一緒にいるから 2
「それでは、昨夜……」
シェルニティに、昨夜の経緯を話している。
アリスが連絡を寄越した、というところは省略した。
言えば、アリスが「馬」でないことが発覚するからだ。
それはそれでも、彼は、ちっともかまわないし、むしろ、そのほうが牽制し易いとも言える。
だが、彼女は、がっかりするかもしれない。
そう思って、省略したのだ。
「レックスモアの屋敷、というより、あの辺り一帯を吹き飛ばした。今は、なにもない更地になっているよ」
「そんなに、大きな魔術を使ったのね」
「きみが地下にいるのはわかっていたのだが、直接、転移できなかったものでね。私は、時に、せっかちになる」
シェルニティが地下にいるのなら、地上にある「邪魔な物」を消せばいい。
思って、彼は、そうした。
もちろん、多少の時間をかければ、彼女の居場所を確定できていただろう。
城ごと吹き飛ばすこともなかったはずだ。
が、時間が惜しかったし、なにより、彼は怒っていた。
「それで……どうなったの?」
その問いには、誠実に答えなければならない。
彼の話を聞いて、彼女に、決めてもらう必要がある。
この先、どうするのかを。
「クリフォードと、きみを攫った魔術師は、とりあえず生きてはいる。死にたいと願っていると思うが、私は、それを許さなかった」
「なにか魔術を使って、彼らを苦しめているということ?」
「そうだよ、シェリー。彼らには、私なりの罰を与えた」
死にたいと願うほどの苦痛と、それでも死ねないという苦痛。
彼らに対し、単純な「死」では、生ぬるいと思ったからだ。
そこに苦痛があるかどうか、どれほどの苦痛となるかが、罰の軽重を決める。
生死ではないと、少なくとも、彼は、そう考えていた。
「辺り一帯と言ったけれど、レックスモアのお屋敷にいた人たちも……?」
彼は、首を横に振った。
正直、彼自身には、どうでもいいことではある。
屋敷にいた者たちだけではない。
誰も彼もが、どうでもよかった。
シェルニティが無事であれば、それで良かったのだ。
実際、彼は、それしか考えていなかったし。
「勤め人たちは、無事だ」
「勤め人たちは……?」
「レックスモアの血筋は途絶えた、ということさ」
クリフォードと、その両親、側室が2人に、弟が3人の、合計8人。
城の別棟に住んでいた、クリフォード以外のレックスモアの者たちは、誰1人、生き残ってはいない。
全員、吹き飛んでいる。
きっと、己の死すら意識しないまま、消えたに違いない。
「そう……あのかたたち、亡くなられたのね……」
勤め人たちは、キサティーロの2人の息子が、事前に避難させていた。
彼に知らされてはいなかったが、キサティーロには、彼が力を振るうとわかっていたのだろう。
リリアンナの元に向かう最中に、息子2人へと指示を出していたらしい。
(少し手荒い方法ではあったが、死ぬよりはいいと考えたのだろうな)
なにしろ、時間がなかった。
セオドロスとヴィクトロスは、勤め人たちを、次々と昏倒させ、遷致という魔術を使い、安全な場所へと転移させたのだ。
遷致は、意識のない者を、あらかじめ決めておいた場所に転移させられる。
点門で、ぞろぞろと移動するより早いと考えたのだろう。
そもそも、屋敷が吹き飛ばされるなんて言えば、勤め人たちは動揺し、足並みが揃わなくなる。
レックスモアの勤め人は、百名ほどもいた。
全員が我先にと逃げ出そうとすれば、逆に、全員が死んでいたかもしれない。
(ヴィッキーは、ナルの傍にランディがいると知っていたようだ)
だから、ナルの傍を離れ、レックスモアの屋敷に行った。
フィランディの近くが、どこよりも安全だとわかっていたからだ。
キサティーロも、息子2人も、非常に優秀だった。
いちいち彼に指図を仰ぐことなく、自分たちがすべきと思うことをする。
彼が、シェルニティ以外どうでもいい、と、感じていると知っていても。
「ほかに、近くの辺境地のあちこちで、怪我人が出ている。死人はいないが、建物などが壊れたようだ」
「本当に……とても、大きな魔術だわ……」
「王都と近隣に、大きな被害はないという話だった。置物が倒れたり、飾っていた絵画やなんかが落ちたりはしたらしいがね」
彼の幼馴染みが、相当に頑張ったのだ。
リカに与えられる魔力量は多い。
そのすべてを使って、防御魔術を展開した。
さりとて、王都にいるフィランディを中心に円を描くように防御魔術は広がる。
どうしても、外側に向かうにつれ、薄くなるのだ。
だから、辺境地には怪我人が出た。
死人が出なかったのは、フィランディの魔術師としての腕による。
(ランディは、いつも正しい判断をする。彼は、国王の器だよ、本当に)
防御魔術にも、魔術を防ぐものと、物理的な攻撃を防ぐものとがあった。
両方を同時展開できるのは、彼の「絶対防御」だけだ。
フィランディは、どちらかを選ばなければならなかった。
とはいえ、彼の魔術を防げる魔術などない。
魔術防御を捨て、物理防御に徹した、フィランディの判断は正しかったのだ。
そして、すでに昨夜のうちに、フィランディは、辺境地に、王宮魔術師を向かわせている。
怪我人が出るのを予測していたのだろう。
「今は、王宮魔術師が治癒をしたり、危うい建物を安全に倒壊させたり……瓦礫を取り除いたりしている」
「被害も大きかったのね」
「建物などの復旧は、今後、行われることになっているよ。かかる費用は、王族が持つ……というのを建前にはするが、実際は、私が出すと、話をつけてある」
代々、ローエルハイドには、王族から報酬が支払われている。
かなり昔からの取り決めであり、どういう話し合いが持たれたのかは、彼も知らなかった。
が、入ってくる報酬に対し、ローエルハイドから出て行く金は少ない。
勤め人にかかる費用が、主な支出だ。
ほかの貴族らのように贅沢を好むわけでなし、必要があれば、自らで材料を調達する力も持っている。
仮に、とことん困窮するはめに陥ったとしても、彼の造り出した魔術道具や宝石を売れば、たちまち、ひと財産が築けるだろう。
ゆえに、王族から支払われている報酬は、貯まるいっぽう。
一大観光地のサハシーでさえ、造り直すことが可能なくらいの財産があった。
「金を払えばすむという問題ではないがね」
彼にとっては、どうでもいいことだ。
だとしても、人を傷つけたのは確かだった。
そして、彼は、人を殺している。
「リリアンナ・ミルターと、御者も殺したよ」
「え…………?」
キサティーロから、そのように報告が入っていた。
血の1滴すら残していない、と聞いている。
『リリアンナ・ミルターに、苦痛は与えておりません。そのほうが良いと判断をいたしました』
キサティーロは、淡々とした口調で、そう告げた。
彼も、それについては納得している。
「クリフォードをたきつけたのは、彼女だったのでね」
「だから、殺したの?」
「苦しませてはいないよ。彼女がいなければ、きみが狙われることはなかったが、彼女がいなければ、私は、きみと出会えなかった」
彼は、シェルニティを見つめていた。
ここから先は、彼女が決めることだと、そう思っている。