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視力の代償

作者: しずな

初投稿作です。温かい目でお願いします!


私は目が悪い。両目共に視力は0.1を切っており、0.06という視力矯正用具が無ければこの状況(・・)を把握する事はより難しかったであろう。

もっとも、裸眼だろうがなんだろうが現状把握は困難を極める事だけは確信を持って言えるぞ、と私の口の端はピクピクと痙攣した。


――――――私、召喚された、のか。


脳内がファンタジー菌に汚染されている訳では勿論無いが、確信を持ってそう思えたのは私が今いるのは先程までいたリビングではなく暗くてじめじめした広い地下室のような場所だったからで、私の足元には怪しげな魔法陣があったからで、杖を持った所謂魔法使いルックな方々が周りを取り囲んでいたからで、その奥にはいかにもな金髪碧眼のプリンスっぽい人が悠然とした微笑みを浮かべてこちらを見ていたからである。

トリップにおけるお約束を不覚にも全て満たしている状況なのだ。

さて、幸か不幸か私は今眼鏡を装着している。しかし周りを見れば見るほど現実感が薄まり、いっそ裸眼でくれば良かったかもしれないと働かない頭の隅でぼうっと思った。


「まず、何と言おうか。初めましてと挨拶すべきか?異世界の少女よ」


怖いくらいに静まり返った地下室に、無駄に、本当に無駄にイイ声が響いた。

こちらの返答を待つように一歩こちらに近づいて少し小首を傾げたのはイケメンプリンス(仮)だった。

何か言葉を返そうにも唇はふよふよと形をゆがませるだけで何も発する事が出来ない。


「どうした、異界の少女よ。発言を許そう。何か申してみよ」


危ねえ、位の無い者が王族と話す時は発言の許しを得てから、パターンか!下手に答えなくてよかった!ぶわりと噴き出した汗が背中を伝う感覚が私の思考能力を役立たずにした。

なんも言えねえ…。この名言を言いたもうた彼とは全く逆の心境であるが純粋に私の脳内にはその言葉だけが回っている。


「…私の言葉が通じていないのか。おいセルディオン、どうなっている」

「は、ただ今」


痺れを切らしたプリンス(仮)は苛々した様子で魔法使い(仮)の中の一番派手な杖を持った(またしても)イケメンを目線だけでねめつけた。

魔法使い(仮)イケメンはコチラに音もなく近寄ると私の頭を鷲掴みにし、至近距離でガンを飛ばしてくる。こういう状態をヘビに睨まれた蛙というのか。奇しくも眼前のイケメンはヘビ系だ。


「おい女。早く何か言えよ、言語軸はこちらの言葉に調整してあるはずだぞ。このままでは俺が無能みたいじゃねぇか。お前は殿下ににっこり笑って『はじめましてぇ私のマイスウィート』って言うだけで万事解決なんだよ」


瞳孔を開きながら聞き流しちゃいけないアレやコレやをボソボソと早口で捲し立てている彼を驚愕の表情で私も見つめ返す。マイスウィートなんていつの時代のバカップルだ。

私は今、引いているぞ。

彼は更に続ける。


「お前の一言で俺は昇進昇級特別手当ゲットにモテ度アップで幸せ、殿下も幸せ、お前も幸せだ。オラ言えっ言えっ」


こんなの恐喝だ。異世界人にだって人権はあるんだ。私の幸せは私が決める。そう心に強く念じながら私は大きく深呼吸をして叫んだ。


「しょ、しょっしょの前に、説明をくださあい!」


意を決して叫んだ言葉は情けなく震えていて、広く静かな部屋に空しく響いた。待ってくれ、説明前にまず穴を下さい。


「怯えているのか、可哀そうに」


プリンス(仮)が固そうな靴をコツコツと鳴らしながら私に近づくと恐喝系(確定)ヘビ男は私の頭から手を離して静かに後ろへ下がった。


「私はガイアス。そなたの名を教えてくれ」

「…前原 みのりです」

「マエハリ・ミノリか?変わった名だな」

「いえ、みのりが名前です。みのりでいいです」

「ではミノリ、まずは場所を変えよう。ここは気が不安定だし何より冷える」


ガイアスさんはそういって私の手を取ると自分の胸に抱き寄せた。その拍子にカシャン、と高い音をたてて眼鏡が落ちる。

私はイケメンに抱き寄せられた事よりも眼鏡が落ちた事の方が一大事であった為、ガイアスさんの胸を押してその腕から逃れると暗く視界の悪い中這いつくばって眼鏡を捜した。マンガでよく見る「メガネメガネ!」状態である。

