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くたびれたおっさんが酒場に落ちていたのでひろったら王だった件  作者: 御厨 つかさ


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19 闇の光 5




遠雷か。

そうおもわれるほどに。

戦場に響く轟き、あれはなにか。

既に天は暗い、闇が地を覆い、地には血潮が満ちる。

…滅びと闇が近いと、その勝利のときだと。

想っても、おかしくはない。

「…飛ぶ奴か、」

に、と光華は笑んでいた。

よろめく足取りにいっそ愉しげに笑みを零す。

剣を支えに、地に突き立て。

血の黒く滴る面をあげ、天を指して笑みを零す。

笑みが零れる。

…笑うしかないというものだ。

大きく息を吐く、見上げれば黒き翼に乗る古の使い。

闇の使いである、その僕に。

対するは傷を負い、黒煙を背に足元さえおぼつかない姿とは。

…実に、楽しいな。

息を大きく吸う、一瞬に集中する。

黒曜石の光華の眸が一瞬闇に輝くように炯る。

手には剣、白の地は既に血潮に隠れて久しいが。

手に握る、渾身の力を篭めて。

いつそれに向き合って立ち上がったか?

滑空する勢いで、それは光華に向かい落ちてくる。

黒き翼の上に見える煌めきは刃。

速さと鋭さをそのままに増して。

滑り来る黒の王。

刃を、剣を貫く為に、―――。

殆ど、そう地に動くことも出来ぬ光華を。

「…よく、来た」

に、と浅く光華は笑った。

どこか、歓迎でもしているような笑みだ。

そう、いや確かに歓迎していたのだ。

「飛王、飛ぶ奴の王…」

あんたとは、長い付き合いになるが、と。

柄を握る手に、指先に吹き込まれる息。

動くことを忘れ痺れた四肢に、吹き込まれる力。

…とうに、地を這っていておかしくないと。

けれど、だ。

「…よく来た、本当に」

今度こそ、と。

黒曜石の瞳が輝く。

闇に映えて。

すらり、と剣を振り被る。

白剣の輝きが生む光。

闇に、笑みを零す。

黒い翼に乗る飛王が降下を留め旋回する、その瞬間。

「――…、ちっ、」

膝が崩れた。

は、と吐息が洩れる。

震えて揺れる膝、見開き地を見詰める眸、微かに、――。

微かに、あきれと嘲りを含んで、息を吐いて、地を。

血溜りを、見て。

顔もあげられぬ体勢に崩れた其処に。

「…―――――」

旋風と共に、影が襲う。

上空から弱る光華の隙を伺っていた飛王が降下する。

鋭く空を裂く旋風が、――

俯いたまま、光華は眸をとじた。

微笑みが零れた。

黒翼が容赦無く迫る、風が。


風が、来る。…――――


鋭く命を、刈取ろうと。


ふう、と息を吐いた。

地に縫い止められた脚、動くことを忘れ痺れた四肢。

なにもかもがゆっくりと感じられ、

…感覚が失せる。

目の前に迫る黒翼と刃。

随分と鋭い剣だ。

見あげる、いまにも喉に迫る。

黒影が迫る。

…息を零した。

多分、笑みにも似ていたろう。…

吐息に近い、それは。


仰のけに、倒れていた。

刃を迎え、斬られたのか如何かが、もう、…―――。

白い喉を晒して、もう何も見えず倒れていく。

地に落ちる光華。

その上空に広げられた黒翼。

闇の僕が―――

ゆっくりと旋回し。

地に仰のいて動かぬ光華の上を、勝利を告げるようにして。

黒き翼が。

すらり、と。

美しい切断面をみせて、―――。

二つに割れた翼が、まだ舞おうとしながら。

上空で舞いながら黒き翼が美しい影のようにして舞い落ちる。

白く喉を晒し動かない光華。

黒き血の凝り傷付いた四肢。

手に、唯剣の柄を握るままに。

黒翼が音を失って落下する。

背後の静寂は何の故か。

城に上がる黒煙、闇に閉ざされた隘路、遠く木霊する戦の音。

黒き翼が地に落ち、その傍らに地に仰のいたまま光華は動くことも出来ずに微かな音をきく。

それでも、きいている己をすこし笑って。

戦は、殆ど待ちもせずに実現した。

こちらが準備する間などなどれほどあったか。

地にたおれたままに、なんだかのんびりと考える。

静華は、どうしているか。

議会の召集は、結局形ばかりとなった。

煙の匂いがする。

剣を、柄を握る手の下に、荒れた地面が感じられる。

こんな風に妙に現実的だ。

砂粒までわかりそうな不思議な感覚。

手の下にある、血を重く吸った砂粒に、―――。

…さっさと、もどってこいよ。

ふと、おかしくおもった。

これまで、ひとが来るのを待つなんてなかった。

戦に、己を恃んで出ても、先を率い、心掛け、隊列を護るように、兵を失わぬように。

確かに形ばかり、戦の小手先として挟撃などを行い

敵と対峙しながら味方の別軍を待つ経験がなくはないが。

浅く笑む。多分、笑むことができているならばとおもう。

目を閉じてしまっていて、もうあける力が無いのだが。

…おかしな、ものだ、と思う。

飛王の翼は切り落としたが。…

静寂ばかりが感じられるのは、きっと音が聞こえなくなっているからなのだろう。

柄を握る手だけがまだ感じられている。

…戦は、略光華の召集を待たずに始まった。

尤も、父が既に静都への救援を請う請い文に同意する程だったのだから、

当然のことではあったのだ。

息をする、かすかに。

浅く息が漏れる。

静華に約束をさせ、諸侯に脅しつけるようにしていうべきことを伝え、…そうして。

現宰相に、…つかわせた、暗鏡を。

此処に王が戻るのだと、議会の一致して王戻りし刻には迎えるとの、採択をみせ、――――。

…はは、と出来れば大きく声を出して笑いたいものだ、とおもう。

いま、息がなんだかとおいのだが。

敵は来た、総力を尽くして。

いや、総てには不足だろうが、その殆どだ。…

…――有難い話だ。…

満足の笑みが浮かぶ。

これ以上の果報はないが。

そうして、―――。

氷華の都は、いま。

黒煙に呑まれ、まさに落ちようとしているのだ、…―――。

地面を背に感じる。

いや、四肢に残るのは最早単に剣を握る手の感覚。

柄を握ったまま動かぬ手だ。

目を閉じたまま、血に塗れ横たわる。

炎の声がする。

黒煙の匂い。

静寂…―――。

いままで、この氷華の都は危うい均衡に居たのだ。

闇王がその総力を出せば、簡単に引き潰されるだけのものとして。

挑発をすれば、それは簡単に現実になる。

だが、そう。

それがいまなのだ。…

地に吸われる血潮、斃れる民、…―――。

滅びと、そうとてもちかい。


何故、我が氷華の都が防衛を荷うか、と。


…そう、問うた日もあったものだが。


黒き翼が地に動きを止める。


滅びと嘆き。

何故、奪われるのが我が息子でなければならなかったか。

何故、俺の同胞でなきゃ、ならなかったんだ…?

闇に近いから、暗國がそばにあるから。

なら、都ごと逃げ出していればよかったかな…?

