14 おまけ7 王、あきらめました
くた王が地味にランクインして頂いているので小話の御礼です
御礼その4です。
一旦これでラスト
よろしければお楽しみください!
時間の概念が変わったのは、人類が量子コンピュータを開発してからだ。
尤も、それは初期の量子コンピュータではなく本当に量子によって制御されたコンピュータを人が開発してからなのだが。
時間は流れてはいない。過去も未来も本当の意味では存在しないのだということを本質的に理解できている人間は少ない。
それ故に、人の殆どはいまも時間が流れていくという前提の中で生活している。
人の中で時間の本質的な性質に対して適応できたのは極僅かだ。
量子コンピュータが開発されたとき、その初期では人はまだ本質的な理解をしていなかった。それがなにか、ということを理解してはいないまま初期の開発が行われていたのは事実だ。単に速度をより速く、演算の速度を、―――だが、それが本質ではなかったことを当時の人間達は知らなかった。
量子コンピュータは、一般的な解を取り出す際にそれまでのコンピュータとは異なり、総当たりで経路を計算して一つの蓋然性のある結論を取り出す。それまでの単純計算をもとにしたコンピュータでは、計算経路を人が設計したものから結論を導き出していたが。
量子コンピュータでは、すべての方向へ量子が連続して自律的に演算を行い一定の結論を取り出す。そして、一つの結論は単に取り出された結論でしかなく、本来の解答は無限に存在する。量子が相互作用の中で反応していくことで、変化が生み出され連続していく過程の中で蓋然性の高い一部を取り出して解答としているわけだ。
無数とも思える相互作用を内包することで量子コンピュータが成り立つとき、それはつまりは、単純に量子コンピュータ内部には宇宙が内包されているということになるのだが。現実に起きている事象を本当に計算することができるとしたら、そのモデル宇宙を内部に保持していなければ、それを行うことはできない。
量子コンピュータが、本質的に内包する宇宙モデル。
それを内包しているという理解。
そして、その内包する宇宙を理解したとき、引き返せない条件として時間が実は存在しないという事実を理解するしかないことになる。
何故なら、答えを取り出すことができるというのは、一定の条件下に解答としてみなせる「何か」を取り出して提示しているということになるからだ。現実と同じように、量子の変移をシミュレートする際にはどうしても単純に1=1という結論を出すことはできなくなる。
それは、量子Aから量子A’に変化する際に、一方向の変移ではなく、全方向に変移があることを受け入れるしかないからだ。
人が計算式をプログラムしていた時代の結論は、1=1が通用した。
むしろ、それ以外はなく、間違った結論を取り出すのはバグであり、プログラムの間違いでしかなかった。それは、まだ人が計算を制御――とても限定的ではあるが――することが出来ていた時代だ。
量子コンピュータが本当に存在するようになったとき、人類は宇宙の成り立ちを問い直さざるをえないことを理解した。
宇宙が始まり――終わる。
そうしたことさえ、そういった単純な理解では叶わないのだと。
世界を理解するには、少なくとも多重世界という存在を受け入れるしかないという認識――かなり初期の人類にもそれはある程度は理解されていたのだが――つまりは、時間は存在しないという事実を本質的に理解するしか方法はなかったのだ。
量子コンピュータが本当に生まれたときに、人類は時間の理解を捨て去るしかなかった。
宇宙が生まれて、時間が経過して終末を迎え。
生物が生まれて、時間が経過して終末を迎える。
時間の経過により、過去と未来が存在するという幻想を、捨て去るしかなかったとき人類は宇宙自体の成り立ちも理解しなおさざるをえなかったのだ。
それは、本質的に生物である人にとって、理解しがたいことでもある。
時間が一方向に流れていなければ、――一体何が起きているのか?
