魔女と王と妃
むかしむかし、あるところにおおきなお城がありました。
お城には王様とお妃様が住んでいました。
たくさんの召使いも、兵士たちもいました。
ある日、王様とお妃様の間に待望の赤ん坊が生まれました。たまのようなお姫様です。
王様もお妃様も大喜びです。
ふたりはお姫様の誕生会をひらくことにしました。
国民たちに招待状を送りました。
近くの国の王様たちにも、近くに住む賢者たちにも招待状を送りました。
ですが、国のはずれに住む黒の魔女だけには招待状を送りませんでした――
***
「姫様の誕生、おめでとうございます!」
「おめでとうございます、王様、お妃様!」
「ありがとう」
祝いに集まった人々集まる宴会場で、王と妃は賓客たちを歓待していました。
招かれていた賢者たちが王様たちの前に進み出し、恭しく頭を垂れました。
「姫様の御生誕を心よりお祝いいたします。
我々、賢者組合から日頃の感謝と祝福の印として、姫様に加護を贈らせていただきたいと思います」
「ああ、それはありがたい、是非贈ってやってくれ」
賢者たちはうなずきあい、姫の眠るゆりかごに歩み寄ります。賢者たちはそれぞれ姫に加護を贈ります。
「王様のような賢さで人を導くことができますように」
「姫様が王妃様に似て、やさしさに満ちた淑女になりますように」
「姫様が王妃様に似た思いやりを持つ素敵な淑女に育ちますように」
「姫様が王妃様のような気遣いのできる方になりますように」
「姫様がけして衣食住に困ることがありませんように」
「ではわたしは……」
最後の賢者が加護を贈ろうとしたその時でした。
今まで晴れていた空が急に曇りだし、雷鳴が響き渡ります。
宴会場にいた人々は驚き、声をあげ、身を寄せ合いました。
宴会場の扉が悲鳴のような音をあげてゆっくりと開きます。
はたして、暗闇の向こうから、姿を現したのは黒の魔女でした。
ただひとり、招待状を送られなかった魔女です。
「どうもこんにちは。みなさま、おそろいで楽しそうですね」
「こんにちは、黒の魔女殿」
「あら、国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
慇懃に礼をした黒の魔女は宴会場を見回しました。
会場にいた誰も彼もが顔を俯かせ、目をそらします。
魔女は舌打ちをして、眠る姫を指差しました。
「よくも私をのけ者にしてくれたね、私を呼ばなかった王に相応の罰を与えてやる!
おまえのかわいい娘は十五になったら死ぬんだよ、ザマアミロ!」
魔女は高笑いしました。
王は困った顔で言いました。
「うーん、呼ぼうと思ったんですけど……」
「呼ぼうと思ったんですけど?! なんでそこでやめるんだよ!」
魔女が地団太を踏みます。
王はますます困った顔で言いました。
「今までも招待状を送ってたのに一度も来てくれたことがないから、今回も来てくれないだろうし送らなくてもいいかなって」
「ぐぅ……! そ、それでも送れよ! 人の上に立つ者としてさあ!」
「でも来ないじゃないですか」
「そ、それはそうだけど! でも送れよ! 仲間外れはよくないだろ!」
「でも来ないんですよね?」
「ぐ、う、うぅ……」
「こっちにだって都合があるんですよ。どれくらい食事を用意するとか、贈り物を用意するとか、いろいろ。それなのにあなたは招待状を送っても不参加通知すら送ってこないじゃないですか。貴方のために用意した食事や贈り物を他の人にあげるわけにもいかないので、廃棄してたんですけど、もったいないじゃないですか」
「う、うぅ………………」
「せめて不参加通知だけでも送っていただけたら、今回も招待状をお送りしたんですけど。
招待状を送ったら来るか来ないか気を揉まないといけませんが、そもそも送らなければ参加する可能性もないですから。なので今回からは招待状を送るのは見送らせていただくことにしました」
「う、うぅ、うぅっ…………」
王の、正論に正論を重ねた言葉に魔女は何も言えませんでした。
魔女の眼に涙がたまっていきます。握った拳がわずかに震えています。小さく押し殺した嗚咽が聞こえてきます。
しんと静まり返り、氷点下まで冷え切った宴会場の空気の中、最後に姫に加護を贈ろうとしていた賢者の一人が進み出ました。
「あの、王様。それぐらいにしてあげてください。黒の魔女のライフはもうゼロです」
「よくわかりませんが、賢者様がそう言うなら。言いたいことは全部言い終えましたし。
で、娘が十五で死ぬ呪いでしたっけ? それってあなたを殺せば解呪できますか?」
「う、う、う〜、あぁ〜〜〜!」
王の冷たい、突き放した物言いに、ついに魔女は泣き出してしまいました。まるで幼子のように大声で、大粒の涙を流します。呼吸困難になってしまったのか、しゃくりあげ、顔も真っ赤になっています。その背中を賢者たちが代わる代わるさすりました。
いたたまれないのは宴会場にいる人々でした。みな気まずげに顔を見合わせています。
「あのう、王様。姫様の加護はあとで改めてお贈りしますので、彼女にちょっとした加護をお贈りしてもよろしいでしょうか……」
「ええ、どうぞ」
「それでは失礼して……。
黒の魔女殿が本音を少しでもいいから話せるようになりますように」
あたたかな光が魔女に降りかかりました。
魔女はしゃくりあげながら、賢者をねめつけます。
「っく、ひっく、……よけいなことしやがって……………………でも、ありがとう」
それから魔女はつっかえつっかえ今までのことを話し始めました。
幼いころから魔女になるための修練を積んでいた魔女には人間の友達がいなかったこと。
初めてできた友達が王だったこと。やさしく声をかけてもらって、とてもうれしかったこと。
時が経ってそれが恋心になったこと。
王が妃を迎えて失恋したこと。
招待状を贈られても人見知りと、気まずさを感じて行けなかったこと。
なんとか行こう、当日になったら行けるかもしれない、と期待して不参加通知を贈らなかったこと。
そしてやっぱり行けなかったこと。
とうとう招待状すら送られてこなくなってしまい、慌てて城へ来たこと。
そのすべてを聞いた王はわずかに首を傾げました。心の底から不思議そうな顔をします。
「あなたって私のことが好きだったんですか?
