5 王、名乗りました
寒冷渦星雲を恒星系が通り抜けた際に、系全体を包み他の影響から護る自然に張られた幕のようなものが押され、内部に影響を与えることがある。
つまりは、銀河を旅する惑星圏が、その太陽とする恒星と共に旅をする中で極度に温度が低い領域――星雲などに多いが――を通る際に、影響を受けて惑星全体の温度が下がるという現象が起きることがある。
「つまり、戻るまでに氷期が訪れたということか、…」
恒星データに異常は特にみられなかった。最後に此処へ降りる前に確認した数値は、特に恒星の異常を示すものではなかったのだから、これは周辺環境の影響によると考えてもいいだろう。
窓の外、見晴らし台に立ち寒い空気を感じて僅かに震えたかれに、深狼が声をかける。
「お戻りになって、食事の続きをいかがですか?」
うなずいて室内に戻る。殺風景な室内だが、それでも室温は外よりも暖かくしてあることに気がついた。
食事を終えて、改めて室内をみる。
石造りの室内には暖房となるようなものはみえないが。
「この部屋は暖かいが、どうしてだ?」
訊ねるかれに、食事の片付けを外に出して伝送管で外に頼んで戻ってきた深狼が、問いの意味がわからなかったように首をかしげて。
「――暖かい、…ああ、部屋がですか?」
「そうだ。暖房する為の器具がないようだが」
「…――部屋を何であたためているか、ということですか?」
うなずくかれに、不思議そうにいう。
「この部屋が外より暖かい?」
「暖かくはないか?」
「特に暖房などはしていませんから、…窓を閉めていた分、少しは違うのではないでしょうかね?」
「…そうか」
そして、首をかしげいてるかれをみて困ったようにいう。
「その、…このままお話をさせていただいてもいいのですが」
「ああ?」
「その、…お名前をいただいてもよろしいでしょうかね?なんとお呼びすればいいものか、」
本当に困った風にみていう深狼に、気がついていなかったかれは思わずまっすぐ見返して。
「すまん、…――私の名か。…―――」
そして、名を告げていたのだが。
某氷華国掲示板
なんでも相談伝言板
相談
どうしたらいいのかわかりません。
失われた王が戻ってきて名乗ったら、どうしたらいいんだ?
この掲示板をみてたら宰相に将!返事ください!
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阿華 いい具合にこわれてるなあ、…
亜深 いやだってな、…ぐちらせてくれ、もういやだ、おれ
阿華 落ち着いて、ていうか、王が出たの?
亜深 うん、マジだった。マジで王の名前なのってる、どーしたらいい?
阿華 どうって、…宰相に報告?
亜深 した
阿華 返事は?
亜深 ない
阿華 ええと、…お忙しいからなあ、…宰相、先にお兄上を連れて
ご実家にお戻りになったし…多分、家族会議?
亜深 先に指示がほしい
阿華 深刻だなあ、…おーい、他に誰かいないか?
千歳 はーい!いそがしくて死にそうなのでよかったらちょっとつきあえるけどー?
亜深 すまん
千歳 王が出たってマジ?
亜深 …―――
千歳 そっか、まじかー。…神殿に報告して、
王在りし刻の体制にでもするしかないんじゃね?
亜深 そんな簡単にいうな、…
千歳 でもなあ、…上の方がかわったって、特におれらやること
かわるわけじゃないしね?
亜深 まあ、それはそうなんだが…
千歳 それはそうと、○○将にはいったわけ?
阿華 もしかして、…いえてない?
亜深 ちがう、…いえてないとかそういうことじゃない。…いなくなったんだ
千歳 ああ、名物の行方不明ね?
亜深 そうだ、…宰相に連絡しても返事がない上に、
将は行方不明…どうしたらいいんだ!
阿華 宰相がご実家だから、家族会議とおもったけど、違うんだ?
ご実家にもいない?
亜深 いない。伝令を出して確認した。もう半日以上前からいなくなってるそうだ…
千歳 ああ、半日も経ってたら、もうどこいってるのかわからんよね…
亜深 以前、一刻で隣国の都まで早駆けでいってたことがあったからな…
五得 その、本当に王が見つかったなら、こちらにも報告あげてもらえると
うれしいんですけど?
亜深 ここ、匿名にしてる意味あるのかな、…
阿華 ないよね
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しばし。
名乗ったかれに、背を向けて沈黙している深狼に首をかしげながらも黙っているのだが。
――おれの名が、何だ?
