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4 王、起きました


 ふわりと気持ちの良い感触に目をさます。白い綿が頬にあたっていて、どうやらそこでねむっていたのだと気がついた。

「…――――ここは、」

ぼんやりとしながら起き上がる。額に拳をあてて、目を閉じたまま。

身体を覆うだるさは想定内だが、どこか軽くなっているのが不思議だった。

 息を吐く。まだ、目をあけることができない。

調整がうまくいっていないのだろう。おそらくは、と。

 そして、ようやく吐息をながく吐いて目をあけ。

「…―――!?何者だ?」

「よ、王様!」

にっこり、笑顔でいう相手―――はじめてみる顔だが――が、寝台の脇に肘をついて、覗き込んでいたことに気がついて身を引いて誰何するが。

相手は、まったく悪びれるようすもなく、にっこりと笑顔だ。

 ――――…こういう危険人物との遭遇の際はどうすれば、…。

警戒してできるだけ寝台の端に退いたかれに、あきれた声がいうのが聞こえた。

「ほら、やめてください。驚いているでしょう、…。貴方も、寝顔を至近距離でみられていてはいやでしょう?ですから、―――」

「え?おれ別にいやじゃないし!」

「ですから、そういう御自身の価値観で、――いえ、ここは喩えた私が悪いですが、…。すみません、言葉がわかりますか?これで、この方には悪気はないのです」

「…――――」

つい、背に壁をおいて、その声の持ち主とまだ寝台に頬杖をついてこちらをみあげている相手を警戒しながらみる。

「…わかる」

短くいうかれに、立っている方が深くうなずく。

「ありがとうございます。将、立ってください。…――私は、この方にお仕えするもので、深狼といいます。あなたの名は、伺ってもよろしいか?」

「…―――此処は、いったい、…」

状況がつかめない。どうやら、寝台の置かれている場所は石造りの部屋。寝台から丁度かれが向き合う先に、見晴らしよく空がみえる。寝台に敷かれた綿は白く上質で、清潔に保たれているのがわかる部屋だ。そこに立っている方も、しゃがんでいる方も衣服は上質で高級なものだと一目でわかる。

 銀髪に翠瞳で、無邪気にしゃがんでいる方がいう。

「おれは、光華!お久し振り、王様!」

「――お久し振りって、あったことがあるわけじゃないでしょうに。…」

光華と名乗った方の挨拶に、深狼といった方が溜息を吐きつついう。

それに深く同意したくなりながら、かれは訊ねていた。

「…――ひとつ、訊きたい。此処は、何処だ?何という国だろうか?」

「ああ、―――」

かれの問いに深狼という方が応えようとするが。

先にその答えを告げた声は、かれらとは別の方。

 扉の方からした声に視線を向ける。

「此処は、氷華国です。…―――あなたは何者ですか?」

 水色の緩やかに波打つ髪が肩より腰の辺りまで緩やかに流れている。

 氷の美貌といっていい美しい容貌に冷たい氷蒼の眸を持ち、かれを鋭い視線で牽制するように見る相手。

 室内に一歩、静かに歩を進める相手を、凝然とかれは見つめていた。

「私は、―――…氷華国宰相氷蓮と申します。兄が貴君を拾ってきたとききましたが。貴方は、何者ですか?」

「…―――いや、…何者と、いうか、」

 ――氷華国?

そして、いま目の前にある三名をみる。

深狼と名乗った相手は一番常識が通じそうだ。深い灰黒色の波打つ髪は、無造作に背に纏められている。動きやすそうな服装に胴を帯で締めて少し垂らし深靴を履いている。

 寝台脇にしゃがんでいる光華と名乗った相手の服装は白が中心の派手なものだ。金で刺繍が施されて美しく、身分の高さを現しているのだろう。どうやら、深狼と似たような様式の服装だと判断する。

 そして、宰相と名乗った存在は、ゆるく足許までを隠す衣を着ていた。白に薄く水色で裾に刺繍が施されているのは髪や瞳の色に合わせているものなのだろうか。襟元は丸く僅かに胸許にかけて薄い銀で刺繍が施されているのが光の加減で僅かにみえるだけで、豪華とはみえないがこれもまた上質な衣装だ。

 それらをみて、また手許に武器がないこと。

 そして、かれらもまた武器の類いを持つようにはみえないことを確認する。

「服は、―――…着替えさせてくれたのか」

つぶやくようにいうかれの確認を兼ねた言葉に、にっこりと光華と名乗った相手が応える。実にうれしそうに、明るい笑顔で。

「あらったんだぜ!あんた、とっても汚かったからな!」

「―――…そう、なのか」

つい、その明るさに引いていうかれに、かまわず立ち上がって光華がいう。

「うん!大変だったんだぜ?衣服とかは一応、できるものは洗って干してある。しばらくは乾かないからあきらめてくれ。一応、着ても大丈夫そうな衣類を用意して着せたんだが、大丈夫か?」