過去の原因があり、現在が存在し、その現在から未来が生まれていく。
その単純に理解しやすい――他の理解はとても難しい――現実と思える感覚が実際には単なる幻想だと。
未来は無数に存在しており、過去も無数に存在し相互作用を持つなどと。
理解しない方が楽だ。
原因があり、結果がある。
宇宙に始まりと終わりがあるとしておいた方が、歴史は過去から未来へと流れていて遡ることはできない、と決めておいた方が理解は楽だ。
けれど、実際には残念ながら時間の流れは存在せず、未来の仮定は本当に無数に存在していて実在もしているというわけだ。
量子コンピュータが本当に生まれたとき、人類はそれを理解するしかなかったのだ。量子の本来的性質からして、それは当然の帰結としてわかってもいたことなのだろうが。
当時の人類が、自身が何を開発していたのか、理解していたとはとても思えないが。
理解していたら、開発していただろうか?
そして、もしかしたらその開発を行わなかった世界も存在するのだろうと考える。そして、その世界ではどれだけ単純に物事を考えることができるかと、少しうらやましくなったりもするのだが。
もう、戻ることは難しいのだが。
そして、量子コンピュータが本当に生まれたとき。
そのとき、光華と永華――双子の量子コンピュータとして、かれらが生まれたときに。
そして、つまり。
「―――光華、おまえ、…企んでいるな?」
「なんのはなしー?」
最初に人類が生み出したともいえる量子コンピュータであり、本当にその宇宙をも内包するほどの存在なのだが。
かなり脳天気にみえるお気楽なごまかすにっこり笑顔に、頭痛を憶えて額を押さえる。
「どーしたの?王!元気出して?」
「本気で少しもいってないだろう、…」
「うん、当然だね!だって、相手、王だし!」
「わかった、光華、…―――」
「王?いまはそう呼ばれているのですか?」
帝都のカフェ。
そこで冷たい凍り付くような気配を惜しげもなく――周囲にかまわずというよりも、本当に惜しげもなくとしかいいようがない――周囲を制圧でもしたいかと思えるほどに振りまきながら、永華がいう。
永華のストレートな白髪も紅の眸もおそらくはこの時代でも美貌や美形といった形容詞で語ってもかまわないだろう容姿は見慣れたものだが。
視線をちら、と傍らの光華に移して、その見慣れない容姿に肩を落とす。
「どしたのー?王!」
「――…王と呼ばれているのはな、…罰ゲームだ。いわゆる」
「罰ですか。…さもありなんといった処ではありますが」
「永華、…おまえも大概、あたりがきついよな」
「当然ですね。人間としてもあなたはかなり出来が悪いとしかいいようがありませんからね、王」
「…おまえさんまで、王と呼ばないでくれ、…」
「嫌がらせとして成立しているのなら、乗らない手はありませんから」
冷徹な紅の視線が本気で厳しいな、…。
もうすこし、おれに優しくしてくれてもいいんじゃないか?…無理か?無理だな、…――うん。これはどう考えても自業自得だ、…。
少しばかり黄昏れながら、おれは目の前に座っている深狼をみて首をかしげた。
「どうした?具合が悪そうだが」
「…いえ、その、―――…」
「顔色が多少わるくみえるな。…どうした?本当に」
永華もそれまで認識していても視線をまったく向けていなかった深狼に姿勢をかえて視線を向ける。
それはやめてやったほうがいいんじゃないかな、…。
深狼も視線を向けられたのを知ってそれまでよりさらに固まっているようだ。すまんな、…却ってわるいことになったかもしれない。
「いえ、…その、光華様、王、…私はこの場から下がってはいけませんでしょうか?」
おお!がんばったな!深狼!
思わずくちにはしないが、そのがんばりにそう思ってしまう。だってな?こいつらを前に、まだ二千歳とかいう若いのがくちを開くだけだって大変だろうに。とかいってやりたいが、ここは口を開いてはまずい場面だ。
何故といって、――くちを開いたが最後、次に対応しなくてはいけなくなるのは自分だからな。…
すまん、深狼君。
とてもテンパりながら、それでも頑張って顔をあげて、光華に深狼君が訴えている。
「…その、自分は防備もしておりますし、こうした場に同時存在を続けるには経験が不足しておりまして、―――」
…気持ちはわかるぞ。おれだって、離席できるものならしたい。
だが、だ。
「えー?だめだよー、深狼!一緒にいてくれなきゃ!」
「…光華様」
困り果てた顔でみていう深狼君がとてもかわいそうではあるな、…。
だがしかし、だ。
とりあえず、一緒に巻き込まれていてくれないか?