「お待たせしました」
「ああ?」
振り向いた深狼の胸元に何か透明な光るものがみえた気がしたが。
昏い表情の深狼にそれを忘れてしまう。
「上司に連絡がつきませんでね、…。此処にいていただいてもいいんですが、――何かなさりたいことはありますか?」
「…―――もと着ていた服とかは、何処にある?」
「わかりました。まだ乾かしている途中ですが、こちらです。どうぞ」
深狼が先に立ち案内する。
階を降りて、湯気のようなものがふわりと漂う扉の前で止まる。
「この中です、――――もしかしたら、暖かいのはこの湯気などが上にあがっているのかもしれませんね」
「そうか、ここは?」
「洗い場です」
土をそのまま固めた床に、湯気が扉をあけると襲ってくる。
熱いといっていい蒸気に、そのもとが湯の流れであることに気づく。
「これは、地下から湯が沸いているのか」
「その通りです」
足を踏み入れると、そこが牛馬を洗う為の設備であることがわかる。木の柵にかけられた布、湯を貯めて流す為に作られている少し深い堀と流路。
「この辺りは、湯がよくわくんだよ。それで、住居にする際は、こうした温泉を中心にして館で覆って、その中に住むわけ。大分乾いてるかとはおもうけど?」
「…――将!どこへ行かれていたんですか!」
「深狼。おれ、ずっとここにいたけど?王の持ち物なんて、放置するわけにいかないじゃん?」
「一見真っ当そうなことをおっしゃっていますが、居場所くらい伝えてから動いてください!いまあなたは行方不明ということになっているのですよ?伝令が困ることをしないでください!」
「ええっ、でも、…おれ、好きに動いてるだけだしー」
「それが本音でしょう。…いいですか、将。貴方はですね、」
その場にいた光華に切れた深狼が責めるのに、そっと歩を外してかれが自身の荷物を探す。
「ああ、あった。乾かしてくれていたのか、ありがとう」
礼をいうかれに、光華が笑顔になる。
「うん!あんまり汚れてたんで、あんた自身と一緒で勝手に洗ったけどかんべんな!」
「いや、…――まあ、この場合、保護してもらって礼をいうべきなのはこちらだろう」
「そうかな?でも、あんた王だし、こっちに命令する権限はあるんじゃないか?」
「…――王?」
不思議そうにいうかれの肩に、光華が手をおいてにっこりわらう。
「そ!だから、これから神殿いこーな?」
「…神殿?」
顔をあげてみて、戸惑っているかれに大きく笑んで。
「王が戻りしときは、神殿にまず登録からだから!」
「…将、宰相には、」
肩を抱いて、荷物を抱えている「王」をすぐにでも神殿に連れて行こうという光華を深狼が止めようとするが。
「いいっていいって!そんなのは事後報告で!」
「―――…いえ、ですから、…将!」
いいながら追いかけて。
それから。
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某氷華国掲示板
なんでも相談伝言板
吾千 あ、緊急連絡おした
阿華 切れると誰よりも過激だものねえ…
とりあえず、これで宰相は呼び出せるんじゃないかな?
千歳 相談、締め切られてないけど…
五得 相談放置したままですよー
相談は締め切られました
解答へお礼
相談者 将はみつけた。止められないから、
これから将と一緒に「王」つれて神殿にいってくる
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阿華 いや、まずいでしょ、それ!
吾千 まずいよね、うん
千歳 神殿…いくの?
五得 ですから、王を見つけたのなら早急に連絡くださいって
千歳 もう一度、宰相宛に緊急連絡押しておくー!
阿華 宰相!何処行かれたんですかー!
――――――――――――――――――――――――――――――――
「宰相は何処へ行かれたんだ…」
額を押さえてつぶやく深狼に、すたすたと神殿への道を歩く光華と肩を抱かれたまま茫然とついていっている「王」。
――これが本物の王だとしたら、どうなるんだ!?
神話の御代に消えた王。
家出をした、とよくいわれているが、それはものの喩えだ。
神話では、王がいまさなくなった理由は、―――――。
「本当に、これからどうなるんだ?」
そして、どうか。
どうか、光華将がとんでもないことをしでかす前に、戻ってきてください、宰相、と。祈るように思う深狼の呼びかけは果たして。
祈る深狼の真剣な気持ちに関わりなく、すでに神殿の扉はかれらの目の前である。