好奇心いっぱいなきらきらした翠瞳でいうかれに、宰相といった氷蓮が歩み寄り、警戒しながらかれをみていう。

「兄上、このようなものを拾うのはやめてくださいと以前から申し上げておりますでしょう」

「えーでも、いいじゃん?ごはんあげるくらいだぜ?うちにはつれかえってないじゃん」

「だめです」

えー?といいながら、光華が肩を落としてしょんぼりしている。

「だめ?」

「だめです」

きっぱりいうと、氷蓮が光華の腕に手をおいていう。

「いいですか?後の世話は深狼に任せて、いきますよ」

「ええ?だって、これ、王なんだぜ?」

「深狼、後を頼みました」

「あ、…はい」

宰相に腕を引かれて出て行く光華が、深狼を振り向いていう。

「ごはん、あげといてな?」

「…――はい、…将」

しみじみと何かをかみしめるようにしていう深狼に、何故か同情したくなりながら。

煌びやかな二名が去った後に、なんとなく息を吐いてしまってかれは残った深狼をみていた。

「深狼どの、…だったか」

「ええ、…とりあえず、食事にしましょうか?」

「…それから、可能なら現在の状況の説明を頼む」

疲れながらそういうかれに、深狼もうなずく。

「食事をとりながら説明しましょう。貴方の状況についてもご説明を伺いたい」

「わかった」

これだけの遣り取りでも苦労人であることが忍ばれる深狼に何か同情してしまってから。

 ――しかし、此処は何処なんだ?

根本的な疑問に、かれは溜息を吐いていた。

 現在位置が不明だ、…――そして。

水色の髪をした宰相と名乗った相手と。

 そして、そう白銀の髪をした、―――光華と。

「そんなはずは、…――」

つぶやくかれの言葉をきかないことにしたように、深狼が食事の支度を調えていく。




「まず、はじめに国の名は氷華国といいます」

「うむ」

食事をとりながら、深狼の説明をきく。ちなみに、食事はとてもおいしく感心するものだ。

 いもをすりつぶした汁に、やわらかなかゆ。

 さっぱりとした酪乳を主とした甘みをかすかに感じる、さじてすくって食べる菓子。どれも、おそらくはかれの状態を勘案して用意されたものだとわかる。

「消化にいいものばかりでたすかるな」

「…それは、光華様が指示して用意されたものです。―――貴方の状態が、普通の食事はまだ受け付けないだろうからと」

「そうか、…かれの身分は?」

問うかれに、深狼が答える。

「はい。かれは、この氷華国の将軍となります。先に会われました宰相殿の兄君となります」

「…兄弟、か。――ありがとう。国について教えてくれ」

さじに少し甘みを感じる酪乳をすくい舌になじませていう。

「そうですね、―――遠大陸についてはご存じですか?」

「いや、――まったくわからない」

かれの言葉に少し考えるようにしてから深狼がいう。

「我が国は、遠大陸の北方にあります。それ故、他国に比べて雪と氷に閉ざされる期間が長く、氷雪の国とも呼ばれております」

「氷雪の国、…――雪が降る?この国には?」

「はい、雪はご存じですか」

「知識では、…―――みたことはない」

不思議そうにかれを見返り、深狼がいう。

「では、食事の途中ですが、一度見てみますか?」

誘われて席を立ち、―――その景色をみた。

「これは、…―――」

食事の用意されたのは寝台の置かれたと同じ部屋。

だから、先から窓の外に見えてはいたのだが。

窓から少し張り出した外へ出て、景色をみて驚いていた。

「…雪が、――――こんなにあるのか?」

「はい、いまの季節はまだ暖かい時期になります」

「そうか、…」

茫然とみる景色の雄大さに、そして。

そう、氷雪の遙かまでを覆う景色に圧倒される。遥かにみえる山脈も氷に覆われて白く、さらに大地はすべて凍り付いたかのように白い。幾らか、白い大地に僅かにみえるのはあれは住居だろうか?

「…これは、本当に白いな、―――…氷と雪にすべて覆われているのか?」

見たままに茫然と語るかれに、深狼が。

「さようでございます。氷雪は大地を覆い、さらに嵐に見舞われれば雪に閉ざされるのがこの氷華の大地です。隣国に行けば、春の野が翠に広がる景色もみることができますが」

「…そうか、…雪がこんなに、…白いのはすべて雪と氷なんだな、…」

「ええ、その通りです」

 茫然としながら、かれがおもう。

 これは、…―――氷が、これほどに。

 氷華に覆われた大地を見晴るかす。

 まさか、…これは、銀河の腕を、寒冷渦星雲を惑星が通り抜けたのか?

 いまが氷期だとして、その影響は、と。

 黒髪が風に僅かに靡く。


 




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