第五幕 誘いに乗る
二人の会話は、徐々に慣れたものへと変わっていってます。
そして新展開を匂わせるものにも……?
「魅是琉くんを伽羅人にしたのは何ていう神様?」
コップの水を口にする魅是琉に、ネイラッハはそう質問した。
「斉霊榴佳。ある日突然出て来て俺に力を与えて、そんでサッとどっかに消えたヘンテコな神様だ」
「通過儀礼も受けずに?」
彼女が怪訝な顔をする。魅是琉はそれを、もっともな事だという風に思った。
「子供の頃、外を歩いてた俺の足元が光ってさ、それで奴の意思ってのが頭に流れ込んだんだよな。『汝に魂に光あれ』、たったそれだけしか言ってこないで。……でも光が消えた後には、俺はもう霊力に目覚めてたよ」
ネイラッハは「まさか」と目を見開く。
「たったのそれだけって、じゃあ珠那ヶ原魅是琉って名前は、貴方の本名なの?」
魅是琉は、静かに頷いた。
「変わった名前だけどそうなんだよなー。正直俺自身、十六の頃までは、こんな名前に生まれた事に困惑してた」
あっけらかんとした感じで答える彼。ネイラッハは、最早唖然とした表情だった。
「ホントにどうして貴方みたいな人が、これまでAA内で話題にもならず埋もれてたのかしら……」
通過儀礼とは、人が伽羅人としての名と、その人生の生い立ちを新たに獲得する為の、試練のようなものである。
人は元よりその身に霊力を宿せる器だが、しかし霊力の出入り口となるチャクラを自在には操る事が出来ない為に、体の奥底に素質が眠っている状態。
その眠った素質の開花、即ち霊力の奔流に耐え得る己となる為に、大地の霊脈と通じて自身の生命に、新たな名と生い立ちを授かる。これが通過儀礼を受けるという事なのだった。
通過儀礼は霊脈の中でも、地上とより濃く繋がった場所に設けられた修験場で行うものだが……。
「大地を流浪する神とたまたま出逢って、紛う事なき貴方自身としての素質を見出されて伽羅人になったなんて……尋常じゃないわよ」
……ネイラッハは魅是琉に対して、その興味を更に強めていた。
「そんな怖い顔で言わないでくれよ。俺としては、ただ普通にしてただけなんだから」
「そういう、狙ってやってない態度が本当に凄いんだって、今の貴方にはまだ、言っても分からないのかもしれないわね」
彼女のその言葉通り、魅是琉は『この手の話はうんざりだ』とでも言わんばかりの顔をするのだった。
「ねえ、雷冥衆に入らない?」
「またいきなりとんでもない話題に切り替えたな」
「神様が違う事については心配要らないわよって、その辺はもう知ってるかしら」
滑らかな口調で話を切り出していくネイラッハだったが、魅是琉は寧ろその思考のスピード感には、心地良さを覚え始めていた。
「ああ。雷冥衆って雷冥瑚渧を主神にしてるけど、別の神様の伽羅人も受け入れてるんだろ? 要するに、本人の伽羅人としての素質重視なんだ」
ネイラッハは微笑み、頷く。
「そう。先ず伽羅人がありきで、雷冥瑚渧と他の神様との関係性は、神官達の方で構築をするのよ。縁やゆかりというものは、そもそも後の歴史が語っているものだからね」
そう語る彼女自身は、他ならぬ雷冥瑚渧によって伽羅人となっている。だからこそ、かの神自身がそれを許している事を魂の領分で理解していた。
「体系化ってのは、物事の歩みの後でなきゃ出来ないもんな。人の営みが続く限りは、歴史の体系なんて千変万化して当たり前、か」
魅是琉もまた、自然な事としてそう語った。
これは実に伽羅人らしい考え方と言える。彼らは自身の歴史さえ、変化させる事を恐れないのだから。
肝心なのは、己の生命が前へと時を進める事なのだ。
「通過儀礼を経て自分がどの神様と繋がるかは、魂の巡り合わせ。伽羅人が好きに選べるものじゃない。――だから、魅是琉くんは魅是琉くんのまま雷冥衆に入ったっていい」
ネイラッハの眼は、親愛の情を宿している。
魅是琉は――
「伽羅人の、俺と同じく埋もれてる個人勢にも、面白いって思う奴は居ててさ。そいつが何か仕出かすのを、同じ立場から見届けたいって気持ちが有るんだよな」
――そう言って、優しい笑みで彼女を見返した。
「そんなの伽羅人派閥に入ってたって、そう変わらない心境で見る事が出来るわよ」
「ええ……。もしかして、引き下がってくれない感じ?」
意図していない会話の流れに、魅是琉は困った風にした。それに対しネイラッハは、極々素の顔で頬杖を突き始めるのだった。
「だって、理由になってないもの」
「いや俺にとっては大した理由なんだよ。伽羅人派閥になんか入ったら、なんかこう、それまでの立ち位置から色々と変わっちゃうだろう? 多分だけどさ」
「それについては完全否定する気は無いけど、なんていうか、魅是琉くん自身の切実さが伝わってこないのよね。……まるで、貴方自身がこじんまりする事に慣れちゃってるだけみたい」
不意を突くその言葉に、魅是琉は何も言い返せなくなってしまう。
「私ね、こじんまりとした空気は見分けが付くのよ。その個人勢とやらの話さ、私の誘いを断る為の建前にしちゃってるとかじゃないよね?」
ネイラッハの瞳が、今は圧力を放っていた。
『私の前で面白くない立ち回りをするのは、決して許さないわよ』
……そんな意思を向けられている気がして、魅是琉は思わず息を飲む。
(これは……雷冥衆には既に俺の知り合いが居てる、って話はし難くなったな……)
それはその者への、要らぬ苦労を掛けさせたくはない、という思いであったが。
「そんな事は、無いさ」
ただ、彼女が自分にどうしてここまで固執してくるのかは、図りかねてしまっていた。
「名前、教えて貰える?」
「え?」
「その個人勢よ。口から出まかせ言ってるなら、噛みつくからね」
(それ、もしかして手から出る牙でって事か?)
