とすべき新しい形は見えていた。
その中で変換系だけが未だに攻撃手段のままである。
開祖であるフィーネですらもまだ己の系統を把握しきれていないのだから仕方ないのだが、それこそがヴァルキュリアの停滞の原因だった。
「答えはなくても、私もやれるッ!」
「困難な道、それを踏破して強くなるって感じかしら? 嫌いじゃないわよ。ねえ、ヴィオラ」
「ええ、アリス様。でも、まだダメですね」
アリス以外に混じる声にレオナが反応する。
一切の気配を感じないが、戦場を掌握することにおいてはランカーでも随一の存在がやってきた。
「ヴィオラ・ラッセル!」
「ここまで驚いてくださると演出家しては冥利に尽きますわね」
レオナの光の一部が何かに動きを奪われる。
すぐさま該当部分を迎撃するが、これこそが罠なのだ。
「はい、私から気を逸らしたらダメ」
「わかって、います!」
年下に指導されているような状況。
屈辱に顔を歪めるがレオナも歴戦の魔導師である。
相手の狙いは読めていた。
「訂正してください! この程度、気を逸らすほどのものではない!」
「失礼を。しかし、攻撃に集中されないのはどうかと思いますよ」
「言葉遊びに乗るのもどうかと思うしね」
「なっ、え……!?」
アリスの砲撃群が姿を消して、今度は突如として背後から現れる。
攻撃実行後の転移。
相手の所業に戦慄するも、レオナも対応に動く。
「消し飛ばせ、『ジャッジメント・レイ』!」
発動を高速化した大規模術式によりアリスの攻撃を消し飛ばす。
力技もよいところだったが、これぐらいしかやれることがなかった。
「マズイっ」
明確に押されている。
危険なのは理解出来たが、打開策が欠片も浮かばない。
かつてはフィーネに任せておけば勝利を重ねられた。
1人になって知ったのは偉大な先代と自らの矮小についてである。
自信がなく、決断に躊躇してしまう。
今もバックス陣や残ったチームメイトを使い潰すつもりならばまだ道はあるのだ。
それぐらいの判断はレオナにも出来る。
「……どうして、私は!」
なのに選ぶのは1人での抗戦だった。
理由は簡単である。
仲間にどういう指示を出すのが最適なのかが、判断出来ないのだ。
使い潰す場合はどうすれば正解なのかがわからない。
前はフィーネが教えてくれた。
今は自分で考えないといけない。
「何も、変わっていないの!? いえ、違う! 私は、1人で戦えるッ!」
吠える言葉には前を見た意思がある。
今までが今までだったからこそ問題はあるが、レオナはランカーに相応しいレベルに成長はしていた。
問題はランカー同士の比較。
どちらが上なのか、という格付けである。
「ま、いい啖呵よね。私も似たようなものだし、誰かに寄り掛かっていたのは一緒だもの」
レオナの叫びに苦笑を漏らすのは、アリスにも覚えのある感覚だからであろうか。
ハンナを尊敬していても、どうしても疎ましく思うこともあった。
どうして栄光を纏うのが自分ではないのか、と悩むことも0にはなっていない。
絶好調の時は気にはならなくても躓いてしまった時などはくだらないことも気になるものだ。
伸び悩んでいるレオナが囚われるのも同類として理解できる。
「だからこそ、勝つのは私たちよね」
「勿論。そのために、いろいろと頑張らせていただきましたから」
「そ、だったらいいわ。上に、いきましょうか」
決して終わることのない道だと覚悟している。
それでも全力を賭すのはきっと、楽しいからだろう。
辛いことの何倍もの楽しみが此処には集まっている。
「私たちの全力、魂に刻んであげましょう」
「お付き合いしますよ、プリンセス」
目指すは姉――だけではなく、どこまでも。
行ける場所までアリスは行くのだ。
駆け抜ける流星は元気を溜め込んで走り出す。
道標なき旅路にワクワクするのか、怯えるのか。
これこそが分水嶺だと、己の在り方でレオナに示す。
どうせならば、敵に輝いて欲しいと願うのは、彼女も抱く祈りだった。
「いつまでも過去を見てないで、そろそろ『現在(私たち)』に目を向けて貰いましょうか!」
超えるべき対象は先にいる。
物理的な距離や実力の差ではない。
心の持ちようで変わる距離を刻み付けるために、アリスは苛烈な光を魅せつけるのであった。
光を操る魔導師にもどうにも出来ない輝きで、プリンセスは空を割る。
いつまでも過去だけを見させないために、彼女は強くなると誓ったのだ。
敵に輝くことを望むからこそ、自らへ課す重荷は更に苛烈なものであった。
「さあ、ド派手にいきましょうか!」
「望むところです! 来なさい!」
時代は進み新しい因縁も生まれる。
現役最高の後衛同士のぶつかり合いが加速して、戦場を魔力で揺らす。
もう1つの戦い。
女の戦場とは違う前に進む希望に溢れた戦いに、両者は存分に自らを輝かすのだった。