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カナリア物語 × 閑話と外伝   作者: 鹿邑鳩子
ウォルグランドの日常
2/14

ターミガンの息子 前編

アロウとオリビア

 

 夜も更けて眠るばかりとなった時刻。

 王城の一室では、宮廷魔術師の一族ウォルグリア家の代表者達による、定例会議が行われていた。


 当主であるターミガンと、前当主であったレイダの息子であるイルダとレシャ、そしてターミガンの息子であるアロウと娘であるキマイラ、以下実力者数名。


 アロウは複雑な心境でいた。

 当主の息子であり、跡取りになるべき魔術師は本来アロウであるはずなのだ。


 にも関わらず、なぜ双子の従兄弟は当然のように父ターミガンの左右に、席を置かれているのか。


(私がオリビア殿下を、そうとは知らずに殴ってしまったからか……?)


 帝国の将アスラシオンの一行に化けた彼らが国境門を訪ねてきたとき、変装していた王弟オリビアを殴って担いでさらって来たのがアロウである。


 あれは失態だった。

 フェインに弟がいたという情報を知らなかったとはいえ、仕えるべき王家の人間に暴力を振るうなど言語道断。


 しかしながら、その時は父ターミガンもフェインの変装を見破れずに地下牢に閉じ込めてしまったくらいだったので、許されて然るべきとも思う。


(やはり先代の息子だからと立てているのですか、父上)


 先代のウォルグリア家当主レイダはターミガンの兄で、おまけに精霊の祝福を授かりし者の証である赤毛だった。

 王家ならばともかく、ウォルグリア家に赤毛の者が産まれるのはとても珍しいことだ。


 兄弟仲はあまり良くなかったと噂で聞くが、レイダは優れた当主であったし、その身を犠牲にしてまで国を取り戻すために奔走した。


 その振る舞いを「当主らしからぬ」行いだと非難する者と「当主という地位に固執せず」王家に尽くしたと褒め称える者は、半々といったところだろうか。


 どちらにせよレイダの行動なくしてウォルグランドを取り戻すことは不可能だった。

 ターミガンはああ見えて一度認めた人物に対し、忠実で義理堅い。


 だから父は、レイダの忘れ形見である双子の従兄弟を立てているのだ。

 と、アロウは思っている。




 明くる朝、宮廷魔術師の装いで出勤したアロウは、なにやら城内が慌ただしいことに気がついた。

 疑念を顔に出さないまま様子を探ると、「見つかったか」「どこにもいない」というここ数日では珍しくもないやり取りが、壁伝いに聞こえてくる。


(ああ、これはまたあの人騒がせな王弟が脱走したのだ)


 きっとオリビアの従者をやっている物好きな従兄弟も、さぞかし慌てていることだろう。

 口元に浮かびそうになる笑みを取り繕い、アロウは何食わぬ顔で回廊を行く。


 すると従兄弟と鉢合わせた。

 王弟の従者をやっている方ではなく、父の補佐として王についているほうの従兄弟だ。


 腹立たしい。

 偉そうなイルダとはまた違った意味で腹立たしい。


 フェイン王を私室から執務室へ送っているらしいレシャを、廊下の端に避けつつ怨念を込めて見つめると、気の弱いレシャはたじろいで怪訝そうに振り向いた。


(ふふん、臆病者め)


 アロウは無表情の下でニヤニヤと笑みを浮かべる。

 姉のキマイラがこの場にいたら「根暗」だの「陰険」だの「へそ曲がり」だのと罵倒されたかもしれないが、居ないので問題はない。


 ちなみに姉のキマイラはエルシェマリア王女に仕えている。

 別に羨ましくなんかない。


 特定の主人の側近ではない宮廷魔術師は〈顔無し〉と呼ばれている。

 名目上は全て国王を主人としている事になっているが、側近と顔無しの権限は天と地ほど違う。


 アロウはウォルグリア家当主の息子にも関わらず、顔無しの宮廷魔術師だ。

 王国が立て直されて従兄弟や姉がすぐに王族の側近に着いたにも関わらず、アロウだけが出遅れている。


(何故だ。私と彼らの一体何が、それほど違う……)


 無表情の下で悶々としながら朝の巡回の任に着いていると、通りがかりの書庫の出入口へ長い赤毛が吸い込まれていく現場に居合わせた。

 赤毛の王族は三人いるが引きずるほど長い癖毛の持ち主はひとりだけ。


 脱走した王弟を発見してしまったようだ。

 これは手柄ではないだろうか。


 逃げられては困る。アロウは〈変貌〉の魔術で顔を変える。

 忌々しい従兄弟、王弟の従者をやっている、水鏡の魔術師イルダの顔へと。




「オリビア様、いらっしゃるのはわかっているのですよ」


 イルダの顔と声で、イルダらしく淡々と呼びかけながら、アロウは書庫を歩む。

 ドアは〈封〉で閉じて開かないようにし、〈封〉を解除された時は音が鳴るように仕掛けをした。

 王弟オリビアはウォルグランド随一の魔術の使い手だ。


 隠密行動や守り手、戦闘員など求められる能力によって魔術師の価値は変動するが、大地を伝って〈霧散〉を流し、魔術の発動を(ことごと)く阻止してしまう刻印の魔術師は、魔術師にとって天敵である。


