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カナリア物語 × 閑話と外伝   作者: 鹿邑鳩子
ウォルグランドの日常
7/14

晩秋の深夜徘徊事件3

 

 中庭ではネモとオリビアが静かに話していた。

 木の反対側にそれぞれもたれ掛かるふたりの様子は、なにやらいつもと様子が違う。


「会いたくてたまらない人がいるのに、それが誰なのかわからないんだ。ここ数日いつもそのひとの夢を見ている。追いかけて、手を伸ばすのに振り向いてくれない……あの方はわたくしを見てくださらない……どうして?」

「なるほど。それはお辛いことでしょう」

「わたくしはただ、愛されたかっただけなのに」


 声がゆらぎ、オリビアは膝に顔を埋める。

 しゃくり上げるように震える肩と背を目前に、イルダは凍りついていた。


(これは……この()は、まさか)


 オリビアに混ざっているその女を、イルダは知っている。

 いや、ウォルグランドの魔術師でこの女の名を知らない者は居ないだろう。


 魔女に落ち、魔物にまで身を落とし、焼け死んだその女の名はメロエ。

 けれどあの魔女が死んだのは、去年の冬の話だ。


 あれから約一年が経とうとしている今になって、亡霊が現れるなど有り得ない。

 亡霊は死後、直後こそ人格も保たれているが、時の経過と共に自我を失う儚い存在だ。


 目的や存在意義を失って自然消滅するか、または暴走して怪異となるかは霊によって異なるが、長くさ迷ったとしても数ヶ月が限度のはず。


 なぜ、今になって。答えはひとつしかない。


 呪いを受けた時期に始まったのだから、これは呪いの影響なのだ。

 オリビアに癒着している呪いは、魔女メロエによって吹き込まれたものなのだから。


(あの魔女は、死してなお……)


 死んでいるものを二度は殺せない。だが、あれをあれのまま放置しておかくことは出来ない。

 どんな状態でオリビアに取り憑いたのかは不明だが、一刻も早く引き剥がさなければ。


 ちらりと過ぎった殺気に、ネモとオリビアが同時に顔を上げる。

 オリビアは自分の頬が濡れていることに気づいて首をひねり、袖で涙を拭いながら木の根元でイルダを見上げた。


「なに、イルダ。さっきのことだったら、その、悪かったよ。最近どうも気分がおかしくて」

「私の方こそすまなかった。冬のお方も秋のお方も友人たちも去ったというのに、貴方を独りにしてしまった。寂しかったのだろう」

「……わたくしは……」


 イルダの問いかけに、再び涙がこぼれ落ちる。

 これは間違いない。

 イルダはネモを振り向き、話がしたい、と言った。




「あれはメロエだ。そうだろう」

 

 中庭から壁一枚隔てたところへネモを連れ出して問う。


「なぜだ。亡霊は一年ももたないはずだ。あれはいつからオリビアの中にいて、なぜ今頃になって表に出てきた? やはりメロエの死の時期と関わりがあるのか」


 ネモはやれやれと頭を振って眉間を抑える。

 そんなに一度に訊かれましても、と呟くと、疲れた様子で壁にもたれ掛かる。


「あの魔女が死んだのが、ちょうど去年の今頃でしたね。もうすこし先ですが」

「ああ」

「先程青年に話を聞いたのですが、あの時……魔女が化けたラミアが死んだ時、彼を守った猫妖精(ケットシー)をすり抜けた何かが、青年の胸に届いたのだそうです」

「何か……?」

「おそらく、魂の残滓のようなものが」

「それがオリビアの中に残っていたと言うのか?」

「というよりは、猫妖精を失って不安定になった青年の魂の隙間に入り込んで、その一部になってしまったのではないかと」


 メロエがオリビアの一部に。

 寝不足の頭をその一言が圧迫する。


「……原理は違えど、いまのオリビアはガヌロン帝のなかに炎帝が生じたような状態だと言うことか……?」

「症状だけ見ればそうですね。ですが」


 もつれた黒髪を弄りながら、ネモは唸る。


「守護者であった猫妖精を通り抜けたものなのですから、邪悪なものでは無い。おそらくアレは魔女に落ちる前にメロエが抱えていた未練の感情です。未練……そう、心残りがあるのだ。それを晴らしてやれば、或いは……」


