3話
「たーのもー!!!」
そうわたしが叫ぶと、ぎょっとしたようにみんながわたしを見た。そこに大人しく座っていた女が突然上を向いて叫んだのだから、当然の反応だとは思うけど。
でもわたしは無視。兄様も「どうした、ベレニケ」と優しく聞いてくれるけど、それにも答えず、わたしは口元に手を当ててありったけの大声で叫び続けた。
「ちょっとー!!聞いてるんでしょ!!答えなさいよー!!!ねーーーえーーー!」
「べ、ベレニケ!?ちょっと、やめなよ!」
「わたし、知ってるのよ!『アナタ』がずっとわたしたちのこと見てるって!!!」
「ベレニケ?」
「『アナタ』はなんとかできるんでしょ!?」
「先輩……」
「ねえ!わたしたちを作ったのは『アナタ』なんでしょ!!!」
「……」
『まいったな』
観念したような。楽しそうな。苦笑交じりの声が、少しの沈黙の後、何の変哲もない空間に響いた。驚いたように目を丸くする攻略対象たちと兄様。わたしはやっと現れたその声に、ふう、と息をついた。叫び続けたせいで喉がちょっと痛い。
「ベレニケ、この声は……?」
「テーセウス兄様。この声は、『神様』の声よ」
「神様?」
神様はそう、と言って小さく笑った。
そう、この声の正体は『神様』。つまり、このゲームの製作者だ。この学園モノの乙女ゲームを作りだした張本人。兄様を攻略対象にしなかった宿敵と言い換えてもいい。それから、このバグを知っていたのにずっと知らんぷりしていた極悪人!
『なんでベレニケはそういう余計な知識を持ってるんだろう。テーセウスに恋してみたり、逆ハーエンド断ってみたり、予想外のことばっかりするよね』
「そんなのわたしが聞きたいわよ。っていうかこのバグひどすぎるわよ。なんのフラグもたててないのに逆ハーエンドになってるし、そもそも兄様が攻略できない!」
『それはバグじゃないけど……まあ、好感度低いのにこんなことになっちゃったのは、バグかな。プログラムのミスみたい。ごめんね』
謝られて少し溜飲が下がる……けど、ここで引き下がったら乙女ゲーム主人公の名折れ。ふふ、とわたしは薄暗い笑みを浮かべた。あ、ソロンが少し引いてる。そういえば彼結構純情系だった。ごめんね。
「悪いと思うなら、わたしのお願い聞いて、神様」
『うーん、そんな義理もないけど、まあ面白そうだから聞くだけ聞いてみよう。なにかな、ベレニケ』
わたしは言った。
「みんなを自由にしてほしいの。つまり、好感度があろうとなかろうと、攻略対象であろうとなかろうと、恋愛は自由にするもの。そうでしょ?」
『うーん』
神様がうなる。そしてまわりのみんなも渋い顔をする。兄様が眉をしかめた。
「お前、それはもう乙女ゲームじゃないぞ」
「だって、わたしは乙女ゲームの主人公である前に一人の女の子なんだもの!」
そしてみんなは攻略対象である前に一人の男性だ。わたしが主人公だからと言って私に恋する必要はないはず!
わたしの言い分に、神様は『わかった』とようやく声を発した。
『どうなるかわからないけど、やってみよう』
わ、割とあっさりね。言い出したわたしもびっくりよ。
『面白そうだからね』
声には出していないのに、神様はそういって笑った。本当にこの声は神様なのね。変なところで実感する。
『じゃあ、今から修正するよ。少しの間、おやすみ』
神様が言ったとたん、突然周囲がガタガタと揺れ始めた。目の前にノイズが走る。レノがしゃがみこみ、クリスト先生も机に手を預けて体を保っている。小柄なライサンダーは机の下に隠れて、ソロンも椅子から落ちないように踏ん張っていた。そういうわたしは足元がふらつき、バランスを崩した。
「きゃ、あ」
「ベレニケ!」
兄様がわたしを抱き寄せた。たくましい胸に頬があたる。兄様の香りがする。ああ、それになんてあったかい。
幸せに包まれているうちに、わたしの目の前は真っ暗になった。