ネイラッハは頬杖を突いたまま、特に、怒っているようなニュアンスは少しも見せていない。
極々、素の感じなのである。
だからこそ彼女のこの強引な一面を、魅是琉は確かな彼女の個性として認識するのだった。
「……アザガミ博士って名前だよ」
「アザガミ、博士? 博士って、どっちの?」
ネイラッハが、速攻で食いついていた。思わず頬杖を解いてしまう程に、だ。
口に出したなら、話し切る。魅是琉はアザガミ博士について、まず最低限語るべきと思ったことを伝えていった。
「研究者とか、そっちの方のだよ。この時点でさ、奴の伽羅人としての覚悟が伝わってくる気がしないか? だって下の名前を犠牲にしてでも『ワシは絶対、皆から博士と呼ばれるんじゃ!』って思って、そういう名前にしたんだからさ。で、あの爺さん何を研究してるかって、体張ってイミュイグの事を調べてるんだぞ」
「お爺さんで、体張ってイミュイグ調べてるの!? そんなの命が幾つ有っても足りないじゃない! え、もしかしてもう何回も死に掛けてたりする?」
「ああ。その度にズタボロになりながら立ち上がってきてる」
「サイッコーに面白いお爺さんじゃないっ! やる気に溢れてて、凄くイイわ!」
ネイラッハは、本気で興奮で眼をキラキラ輝かせていた。生命の燃やし方は当人が決める事だと、伽羅人ならば尚更そうだと、彼女はよく理解している。
そんな彼女の表情に……。
魅是琉は緊張混じりの思考の中で――ネイラッハさん、よく見ると美人だよな――そんな思いも抱いていた。
彼女の優れた伽羅人としての感性を知り、そして其処に彼女への信頼感が通じた事が起因となったのだ。
「アザガミ博士、実はさっき最新のAAを公開したらしいんだ。俺は奴のチャンネルを登録してるから、通知で分かる。……良かったら一緒に見てみるか?」
「見ましょう! 今すぐにっ!」
魅是琉の誘いに、ネイラッハは素直な気持ちで乗るのだった。
――第五幕 完――
伽羅人のなり方について、少し描かれました。
なれるかどうかは魂の素質なので、年齢は意味を成しませんし、なるだけならそう難しくもないです。肝心なのはやり続けられるかどうかでね。
さて、話に出てきたアザガミ博士は既に一癖ありそうですが、一体どんな奴なのか!?
……後半、会話の中で明らかに狂った箇所が出てるんですが、神代的にはこの狂った感じこそがこの作品で表現したいものなんです。
物語の全体的な流れについては、意味を通じさせる事を目指しますが、しかし実際の登場人物達には整わせるよりも、各自が全力全開で走れるようにしてやりたい。
そして神代自身に、そうさせてやれるだけの作家パワーがあるのかどうか……この作品はその挑戦でもあります。
余談。
創作に於いて物語世界の設定を『体系化』する事には、神代は元々優先度をかなり下にしています。これは過去作ほぼ全てそうです。
『広大な世界の中での物事の起こりは、千変万化して当たり前。体系化なんてやり切れる程、世界はイージーモードでは無いんですよー』
神代作品群の神キャラ代表である女神ファリーリー(※【ギャルJK、異世界でイケてる聖女になる!!】に登場)ならば、それ位のことは言ってのけます。
神様って基本そういう感じなんじゃないかって、神代はイメージしてるんですよね。
(各作家様それぞれが描かれている『これが神様やで』イメージってのがありますよね。神代のはその一つ、という事ですん)
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……あと良かったら、ギャル聖女(略称)の方も読んでくださいね。笑