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第一章 I was born to be desired

 注意 

 これは小説ど素人が作成しておりますダークファンタジー系作品です。


 ど素人故に誤字や言い間違いが多く読んでいただいている際に苛々させてしまったり不愉快にさせてしまう可能性があります。

 また表現に残忍かつ残酷なものを含んでいる事もありますのでご注意下さい。

 ―ヴォンラーレ大陸の東北『ダスダルフ帝国』―


 ヴォンラーレ大陸の東北に位置する帝国、そこは四季豊かで肥沃な陸地と深海魔生物に侵されていない海を国土にもち、その豊かな資源を元に国力を強く固めて来た国だった。


 帝国は珍しく首都となる都市が2つある、大陸の南西と東北に伸びた国土の統治を効率化する為に〜1都市目は帝国の中心にあると言われている位置で栄えた『旧帝城都市ダルフ』、2都市目はヴァンラーレ大陸そのものの中心部に近いとされる『新帝都ザンクト』。


 そして現在、新帝都のザンクトは顔を上げて威嚇している双頭竜の前に2本の剣がクロスした紋章を印字された国旗を風に揺らしながら、1週間も続いていた緊張から解放されて賑わっていた。


 何故なら、今日この日が待ちに待った『帝国皇帝アルザン•ルフ•ザルク•ダスダルフ』と『皇后ルティー•ルフ•ダスダルフ』の第一子誕生の日もなり、祝いの祭りが行われていたからだ。


 帝都内の空には花火が打ち上げられ、同時に魔法で舞い上げられた花びらが帝都の空を舞い踊り続けている。


 祝福の音楽が奏でられ、帝都にいる国民達が笑顔で明日への希望に満ち、幸せ一色に包まれていた。


 路上で奏でられている音楽に合わせ踊りを踊って、露店や酒場では酒一口づつに祝杯が上げられている。


 中には嬉しさのあまり笑顔で啜り泣く人もいれば、雄叫びをあげている鍛冶屋の大将もまでもいた。


 中には営業中に酒を飲んでる店主もいるが、この日は出産祝いで帝都にいる国民全員に酒や料理をタダで振舞われている。


 そしてたまたま帝都に居合わせた吟遊詩人達は新時代の門出を歌う。


「は〜楽しい、今日は本当に愉快だ」


 そして帝都内に数いる吟遊詩人の内の1人、光に輝き煌めくのミディアムな髪を生やした吟遊詩人が帝都の賑わいを感じて優しい笑顔を浮かべ、楽しそうにしていた。


 そして笑顔のままゆっくり帝城を見上げ小声で誰かに語りかける。


「…今日は君だけの為に歌うよ」


 すると手に持っているハープを奏で、その音色に合わせて歌い始める。


「♪♪刻まれた想いに共に誓う〜、契結び再びに〜♪♪」



 この日の帝都はまさに『夢楽園』だったのだろう。



 ―でもね、平和に謳っていようとも、過去に刻まれた戦争の歴史が、人に刻み込んだものは果てしなく残ってる、ましてや『戦争の国』と呼ばれた帝国、その民の中に刻まれた闘争本能など薄れるだけで消える事は無かったんだ―