暗い石の床には白い塗料のようなもので魔法陣が描かれていて、それは緻密で複雑な模様をしており眼鏡捜索の邪魔になった。


「ミノリ、どうした。これはそんなに大切なものなのか。私としてはお前と私を隔てるものは無い方がよいのだが」

「あっ!私の眼鏡!」

「メガネ?この妙な器具のことか?」


彼が手にしているナニカはぼやけていてハッキリとは分からないが、あのフォルムはきっと私の眼鏡だ。すぐに立ち上がって奪取を試みるが彼は多分おそらくメイビープリンスである事を思い出し伸ばした手を引っ込める。

眼鏡が珍しいのかベタベタとレンズを触りフレームを曲げてはいけない方向に曲げている様子に私は戦慄した。


「ああああの!返してください、それ。な、無いと私本当に、目が悪くて。困るんです」

「目が悪い?これをつけると視力が回復するのか」


私の発言は彼の興味を高めてしまったようで眼鏡を自分の目に宛がった。


もう一度言おう。私は目が悪い。

目の悪い私に合わせてあるその眼鏡を視力になんら問題のない人間がかけた場合くらくらして頭が痛くなる事は私の友人にて実証済みだ。

案の定気分の悪くなったガイアスさんは小さな呻き声をあげて眼鏡を床に落とした。本日二度目の落下によりレンズに傷がついてはいまいか気が気でなかったがフラフラとその場に蹲ってしまったガイアスさんの手前すぐに眼鏡に駆け寄る事は憚られ、彼の肩にそっと手を這わせすこしさすった。


「あの、大丈夫ですか。眼鏡、あ、いや、あの器具は目がいい人が付けると気分が悪くなる事があって、少したてば治ると思いますが」

「おのれ殿下を害する魔具め!」


鼓膜を割るような怒号が部屋の奥から上がると(多分)甲冑に身をつつんだ大きな男の人が何か大きなモノを振り上げ、何度も床に打ちつけた。ちょっと待って。待って待って待って。そこに落ちたのって…。


「ガイアス殿下気分はいかがか!おい、ガスター!早く医師を呼べ!グズグズするな!」

「殿下、立てますか」


一気に周りが慌ただしくなり先ほどのヘビ男がガイアスさんのおでこの前に手をかざすとその手のひらが淡く光った。これって魔法!?と驚愕もそこそこに私は震えが止まらなかった。

ガイアスさんの肩に添えていた右手を反対の手で包むとその場にへたりこんでしまった。


私、このまま殺されるかもしれない。


不可抗力とはいえ“殿下”を害した者として厳しい沙汰があるだろう事は停止した頭でも容姿に想像が出来た。

バタバタと人が行きかう様子を0.06の瞳で追うが何も掴めない。分からない場所で知らない人たちに囲まれながらなにか凄い事になっている、というなにもかもが曖昧な状況に涙も出なかった。