気がつけば闇は迫り。

逃げるにも相手を倒さねば逃げようにも逃げ場の無い。

結局は崖縁における戦だったが。

ほろ苦く笑みが落ちる。

光華は、指によわく地を掻いた。

剣の柄を握るままの指先が、よわく砂をかく。

薄い息と笑みが零れた。

…まったく、しつこい。

黒の翼駆る飛王と出逢ったのは確かまだ十四にもならぬときだ。

おかげで癒えぬ闇の傷を負い、相手にもけれど何とか傷を負わせて――。

何とかそれで生き延びて来たが。

…いま、落としたときのは致命傷にはならなかったのか、…。

苦笑する、多分形はとれていないが。

指が足掻く。

つめさきに、砂が掻かれる。

剣を持ち上げる力はすでにない。

投げ出された四肢を動かず術も。

…いやな、やつだ。

それから、おもう。

闇の傷が脈打つ気配、あの飛王が足を引き摺り近づいてくるのがわかる。

重い剣を下げ、かれの命を絶つ為に歩く。

ご苦労なことだ、とおもいながら。

あとすこしで、捨て置いても闇に呑まれるだろうが。

まあ、留めを刺さずにいられぬのも業というものだろう。

浅く笑みを零す、息をする。

指先に、柄を感じる。

…もうすこし、―――。

こちらは動けないのだから。…

足を引き摺る音、地を引き摺られる剣の音。

ふ、と。

鮮やかに閉じた視界に、―――。

それが見えた。

「――…、」

懐かしいな、と。

呼び掛けてやりたい気持ちが湧いた。

懐かしいなんて冗談でしかないが。

思わず微笑む。指先が砂を掻く。

動きも出来ぬ己に、黒の王、飛王が、幅広の黒の剣を。

「…―――、は、」

目をひらいた。

黒く覆い被さるのは、見慣れた飛王だ。

翼もつ黒の王、影に囚われた元人の王。

薄く、光華が微笑んだ。

逆手に持つ剣に添えられた両手。

突き出された剣。

光華に剣を振り被り、突き通そうという勢いのまま、剣の切先に貫かれた飛王。

「たすかった、きてくれて」

黒い仮面を見て微笑む。

もう動く力は無かったのだ。

飛王の重みに剣が突き通り、―――。

闇に煙が散る、…―――。

飛王の黒の王の姿が。

闇に散る、―――。

「…ああ、」

溜息に似た声が漏れた。

両手に柄を握る手が動かない。

けれど、失われた重みにか、剣がゆっくりと揺れ。

からん、と。

地に落ちた。

剣を握る形のまま、間の抜けた格好に手が残る。

あけた瞳に映るのは、あれは。

飛王が襲う姿に惹かれたのか、倒れ地に動かぬままの光華を指して来る闇鬼。

 …随分と親切だ。

剣は既に指を離れた。

地に落ちたそれを拾う力は既に無い。

いや、それ処か、動くことが。

起き上がり避けることさえ、いまは出来ぬ。

随分と生きの良い闇鬼だ。

切り結ぶのもわるくはなかったろうが。

残念だな。

息をひとつ吐き、瞑目した。

地に剣を求める動きも止める。

名も無い闇鬼がいまにも喉を掻き切るのを。

光華は、地に伏せて待ち受けていた。

…不思議なものだ、とおもいながら。

静華がいる。

あれが残るだろう。

そして、…。

そうだ。

嘗て無いほどに穏やかな気持ちだ。

しらなかった。

こういう想いは。…

戦場にいつも後がないことだけを知っていた。

望みはなかった。

…希望は存在しなかったのだ、…。

我がいくと、此処にいるのだと。

闇に光をたかく掲げ、希望は其処にあるのだと指示しながら。

…信じてはいなかったのだ。

希望がくると。

しんじてよいのだなどと。

そんなことを、自身に許したことは一度もなかった。

ありえないとしっていたのだ、…。

唯、それだけだ。

…希望はなかった。

存在しなかった。


だから、高くに炯を掲げた。

灯を闇に掲げ、忘れぬようにと。