 ―数時間前―帝城内―皇后用分娩室―


「ん゛ん゛ぉ゛ぉぉぉぉーー!」


「もっとお湯を持って来て! それと毛布もよ!」


「直ちに!」


「ダリル医療魔術師は医療魔法の準備よ!」


「は、はい!」


 緊張感に満ちた分娩室の中、帝城指定助産師長の『メリフ』は次に必要な事の指示を怒号の様に周りに出す。


 そして止血魔法の準備を支持された医療魔術師の『ダリル』は体を循環している魔力を右手に集中させ手の平から円状に止血魔法陣の生成を始めた。


 分娩室は慌しくなっているがメリフとダリルの2人の顔には極度の緊張があるのが見て分かる、誕生する子を受け止めるのに失敗は許されないからだ。


 そんなプレッシャーを背負っている2人が立ち会っている出産は、皇后ルティーの第一子出産、一つのミスでもあれば助産師達もメリフもダリルも死罪に問われる。


「ん゛あ゛ぁぁーーー!!ぅんんだぁーー!?」


「皇后様まだです!頭が見えて来てますので呼吸を今一度整えてしっかり息んでください!必ず受け止めますから!」


 出産は子供の命と母親の命が掛かった、まさに決死の覚悟で行われる。


 ルティーの出産は前駆陣痛から本陣痛、出産始まりから今に10時間以上掛かっている。


「う゛ぅぁ゛ぁぁーー!」


 天井から吊られたつり縄を力のままに握り引っ張るり、天井から軋む音がする。


「メリフ助産師長!負担がかかり過ぎてます!」


 そんな状態を見て医療魔法の準備をしているダリルが出産の時間がかかり過ぎてルティーへの負担が増している事を心配する。


 体力が尽きて意識を失えば母子共にとても危険な状態になってしまう。


「骨盤が思った以上に開いてくれないの!本当なら赤ちゃんが降りて来るのに合わせて少しずつでも開いていくのに!」


 予想もしていなかった事に動揺を隠し切れずに焦りが出る、だがまだ対処法はある事をメリフは理解していた。


「…これは医療魔術だけじゃ駄目、治療魔法も使って出産後の皇后様の体力も回復させないと命に関わるわ!治癒魔術師を呼んで直ぐに準備させて!」


「…治癒魔術師を呼んでる時間は流石にないでしょう…なので私が治癒魔法を合わせた二重詠唱をします!」


 ダリルは生まれつき魔法の才に恵まれていた、だがそれに自惚れず勉強をし医療の知識も身につけている。


 最初の医療魔法一つだけなら即座に魔法陣を作り上げる事が出来たのだが、二重詠唱の発動ともなると話は変わってくる。


 魔法の二重詠唱は魔術の高等技術、一つの魔法を作り上げた後に二つ目の魔法を構築するのも、二つの魔法を同時に構築するのも、やり方は違えど双方とも上手く行かなかければ片方の魔法は不発に終わらせ片方の魔法の効果を低下させると言う大きなデメリットがある。


 今この時に二重詠唱の不発が起こってしまったら、高確率でルティーと子供への影響が出るか、最悪どちらかが亡くなってしまう事になる。


「…ダリル、貴方は『医療』魔術師よ、…出来るのね?」


「…や、やります!」


「分かったわ。じゃあ準備して!赤ちゃんの頭はもお見えてるから急がないと!」


「はい!」


 方針は決まりメルフは持って来られたお湯をルティーとの間におかせ毛布を他の助産師達に広げさせメリフの左右に準備させる。


 ダリルはローブを腕枕をし、右手に発動準備をした止血魔法を持続させたまま左手で治癒魔法の二重詠唱を始めた。


「皇后様、次の呼吸で思いっきり息んで頂きます、そこを私目が補助をし赤ちゃんを取り上げさせて頂きますのでお願い申し上げます!」


「あ゛ぁぁぁー!…」


 返事をしようにも陣痛の痛みに答える事が出来ず、どうにか頷く事しかできなかった。


 メリフは次の息みで子供を取り上げきる事にした、そうしないとルティーの体力も持たないと判断したのだろう。


 実際にルティーは陣痛から出産始めと始まってから11時間が経過している。


 貴族の令嬢として大切に育てられ、皇后となってからは皇宮での暮らしで運動などをしていなかったルティーは基礎的な体力が平均より低い、

 そして基礎的な体力が低いと言う事は出産に時間が掛かれば子供が産まれても本人の体力が尽きてしまい命が持たない危険がある。


 確実に次で子供を取り上げるなければならない。


 周りが慌ただしく準備を終える頃にルティーは荒々しくだが呼吸を整え始めていた。


 その頃合いに合わせダリルの二重詠唱も準備を終えていた。


回復•復元強化型(レジリエンス) 下位•(レッサー•)回復の鐘(ヒーリングベル)