「私は大丈夫だ。少し眩暈がしただけの事」


ガイアスさんは手でヘビ男を制すと優しく笑って私の瞳をじっと見つめた。一瞬にして周りは静寂を取り戻し全ての瞳が私達に向いているのを見えないが、感じた。


「…しかしミノリ。お前はいつもあんなものをかけていて大丈夫なのか」

「あ、あれは私の目にあわせて作られていて、だから私は大丈夫ですが他の人がかけると、その、も、申し訳ありません」

「謝ることはない。しかし困ったな、私の忠実なる将軍が君のソレをせん滅してしまったようだ」


彼はひしゃげ、レンズは粉々に、原形がもはや分からないモノを私に差し出した。


どーすんのさ、これから。知らない場所にいきなりトリップして眼鏡なくて目の前に居るガイアスさんの顔だってまともに見えないのに、これから私はどうすればいいっての。

肩を震わせ俯く私の肩をそっと優しく抱くとガイアスさんは宥めるように囁いた。


「心配せずともお前に非はない。罪に問われる事もないしまずはゆっくり…」

「罪に問われる事はないというので言わせて頂きますが!」


俯いたままで叫ぶ。もう、色々限界だった。


「どーして私はここにいるんですか!説明もなしになんなんですか乙女の体に気安く触らないでくださいよ!おいそこのヘビ男さっきはよくも公然と恐喝してくれたな!絶対に許さない!

そこのなんかでっかいい人!見えないけどお前もイケメンなのか!私の眼鏡どうしてくれんだ!お前らが思っている以上に私は目が悪いし、眼鏡だって大切だったんだよ!突然連れてこられたから替えの眼鏡もコンタクトも持ってないし!」


肩で息をしながら、溢れる涙も鼻水も拭わずしかし顔をあげる勇気はでないまま私は叫び続けた。先ほどとは違った静寂が鋭い針となって私を貫いているように感じる。体の強張りを解すように己を抱きしめた。


「ガイアスさん、どーなんですか。私視力0.06なんですよ。ええ、パソコンとゲームのやりすぎですよ、悪いですか。でも悪くなったらしょうがないじゃないですか。遺伝的なものも大きいっていうし。でもレーシックは危ないとか噂も聞くから怖いし」


もはや自分でも何を言っているのか訳がわからない。しかし何か喋っていないと不安で押し潰されそうだった。


ぽたぽたと蹲る私の手の甲にぬるい涙が落ちる。ふと、視界に誰かの指が映った。それはゆっくりと頬を滑り濡れた私の瞳を優しく拭っていく。


「つまりお前の目を良くすればいいのか」

「えっ」


なんだんなことか、と拍子抜けしたようなガイアスさんの様子に私は思わず顔をあげた。

その先にある彼の顔は慈愛に満ちた満面の笑みであったことに一瞬の困惑を覚えたが、そのまま手を取って立ち上がるよう促されると軽快な足取りでどこかへ向かうガイアスさんの後に小走りでついていく事に必死となり私の僅かな違和感はどこかにうっちゃられた。


「が、ガイアスさん、どちらに向かっているのでしょう」

「お前の眼を良くするためには“名前”をかかなければならぬ。

なに、心配いらない。私もそこに名を連ねているからな、真名を記したとてなんら危険はない」

「は、はぁ…」


加護というのは異世界モノによくある女神さまだったり精霊だったりの加護だろうか。更に現実感のない単語の羅列に心が騒いで繋がれた手が震えるのを感じた。


到着したのは質素な小部屋で、とても女神さま云々と契約を交わすような場所には思えない場所だった。

広さは10畳ほどだろうか。縦長の奥行きのある部屋で、奥には天井まである大きな窓と机が一つ、両サイドには書物がびっしりと入った棚が配置されており事務室のような印象を受けた。

私たちがこの部屋に向かう間ずっと後ろをついてきたヘビ男と将軍(仮)は中には入らず、その事が私をたまらなく不安にさせる。なんで入らないの?


「さぁ、ここに名を記入するのだ」


ガイアスさんが右側の棚から一本の古く、太い巻物を取り出し机の上に広げる。ぼんやりとしか見えないが恐らくこちらの文字であろう丸や四角が組み合わさった独特な紋様が等間隔で書き連ねてあった。横書きで一行ずつ書いてあることからこれが“加護”を受けている人たちの名前なのだろうと予測する。

今日び中々お目にかかることのない羽ペンを手に握らされると今書いてある文字列の下に名前を書くよう促された。

彼は私の右側に立つと、優しく、しかし否定を許さないような力強さで私の肩を掴んだ。そして文字列の一番下を指し示して「ミノリ」、と甘い声を出して私の思考能力を殺いでゆく。


