1話
「攻略対象じゃないから、ごめんな」
フラれました。
待ちに待ったその日。ようやくやってきた卒業式のその日、意気込んで体育館の裏にその人を呼び出し、桜の木の下でついに気持ちを伝えた。そんなわたしの告白に、今目の前にいる彼は、困ったような顔をしてそう、言った。
「ちょ、ちょっと待ってテーセウス兄様。いま、なんて言ったの?」
「だから。俺、攻略対象じゃないから、お前の気持ちに応えることはできない。ごめんな、ベレニケ」
ゆっくり繰り返された非情な言葉に、わたしは。
「そんなのひどい!ひどすぎる!あんまりよ!!」
叫ぶことしかできなかった。
***
ここは乙女ゲームの世界。タイトルは知らない。攻略対象となる男の子たちとこの学園で3年間過ごしてなんか知力とかあげたりしながらイベントをこなしてハッピーエンドになりましょう☆みたいなよくある乙女ゲームの世界。そしてわたしはその主人公。名前はベレニケ。
わたしは今日この日、地獄のような3年間の学園生活を終え、ついにこの「舞台」から卒業することができた。神様ありがとう。そして何より体育の成績をおまけしてくれたジュノ先生ありがとう。体力のパラメータをあげられなくてごめんなさい。
なぜ学園生活が地獄だったかって?攻略対象に囲まれて万々歳じゃないかって?
とんでもない!だってわたしはヤツらなんかひとっつも恋愛対象として見てないんだもの!
わたしが好きなのは、いま目の前で困った表情のまま立ちすくんでいるテーセウス兄様。母方のいとこのお兄ちゃん。大学が近いので、数年前から我が家に居候して同居している。残念なことにこのゲームの攻略対象ではない、いわゆるサブキャラというポジション。
だけどわたしはテーセウス兄様が大好きで大好きでたまらないのだ。この学園に入学した当初から。
だって。学園での攻略対象どもとのイベントなんか、誰と誰が出会っただの喧嘩しただのバレンタインだの学園の秘密をあばくだの命の危険だのとそんなのばっかり。ぶっちゃけどうでもいいのよ。わたしにはそれより自分の就職口と成績の方が大事なのよ。サブイベントだか日常の会話だかでさらーっと流されたけど、わたしは日々その問題と戦ってきた。それを親身になって相談に乗ってくれて、慰めてくれて、励ましてくれたのはテーセウス兄様だった。兄様のおかげで割と立派な就職口を得られたといっても過言ではない。わたしが日常を過ごしてきた彼を好きだと思うのは、絶対当然の流れだったと思うの。
だからわたしは、日夜問わずたてられる誰かとのフラグをばっきばっきと折って折って折りまくった。3年間誰とも親密にならなかった。乙女ゲームの悲しい性、共通ルートだけは強制的にやってくるものだから、ヤツらとそこそこの仲ではあったと思うけど、だれかのルートには入ってない。断言できる。
そしてやっとこさノーマルエンドをむかえたこの卒業式。学園という舞台からも卒業したわたしは満を持してテーセウス兄様に告白したのに。
「ごめんな」
テーセウス兄様は申し訳なさでいっぱいの顔で再び謝った。やめて。自分がいたたまれなさすぎるからやめて。なんだか鼻の奥がツンとしてきたわ。
「わたしのこと、好きじゃないの?」
それでもなお諦められなくて、尋ねる。テーセウス兄様はいつだって優しくて、わたしを心配してくれて、いつも一緒にいてくれた。あれがわたしの独り相撲だったなんて信じたくない。
「好きじゃない、わけじゃない。でも俺は攻略対象じゃないんだ」
そういうと兄様は右手を空中でひょいと動かした。ピロリン、とSEが鳴って空中に不思議な映像が出現する。ハートマークが5こと、テーセウス兄様の名前。
わたしはこの映像を3年間で何度も見てきた。いわゆる攻略対象の好感度が記された映像だ。しかしヤツらと兄様の映像の違いは、ヤツらのハートマークはいくつかピンク色になっていたのに、兄様は色が変わる気配もなく、灰色をしているということ。
このハートはこの先どれだけ頑張っても色づくことはない。灰色のハートは「攻略対象じゃない」証なのだ。
「な?ベレニケ」
「でも、わたしが好きなのは兄様なんだもん!」
「攻略対象じゃない俺には、お前のことを好きだと『思えない』んだよ。好きになっちゃいけないんだ。だから俺じゃなくて、あいつらと一緒になれ。その方が幸せになれる」
みっともないと思いつつ食い下がるわたしに、テーセウス兄様は優しく言った。くしゃり、とわたしの頭をなでるそのあたたかなぬくもりに、わたしの目からとうとう涙が零れ落ちた。なんて無様なの。そう思うけど、止まらない。
「だって、わたし卒業したもの。もう生徒じゃないもの。だから、わたしにはあなたを好きになる権利がある。それに、あなたにだって」
「おっと、お待ちなさい、ベレニケ。その台詞は、私のエンドであなたが告白する時に使用する台詞のはずですよ」
わたしの涙の告白は、背後から聞こえてきた低く冷たい、しかし愉快そうなそんな声に遮られた。そして、それに続く声も聞こえる。
「それに、体育館裏での告白はオレとのエンドだったはずなんだけどお」
いつも元気いっぱいの明るい声。聞き覚えのありすぎる二つの声に、わたしは涙目のまま後ろを振り返る。そして案の定そこにいたふたりの男性を認めて、わたしは彼らをにらみつけた。
なめらかな長髪を風になびかせた男は、眼鏡の奥の鋭い目をゆるませくすりと笑う。
「ふふ、涙で濡れた挑戦的な瞳もかわいらしいですね、ベレニケ。本当に、私に屈服させてみたくなる」
「でもベレニケは笑顔も可愛いよ?」
無邪気な様子で笑った少し背の低い男が続けて言う。それに眼鏡の男は「そうですね」と共感した。「ふふふ」「ははは」とふたりの和やかな笑い声が響く。
わたしはその様子に憤慨した。
「ちょっと!なんなのよアンタたち!邪魔しないでよ!わたし今一世一代の告白してるんだから!」
「おや、その一世一代の告白に、先ほど敗れていたようでしたが?」
ぐさ。胸につきささるその言葉に、思わずよろめいてしまった。
「な……放っておいてよ!ていうかなんでいるのよ、クリスト先生、レノ!」
説明も面倒なのでざっくり言うけど、彼らは攻略対象だ。正確に言うと、攻略対象だった。腹黒ドSな数学教師・クリスト先生(攻略対象2)と、元気いっぱい無邪気な同級生・レノ(攻略対象1)は、学園を卒業した今、わたしには関係ないのだ。
クリスト先生のフラグは立ててないはずだし、間違って選んじゃったレノの好感度アップ選択肢もひとつだけだったはず。わたしは【虎の巻】とデカデカ表紙に書かれた手帳を取り出し確認する。よし、間違ってない。
「なんだ、それ?」
「気にしないでテーセウス兄様!」
ひょい、と覗き込もうとする兄様に、わたしはそれを必死で隠した。
クラスメイトのヘラ(腐女子)からもらった虎の巻こと攻略本。3年間ノーマルルートをひたすすむために、わたしには必須だった。ありがとうヘラ。ところでなんであの子こんなもの持ってたのかしら。
巷で噂の乙女ゲーム主人公というのをやってみたくて書いた作品です。短いです。このお話はノリと勢いだけです。よろしくお願いします。
※12月19日・ヘラ(腐女子)の設定がおかしかったので修正。×ルームメイト→○クラスメイト