 唱え終えたダリルの左手の平に三重の魔法陣が浮かび上がる。


 全ての準備が終わったのを確認したメリフはルティーへと


「皇后様!これが最後です!赤ちゃんも頭が半分ほど出終わってますので肩部分を頑張れば産まれますよ!」


「あ゛ぁぁー!、はぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃーー!!」


「では行きますよ!……今です!息んで!!」


 メリフは数秒の沈黙の後、ルティーに全力で息むよう叫びかける。


「お゛ぉぉーー!、あ゛ぁぁぁぁ!」


 最後の力を全て振り絞り全力で息む。


「もう少し!もう少しです!!」


 メリフはもう少しと叫びに近い声を上げながら自身の緊張と焦りで爆発しそうな心臓の鼓動音をかき消す。


 焦りが、緊張が時間の体感を遅らせてくる。


 部屋にいる全員が張り詰める、冷や汗や脂汗が滲む


 …



 そして、11時間にも及ぶ出産が新生児の産声で終わりを告げた。


「おぎゃー、おぎゃー!」


 が、まだ緊張は解けなかった。


「受け止めた!ダリル!早く治癒と医療魔法を!」


「はい!」


 体力と気力を使い果たしたルティーに即座に準備されていた魔法が発動される。


回復•復元強化型(レジリエンス) 下位•(レッサー)癒しの鐘(ヒーリングベル)医療師の浄化の(メディピュリフィ)癒し(ヒール) 肌裂傷(スキンテア)復元(リカバー)!」


 ダリルの準備していた魔法が発動されていく。


 先に発動させたのは癒しの鐘(ヒーリングベル)の方だ。


 発動に応じ魔法陣が回転し始める、すると温かい太陽の様な光と共に優しい鐘の音が部屋中に響く。


 癒しの鐘(ヒーリングベル)の効果で出産に体力を使い果たしたルティーの精神を癒しながら体力を回復させて行く。


 そして次に肌裂傷復元(スキンテアリカバー)を発動させるとルティーの臍の下辺りに透き通った浅緑色の光の球体が現て傷ついた産道を治し痛みを和らげていった。


 するとルティーの顔色は直ぐに良くなり汗も引いて行き少しばかり元気が戻ったようだ。


 それを確認した助産師長は改めて出産祝いの言葉をルティーに贈る。


「ふぅ…皇后様、おめでとうございます!元気な男の子がお生まれになりましたよ!」


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」


「..おめでとうございます!」


 続けて部屋にいた数名の帝城指定助産師達が祝福の拍手と言葉を贈る。


「…?」


 ルティーは皇后としての1番の難行「後継の出産」を差し上げたのだ。


「はぁ…はぁ…はぁ…私の子供を…こちらへ、見せて下さい…」


 魔法で少しは体力を回復出来たとは言え、出産で体力をほとんど使い切り荒くなった呼吸を肩で呼吸する事で補っている。


 無理矢理に呼吸を整えたルティーは我が子を早く見たい、手に抱き抱えたいと1人の母としてその手を伸ばしていた。


 それを見て理解したメリフは赤ちゃんを毛布で包んだ助産師助手から優しく受け取りルティーへと、また優しく受け渡した。


「はい」


 メリフは受け渡すと同時に赤ちゃんとの抱き方をルティーに指導する。


「皇后様、赤ちゃんの首と頭を左手全体で支えてあげて、右手で背中を覆ってあげるように抱き抱えてあげて下さいね」


「分かったわ…」


 赤ちゃんの抱き方を教わり優しく我が子を抱き抱える。


 赤ちゃんは産声をあげて泣いているがルティーにはそれすら愛らしく微笑みながら赤ちゃんの顔を見て自分とアルザンに似ている所を探し出していた。


「あぁ凄く可愛いわ…顔全体の凛々しさはアル様に似ているわね、あぁ…もお目を少し開いたわ…目は私譲り…」


 出産の疲れでだろうか、ルティーはついアルザンと2人っきりの時の呼び方をしてしまうが助産師達は何も気にする事なくルティーの事を見守っていた。



 その頃、父アルザンは皇帝執務室で執事長『ザナック』と皇帝室付きメイド長『アリヴァ』に見守られながら首脳都市首長から上げられてくる書類に目をとうしているものの、出産の事で落ち着きなく、仕事も手に付かず部屋の中を歩き回り報告を今か今かと待ち歩いていた。


