落とし主
帰宅するとすぐにPCに電源を入れヘッドセットを装着した。壮大な音楽が流れるファンタジーワールドⅡのオープニング画面にIDとPWを入力し、あの世界に旅立った。
ログインした瞬間に新着メッセージを知らせるアラームが鳴った。
『二人とも遅いからソロで狩りしてます。インしたら東の草原に来て ナイン』
俺は一通り装備品を確認してから、東の草原に向かった。ここは中級モンスターのポップアップが早く、狩りを楽しむには適した場所だった。それでもレベル55のナインでは余裕すぎて物足りないだろう。
俺が合流したときにはロンヒルもすでに到着していた。
「珍しく遅いじゃん、ブラスト」
「ちょっと学校で呼ばれちゃって…」
「おぉ、まさか職員室に呼び出しってやつ?ブラストって意外と悪い子なの?」
「ロンヒル、やめなよ。あんたとは違うのよ、ブラストは」
「え~、それじゃ俺がワルみたいじゃん!」
「キャラどおりじゃない?ねぇ、ブラスト?」
「ブラストって大学生?」
ロンヒルの質問にドキッとした。パーティを組むようになって半年ほどの付き合いだが、リアルの年齢など話したこともなかったからだ。
「このゲームって発売から7年くらいだろ?大学生なら中学くらいから始めたってことだで…、それならブラストって年上なんだ」
「何、あんた高校生なの?ロンヒル」
「まあね」
リアルの詮索はマナー違反とされてるけど、半年の付き合いならそれくらい許されるのかもしれない。俺が高校生だって言ったら…二人はがっかりするだろうか?
「ほらほら、時間なくなっちゃうから“狩り”に行くわよ。ブラスト、今日はドコに行く?」
「あ、あぁ…そうだな、このまま東に進んであの山に行こうか」
「あの山のモンスターってネバネバしてるやつ多くて俺苦手なんだよな~」
「でも、ドロップマネー多いわよね?」
「金か…しょうがねぇ、今日もひと暴れすっか~!」
「今日はトラップ踏まないでよね!」
俺たちは笑い声とともに東の山に向かった。
今日の戦いは順調だった。ロンヒルが苦手と言ったネバネバしたヤツは俺の攻撃とナインの魔法で次々と散らしていった。2時間ほど狩りをしたあとで休憩をしていた時、ロンヒルが思い出したように嘆き始めた。
「そうそう、聞いてくれよ~。今日さ~、お気に入りだったカバンチャーム失くしちゃったんだよ~」
「へぇ~、あんたカバンにチャームなんてつけてるの?」
「お気に入りでさ、このアバターそっくりにオーダーで作った一点ものだったんだよ」
俺はポーションを飲みながらロンヒルの姿を眺めた。シルバーのキャットピープル、アジア系のパンツを穿いてレザージャケットと半月刀…、あれ???
俺はカバンに入れたままだったぬいぐるみを出してみた。それを画面に映るロンヒルの姿と見比べて…見比べて…見比べて…。
「こ、これって…ロンヒル?で、でも…長岡が落とした…いや、でも…でもロンヒルの声って“男”だし……長岡って…ギャルで…ゲームなんて…」
動揺したが、このぬいぐるみがロンヒルと決まったわけじゃない。俺は落ち着いてゲームに集中しようとした。
その日の狩りはボロボロだった。やっぱり“ぬいぐるみの落とし主”がちらついて、ミスしてばかりだった。レベルや装備のおかげでデスペナに至らなかったが、ロンヒルとナインに迷惑をかけてしまった。
「ごめん、なんか俺、今日調子悪いな…」
「まぁ、上位プレイヤーのブラスト様にもこんな日があるってことか~ハハハッ!」
豪快に笑うロンヒルの声は間違いなく“男”だ。
ログアウトしても俺の動揺は解けなかった…。俺は拾ったチャームを指にひっかけ、揺れるその様子を眺めていた。
銀毛で大きな耳、そして腰についてる半月刀はロンヒル…その姿だ。
翌日の学校ですぐにでも長岡一美にこのぬいぐるみについて聞きたかった。しかし、相手は陽キャグループのギャル…。俺が容易に近づける存在じゃない…。それでもポケットに入ってるチャームを握りしめてその“タイミングを探っていた。”
む、無理だ…。
いつも周りに誰かいるってどういうことなんだよ!休憩中はもちろん、トイレだって…一瞬だって長岡さんが一人になることはなかった。
そして、あっという間に放課後…。
俺はひとり机に座り、ぬいぐるみを手に落ち込んでいた。
「あぁぁ…だめだ。こんなこともできないなんて…自分のヘタレっぷりを再確認してしまった。マジへこむ…」
もうあきらめて、教室のどっかに置いておけば持ち主が勝手に気づくのでは…?
そうだ、俺がわざわざ直接持ち主を探す必要はないんだ。…でも、ロンヒルの件は気になる。
このぬいぐるみが本当にロンヒルなのか。もしくは違うプレイヤーなのか。違うゲームの 似てるアバターかもしれない。でも、この半月刀は…。
でも…でも…でも…でも…と繰り返される脳内会議。
「あれ?そのチャーム…」
俺一人だった教室に響いたのは女性の声だった。その声の主は長岡さんだった…。
「な…な…ながおか…さん…」
「それ、わたしの?失くしたと思ってたのに…」
「ぁ、こ…これ」ぬいぐるみを差し出した。「昨日、ここに落ちてて…もしかしたら長岡さんのかと思って…」
「え!マジ~!うれしい、超うれしい!もう絶対失くしたと思ってたから!ありがと~、黒石くん!」
満面の笑みで受け取ったぬいぐるみを大切そうに抱きしめる長岡さんを見て、ポツリと呟いた…。
「こ、これって…ファンタジーワールドの…」
その瞬間、ふわっと長岡さんの髪が揺れた。
「知ってるの⁉ファンタジーワールド!」
「…知ってる」俺は次の一歩を踏み出すか躊躇して…躊躇して…躊躇して…踏み出した。「俺も…やってるし…」
「えええええ!!!!ほんとに?」
長岡さんの大きな瞳がさらに大きくなりキラキラ輝いてるように見えた。そのキラキラした目で俺の周りをくるくる回りながら何だかわからない陽キャ言葉ではしゃいでいた。
「そ、それって男キャラなの…?」
ロンヒルそっくりのそのぬいぐるみはピンと立った耳と鋭い目つき、服装に至るまで男性キャラだ。
「そう、男キャラだよ。せっかくゲームの中だし…あっ、あとナンパ防止にもね。声もボイスチェンジャーで私めっちゃイケボだから!」
「そ、そうなんだ…」
「…ロンヒル」
「え…?」
「私のキャラ“ロンヒル”っていうの。どっかで会ったら声かけてね」
やっぱりロンヒルだった…。長岡さんがあのロンヒル…。
「黒石くんのキャラは?」
「え…いや…俺のキャラは……俺はあまりレベル高くないし…」
「そっか~、まだ始めたばかり?私は今レベル60だよ。いい狩場教えてあげるよ~。あっ、もうこんな時間。私もう帰らないと!」
時計を見た長岡さんは「じゃぁね、黒石くん」と手を振って慌ただしく帰ってしまった。
その後ろ姿はゲームで何度も見たロンヒルそっくりだった。




