第二幕 男、魅是琉(みぜる)は器用か不器用か
今回から魅是琉の視点も入ります。
さて、彼はどんな男なのか?
魅是琉は、ネイラッハを視線から外して、静かに、自身の足に力を集中させた。
「えっと、好きに戦ってくれて良いよ。……ただ、前後に挟み撃ちする形なら助かるかな」
それだけを告げて、もう何度も彼女に披露している、空を蹴る飛び方で離れて行く。
「ちょっと――!」
――分かるけど、共闘でその言い方は淡白過ぎない!?
ネイラッハの呼び止めようとする声を、魅是琉は聴こえてないフリはしなかった。
「……ッ!」
ブレイマーの鞭のように長くしなる腕の攻めを躱しながら、彼女に対し、空いている左腕を振り被るが如く、示唆するのである。
――さあ早く、奴の背後に回ってくれ――と。
だがそんな辛うじて気遣いに似た仕草をしつつ、同時に右腕ではマスケット銃の射撃を行ったものだから、その衝撃で魅是琉の重心は大きくブレてしまった。
「へあっ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げながら、魅是琉の身体はぐるりと回転して、上下逆さま、かつ反対方向……即ちブレイマーに背中と尻を向ける状態になってしまう。
「ウソでしょっ!?」
ネイラッハまでもが、この事態に声のキーが高くなる。こんな事態がすぐに起こって、こんなにすぐに調子を狂わされてしまうとは、全く予想していなかったのだった。
ブレイマーの鞭腕に、魅是琉は背中を打ち据えられる。その衝撃で地面へと墜ちていく。
「ぐっ!」
――くそっ。らしくない事をした所為だ!
心の中で、他者へと気を回した自分に対して悪態を吐いた。
口からは血を吐いたが、しかし力尽きはしていない。即座に全身に意識を行き渡らせて、そして自分が大気の中に在る事を強く認識していく。
「せりゃっ」
掛け声一つ。それで気合いを取り戻して、彼は自身の落下をぴたりと止めた。
まるで空の大気と一体であるかのよう。そんな彼の姿に、ネイラッハは目を見張る。
――蹴って跳ぶだけじゃ飽き足らず、そんな真似まで……。
「貴方、空と友達……?」
ふと独りごちて、しかし『何故そう出来るのか』という所までは、考えなかった。そんなことまで考え出したら、それだけで思考の領域を全部使い切る事になってしまうと、そう予測がついたからだ。
迫ってきていた別の鞭腕を回避して、ネイラッハは、魅是琉の言う通りに反対側へと回る。
一つの事だけに考え過ぎてしまうのは、良くない。常に立ち回りは意識しなければ。
ネイラッハは、空中で宙返りをして態勢を整える魅是琉の……その周辺をずっと浮遊する、小鳥を模した機械生物を見据えてそう思った。
……カルラと呼ばれるその機械の小鳥は、いっぱしの伽羅人ならば、誰しもが持っているものであり。
自身の伽羅人活動をそのカメラアイに記録させ、アカシャ・アーカイブ――通称AAとも呼ばれる映像情報として、人々に広めているのだった。
そうやって自身の信徒を獲得するのである。当然ネイラッハの周囲にも、彼女のカルラが飛び続けている。
――カルラを起動して付き纏わせているのなら、彼だって、常に自分の立ち回り方というものを考えて、私に言葉を発してきてる筈。
後々他者に見せる事を前提にした映像情報を記録しているのならば、誰とてその筈なのだ、と彼女は思う。
「……言うこと聞いてあげるわ、珠那ヶ原魅是琉くん! だけどこの煉獄の霊獣を身に宿す浄火の魔女ネイラッハは、貴方が温い戦い方を続けていると感じれば、先んじて奴を倒してしまうわよ!」
この戦いの舞台を盛り上げる為、ネイラッハは心に無いことを、しかし格調高く、AA映えのする言い方で魅是琉に告げた。
そしてその言葉に、後にAAでそれを見る視聴者に向けての臨場感を付与する目的で、両手から、霊力に依る青白い炎を出現させるのだ。
「祓いの炎!」
ブレイマーの胴体目掛け、その炎の放射を撃ち込んでいく。
「ガゴォアア――ッ!!」ブレイマーは、それ自体が波動のような苦悶の叫びを上げる。
その身を焼く炎の揺らぎに、魅是琉は驚き歯を食いしばるようにした。
「うっそだろ!? まさか火を出してこられるとは……!」
露骨に焦ったその様子を、彼のカルラが記録する。ネイラッハのカルラも、彼を撮る。しかし魅是琉は、その事に構ったりはしなかった。
「貴方の銃弾より、私の炎の方が、ブレイマーは嫌なようね。……でも困ったわ。トドメを刺すにはまだ足りないみたい」
正しく『誘う』という言い方が当て嵌まる表情で、こちらを挑発してくるネイラッハ。
「そんな事よりもだ! ――いや、何でもない」
魅是琉の方は、『アンタの意図なんて知るか』とばかりに舌打ちしたが……
「言いたいことが有るなら、ちゃんと言いなさい」
ネイラッハは毅然とした態度でそう告げていく。
この言葉は、しかし実際には彼を気遣うものであった。如何に伽羅人の戦いを臨場感抜群に記録するカルラとて、直にこの場に居合せる者にしか感じ取れない空気感までは、再現する事が難しく。
AAの形での再生がされる際には、伽羅人が問答の中で押し黙っているままの箇所というのは、まるで『事故が起きた』かのような不穏さを、不必要に視聴者に感じさせてしまう事になる。
最も。今回は魅是琉が黙っていた事が、この先の展開に自然に繋がる結果となるのだが。
「え?」
ネイラッハは、唖然とした。炎に焼かれるブレイマーの体内から……正確には魅是琉が撃ち込んだマスケット銃の弾痕から、植物の蔓が生じてきたからだ。
「も、もしかして?」
そのブレイマーの動きを封じる筈だった蔓が、奴の体表の炎で炭と化していく様を目の当たりにして、ネイラッハは、まさかやらかしたのは自分の方か? ――と思い直した。
「ええっと、その銃も貴方の霊威だった?」
気まずい雰囲気。対する魅是琉は、逆に照れ臭そうな表情で、やはり彼女から目を逸らすのだった。
「まあ、言わなかったのは俺が悪いから……いいよ」
――まったく、カッコつかないな。伽羅人との絡み自体が久しぶりだってのに。
「ご、ごめんっ。お詫びに、戦いの後で何か食べ物奢るね?」
このネイラッハの言葉は誠意あるものだったが、しかし同時に――この場面だけは確実に編集しておかなくちゃ――と、一流の伽羅人としての流儀も決して忘れたりはしなかった。
――第二幕 完――
魅是琉は器用か不器用か。
ネイラッハも手を焼いてるみたいです。笑
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