第13話 純粋
なんとぉぉぉ!
現在時刻 四時三十六分
「はぁはぁ…」
茂みの中を下に落ちてある木の枝を避けながらゆっくり慎重に進む。今できる手段として、それしか無いからではあるが正直言って悔しい。そう、悔しいのだ。俺の先頭を歩いている日見風先生もそうだろう。初めて名前を聞いた時、小説家であることに気がついてからは先生と呼ばせてもらっている。
戦いにおいて、逃げることはよく敗北として捉えられることが多いが俺はそうとは思わない。何故なら、逃げて得られる情報や生きているからこそ考えられる作戦を立てられるからだ。でも、それにしても何もできなかった自分を責める感情が湧き上がってくるのは何故だろう?そんなことをふと考えている途中、先生が立ち止まった。
あたりを見渡すが誰もいない。山を必死の思いで降りてきたから分からなかったのだろうがまだ十分も経っていない様子だった。
「どうしたんですか?」
「いるな…出てこい、お前は誰だ?」
何も無い茂みに語りかける姿には頭に?が浮かんだが先生の言うことだから正しいのだろう…
ガサッと音がした方向を見てみるとそこには人型の魔食の姿があった。軍事施設内部の奴とは違い、より人間に近いであろう個体はこちらを見つめるなり、何か話したげそうだった。
「…基地内部にいた奴とは若干、人間味があるが……二体目か…」
ため息を漏らしながらも、ライフルの引き金に指をかける先生を横目に先生にもらったサバイバルナイフを手に持って隠し、俺も戦闘体制に入った。だが…
「…っウ、ウマクシャベレ……ナインだがか、カモメだ、だだだ、だような、だよな?」
俺はほんの一瞬、思考を加速させた。ありとあらゆる可能性を考え、行き着いた答えは渉だ。
自分が逃げるために見捨て、死んだと思っていたはずの親友。変わり果てた姿がそこにあった。
「騙されるな!コイツら魔食は人の1番弱いところに漬け込むぞ?」
「ええ、分かってます。だから試して良いですか?」
少し冷静さを失っている日見風先生に対し、俺は宥めるようそういった。
「これ、分かるか?マルとバツや、あとそこを動くなよ。」
ナイフで地面に描いたそれを使い、俺は渉かどうか判別するための質問を問いかける。
「良いかよく聞けよ、線路の上に五人の作業員がいます。しかし、列車が迫ってきていることに誰一人気づいていません。あなたはレールの切り替え地点にいて、声を掛けるには間に合わないとします。さらに列車の運転手さえも線路上に人がいるとは気がついていません。また、あなたはレールを切り替えることができますがその切り替えた先にはもう一人別の作業員がいます。こちらも列車の存在には気がついておらず、声も届く距離にはいません。あなただけがレールを切り替えることができます。どちらを助けますか?五人の方の場合はマルを一人の方の場合はバツをどちらか一方を選択してください。」
「トロッコ問題か、そんな難しいことがコイツに分かるのか?」
「まぁ見ててください。」
(さぁ、どう出る?)
少し間を空け、そいつは動いた。木の枝を折ると、マルとバツの中間らへんに三角を書いた。
「ドッチも、タ…助ける!」
「そうか。」と俺は優しい目付きで言った。
「確定です。こいつは魔食じゃない。でも、奴らに体を乗っ取るような力があれば話は違ってきます。一旦、様子を見ながら連れて行って良いですか?」
「承認はできない。が、連れていく価値は十分にある。私としては奴らの体の構造を隅々まで調べたいしな。」
「恐ろしいこと言いますね。まあ、その方がいいのかもしれませんが。」
二人の会話を聞きながら、渉であるか分からないそれは身をすくめるのであった。
トロッコの件をもうちょっと短く出来たような……出来なかったような