裏が表に変わる時
「優人! おい、起きろ優人」
優人を奪還した霊人と、香菜のは、言いたいこと、やりたいことも多々あるようだが、全てを後回しにし、地上に下りていた。
地上に下りた直後。香菜は、よほど無理をしたのか霊力と体力の限界により、文字通り倒れるように寝てしまった。
霊人も霊人で、体力も霊力も底を尽き掛けていたが、根気で耐えている状態である。
菜乃花は、元の制服姿に戻り、白兎こと、ウェネトを胸の前で抱き締めている。その橫にウェネトの飼い主? のリアが立っている。そんな状況である。
先ほどから霊人が、こうして優人の肩を揺さぶっているが、優人はいっこうに目をさまさない。
そんなやり取りに嫌気がさしたのか、リアはため息混じりに言う。
「寝てるだけだろ? そのうち目ぇ、覚ますだろ。俺は帰らせてもらうわ」
霊人は、ゆっくり立ち上がり、やりきれない表情で微笑を浮かべ、リアに感謝を述べる。
「あぁ、そうだな。助かった……」
「ケッ! 嫌味かよ。俺ァ、何もしてねぇよ。ほとんどのダメージは、そこでぶっ倒れている姉ちゃんがやったことだぜ」
「いや、お前がいなかったら、香菜は自爆していた。それに、お前がウェネトを連れてきてくれただけで、俺も本気を出せた訳だしな。優人を取り戻せたのも、全てお前のおかげだ。ありがとな」
霊人が冷静に状況を分析しながら、改めて礼を言う。
人に感謝されることに慣れてないのか、リアはやや頬を赤く染め上げる。
「だから、嫌みにしか聞こえねぇつぅの……。それと、お前じゃねぇ。リアだ。本名は、リア・アブソリュート・シュタウトだが、こっちは長いから、脳内メモリーに刻まなくても良い」
それに、本名は違うし、な。と、リアは表情に一瞬だけ昏いモノを落としながら、口の中で呟く。
そんな表情の変化を見逃す霊人ではなかったが、そこを深く追及するほど野暮ではなかった。
「だが、ファーストネームだけは――」
リアはそう言いながら、右手の人差し指と、親指を立て、人差し指を自分の頭に当てた。
「――脳内メモリーに刻んどけよ」
どうやら、それがリアの口癖のようである。
「そうか、俺は真神霊人だ。俺の事も霊人で良い」
そうかよ、と照れくさそうに言いながら、身を翻すリア。そして、二歩、三歩と歩みを進めたところで、立ち止まる。
「またな、霊人」
照れ隠しに、「おい、ウェネト! 帰るぞ」と、菜乃花の腕の中に収まっている、ウェネトにややきつく命令する。
『ニャァ、ニャニャーニャァ!』
「なに? おい、それ、どういうことだ?」
どうやら兎姿のウェネトは、人語を話せないらしい。が、その言葉はリアには何を行っているのか理解出来るようだ。
師弟の絆とよるものか。
なぜリアにはウェネトの言葉が理解出来るのか、それ事態は霊人にはどうでも良いことだ。
それより、気になったのは、ウェネトの言葉を聞いた後の、リアの反応である。
リアがウェネトのことを睨みながら言葉を終えた。ここまでは、ウェネトが、本当に菜乃花のことを気に入り、ここに残ると言い出したのかと、推測出来る。だが、その後リアは、苛立つような表情で目線を霊人へ向けたのだ。
いや、霊人ではない。
霊人のその先の優人を注視している。
その事に気が付くや、霊人の胸がざわついた。
その不安は勘違いだ。そうに違いない。そうだ。きっとそうに決まっている。と、自分に言い聞かせ、霊人はおそるおそる口を開いた。
「う、ウェネトは、なんて?」
リアが、再度霊人達に爪先を向け直る。
「あ、あぁ……。実はだな」
「その事なら、俺から説明するぜ。他人から聞いたんじゃ、飲み込めないだろうからな……。ま、俺もまだ何がなんだか分からねえから詳しいことは。クソウサギにでも聞けや」
それは、霊人の背後から聞こえてきた。
聞き覚えのある声であった。だが、口調は聞き慣れたものではなかった。
それでも、この声と口調には覚えがあった。
霊人の不安はいっそう増す。
不安を押し殺しながら、後ろに振り替えると。優人が起き上がっていた。
「お前、『裏』、だな?」
霊人が、優人にそう問うと、優人はいつもの純粋無垢な笑みではなく、不適な笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだ。久しぶりだな。霊人」
優人は目を醒ましていた。と、言ったが、正確には違った。
優人の中にいるもう一つの存在、『裏』が、目を醒ましたのである。