 ブツブツと独り言を始めたネモを横目に、イルダは窓枠へ寄った。

 オリビアは木に凭れたままじっと俯いて身動きもしない。


 初めはただ夜中に歩くだけだった。

 今は昼間にも関わらず、メロエが表に出てくるようになった。


 このままメロエが死んだあの日を迎えてしまったら、オリビアはどうなるのだろう。


 暗澹たる思いでネモと話をしていると、回廊の向こう側からアロウがやってきて中庭に入った。


 少しはこちらの気配に気づいたって良さそうなものを、おそらくターミガンから側近の試用の件を聞いて浮かれているのだろう、イルダの視線に見向きもしない。


 呆れて従兄弟を眺めていると、オリビアはくすくすと、彼らしからぬ少女めいた仕草で笑った。


 事情を知らないアロウは困惑した様子ながら、それでもオリビアと話していたが、なにやら雲行きが怪しい。


 トンとアロウの肩を突き飛ばしたかと思いきや、オリビアがその上に跨る。

 ぽかんと見上げていたアロウの顔が、オリビアの言葉を聞くなりみるみるうちに赤く染った。


「何を話している……?」


 耳の石は双方から魔力を流さなければ会話は出来ない。

 イルダの声は聞こえているはずだが、オリビアの声は聞こえない。

 目を凝らして唇を読む。


 ──可愛い子。あの人ではないけれど、あなたでも構わない。お願い、子供がほしいの。


「あの馬鹿……!」

「いっ、いけませんオリビア様、王族の方がそう易々と身体を差し出しては! ……差し出すも何も、男性の体では孕めないでしょうに」

「ネモ殿、悠長に唇を棒読みしていないで止めに行きましょう。あの調子では誤解を招く」


 私室ならともかく──いや、私室でも野郎同士なので遠慮して頂きたいが、中庭は開放されているので誰がいつ通りかかるとも限らない。


「しかし、やはり未練はそれですか……困りましたねぇ。殿下が女性であれば、変貌の魔術で〝あのひと〟とやらに顔を変えた魔術師に一夜任せてしまえば未練も消えるでしょうが、青年は中性的な顔だちとはいえ男性ですし」

「な、なにを言って……!!」


「イルダ、あなたの忠誠心の固さならば或いは可能なのではないかと思うのですが、いかがです?」

「忠誠心の問題か!?」

「おっといけない。アロウが脱がされ始めてしまった。とりあえず部屋に連れて戻りましょう」


 流石に外聞が悪いと思ったのだろう、ネモはいつも通り平然と中庭へ足を向けてふたりの間に割って入った。


 あんな現場に居合わせて冷静を貫けるとは、百も歳を重ねているだけはある。


 魔術師の生活には様々な禁欲の縛りがあるため、男連中は揃って奥手だ。

 そちらの方面への免疫など無いに等しい。

 それは、宮廷魔術師であるイルダとて同じである。


 肉体の禁欲の縛りが解かれるのは、魔術回路が安定して一年後。

 人によってまちまちだが、子供時代から魔術師を志した者の場合、概ね生後三十五年から五十年と言われている。


 肉体の時間は止めているので、見目は若いままなのがせめてもの救いだ。

 イルダは今年で二十二歳、先はまだ長い。




 一方その頃国王の執務室では、中庭の破廉恥な事態に気づいてしまったレシャがターミガンや王が窓に近づかないように必死に攻防していた。

 レシャは従兄弟の首を守った。えらい。

 

 ちなみにターミガンは百七十歳くらいです。

 体の時間を止めていても、老化が始まったり機能が衰えたりするタイミングがいつかやってきます。

 その頃合いで魔術師たちは子供を作り、きっちり育て上げて色々な知識や経験や力を引き継がせるのでした。


 ブレス(オリビア)は例外で、カナリアの血の影響で何億年経っても十七歳の体のままです。

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