後ほど 2
.
貴族としての挨拶や形式的な会話をする気はサラサラないらしい。
あくまでも笑みを貼り付けたまま、ソファに座り直す。それから、ローテーブルに置かれているカップを手に取った。使用人が淹れたお茶はまだ熱い。招待した側が先に口をつける。それがマナーだ。
音を立てないよう、そっとカップに口をつける。こくりとお茶を一口飲んだ。
公爵様も姉もそんな私を黙って眺めていた。一挙一動に注視されるということにも、ようやく最近慣れてきたものの、こうも無遠慮に眺められるのはいささか不愉快でもある。
公爵様の言葉に私がどんな反応を示すことを期待しているのか。なかなか反応を見せない私を警戒しているのがよくわかる。
『左様でございますか』
少しの間を置いて、短くそう答えた。お茶のカップを受け皿へと戻す。姿勢を正して公爵様、それから姉へと視線を向ける。
『お姉さまがどのような待遇を受けていたと申し上げたのかはわかりませんが、』
姉の身体に力が入るのが見てとれた。そんな様子は無視して、公爵様に視線を戻す。
『バークレイは、道理の通らぬことは致しません』
わかりやすく公爵様の眉間がピクリと動いた。
空気の流れが変わったことに姉も気付いているようで、その顔に緊張の色が見える。
『ご存知のとおり、バークレイは父のキットレーが伯爵を賜った家紋でございます。新興貴族となった今、陛下のご尊顔に泥を塗るようなことは決して致しません。それは、家の内外問わず、いずれも例外はございません』
「其方はルチアナが嘘をついていると言いたいのか?」
「私は、嘘なんてついてないわ…!」
『いえいえ、そんな』
泣きそうなお姉さまの肩に公爵様が手を回す。その姿はまるで、ヒーローとヒロインそのものだ。そうなれば、私はさしずめ悪役と言ったところか。
漏れそうなため息を呑み込むのにも気力がいる。
『私はお姉さまが嘘をついているとは思っておりません。ただ、バークレイで行われていることは道理を通したものだと申し上げたいのです』
「つまり、ルチアナが受けている待遇は、それだけの理由があると?」
『左様でございます』
「ふざけるな!」
さすがは公爵。話が早いなんて呑気に考えていれば、パリンと、陶器のカップが割れる音がした。ガクンと下がる部屋の温度。つーっと手の甲に入る赤い線。ぬるいお茶がドレスを濡らす。
「伯爵家の娘が、満足に食事もできず、ろくに睡眠も取れず、使用人同等の仕事を押し付けられる理由とはなんだ!?」
勢いよく公爵様は立ち上がり、私に向かって怒声を浴びせた。
しん、と静まり返る室内。部屋にいる使用人たちも固まって動けない。
『公爵様』
明らかに不快そうな公爵様に視線を合わせた。手を挙げられてもおかしくないほどに興奮されている。そんな公爵様を見るのは初めてなのか、お姉さまは側でおろおろしているだけ。
氷の公爵なんて、噂もあてにはならないな。
『公爵様。私は、ただの伯爵令嬢でございます』
.