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3 王、あらいました


黒髪から落ちた汚れが、煤を纏って黒灰色となって流れ落ちている。

「きたねーなあ、…」

いいながら、こうみえて世話をきちんとする光華が乱暴ではあるががしがしとよごれた頭を洗ってやっている。

「しかし、ここまでされても目を覚まさないとは、…何か呪術にでもかかっているのでしょうか?」

汚れた衣服をはぎとり、別に牛馬用のたらいに入れてその汚れに顔をしかめていう深狼に、光華が肩をすくめる。

「わかんねーけど、まあ、さわがれるよりいいんじゃないか?」

「それもそうですか」

確かに、と思うのは。これまで意識のない王だという相手を牛馬用の洗い場に運び込み、洗っているのは悪意があるわけではないが。相手の意思を確認していないという点では確かに問題だろう。

「それで、何処に落ちていたんです?こんなもの、どこで拾われたんですか」

「うん、酒場の入り口でな。これが落ちてて迷惑だろうから引き取ってきた」

「…――将、…。いつも申し上げておりますが、こういう、―――簡単に拾ってきてはいけないと常々申し上げておりますでしょうに。宰相殿に怒られますよ?」

いいながら、眉をしかめつつあまりに汚れた外套を湯につけて。

「これ、捨ててはいけませんかね?」

「一応、王の持ち物だろう?臣下が勝手に捨てるわけにはいかないじゃないか?」

「洗うのはいいんですか?」

「だって、おれの持ち物だって、おまえたち勝手にきれいにするだろ?」

だから、それはいいんじゃないのか?という光華に、普段の生活を思い返して遠い目になる。

「深狼?」

「いえ、…――洗いましょうか」

過去を思い返して遠い目になり、それから現在に向き合うことにした深狼が衣類の下から出てきた幾つかの服ではないもの、に眉をよせる。

 それを、洗い流してもまだまだきたない王の身体を雑に洗いつつ光華が問う。

「どうした?」

いつも、この方は見ていないようでみていますね、と思いながら深狼が答える。

「いえ、…これは剣ではありませんね。何でしょう」

いいながら金属の塊とみえるものを床に置く。衣服一式を他の持ち物と一緒に剥ぎ取った為、その中に紛れていたようだ。

「ああ、…それは銃だな」

「――一体、なんです?それは?」

訊ねる深狼に軽く笑む。

「うん。―――何というかな、…中から、雷鳴と共に火を噴いて、遠くの敵を倒す為の武器だよ」

「物騒ですね、…聞いたことがありませんが?」

ごしごしと馬を洗う要領で王の背中を流しつつ光華があっさりという。

「そりゃ、古の王の武器だからな?」

「―――…王の?あなたは、これが本当に王だと?」

そして、古の武器?と、床に置いた奇妙な形の金属の塊をみる。

「ああ、…――典拠は、古神殿知ってるだろ?あそこのふるーい、神殿の典礼堂にたくさーん、よまなきゃいけない神典があってさー」

「神典というと、あの古い神話の時代から伝わる書物ですか?」

「そうそう、読まされたの。あんなの読むくらいなら、剣の修行した方が楽しいのになあ」

「それはあなたの義務でしょう。宰相家にお生まれになったのですから」

「それはそーなんだけど?宰相は弟がなると決まってたし、おれは将じゃん?だったら、最初から分担すればいーのにってさ?」

ごしごしごし、と乱雑に王といっている相手を洗って、汚くなった湯を捨てている光華に眉を寄せる。

「…まってください、―――もしかして、その古の書より得られた知識で、…これを、王だと?」

奇妙な持ち物は他にもある。それらを眉をしかめてみてから、深狼が光華をみつめる。

無造作に幾度目かの湯を王の髪に注ぎ、がしがしと泡を立てて洗っている光華。

「うん?だから、王だっていってるだろ?」

「―――――…」

宰相殿に連絡しなくては、と。

ここではじめて王だと光華のいう、まだ意識を取り戻さない相手をみる。

いくらか汚れのとれた身体は白く日に焼けてはいない。体格は、長身、黒髪、そこそこに鍛えてはいるようだが細身。

「…―――」

改めて考える。

 神話の時代に家出したという王については、一応その容姿が伝わってはいる。

 それによれば、王は黒髪に長身、痩身ともみえるが鍛えた腕で操る剣は鋭いという。そんなもの、その辺りにいる誰にでも当てはまる要素だが。

 ――一応は、将を謀るにも、神話の要素を考えはしたということか?

難しく眉を寄せながら、ふう、と深狼は溜息をつく。

ちら、とみた光華はあかるく牛馬を洗うときのように無造作に「王」とやらを洗っているだけだ。

「…ちょっと、連絡してきます」

「うん?まかせた」

手をすすぎ、洗い桶に入れた衣をおいて立つ深狼に光華が簡単に任せて洗うのを続けているのに背を向けながら。

 ―――…いえ、いいんですが。

常に無造作に、光華は深狼にだけでなく、部下となる者達にことを任せる。それでいて、常に目は確かに行き届いているのだが。

 こうして任される度に、少しばかりひやりとした心地になるのは、それがわかっているからだろう。

単純に任せているようにみえながら、細心にすべてを見通している。

 そうでなくては、宰相家に生まれただけで、将を任せられはしないだろうけれどな。…

 将と呼ぶのは敬称でもあるが。

 単に身分を現してもいる。

 光華将騎。

 将騎というのが氷華国の軍を率いる司令である身分であり。

 その身分を将と呼ぶのが敬称となる。

「それにしても、…」

 部署に戻り、宰相への伝言を伝令に託してから。

 洗い場に不足していた洗粉を控えの棚からとり、足を戻す。

 ――まさか、本当に王だと?

 神話の時代、王はいまさなくなり。

 代わりに、宰相家がこの国を治める役を担ったという。


 本当に、神話の時代だ。


 そして、王いまさぬとき、宰相家は国を治めるが。

 王、戻りしときは、―――――。


 無論、その王に玉座を。

 迎えし王を言祝ぎ、国をおかえしするのだと。


「…――伝説だ」

だが、古代より伝わる神殿の書物。神典をすべて読んで記憶しているという光華が。

 そう、将であり、常には頭などつかっているのか?と他に思わせる言動や行動が多い光華だが。その記憶力は、群を抜いている。細部さえ、そのすべてさえ記憶してもらさぬのだから。

 それは、常に深狼にとり、光華に任されることの重さが伴うことを思い起こさせる日常の背景となる事実でしかないが。

「…国を、返す?」

 もし、あれが本当に王だとしたら?

 ――そんなばかな、…―――。

 伝説だ、とおもいながら。

 深狼は洗い場へと足を速めていた。





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