都心水族館
確かに都心に造るとなるとこうなるだろう。
その水族館は大型商業施設の中にある。大きな水槽でさまざまな魚が自由に泳ぎ、客はそれを眺める。1つの水槽なので入れる魚をかなり吟味しているらしい。
吟味といえば水槽周りもそうだ。フードコートになっているが、シーフードは極力メニューに入れないという決まりになっている。とはいえ客単価を上げるためのエビ天などは黙認。鰹だしなど含めると成り立たないため刺身や寿司が規制されているだけ。いかに人は海の幸の恩恵に預かっているかも実感できる。
深夜、フードコートはバーになる。幻想的なライトアップの中、魚たちの動きの少ない水槽を眺めながら酒を飲む。静かな海もいいものだ。
「失礼」
男性客が隣に立った。一人で飲みたいのだが。
「なぜわざわざ水族館を都心に造ったのか、ご存じですか?」
わざわざ他人に聞いてくるだけの事情があるのかは、しらない。どこにあろうと水族館は水族館だ。
「里帰り、できない人のためですよ」
知らねぇよ。都心にいるヤツはほとんど田舎モンなのは知ってるが、里帰りしないヤツは好きでしないんだろう。余計なお世話だ。
「ああ、失礼。実際には、里帰りをしない人のためですね」
人それぞれだろう、と思うがこれまでと同じく口にはしない。酒を飲む。
「都会にはいろんな人が集まります。ほら、あそこの女性」
男性が指差す先に女性がいた。寂しげな、すけてしまいそうな佇まい。
「透けて見えるでしょう。当然です。幽霊ですから」
幽霊ってのは死んだ場所や心残りのある場所に出るもんだと思っていたが。いや、後は呪う相手のいる場所か。
「おそらく水で死んだのでしょう」
他人のことなんざ知らねぇ。
「他にも、あっち」
別を指差す男性。えらく太った中年客が酒をあおっている。
「顔をよく見て下さい」
なるほど。右眼がない。眼窩から小さなカニの姿が見える。溺死か。ならば、なぜここに。
「彼らは海で死んだので水族ですよ。自分が死んだのに気付かないままうろついてる幽霊は多い。中には海で死ぬはずだった者までのうのうと生き残って偉そうに酒を飲んでる者もいる。巧みに海を避けて都心で生活して、二度と海に戻らない、すでに水族である事実を頑なに拒んで……」
「じゃ、アンタはなんだ?」
――ごぷん、ごぽぽ……。
いきなり水の中になり体が浮いた!
隣にいた男性は太ってグズグズの水死体の姿になっている。かしっ、と俺の足首をつかんだ!
「アンタは俺が呪って海で死ぬ予定だったんだよ。いい加減里帰りしろ!」
忘れていた里帰りしない理由を思い出した。面白がって心霊スポットで泳いだ後、除霊を頼んだ住職にすべてを忘れて里帰りするなと暗示をかけてもらったことを。
ごぽぽ、と沈む中、右眼のない太った中年が分厚いガラス越しで楽しく鑑賞している姿があった。
ふらっと、瀬川です。
いつもな感じの作品なのです♭