というか、私とあなたって友達だったんですか?」
「ハヒュッ」
王がそう言い放った瞬間、隣にいた妃から右ストレートが飛びました。腰の入った良い拳でした。
「デ・リ・カ・シ・ー!」
「とても痛いです。少し加減してくれませんか?」
「さっきから聞いてればこのノンデリ王が! ちょっと黙っててくださいます?!」
「産後なんだからあまり興奮しないほうがいいですよ」
「黙って!」
「なんでそんなに貴方が怒っているんです? 魔女殿からは何も言われてないですし。言われてもいないことを察しろとか、私には無理ですよ。だいたい、民草を蔑ろにせず、人として遇せよという教えを受けてきたので実践していたまでで――」
「本当に黙って!
黒の魔女様、そんなにお泣きにならないで! この唐変木のことはもうお忘れになったほうがよろしいかと! 私は残念ながら妃として死ぬまで付き合わなくてはなりませんが! 国民のために我慢しますが! 国民のためなら我慢できますが!」
「二回言った……」
「二回言ったね……」
妃が魔女を慰めながら言い切りました。
会場にいた人たちは立派なお妃様だなあ、と感心しました。
「う、うぅ、い、いいんだ、ちゃんと言わなかったわたしがわるいんだ。
こんな人見知りの極まった日陰者の魔女が、一回声をかえられただけで勘違いしたのがいけないんだ……」
「そんなこと……とは、軽々しく言えませんけれど……」
「認知の歪みの話は部下から時折相談されますよ。仕事の都合上愛想良くしていただけなのになぜか好意を持たれてしつこく誘われたとか、告白されたとか。イテッ」
妃にゲンコツをもらった王は不思議そうに眼を瞬かせました。
妃の鋭い視線に、まだ黙ってなきゃダメかあ、と首をすくめました。
「それでも初めてまともに接した人間が、究極鈍感合理主義クソたわけだったのは難易度が高すぎます。黒の魔女様だけが悪かったわけではないと思います」
「妃……」
魔女の両手を握り締めて力説する妃に魔女もようやく落ち着きを取り戻してきたようです。
「やはりお妃様は心のやさしいお方だ……」
「彼の方が嫁いできてくださって助かった……」
「王だけでは合理主義を突き詰めまくったディストピア待ったなし……」
「これで我が国はしばらく安泰だ。お妃様、ありがとう……」
心温まる妃と魔女の友情に会場にいる人たちはみな涙を流しました。
「わかりやすくていいとおもうんだけどな、合理主義」
「人間には感情があるので合理的なだけでは生きていけないんですよ、王よ」
「そっかー、むずかしーなー」
宰相と王がひそひそ話していますと、妃に励まされた魔女が立ち直ろうとしていました。
「い、いろいろごめんな、妃。迷惑かけちゃって……」
「いいえ、いいのです。終わり良ければ総て良し、と言うではありませんか。
さ、あのクソたわけが貴方に何かする前に、姫にかけた呪いを解いてしまいましょう」
「だ、大丈夫。まだかけてなかったから……。
本当は、社交的になれますようにって願うつもりだったんだ。わたしみたいな人見知りする根暗にならないように。
でも、王の顔を見たら、なんかいろいろ、ぐちゃぐちゃになって、溢れちゃって……」
「わかります、人間が道理だけで動くと思うなよこのクソボケがという怒りですね」
「い、いや、違うけど……。
呪いなんかかけちゃって、ごめんな……。君が、明るくて、社交的な淑女になれますように……」
魔女の杖の先からふわりと光があふれて、姫の頭上をくるりと回りました。
「では、わたしも改めて姫様に加護をお贈りいたしますね。
姫様が良縁に恵まれますように」
最後の賢者が振るう杖の先からふわりと光があふれて、姫の頭上をくるりと回りました。
その後、姫は賢く、やさしく、思いやりがあり、気遣いのできる、明るく社交的な姫へと成長し、衣食住に困ることもなく、良縁にも恵まれ幸せに暮らしたということです。
めでたしめでたし。
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