度を越したイケメンが至近距離に立ち、しかも体の一部分が触れているという状況はうら若きオトメの判断を鈍らせるには効果覿面であり、私はゆっくりと、だが確実にペンを滑らせていった。最後の一文字に差し掛かろうという時、はた、と我に返る。


「あっ、でも、加護なんて受けなくても元の世界に返してもらえば替えの眼鏡だってあって、何も不自由はないんです」

「――――――もう、遅い」


“前原 みのり”の“り”の字は、言いながらに完成してしまった。


薄らと光り始めた私の文字に自分の短慮を思い知らされる。慌てて上から線を書き足して名前を塗りつぶそうと試みたが何度黒くつぶしても後から書いた線は吸い込まれるようにすう、と消えてしまうのだ。

必死になる私の右手をガイアスさんが力強く掴み、動きを止められた私は弾かれたように彼の顔を見上げた。

ガイアスさんは先ほどまえの優しい笑みではなく、口元こそ弧を描いていたがその瞳はどこまでも冷たい。ザ・悪役顔で私を食い入るように見つめていた。


「なぜ、なぜ…」

「私はずっとお前を待っていた。

これで漸く玉座にこの身を置けるというもの」

「ガイアスさん!」

「お前はもう、私のものだ。ミノリ」


思考が追いつかないまま私の体はガイアスさんに強く抱き寄せられた。腕を突っ張って抵抗するものの性別の差か、全く意味をなさない。せめてもと強い意思を込めて睨みつけるもそれ以上に強い瞳で返されてしまい、見動きすら出来なくなった。


「ミノリ、もうよく私が見えるだろう」

「この際視力なんてどうでもいいんですよ!説明してください!このなんかヤバそうな巻物とか、そもそも私が何故ここにいるのかってことを!」

「お前は神の加護を受け、王の伴侶となったのだ。つまり今この時私はゴルゴドス国第84代国王ガイアースリアム・ウェンヴァー・ゴルゴドスとして、ミノリ、お前は王妃ミノリ・ゴルゴドスとしての運命が定まったのだ」

「な…はぁ!?」


普通トリップしたらまず何がしかの説明とかなんとかあるんじゃないんですか。トリップに普通もクソもないけども。「勇者として魔王を討ってくれ」とか嫁にするんだったら「異世界の姫君よ、結婚してくれ」とか!

ガイアスさんが言ったのは私の視力が治せるって事だけで、王妃云々の事なんて聞いていない。よってこんな結婚…


「無効だ!早く取り消してよ!何も私みたいなチンチクリンを娶らなくたって綺麗で人格者でもっと王妃に相応しいひとがいるでしょう!」

「わが国では権力の偏りを防ぐため王妃となるものは外界から呼び寄せることとなっている。側室はそうではないが…一生持たぬ王もいるしな。王がその寿命を全うする時、外界から相応しい娘が呼ばれ、その娘と共に契約を交わした王子はその瞬間王となる。セルディオン!父上のもとに参るぞ!」

「はっ」

「ちょっと、私はまだ何も納得してないんですけど!?」


外に待機していたのだろうヘビ男が中に入ってくると、ガイアスさんから巻物を恭しく受け取り深く頭を垂れると祝福の言葉を口にしてゆっくりと部屋を辞した。


「ミノリ、先に言っておくが一度誓約を交わしたら名はもう消せない。よって王妃の座から逃げることも出来ない。

また、元の世界に戻す術もこの世界にはない。元々王妃を呼ぶためにグランデュアウリス神から賜った陣だ。王妃を戻すなんて馬鹿な(・・・)事は出来ないようになっている」

「な、な、なー!?」


先ほどまでの冷たい光は消え、悪戯が成功した時の子供のような笑みで彼は破顔した。


「お前の運命は私と共にある。諦めろ」


0.06の目は、彼の魅力を半分も伝えていなかったらしい。とびきりの笑顔を頂戴した私は茫然としたまま全身を赤く染め上げるのであった。







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