 敵に回せば負けだ。絶対に勝てない。なにしろ魔術が使えないのだから。

 魔術師から魔術を奪ったら、ただの痩せ男だ。

 一通り剣術も仕込まれるが、筋力は騎士に遠く及ばない。

 女魔術師は気の強い連中ばかりなので、暗器の使用に長けた者も多いが……。


(……と、いけない)


 気が逸れてしまった。

 アロウは再びイルダの声でオリビアを呼ぶ。淡々と。

 いや、イルダは己の主には甘いのだったか。

 淡々とした声音を猫撫で声に変えて、アロウは呼び続ける。


「オリビア様、私です。隠れる必要はないでしょう」


 定期的に扉の〈封〉が解除されていないことを確認しつつ。

 ほんの一メートル先に、〈遮断の腕輪〉で完全に気配を絶った王弟オリビアが、困惑を浮かべてアロウを見つめていることにも気づかずに。



 ⌘



(ええ……これどうしよう……)


 オリビアことブレスは困惑を極めていた。

 日課の脱走を果たしたブレスは、探索がてらずっと気になっていた書庫へやって来た。


 体力が戻るまではどこにも出かけられないブレスは、読み物を求めていた。

 本は良い。取り分け魔道の成り立ちについて記された古い文献なんかは、とても面白い。


 うきうきしながら書庫へ入ったは良いが、後を追われていたことには気づかなかった。

 文献の宝庫を前に不覚をとった。

 すぐさま〈遮断の腕輪〉に魔力を流し、気配を断つ。


 同時に聞き慣れた従者の声が聞こえてきた。

 問題はその言葉遣いが、敬語だった事である。


(イルダに怒られるようなこと、なんかしたっけ?)


 イルダは怒ると敬語になる。正確には苛立ちつつも理性を残している状態、導火線に火はついているがまだ揉み消せる段階で敬語になる。


 ブレスはこれが非常に苦手であった。

 不安になるのだ。

 信頼している従者に突き放され、見放されたような気分だ。


 敬語で呼び続けるイルダの声を聞きながら、何をどう謝ったものかと必死に考えていると、不意にイルダの声色が変わった。

 彼らしくもない、優しげな猫撫で声に。


 ──これはひょっとして殺されるのではないだろうか。


 不気味すぎて足が竦んだ。嫌な汗が滲み始める。

 緊張に強張るブレスをよそに、イルダの猫撫で声は続く。鳥肌が立つ。


(どうしよう、なんで怒っているんだろう、イルダの殺意が再燃するほどの問題を起こしてしまったのか、知らずに地雷を踏んでしまったのか!? わからない、誰か教えてくれ! 今ここで殺されるわけには!)


 ぐるぐると巡る不安と緊張と思考、考えすぎてついでに目まで回ってきた。

 一瞬眩んだ視界に危機感を覚えて書棚に寄りかかると、「オリビア様ぁ?」というやけに甘ったるい声が真横で聞こえた。ホラーである。


 寒気が走ると同時に息が止まった。

 鼻先すれすれを見なれた金髪が通り過ぎてゆく。


(あれ?)


 不意に違和感が過ぎる。匂いが違う。

 毎朝毎夜ブレスの長い赤毛の手入れをしているイルダは、ブレスと同じ香油の匂いが染み込んでいる。


 その香油の匂いに、独特な薬品臭を足したものが、イルダの匂いだ。

 この男は薬品臭はするけれど香油の匂いがしない。おまけに少々煙くさい。


 ということは、イルダではない男がイルダになりすまして王弟オリビアを探し回っている?

 いったい何の為に。


(……やっぱり殺されるのでは?)


 結局結論は同じだった。

 甘ったるい声の主がイルダでなかったことに、安堵と焦燥がいっぺんにやってくる。


 どうしたものか。戦うべきか。


 しかしここは書庫だ。書庫を荒らすなど人間の行いではない。

 かと言って室外に逃げて、不審者を城内に出すわけにもいかない。


 兄や妹に何か悪いことが起きるかもしれないと考えるだけで心が乱れる。

 やはり、やられる前にやるべきか。

 書棚は風の盾で守れば良い。仕方がない、か?


 とはいえ勘違いだったらまずいことになる。

 手を出す前に対話を試みてみよう。念のため。一応は。


 覚悟を決めて男の前に立つ。

 正面からその目を覗き込んで確信した。

 やはりイルダではない。

 かと言って、敵意も殺意もない。決めたばかりの覚悟が揺らぐ。


(ええ……これどうしよう……)


 と、時は冒頭へ戻る。

 目の前に立ったは良いが、迷っているうちに機を逸してしまった。

 困惑を極めたブレスが、刻一刻と近づいて来る偽物に壁際へと追い詰められたその時、書庫の扉が叩かれた。


「オリビア? いるのか」


 本物が来た、とふたりが顔を上げたのは、奇しくも全く同時であった。


アロウ君は愉快な子。

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