「アリヴァ!出産有無の報告はまだ来ないのか!」


 普段は怒鳴る様な人物ではないのだが、子供が産まれると聞かされてから11時間も立てばどんな人でも気が立ってしまうのも仕方がない事なのだろうか。


「申し訳ございません陛下、まだ報告は来ておられません」


 怒鳴られたアリヴァは長年仕えた経験から皇帝の怒鳴りでも物ともしない。


 だが執事長のザナックは見て余るものを感じたのだろう、一言申し立てる。


「陛下、落ち着きが無くなるのは分かります、ですがそうも怒鳴られる事も必要もないかと思います」


「…あっあぁ…すまなかったアリヴァ、少し気が立っていて…」


「御自身でも理解出来ているのであればお気をつけなさい、昔の悪い癖でございますぞ」


 若かりし頃のアルザンの教育係でもあったザナックが論すがアリヴァは2人の事を気にせず反論して茶化した。


「とんでもございません陛下、皇后様一筋でやっと舞い降りた恵みで御座いますから仕方がなき事もございます」


 室内の空気を少しでも軽くしようとアルザンの惚気具合を話題にふる。


「な!こんな時に私の惚気は関係ないだろう!そう恥ずかしめないでくれ…」


 そう言うもののアルザンが照れ隠しをしているのが2人は見て分かる。


 アリヴァとザナックの2人は皇子になったアルザンの教育係と世話役に抜擢されていた、その後も昇進を重ねていったが奇跡的に今の形でアルザンのそばに長く置かれている形となっている。


 その結果、2人はアルザンにとって第2の父•母に近い存在に感じられていた。


 2人への信頼があるからこそ立場があっても許せるものがある。


 そんな事をしていると部屋の扉がノックされる。


 扉の近くにいたアリヴァが対応に入っり、アルザンには緊張が走る。


「陛下、おめでとうございます。元気な男の子がお産まれになったとの吉報です!」


「陛下おめでとうございます」


 無事出産の報告を入れたアリヴァは嬉しさのあまりはしゃぎながら祝福を贈る、一方ザナックは冷静なままだった。


 まさに静と動の祝言だった。


 照れながらも祝福の言葉をしっかりと受け取るが、男の子が生まれた事に安堵と喜びが呟きとなって漏れ出てしまう。


「…そうか…」


 周りに呟きが聞こえた事は気にする事なく、アルザンは弾かれるように動き出した。


「『2人』に会いに行く。 それと『祝福の鐘』を鳴らせして帝国全土に後継ぎが産まれた事を早急に伝達するんだ!」


「承知致しました」


 帝国全土に後継ぎが産まれた事を知らせるにも東北の海岸都市に吉報が届くには馬を使っても半年は掛かるが、伝達魔法を使用すれば遅くとも明日にでも最東北の都市にも吉報を入れる事ができる。


 指示を出したアルザンは駆け足で部屋を出て産まれた子とルティーのいる部屋へと向かって行くのだった。



 ―出産から一刻―花火が打ち上げられ始めた帝都ザンクト帝城の皇室内―


 晴天の白昼に花火が打ち上げられ轟音と共に色鮮やかな火花が花を咲かせている。


 市街地ではそんな空を眺めながら祝杯を国民達が上げている中、そんな賑わいをよそに帝城の皇室は静穏にカルミアン産の捻れた角の(キンクホーン・)大山羊(マーコール)の毛を使った枕を腰元にひき、同じくマーコールの掛け布団に包まれて枕元の背もたれに体を預けているルティーが我が子を抱き抱えていた。


 部屋にはそんなルティーを見守るアルザン、ザナック、アリヴァ、そしてもしもの時の為のメリフの計6人がいる。

 

「…ご苦労だったな、こんな元気な男の子を産んでくれた事に私は感謝しかない…」


 出産を終えたルティーは目の下にはクマができ顔色は少し青ざめていた。


 だが国を後回しにしてまで会いに来てくれたアルザンの優しさに嬉し笑顔が出る。


「…アルザン様…とんでもございません。私は皇后として、何より貴方の妻としてこの子を産めた事は生涯の誇りですから…」


 第一子出産はルティーにとって人生2度目の幸せ絶頂期と同時に結婚し皇后となり日々皇后に相応しいのか見定められる視線とプレッシャーを跳ね除ける大きな誇りにもなっていた。


