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後ほど

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「リディアナ、私はもう貴方に遠慮しないわ」



久しぶりに見る、私のたった一人の姉は、噂の公爵様のそばで決意に満ちた、そんな顔でそう言った。



化粧っけのなかった顔には丁寧な化粧が施され、長年ボサボサだった亜麻色の髪には艶が戻っていた。豪華なドレスに、ライトの光を受け、胸元で光る大きな宝石。



飛び出した先の公爵家で、あのみすぼらしかった姉がどんな風に過ごしていたかなんて、火を見るよりも明らかだ。そんな姉のそばで大きな影が動く。今回の夜会で初めて目にした、あの、噂の公爵様。



誰もが一度は見惚れたであろうその綺麗な顔をこちらに向けながら、これ見よがしに姉の腰に手を回す。



噂とは大きく違うその行動に、会場の空気がざわりと動く。誰もがこちらに興味のないふりをしつつ、その実、ここで交わされる言葉の一言一句を逃すまいと神経を尖らせているのだろう。



公爵様の手に勇気付けられたのか、姉はより一層表情を引き締め、キッと私に視線を向けた。我が姉ながら独特な感性の持ち主だと思う。




「黙ってないで、何か言ったらどうなの」



何も言葉を返さない私に痺れを切らしたのか、姉は苛立ちを隠そうともせず感情を露わにする。それが、そんな些細な行動が、この社交界でどんなことに繋がるのかも知らずに。



そんな変わらない姉に、なんだか勿体無い気もするけど、うっすらと微笑みを向けた。




『…ごきげんよう、お姉さま』



スカートを摘み、右足を後ろにひいて、軽く目線を下にやる。視界の端でサラリと、姉と同じ亜麻色の髪が揺れるのを捉えて、それから、ゆっくりと顔を上げる。オーソドックスな挨拶。



たとえ身内であったとしても、住まいの異なる者に対して挨拶を行うことはこの国の社交界でのマナーだ。



それを姉はまた、無視しているのだけれど、本人も公爵様もそんなことは全く気にしていないらしい。それどころか、私の挨拶に対して、同じように返すそぶりもない。



吐き出しそうになるため息をグッと堪えて、貼り付けた笑みを崩さぬよう、口角をあげる。




『お姉さま、奥でお茶でもいかがでしょう?お話したいこともたくさんあるでしょうし、このままというのも…、少し参加者が多すぎますわ』



チラリと周囲に視線をやると、あからさまにみんなの視線がそらされる。これ以上、姉の醜態を晒すわけにはいかないし、なんだか面倒な話も始まりそう。



姉は少し考える素振りを見せてから、隣に立つ公爵様に視線をやった。公爵様は姉に視線を合わせながら、ゆっくりと頷く。いちいち恋人ムーブが鬱陶しいことこの上ないが、私たちの邪魔をする気はないようだ。



「…いいわ、行きましょう」


『ふふ、よかったですわ』


「長居は…、しないから」


『まあまあ、そうおっしゃらず、お姉さまの好きなお菓子も用意しておりますのよ』





.







.






.








『…して、遠慮とはなんの事です?』





対面のソファに座る姉に向かって、こてんと首を傾げた。シャラリとイヤリングが耳元で揺れる音がする。個室に到着して、それぞれがソファに座った後、姉は一向に話を切り出そうとしなかった。



暇じゃないんだぞと言いたい気持ちを堪え、そう尋ねた。




「っ、」




私の顔を見て、姉は息を飲んだ。ほんのり失礼の香りがするけど、そのまま姉の返事を待つ。



漏れそうなため息をそっと呑み込む。多少苛立ちはしたけれど、姉のように感情を剥き出しにするなんてことはしない。姉が何を言いたいのか、正直よくわからない以上、向こうの出方を待つしかなかった。



「……、」


『……、』


「……、」


『お姉さま?』


「バークレイ嬢」



私の呼びかけに答えたのは、意外にも公爵様だった。姉の隣にピッタリと身を寄せて座っている。そのサファイアのような輝く青い瞳が私をしっかりと捉えた。姉が纏っているドレスと同じ色だった。



そしてまた、公爵様がまとうジャケットも、姉の瞳の色である薄紫が使われている。



『ご機嫌麗しゅうございます、公爵様』



面倒ではあるけれど、立ち上がって公爵様に向かって礼をする。またも公爵様は挨拶をしない。目上だからといって、挨拶を交わさないでいいと言うわけではないにも関わらず、だ。




「これまでバークレイ家では、其方が優先されてきたようだが、今後はそうもいかないと言う話だ」



感情の籠らない冷たい声だった。



「ルチアナには、フェリクス公爵家が着いている。これから、一度伯爵家にルチアナは帰るが、今までのような待遇を改めぬのなら容赦しない」



立ったままの私に、無表情で公爵様は言葉を続ける。











「たとえ其方が、王太子妃候補だとしても、だ」



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