序幕 余裕の女、ネイラッハ・クリュス
作者の神代零児です!
今作は男女ペアによる相棒物、ディストピア系アクション・アドベンチャー物語となります。
神代にとって初となる、荒廃した日本が舞台となるディストピア・ジャンル。
そこに或る現代要素を、原形がギリ残る塩梅で混ぜ込んでみました。
分かる人には何の要素なのか分かるかもしれません。
ただこの先その原形元に寄せる意図はありませんので、あくまでエッセンスの一つとしてお楽しみ下さいませ!
風荒ぶ荒野。走る一羽の陸鳥の、その背に横向きで腰掛ける女が、気分良さげに歌っていた。
(あっちもー、こっちもー、イミュイグだらーけー)
伸びやかに、美しくも凛とした声質は、彼女の麗しくも力強い外見と非常に合致する。
(悪者ー、イミュイグー、私が殺ーすー)
歌詞の内容だけが物騒千万。しかし風になびく銀色の長い髪には、美麗絢爛の言葉が相応しい。
(ああ、何故何故ー、イミュイグは出て来るのー)
この日本という国が文明的な意味で一度滅びて、既に十の年を数度経ているが……。
(そんなの、知らんー、私ぃがー皆殺しー)
今この地に住まう人々は、元気である。彼女を含む伽羅人と呼ばれる者達は、尚の事元気である。
「……作詞ネイラッハ・クリュスで『皆殺しの歌』、かっこかり。うん、流行る確率三十七パーセントってトコかな」
歌い終わった彼女――ネイラッハは自身の歌をそう評価した。
外国人の名前のようだが、彼女はれっきとした日本人だ。混血という訳でも無いし、髪も染めて銀色にしたのではない。
数年前伽羅人になった時から、彼女はそういう個性となったのだ。
「ん――」
水筒に入れた焙じ茶を口に含む。歌って戦える伽羅人として、渇きで喉を痛めないよう注意を怠らない。
荒野の旅に適した衣装、その上に厚手の外套を纏う。
身長、百七十センチ。一人旅であるにも関わらず、心に溢れているのは余裕の気持ち。
前方から、陸鳥より一回りは大きい体躯をした、猿のような姿のイミュイグが迫って来ていた。
本物の猿と明らかに違うのは、頭部。違うというより、無いと形容した方がまだ意味が通じ易いか。
正確には首ごと体内に埋もれていて、微かに目だと分かる赤い二つの斑点と、無理矢理こじ付けたみたいな大きな口だけが、奴の顔を形成していたのであった。
異形だが、イミュイグとは大体はそうしたものだ。種類があり、同じ種類のイミュイグ同士は、外見の型もほぼ同じ。
奴等は、かつて日本が文明的に崩壊した時に発生した存在。スクラップ・アンド・ビルドという概念が、人の文化で無く、自然の大地から起こって生まれ出た、それがイミュイグである。
奴等は人を襲う。何故かは分からないが、人と出会ったならとにかく襲い掛かってくる。
が、人も既にイミュイグの存在自体は受け入れて久しい。出てくるというのなら、対処する気構えだって見せていた。
あの猿型については【ガトゥバ】という呼称で知れ渡っている。
「見方次第では、割と可愛げも感じられるけれどね」
ネイラッハは微かに顔を前に向ける仕草で、ガトゥバに対しそんなことを呟く。
四つん這いの姿勢で、両手両足を地に着けて進んでくるガトゥバのスピードは、速い。
腕が脚並みに長いから、そんな走り方が可能なのだ。前の二本と後ろの二本、それぞれを一組にして、前が地を突けば後ろを離し、後ろが地を突けば前を地面から離す。
対するネイラッハは、呑気。
「えっちらおっちら、えっちらおっちら」
奴の動作に合わせて語の音を取ったネイラッハは、軽く愉しい気分になってきて、つい「ふふ」と笑ってしまった。
齢、二十三。この今の時代の中で二十三年の時を生きれば、仮に元がエキセントリックな少女だったとしても、自立した強く逞しい大人へと成長を遂げ得る。
今ここで笑いのタネをガトゥバに見出す、このネイラッハ・クリュスは。
相当、自立した女だということだ。
「ギシャアアアッ!!」
ガトゥバが勢い付けて飛び掛かる。
その長い左腕を振り被り、彼女の首筋に狙いを定めて叩き込もうとする。
しかしそれでもネイラッハは冷静で、大人の余裕を崩しはしない。
彼女の中の、勝てるという算段――。
「秘密の鋭牙」
刹那、ネイラッハの右掌から巨大な【白灰色をした獣の口】が生じて、その鋭い牙がガトゥバの胴を、猛威と呼ぶべき力で骨ごと噛み砕いた。
耳をつんざくような苦悶の咆哮。白灰獣の口内に、奴の血が滴っていく。
ネイラッハには、肉が牙に食い込んでいる感触こそあるが、味覚については、白灰獣のそれと通じてはいなかった。
しかし彼女は呻くガトゥバの顔を平然と見ながら、自分から想像をするのである。
――雷冥檎渧の神さまから貰ったこの霊威の口の味覚には、きっと合う味なんだろうな。獣をモデルにしてるんだから、生で食べるのが寧ろ標準だろうし。独特の臭みが鼻の中に抜けるも、コリコリと弾力ある食感と相まって、気付けばクセになっている……的な? 多分、そんな味合いなんでしょ?