 この誇りは女のプライドではない、愛する人への、生まれて来てくれた命への感謝と愛情と言う優しい誇りだ。


 その強い意志の表れに、ルティーの瞳は淡く光っていた。


 これは感情の昂りで目に集まった魔力が発光して目や瞳そのものが光っている様に見えると言う現象が起きていた。


 これはごく稀にある産まれながらの体質で目に魔力線が集中すると言うもの、特に害がある訳でもなくそう言う稀な体質なだけだった。


 大陸的にも珍しいものだが知っていれば驚く様な事ではなかった。


 故に誰も驚きもしなかった、と言うよりそれだけ幸せを感じているのだと心温まるものに見えていた。


 するとアルザンは、片手でルティーの手を優しく握る、もう片方の手では息子の頭を優しく撫でまたゆっくりと口を開いた。


「ありがとう……この人生を帝国とルティーと我が子の為に捧げるともう一度君に誓うよ…」


 ルティーは潤んだ目をゆっくりと閉じて涙を堪えながら言う。


「…私も共に誓います、この子を守り立派に育て上げると」


 そして瞼を開くと瞳はより強く光り輝いていた。


 2人は親として強い思いを持って誓い合い、新しい一歩を歩み始めた。


 そんな中、ルティーは少し気まずそうに問いかけた。


「それでなのですがアルザン様…この子の名前はお決まりになられているのでしょうか?」


 子供の名前はまだ決まってない、と言うよりもアルザンが後世に望む願いが多すぎるがあまりそれを表す名前に辿り着けず悩み続けていたのだ。


 だが今そんな迷いがなくなった様な顔をしている。


 親が子供に願って着ける名前と威厳や重みのある名前の違いを理解して、心に浮かんだ名前を口にした。


「あぁこの子を見て決まったよ…この子の名前は『ヴァロン』だ」


「ヴァロンですか…勇ましい御名前ていいと思います」


 言葉では納得した様に言うルティーだか、顔は正直なもので少し納得のいかない顔をしていた。


『ヴァロン』とは帝国の国旗にも用いられている双頭竜と同じ種を使役したと言う伝説が残る英雄『ヴァロン』と同じ名前だったからだ。


 その伝説は今もまだ『竜童話物語』の第一章『竜騎士ヴァロン』として大陸に広く知られている物語なのだが、まさか悩んだ末に物語から名前を頂戴するとは思っても見なかのだろう。


 その事にも気づかずヴァロンの手を優しく握って徐に語り始めていた。


「帝国は紡いできた歴史によって双竜の如く勇ましいものだが今後は更に『謙虚』なものとなって行くだろう…私はこの子がそんな他国に信頼される様になった帝国を導ける人になってほしくてこの名前にした…」


