カエルと過ごす思春期
僕は中学2年生の普通の少年……だと思う。学校はつまらないけど、友達と話すのは楽しいし、好きな子もいる。反抗期かなって思うけど、たまには親の手伝いもする。
そんな僕に異変が起きたのは1週間前。
どうにも胃がキリキリする。ムカムカもしてきた。寝る前に飲んだコーラのせいだろうか?
「い!痛っ!」
痛みがピークを迎え、そして
「ケロケロッ!」
という鳴き声と共に治まった。
「……ケロケロッ?」
確かにカエルの鳴き声がした。
「ケロケロッ!」
やっぱり鳴き声が。しかも胃の中からする!そっとパジャマをめくると、カルの形に胃が膨らんでいる。
「うわあああ!!」
思わず大声が出てしまった!
しーん。誰も起きてこない。家族の眠りを妨げなかったことに安堵しつつ、コレは、と、首を傾げる。
何故カエル?胃の中?溶けないの?そもそもカエル食ってないし!
「ケロケロッ!」
胃の中のカエルは遠慮せずに鳴き続ける。結構な音量である。しかもなんだかとてもお腹がすいてきた。
僕は体型は普通体型だと思うけど、成長期だからか、食欲は旺盛。だけどこんな時間……時計を見ると夜中の2時だった、に、空腹で目を覚ましたりはしない。しかし、我慢しがたい。
「何か食べるか」
キッチンへ向かう。
週末用に買いだめしてあった菓子パンが目に入った。1つ手に取り袋を開け、むしゃむしゃと食べ始める。
「ケロケロッ!」
「しー!静かにして!」
カエルに日本語が通じるのかは分からないが、胃に向けて注意する。食べ終わり……でもまだ足りない。……結局3個食べて、翌朝、母に驚かれるのだった。
なんだかんだで学校に着いた。カエルは今のところ大人しい。朝ごはん3杯も食べれば満足だろう。
……ところが。
4限も終わる頃、一瞬しんとなった教室に
「ケロケロッ!!」
響き渡る鳴き声。
「しー!」
……時すでに遅し。何人かが僕に注目している。怪訝そうな顔で。僕は絶望的な気持ちになって……しかし、何かが吹っ切れて言った。
「僕の胃の中にカエルがいるんです!」
……ザワザワ
立ち上がって、胃のあたりを見せる。今日はカッターの上からでもはっきり形がわかる。
「うわあー!」
「きゃー!!」
「静かに!」
先生が問う。
「それは、いつから、なんでなの?」
僕が答える。
「夜中からで、何故かは分かりません」
ザワザワ。
「大人しくさせることは出来るの?」
「ご飯を沢山食べれば大丈夫みたいです」
「そう……なのね……」
……今までの教員生活の中でこんな生徒は初めてだろう。ある意味、手に負えない。
「病院に行きましょう」
昼休み、念の為、お昼を抜いて病院に向かう。
ところが。
レントゲンにも、CTにも何も写らない。
病院の先生方も鳴き声は聞いていて、前代未聞って顔してる。胃のあたりにでっぱりはあるのに。
僕はひとつの仮説を立てた。
カエルは「異世界からの使者」であると。
……僕には好きな子がいる。
「伊藤舞子」
ショートカットが良く似合う、ハキハキ物言う女の子。お母さんが亡くなってて、お父さんと二人暮らし。買い物帰りの彼女を何度も見かけたことがある。
そんな彼女が、最近、意地悪な子に
「いと、美味い子~!」
なんて、言われてる。何故か彼女は言い返さない。悔しそうに下を向くだけだ。
今日も言われていた。僕は腹が立って
「やめろよ!……ケロケロッ!」
なんで今鳴く!
「お、俺なんて胃の中の蛙なんだぜ?」
苦し紛れのフォロー。
……どっと、教室が湧く。
「そうだよなー!細かいこと言うなよ」
「だよねー。」
いじめっ子がすごすごと席に帰っていく。舞子が驚いたような瞳でこっちを見る。
ニコッ
「ケロケロッ!」
また……
ふふっと彼女が笑った。めちゃくちゃ可愛いと思った。
それが1週間前の出来事。
今や家族にもカミングアウト。朝食はいつもてんこ盛り。
「エンゲル係数高くてすみません」
いつまで続くか分からない食欲に、申し訳ないと思いながら言うと
「沢山食べて大きくなりなさい」
と微笑む両親。
ありがたいな、と思う。
「ボクも兄ちゃんみたいに食べる!」
4つ下の弟が、裕太が、言い出した。
「ヨシヨシ。まずは目の前の分食ってからな?」
大抵、そこでギブアップするのだ。
にこにこ見ながら今日も3杯完食したのだった。