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放蕩公爵の愛ある日常 4

 心臓が、ばくばくしている。

 緊張と不安で、心が揺れ動いていた。

 とはいえ、彼には、言いたいことを言ってきている。

 嘘をついたのだって、夜会の時の1回限り。

 隠し事、というほどではなくても、言わずにいるのも落ち着かないのだ。

 

(それに、たいてい、私が言わずに、なにかをしようとすると、彼に迷惑をかけてしまうのだもの)

 

 リリアンナから夜会の招待状を渡されたこと。

 王太子のところには行かず、1人で暮らそうと思っていたこと。

 

 どちらも、シェルニティは、彼に言わずにいた。

 が、どちらも、先に話しておけばよかった、と思う結果になっている。

 やはり、言いたいことは、言っておいたほうがいいのだ。

 言っても迷惑になるかもしれないが、それはともかく。

 

(彼は、できないことはできない、と言ってくれる人だわ)

 

 そこは、安心できる。

 さっきの「放蕩はしない」との約束も、守られるに違いない。

 信じるとか、信じないとかという感覚は、シェルニティにとって、まだ判然とはしない部分だった。

 それでも、彼が嘘をつかないのは、確かなのだ。

 

「最近、王都のお屋敷に行って、リンクスやナルと話すことも増えたでしょう?」

「私の子守りにつきあってもらっているね」

「それで……あの……前に、あなた、私に訊いたわよね。子供が好きかって。あの時も言ったのだけれど……最近、よく思うようになったの。子供がほしいなって」

 

 彼の目が、見開かれている。

 こちらの言葉に、驚いているらしい。

 シェルニティは、彼をびっくりさせたことに、まごつき、慌ててしまう。

 

「ええと、あの、子供がいると、賑やかでしょう? いえ、違うのよ? あなたと2人だと静かだとか、そういうことではないの。ただ、私、リンクスやナルといる時の、あなたの表情も、とても好ましいと思っていて……ああ、ええっと……どう言えばいいのか……とにかく、子供がほしいと思っているのは、確かなの」

 

 なにも返事をしてくれない彼に、さらに焦る。

 シェルニティは「1人でペラペラ話している」ことに気づいていない。

 

「ほかの男性とベッドをともにするなんて、無理なのよ。だから、あの……」

 

 黙っている彼を、じっと見つめた。

 

「私、あなたと、婚姻したいわ」

 

 ひたすら、彼は、口を閉ざしている。

 実のところ、ぽかんとしているのだけれど、シェルニティには、わからない。

 見たことのない顔をしている、とは思っているのだけれども。

 

「ええ、わかっているのよ。覚えているもの。前に、私が、婚姻はせがまないって言ったことはね。だから、本当は、言うべきではなかったのでしょうけれど……」

 

 彼が、ゆっくりと額を押さえた。

 そして、顔を天井のほうへと向ける。

 

「これは……どうも…………まいったね……」

「約束をしたのに、こんなことを言って、あなたを困らせるつもりはな……」

 

 体を引き寄せられ、ぎゅっと抱き締められた。

 彼が、耳元で、小さく唸っている。

 それほど、困らせているのかと、いよいよ、不安になった。

 

「本当に、きみったら……きみほど、私を驚かせる人はいないよ」

「……驚いていたの? 困っているのではなくて?」

「困っているさ。なにしろ、きみに先を越されてしまうなんて、人生最大の失態をおかしてしまったのだからね」

「先を越されたって、なにを?」

 

 彼が、くすくすと笑っている。

 困ったと言いながらも、困っている様子はない。

 

「求婚だよ、きみ」

「え……?」

 

 シェルニティに、明確な「求婚」との意識はなかった。

 けれど、自分の言葉を思い返すと、確かに「求婚」している。

 婚姻をしてほしい、と言ったのだから。

 

「だがねえ、順番を取り違えちゃあいけないな」

「順番?」

「子供がほしいから、私と婚姻したいのかい?」

「……あなたと一緒に、子供を育てたい、と思ったの」

 