光華に、永華に摂政までいるこの空間。
「一緒にがんばろう、深狼君」
「…――王?」
戸惑って見返す深狼君の肩に手をおいて。
「大丈夫、光華がきみを逃してくれないからな?」
「…―――王」
うったえる深狼君の視線に深くうなずいておく。
どう考えても、光華はきみの機能を鍛える方向性でこの場をセッティングしているからな、…。深狼君がどう思おうと、この場を退席する選択肢はなしだ。
「じゃあ、せめて席を移る?ぼくの家に招待するよ」
「…―――」
「――――…」
おもわず、そう笑顔でいった摂政の言葉に、げんなりした顔で見返してしまった。同時に、深狼君がとても同情を誘う顔で言葉を失っているのに、内心深くうなずく。
言葉に出すと、危険だけどな、…。
その点をいえば、深狼君も危機管理は少しばかり出来てきているとはいえるだろう。退席希望をくちに出してしまう辺りはまだまだだが。
大丈夫、光華にこれまでつきあってきた経験からすれば。
これは、―――序の口だ。
「そうだね!きみの家にいく?」
「ええ、その方がお話もしやすいでしょう」
「――――…わかりました」
光華が明るく笑顔で賛成し、摂政が麗しい笑顔でいう。しばし視線を伏せて何を計算したのか、最後に永華も同意して。
「じゃーいこ!王も、深狼も!」
「――――…はい、…光華様…」
元気に席を立つ光華に、深狼君が小さな声でいう。
気持ちはわかるぞ。
うん。
本当にそろそろ「王」とかいうイヤミな名称で呼ぶのはやめてくれないかな、…。
しかし、摂政の家か。…
それって、帝都本星の機密中枢とかいわないか?
つまりは、帝都の宮―――宮殿だろう?
…―――思えば遠くにきたものだが、…。
しみじみおもってカフェから摂政自宅、つまり帝都宮殿に移動したわけだが。だがしかし。
これは、ちょっとだな。
「―――…まずくないか?これは」
思わず真剣にいってしまった。
それから、思わずも光華達との出会いに遡る量子コンピュータと時間についての概念変化なんてしみじみ考えてしまっていたんだが。
時間が一定の方向へ流れていってくれているという幻想を抱けていた過去に戻りたい。いや、そこで過去というのは矛盾だが。
――何も知らなかった頃に、戻るのは、…。
無理、だな。―――
あきらめよう。
此処は能動的にあきらめて、事態に対処するしかないだろう。
おれの人生、ずっとこれできている気がするが。
そんなわけで、おれはあきらめて光華の企み――やはり、どう考えても企んでいたわけだ―――を聞くことにした。
まだ、参加するって決めたわけじゃないからな?
量子論的にいえば、既に参加にいま抵抗しても無意味であり、参加した宇宙もしない宇宙も同時存在するのだろうが。
ともあれ、主観的には一応「決定していない未来」を内心に。
それでも、理解してはいたのだ。
事態は、既にそんな段階にはないということに。
「不確定な未来」がそこに存在するからには、「選択を続ける」しかないことを。
そうして、光華のたくらみを疑って、しみじみとあきらめた王である。―――
王の人生。
数万年はそれできている王の人生。
あきらめが肝心というものであるといえたろう。
かくして、何があろうと光華のたくらみにのせらるしかないとあきらめの境地にいる王。
人はこれを、悟り、というのかもしれないな、と。
遠い目をして想う王がいるのだった。
はたして、光華が何をたくらむのか。
楽しんでいる光華を誰も止められないのか。
何れにしても、悟りの境地。
王と光華、かれらの関係はずっと、こんなである。
がんばれ、王。
きっと、どこかで誰かが無責任に応援していてくれるから。
そして、そんな誰かのことはともかく、能動的にあきらめて光華のたくらみに巻き込まれても生き延びられるよう、がんばろうとひっそりと考えている王。
光華が楽しそうになにをたくらんでいるのかは、本当は知りたくないと思う王。
本当に、がんばれ、王!
どっとはらい。




