第四幕 雑多が楽しいご飯タイム
今回の話で伽羅人以外の、この時代の街や民衆の事に少し触れますよ。
ブレイマーの亡骸が横たわっている。その傍に降り立った魅是琉は、――動かず、人に危害を加えないのなら、この外観は壮観だよなぁ――と、その威風に感じ入っていた。
ネイラッハも降り、そして彼の元に駆け寄る。
「やったわね。とっても凄い力だったわ」
口調こそ落ち着いていたが、表情は明らかに、勝利の高揚感に溢れている。
だが魅是琉の表情は浮かない。
「……まあ、ね」
「喜んだ顔しても良いのよ? こういう時には英雄らしく振る舞うのが一番よ」
ネイラッハは何は無くても、魅是琉を自分の調子に合わせたがった。根っこの部分で彼女は大物気質であり、魅是琉の感情の機微に気付きつつも、それに流されたりはしなかった。
「英雄らしく、か。悪いけど、少なくとも今の俺にはちょっと無理かな」
「どうしてよ」
彼女が言い終わる前に、
ぐぅきゅるるるるるー……
全ての余韻を木っ端微塵にする、魅是琉の腹の音が鳴り響いたのだ。
「ちょっ、何よいきなり!?」
素っ頓狂な声を上げてしまうネイラッハに対し、
「あれだけの大技を撃って、反動が来ない訳無いさ……」
魅是琉はそう言って、いきなりへたりこんでしまうのだった。
「ええっ!? は、反動って……それは分かるけど、でも――」
ぎゅるぎゅるぎゅー……
「――んっふふ!」
最早問答無用の腹の音に、ネイラッハはつい笑いが込み上げるのを必死で我慢しながら、緩む口元を腕で隠す。
「ちょ、ちょっとマジで勘弁してよ〜っ!」
「無理、もう身体に力が入ら――」
ぎゅるぐるる、ごふぅるるー……
「あっはははっ! 口とお腹で同時に喋るの、やめて〜!」
想像を絶する魅是琉の変貌ぶりを目の当たりにし、ネイラッハは、『ひぃひぃ』言いながら自分は笑い過ぎでお腹、具体的には脇腹の辺りを痙攣でヒリヒリさせていた。
※
飾り気の無い、だぼっとした作りの衣服の人々。乱立する、扱う品も様々な小雑貨の露天商。
枯れたという言葉がしっくり来る、そんな雰囲気が蔓延する街で、人々はその心を荒ませながらも、日々を懸命に生きていた。
日本という国が文明的な意味で一度滅びてから数十年。大半の民はこの国を、自分達が暮らす土地の総称だ、という程度の認識でしか見ていない。
国単位としての政治は全土に行き渡らなくなり、中央都市という呼び名の付いた場所から、国家としての意思統一に向けての通達が地方へと巡る事はあるが、しかし実態はそれぞれの自治体が、独自の方針で治安維持を行なっている。
数十年の間に、破壊を免れたかつての文化を再活用する事には一応の成功を果たしているが。しかし特別多様な技術を必要とした娯楽と総称される文化に関しては、最早その復活は絶望的だった。
娯楽が無ければ、人は自身の心に穴を空ける。それを防ごうとする本能が、人々に、夢を見る事への欲求を加速させる事になり。
霊力を秘めた勾玉から伽羅人活躍の映像再生が為される、新時代の神に仕えし巫師の業アカシャ・アーカイブが、人々に夢を与え、心を掬う役割を担ったのである。
……街の中華食堂で、今魅是琉とネイラッハは食事を摂っていた。
「魅是琉くんて、とても美味しそうに食べるのね。奢り甲斐があって嬉しいわよ」
食堂に居る他の客さえ目を見張るその食べっぷりに、しかし向かい席のネイラッハは微笑みを浮かべていた。
それは母性にも似た気持ちである。
「んぐんぐ、まぐっ、ふー、がっがっがっ、、、ごりっ」
魅是琉は口の中に沢山詰め込んでいた数種類の料理を、よく噛み、そして絶妙な酸味の効いた春雨入りサラダを追加投入して味に爽やかな変化を付けて、最後、普通飲み込む時には中々鳴らない音を鳴らして嚥下してから、「ありがとう」と答えた。