そうしたイメージを、心の中でしっかりと定着させると、ガトゥバの胴を白灰獣に食い千切らせて、残りは慣性に任せ宙へと舞わせた。
ガトゥバの事は元より、自分の行動にさえ怖気付いたりはしない。
白灰獣の口を掌に還し、彼女は――また一つ良い経験をした、何処かで誰かにこの話をしよう――と、自身の話のタネにする。
かつてはきっと違っていたのだろうが、そのかつてに比べて、今は娯楽探しに難儀する場合も出てくる世の中だ。
語れる話、聞ける話が有る事は、それ自体が人々にとって、胸のつかえが和らぐ事なのである。
話のタネがバラエティに富んでいるなら、それは上々。ネイラッハは話のタネを大事と考えていた。
ずっと変わらず走り続ける陸鳥。ネイラッハは、その後頭部を優しく撫でる。
「臆せずに自分の役目を果たすの、偉いね。ありがとう」
声色も、優しく。
……ネイラッハは想像力に優れている。発想力、とも言い換えられる。
それは彼女の人生から退屈を押しのけさせる力だ。退屈を押しのけさせられるというのは、尋常ならざる、輝きの源泉だと言って良い。
発想が豊かであり、『起こった物事をしっかりと楽しむ』という視点で、その瞳に映る世界を自らで彩っていくのだ。
軽やかに、力強く。
伽羅人とは、現代の日本に現れた新たな神々に、その発想力を愛され、霊力を与えられた者の総称だ。霊力の性質は、その者自身の発想に依って形作られる。
それを可能と出来る創造的な感性を活かし、伽羅人はどんな状況でも、自分なりの思考で活路を見出し表現する。
ネイラッハ・クリュスはその中でも、頭ひとつず抜けた女だ。人は彼女を、伽羅人派閥の最王手、雷冥衆が誇るトップスターだと評している。
彼女の本名は別にある。繰り返しになるが、彼女はれっきとした日本人である。
伽羅人は伽羅人になる際、神の啓示に依って新たな名を戴くのが慣わし。
彼女は、その時に貰ったネイラッハの名で、自身の伽羅人活動を行なっている。
名とはその者の人生が被る冠だ……とは、最初期の伽羅人が、自身の信徒に向けて言った言葉だが。
伽羅人はそれまでの自身の人生と同じ位、伽羅人としての名とその人生に、誇りを抱いているのであった。
ネイラッハは、今回の旅の目的を思い返す。
「私が自分の活動予定に組み込んでいた、大型イミュイグ【ブレイマー】討伐。それを伽羅人派閥に属してもいない個人勢が、一人で先に倒そうとしてる」
その者の名についても、彼女が所属する雷冥衆の、組織としての運営を担う雷冥神官達から聞いている。
「珠那ヶ原魅是琉、か。……私と対峙をして、ケガしてしまわない程度の伽羅人なら良いけど」
ここで言う『ケガ』とは物理的な事では無く、ネイラッハの発想力に圧倒されて、自身はロクな立ち回りも出来ずに泣いて帰る事であるが――。
しかし。
彼女がこれから経験する出逢いは、彼女の伽羅人人生の中でも類を見ない程の希少事象なのだった。
――序幕 完――
次回、もう一人の主人公が登場です!
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