 そんな思いを語るアルザンの背をザナック達は暖かく見守る。


 しかし彼らには背中しか見えていない一方ルティーには不安が隠し切れない表情が見えていた。


「大丈夫です、この子はきっとその願いに応えて平和な帝国を作り後世へとまた繋いでいってくれます」


 暖かく、そして優しく安心させる様にルティーが言う。


「…ありがとう…」


                   ……



 ―時を同じくして―帝都南大門近くの宿泊宿、その1室にて―


 南大門にある商人用の高級旅館、その1番奥の一室に身なりの整った商人風の中年男性が窓際に肘をつき外を眺めながら椅子に腰掛けている。


 商人にしてはガタイが勇ましく戦士の様にしっかりとしていて、懐にはわざとらしく護身用の短剣が見えていた。


 その彼が泊まっている部屋にノックもせずに、頭から足先まで隠せる程のフード付きコートを着ていて男か女かも分からない見るからに怪しく物騒な人物が入って来た。


 椅子に座っている中年男性はそんな事は気にもせずにただ外を眺め続けていた。


「…ヴァゴサ殿、潜らせている女から連絡があった」


 部屋に入るなり直ぐさま物々しい事を言う枯れたの太い声の男をヴァゴサと言われた男が顔を少しコートの男に向け聞く。


「なんと?」


「…聞くまでもないだろう」


「まぁ…外の騒ぎで察しはつきます」


 眺めていた旅館前の路地を横目で一度眺め直し呆れたようなため息をつく。


 外の状況は皇帝と皇后の第一子出産祝いで大いに賑わっていた、宿内の他の宿泊客も出払っていて店主以外は残っておらず、ヴァゴサ達以外の客は皆外で酒を飲み祝福〜


「女が次の指示を待っているがどうする?退避するルートを確保してやるのか?」


 ヴァゴサは相も変わらず外を眺めているが、何を想像したのか口角を上げて瞳の底から光を無くした笑みを浮かべていた。


 その顔は常人のものではなく異常者の顔となっていた。


「…」


 コートの男はその横顔を見ても何も言わないが、ヴァゴサに気づかれない様に半歩後ろに下がった。


「…こうなればバレるのも時間の問題です、彼女には魅了(チャーム)透視(クリアボヤンス)の対策、それにこちら側の情報捜索妨害や他諸々も対策はしっかりとしましたから…使い捨ての駒が拷問されようが死のうがどうでもよいです」


 忍ばせている女がどうなるのか想像して笑っていたらしいが、コートの男はその趣味の悪さに気味悪さを感じさらに半歩下がった。


 下がるのと一緒に批判も一つ言い捨てる。


「…私がどうこう言う事ではないとは分かってる…だがあまりにも良い趣味とは言い難いな」


 コートの男が半歩、半歩と下がっていた事にやっと気づいたヴァゴサが無表情に戻る、たが機嫌が悪くなったのが見て分かった。


「…人それぞれと言うものですよ、それよりも―」


 ヴァゴサが全てを言う前にコートの男が意味を理解して割って入る。


「言われずとも…。『教団長』に『駿馬』を使って伝達、[鈍い朝日登る、愚鈍に起きる前に迅速な風で目覚めたく]以上」


 話の最中に横入りされたヴァゴサは不服そうな顔をするが何も言わなかった。


「承知」


 独り言の様に呟いた伝言に窓側から返事が返って来た。


 勿論、答えたのは窓際に座っているヴァゴサではない。


 それに窓の外側にはベランダの様なものもないが、1羽の隼が南大門の方へと飛び立って行く影だけが見えた。


「一筋縄では行かないものですが…これからどうなることやら」




 ―出産から5日後―帝城内―帝歴儀式の場―


 都市内の賑わいはひと段落していた、にもかかわらず帝城内はいまもまだ慌ただしく『儀式』の最終準備で追われていた。


 この日の行われる儀式とは、歴代皇帝の名前が刻まれている『帝書』に皇帝の血縁の中から帝位に選ばれた者の名前を刻むと言う古くからの儀式をが行われる。


 つまりは、今日が次代皇帝が決められた日なのだ。


 だが出産を終えたルティーの体調も体力も万全でなく、まだ産まれて5日しか経っていないヴァロンを次代皇帝として選び正式に発表をし、儀式を行い帝位を付けると言う奇行をするのには心ならずも行う意味があった。


 それは長らく恵まれてこなかった後継者が産まれた事やその子の新生児時期をひた隠しにするのは『元戦争国家』と言われる帝国には危険が高いと考えられた。


 ヴァロンが産まれた事実をひた隠しにしたが為に、敵意を持つ国の情報機関に子供が産まれた事が知られ、尚且つ国内の帝位転覆を企む貴族や敵国などに殺害などをされてしまっても「後継が産まれていたことなど知らない」•「我が子が殺されたと嘘を理由に我が国に戦争を仕掛けている」などと言い逃れられて事実無言となって終わってしまう可能性がを恐れてだ。


 ならば敵意を持っている国にも態とらしく吉報を送り、更に隣国を招き帝位の儀式を行ってしう方がまだ対処はしやすいだろう。


 だが勿論この時期に儀式を行う危険性は十分承知の上で、警備に軍事の半分を動かした計画を立て、情報や計画が外に漏れる事さえも想定した上で打った手なのだろう。


 また、ヴァロンが生後5日と言う本来なら安静にしていなければならない、あり得ない時期にする事にも反論は大きかったが、それは親としては苦行の決断として飲み込み議員を静めた。