ネイラッハは――ここまで食べ合わせの汚さを豪快に出されると、還って気にならなくなるから不思議だわ――と、豊かな観察眼で以て彼を眺めて、言う。
「最初に私が貴方の戦術をダメにしたんだから、お礼とかいいのよ」
「いや、それは……」
そう言い掛けた魅是琉は、しかしその言葉を飲み込んだ。
「食事の席では、言い掛けて止めるのは無しにして欲しいな」
そう言ったネイラッハの意図を掴み損ねて、魅是琉は「えっ」と驚く。
「今私が口に料理を入れたとして、貴方の前で私は美味しく食べられると思う?」
クイズのような彼女の問い。しかし魅是琉は、真っ直ぐな顔で見つめるネイラッハが出したこのクイズに、不思議と嫌な気持ちが起きなかった。
「……俺の言葉が気になったままじゃ、ちゃんと味わえないよな。ごめん」
ばつの悪そうな魅是琉の視界に映る彼女が、笑う。
「魅是琉くん、ブレイマーにトドメを刺す時『嫌な顔するなよな』って言ってたけど、あれどういう意味?」
突然、鋭さを帯びた質問を投げ掛けた。
「い、いきなり話変えるなよ!?」
魅是琉はそう叫んでしまうが、ネイラッハの作り上げたこの場のムードが、彼に誤魔化す事を許してはくれなかった。
――俺がありがとうって言ったのは、何であれ俺を褒めてくれた事に対しての礼だって、言おうとしたのに……。
魅是琉は自身の照れ隠しをそのままにさせられてしまったが、会話というのは常に流れが変化し得る生き物であるし、ネイラッハにとっても、そもそも礼や謝罪の話を一番に持ってくる意図は無いのだった。
そういう社交辞令は、あくまで会話の潤滑油程度に役立てば良い。
「気にもなるわよ。あんな真剣な顔で言われたら」
だから彼女の話の持っていき方は、滑らかだ。
魅是琉はややぐずついたが、ちゃんと話す事に決めた。
「……俺のああいう戦い方は、其処に小技が入り込む余地が無くなるんだ。共闘相手の伽羅人にとっては、逆に自分の持ち味が活かせなくなるって場合も出てくる」
その答えに、ネイラッハは腑に落ちる感覚を得る。
「まあ、それは有り得るかも」
表情には――私はどうとでも立ち回れるけどね――という余裕が隠し切れていなかったが。
「その上で、俺の身体にとって負担がデカイのも本当だ。――イメージしてみてくれ。自分の伽羅人としての個性を食われる大技を出してこられて、しかもその技を出した本人は、腹が減って動かなくなるんだ。『ふざけんなよコイツ』ってなっても無理は無いって、自分でも思うさ」
「うーん。成程ねぇ」
魅是琉の面持ちを鑑みて相槌を打ったが、ネイラッハの中では――余りにもヘボカスでしょ、そいつ等の方が――という気持ちが湧き上がっていた。
そして、一つだけ魅是琉に対し許せない思いを口にする。
「私は、その人達とは違う訳だけども」
蒸籠の肉饅を手に取って、彼女にしては大口でかぶりついていく。
「今は、俺もそう思うよ。ネイラッハさん、器デカそうだもんな」
物憂げな面持ちで、けれど彼女を認める発言をする魅是琉。ネイラッハは肉と生地のハーモニーをしっかりと愉しみながら、上目遣い気味に彼を見る。
「――ふぁあ、ふぉれほどふぇもあひゅふぇど」
「何て?」
『まあ、それ程でもあるけど』、である。地が呑気なネイラッハのリラックス加減に、魅是琉は物憂げであったにも関わらず、速攻でツッコミを入れてみせるのだった。
――第四幕 完――
以前私こと神代が、伽羅人に関して現代日本のとある要素を、エッセンスとして入れ込んだと語りました。
けど今回の話から真の意味でこの世界に於ける、伽羅人という存在のずっしり感が出始めます。
荒廃した舞台、でも出てくる人物達は元気一杯。
そのハーモニーを、二人が食べてる時の口の中の如きブレンド感で描いてくつもりです!(←どんなやねん)
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