 彼が、体を離して、シェルニティの頬を撫でた。

 やわらかく目を細めている。

 

「悪くはないね」

 

 その答えに戸惑った。

 悪くはない、ということは、良くもない、ということだろうか。

 

「それでは、私が、お手本を見せよう」

 

 立ち上がり、彼は、シェルニティの足元に(ひざま)く。

 彼女の左手を取り、胸に手をあてて、言った。

 

「私は、きみを、とても愛している。愛しているから、私と、婚姻をしてほしいのだよ。生涯をともにしたいのは、きみだけだ、シェルニティ・ブレインバーグ」

 

 あ…と、思う。

 彼の言う「順番」に、ようやくシェルニティも気づいたのだ。

 子供はほしいけれど、それ以前に、彼と、ずっと一緒にいたかった。

 漠然と思い描いた「家族」の映像の中には、笑っている彼がいる。

 

「きみに渡すための花さえ用意ができず、跪いて頼み込みながらも、心細くなっている惨めな男に、なにか言葉をかけてくれないか?」

 

 シェルニティは、あの日の言葉を思い出して、少し笑った。

 彼が「心細くなる」なんていうことがあるのか、と、今も思う。

 

「あなたが、心細くなる姿を想像できないわ」

「ひょっとして、それが、あの日に、きみの笑った理由?」

「そうよ」

 

 彼が、にっこりした。

 

「私の妻になってくれるかい?」

 

 胸の奥に、ぬくもりが広がる。

 彼のくれる「暖かいもの」が、またひとつ。

 

「ええ。いいわ……私も、あなたと生涯をともにしたいもの」

「だが、条件がある」

「条件?」

 

 彼が、わざとらしく、顔をしかめた。

 しかめ面でも、瞳には、優しさしか感じられない。

 

「アリスに口づけるのは、やめてくれ」

「たてがみ以外はしないと誓うわ」

「うーん、やっぱり、それ以上の譲歩を引き出すのは難しいのか」

 

 シェルニティは、くすくすと笑う。

 そして、わざとらしく、肩をすくめてみせた。

 

「あなたには、やっぱり、眼鏡が必要なのじゃないかしら?」

「かもしれない。それなら、きみには、これが必要だろう?」

 

 すいっと、彼の右手が、シェルニティ左手の甲を撫でる。

 見えたのは、銀色の指輪だった。

 

「まあ……とても、可愛いわ」

 

 指輪には、赤いイチゴを(かたど)った宝石がはめられている。

 きっと彼のお手製に違いない。

 彼は、職人並みに手先が器用だから。

 

「私は、きみのつまみ食いを、一生、許すよ」

「それは、寛大ね」

 

 体を前にかしがせた彼と、口づけを交わす。

 未来を見通す目は持っていないけれど、この先には、穏やかで愛のある暮らしが待っている、と思えた。

 彼に抱きしめられ、抱きしめ返す。

 そのシェルニティに、彼が囁いた。

 

「私の愛しいシェリー、きみは、とても暖かいね」




全20話(80部分(頁))までの、おつきあいを頂き、ありがとうございました。


少しでも気に入って頂けていれば、嬉しいです。

ご感想、ブックマーク、評価をいただけましたこと、とてもありがたく感じております。

いつも、本当に書き続ける気力にさせていただいております。

お忙しい中、足をお運びいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。


皆々様、長らくのおつきあい、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵です!!大好きです!ありがとうございます \(^o^)/☆☆☆☆☆!☆!! (なぜもっと早く巡り会え無かった、この作品に〜^^;! と、思うばかりです\(;´Д`)/)
[一言] 楽しく読ませていただきました 沢山の愛情に囲まれて家族が増え育まれる様を見たかったところですが、二人のほのぼのとした姿が最後に見れて良かったです (欲を言えばもう少しアリス*馬とシェリーの絡…
[良い点] とても楽しく読ませていただきました! [気になる点] 呪いをかけたのは誰なんでしょう すごくきになります、、、、 [一言] 次回作も楽しみにしています
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