 それにまだアルザンには疑問視している事も儀式を早めた理由に繋がっている。


 そして正午を迎える半刻前に儀式の準備が整い、新しく新生児用に仕立てた儀式衣装に身を包んだヴァロンを抱いたアルザンと付き添うルティー達は泣き崩れ始めたヴァロンをあやしながら儀式会場へと進んで行く。


「よしよし大丈夫だぞ、儀式自体は10分程で終わるから泣き止んでくれ」


 泣き崩れたヴァロンをあやす為アルザンは右に左にと優しく揺れるが、そのテンポの悪さにルティーは呆れていた。


「アル様、赤子にそんな具体的な事を言っても理解できません。

 それよりもっと優しく体を揺らしになって、背中を心臓の鼓動に合わせてポンポンと優しく叩くのですよ」


「こ、こう言う感じか?」


「はい、お上手です」


 少し納得のいかない顔をしているが仕方なしと諦めるルティー。


 そんなヴァロン泣き声さえも微笑ましく感じる2人は笑顔でヴァロンをあやして泣き止むようにゆっくりと儀式場へと向かった。


 そして儀式場の前に着く頃にはヴァロンも泣き止んだ事に2人は少し安心して最後の身嗜みを整える。


 そして全て見計らったかの様なタイミングで儀式会場の扉がゆっくりと開かれていく、扉が開き始めた時にはアルザンは父の顔から皇帝の顔へと変わっていた。


 儀式会場は天井が高く屋根付近の壁はステンドグラスのガラス張りになっており、日の光だけでも明るいが壁も白くされている為に光の反射で会場内は神々しく光に満ちている。


 3人は静まり返った会場の左右に分かれる参列客用の席に座る招待した周辺国の客人や、帝国貴族、大臣、首脳都市長、枢機卿達の間を横切って帝書の置かれた台座の前まで歩いて行く。


 台座の前までたどり着いた3人は一度立ち止まり、アルザンだけが台座の前へと立った。


 そして先祖の名前が刻まれたページを開く帝書に深く一礼して、今度は振り返って参列側に浅く会釈をすると開式を宣言した。


「これより次世代皇帝の帝書への帝位後継者の名刻みの儀式を行う」


 宣言と共に会場内は物音さえもない、置物さえも沈黙したかの様に静まり返った。


 宣言を終えたアルザンはまた帝書の置かれた台座へと振り返る、帝書へと告げた。


「歴代の皇帝よ、時代皇帝アルザン•ルフ•ザルク•ダスダルフはその血と帝位を持って帝書に刻む」


 始まりを唱えたアルザンは帝書の置かれている台座の右手側にある台に置かれた小さな儀式用ナイフを右手に持ち自身の左手の手の平を切った。


 切った左手で握り拳を作り血を滴らしさらにこう告げる。


 「この者、『ヴァロン•ルフ•ザルク•ダスダルフ』が過去ここに血を持って帝位後継と民の繁栄を刻み誓う」


 アルザンの呼びかけに答えて、ヴァロンを抱きながらルティーが一歩前に出てアルザンの横に並ぶ。


 本来ならここでナイフを継承者へ受け渡し、時代皇帝とは逆の手の平を斬らせるのだが。


 ヴァロンにはそんな事出来るはずもないので代わりにルティーがヴァロンの右手を持ち上げアルザンがその手の平を小さく少しだけ切った。


 切った手の平からは少しだがしっかりと血が出る。


 だが手を切られたヴァロンは痛みで泣く事はなく、天井をただ見上げていた。


 一体何が見えていたのかは誰にも分からない。


 そして2人は切った方の手を帝書の上へと伸ばす、勿論ヴァロンの手はルティーが持ってあげながらだ。


 切った手から滴雫となって落ちて行く2人の血が帝書に落ち切る前に一度空中に浮かび止まってから、今度は帝書へと吸われる様に落ちて滲んで行った。


 すると固く閉じられていた帝書がゆっくりと開き次々とページが開かれて進んでいく、そして新しい真っ新なページが開かれた。


 新しいページが開かれて5秒ほど、アルザンは口を開く事なく帝書も沈黙していま。


 すると開かれた白紙のページに血文字が浮き上がり文字を形作った。


【古き良きは受け継がれ、古き悪きは生き絶える】


「『ヴァロン•ルフ•ザルク•ダスダルフ』は現在を歩み学び未来を育む」

 