闇に光を、望みはあると、…―――。

戦を率い、兵を鼓舞し、闇との戦に追い立ててきたのだ、…――。

幾つもの命を散らし、けれど望みはあるのだからと。

明日は必ず来るのだからと。


そんなことがいえないことは、

だれよりわかっていたのだけれど。


…おれの、王、…―――。


それでも、とおもう。

希望はあったのだ。

それが、あんただ。…

微笑む、その自覚もないままに。

笑みを零す。

安堵して。

闇に眸をとじ、吐息を零す。

うれしいと、おもう。

闇に希望が、存在したのだ。

我が王、…――。

そう、俺の王だ。

闇王、…。

ずっとひとりで戦って来た。

戦を率い、兵を殺して。

民の命を奪い、見えぬ未来をみせ、行く先はあるのだと、…―――。


希望はあるのだと、謀ってきた。


闇に果てはあり、この戦は終わり。

勝利の刻はかならずくると、―――。

報われる刻がくるのだと。

そんな大嘘を吐いてきたのだ。

…闇王、我が王。

あんたに託す、そういえるんだ。

氷華の都に、氷華の都に王は戻るのだ。

戻ってくる、必ずだ。

かれがみつけた。

我が都の王だ。

微笑みが零れる。

もう本当に物は見えない。

音も既に聞こえていない。

襲い来る闇鬼を忘れていた。


あんたがいるんだ。…


微笑みがこぼれる。


王がいる、そして。

このおれが、ほんとうにひとを待つことがあるなんてな、…。

いつ宰相はこの椅子に座るのかと訊いた。

空座となる王の椅子に、王のいまさぬ王都に、いつでは王が戻るのかと。

待てはしなかった、待つ気もなかった。

待つ時間がなかったのだ。

王を待ち滅ぶ王都が。

空となり、民を失い幻の廃墟と化す日が近かったのだ。

だから、父は静都に救援を最後まで請おうとはしなかった。

滅びに血を重ねて何になろう?

静都が残れば、氷華の都が滅びるとも。

…ああ、何れは、戻りし王が。

哀悼の碑を、残るものたちとともに滅ぶ都の為に建てる日もあるやもしれぬのだからと。

そんな先のことは、しったことじゃないが。

けれど、王が戻るから。

…だから、盟友である静都をも引き摺り込み、血を流させ。

ともに斃れるかもしれぬ賭けに参加しろと。

父を説き伏せて請い文を放たせたのだ。

同胞を、友を。

それでも、賭ける甲斐があると。…

ああ、おれはいつも単純だ。

こんなことの為に斃れていった同胞は。

我が民は、兄弟達は。

ああ、ゆるしてくれとはいうつもりもないが、…。

せめて、たおせた敵は多かったろうか?

氷華の都の光華将騎だと、―――。

敵を引き付ける演出は、随分としたつもりなのだが。

ああ、だから、確か、―――…

あんたの敵を、どれほどけずれたろう。

…本当に、おかしいことだ。

すこしわらう。

本当にまつなんて。

…闇王、

あんたのくるのを、しんじてるなんてな、…。

そうして、いえるのだ。

はじめて、しんじられた。

託したのだ、…。

あとをたくすと。

都をまもってくれと。

この自尊心の塊の、誰より先にいかねば気がすまぬと。

先陣につねに立ち、戦の血を誰より好み。…

誰にも、この身を率いさせることなどゆるさなかったこのおれがな。

たのしいはなしだ。

おもしろいみやげになる。

誰か、きかせる相手がいるかな、…。

此の氷華竜国の光華。

光華将騎が。

…あなたを、待つのだ、…―――。

「…闇王、…――」

声は、音とはならなかった。

既に視力を失い、音を無くし。

地に横たわる光華に。

刃は、無情に振り翳されていた。――――







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