 本来は継承者が唱える事をアルザンが代行となって言う。


 すると再び白紙に戻ったページにナイフで切った方の手をアルザンとヴァロンが左のページと右のページと別れて乗せた。


 当然だが赤子のヴァロンの手はルティーが持って乗せている。


 すると帝書の表紙部分から血が滲み出て空中へと浮き上がり始める、するとその血は段々と大きな木の形を成して登って行く。


 数ある枝には歴史を紡いで来た皇帝の名前が記されていて、伸びきった頂点の枝には今現在皇帝に座しているアルザンの名前が示されている。


 そしてアルザンの枝からはまた新しく一本の枝が生え始めてその先にヴァロンの名前が血文字で刻まれた。


(みかど)の血縁樹よ、帝書が刻みえた後継者に未来ある祝福を…」


 すると血縁樹と呼ばれたそれは帝書の中に戻っていき白紙のページにはヴァロンの名前が血によって刻まれた後、帝書は硬く閉じられた。


 無事に儀式は終わった、後ろからは祝福の拍手が鳴り始めたが、アルザン達は振り返り手を上げて一度拍手を止めた。


「皆に紹介する、『これ』が我が子にして帝位後継者のヴァロン•ルフ•ザルク•ダスダルフである!」


 アルザンがルティーに抱えられたヴァロンを紹介すると先に起こった拍手よりもより一層強い拍手と祝辞が飛び交っていったのであった。


 その大声援に驚いたのか、儀式中に手を切られても泣きぐずる事のなかったヴァロンは大泣きし会場内に泣き声を轟かせて儀式は終幕となったが。


 正午を迎えた太陽に照らされて、純白の光に染め上げられた会場内から湧き立った拍手と祝辞に、希望に満ちた明日への一歩がこの日から始まったのであった。




 ―真夜中の帝歴儀式の場―


 夜の儀式場は昼間の白い壁が輝く神々しさとは変わり、差し込む月の明かりがステンドグラスに反射して義式場内を幻想的に色鮮に染めていた。


 そんな美しく色を飾られた儀式場内の帝書用の台座の前に、月の明かりでミディアムな髪を輝かせたした中性的な顔立ちをした青年が柔らかく微笑みながら立っていた。


「…ここで君はその名前を刻んだんだよ」


 青年は右手で帝書用の台座をなぞりながら、月明かりの影になっている参列席に座っている1人の男に語りかけていた。


「…」


 だが男は何も答えはしなかった。


 表情で心内を読もうにも影で顔が隠れて読めもしない。


 だが話しかけている青年は何も気にする事なく続ける。


「僕はあの日、君の為だけに歌っていたのに随分と冷たいね」


「…」


 やはり男は何も答え用とはしなかった、と言うよりも聞いてすらいないのかもしれない。


 青年は今まで茶化す様に一方的に話していたが男の意を汲んだのか真剣に語り始めた。


「…見て見ぬ振りはもお出来ないし立ち止まる事も出来ないよ。 君の人生は果てしなく苦行でしかないけど進むしかないんだ、勿論否定は許されない」


 青年は茶化して話していた時の微笑みはなく、力の入った強い目で影にいる男へと言い放った。


 男は参列客席の影から出てステンドグラスの反射のない、ただ月明かりだけが差し込む最前列へと歩いて行き青年を睨みつけて自分の意思を言葉にしてぶつけた。


「…あの『変革』とやらが俺から全てを奪っていった事に変わりはない…必ず償わせる。 暴虐と言われようとも全てを滅ぼす、たとえ地獄に堕ちてもな」




                 …The end


 私のダークファンタジー小説のD F煉獄帝国編第一章を最後まで読んで頂いて誠に有難う御座います。


 プロローグから考えますととても長い期間が空いてしまう程のスローペースで書かせて頂いていますがもしお気に召していただけたら嬉しく思います。


 また次も間が空いてしまうかもしれませんが、大好きなダークファンタジーを今後も書き続けて行きますので宜しくお願い致します。

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