表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/80

初めてづくしの 3

 シェルニティは、その男性の視線に戸惑っている。

 未だかつて、こんなふうに見つめられたことがなかったからだ。

 誰もが、彼女からは目をそらせる。

 それを、彼女も当然に受け止めてきた。

 

 だから、彼が自分の「痣」を、どう思っているのかわからずにいる。

 ブレインバーグの屋敷での、シェルニティの部屋には鏡があった。

 そこに映った姿に、彼女自身でさえも「気持ちが悪い」と思ったものだ。

 だからこそ、みんなが自分を見たがらないことに納得している。

 

「きみは……なにを言っているのかね?」

「だって、そうじゃありません? あなたは、最初から、私をじっと見て……」

「私が、きみに興味を持っていると思っているらしいが、とんでもない勘違いだ」

「興味? いえ、そのようには思っておりませんわ」

 

 実際、シェルニティは、男性に興味を持たれるなんて微塵も思っていない。

 いや、思ったことがない。

 そのため、本気で驚いている。

 なぜ、そんな「勘違いをしている」と勘違いをされたのか、まるでわからない。

 

「思ってはいない? だが、きみは、さっきから何度も……」

 

 バシャーン!!

 

 急に、水が大きく跳ね上がった。

 勢いよく、2人に水が降りかかる。

 

「…………きみ、あれは、なにかね?」

「私の……持っていたバスケットのようです……」

 

 彼が指さした場所。

 上からは滝つぼに見えたが、実際には池のようになっている場所だ。

 そこに、バスケットが、ぷかぷかと浮かんでいる。

 

「きみの持っていたバスケットが、どうして降ってきた? きみの後追いで、自死しようとしたとでも?」

「それは、私にもわかりませんわ。なぜ、落ちてきたのかしら?」

 

 はあ…という、大きな溜め息が聞こえた。

 シェルニティは顔を上げ、初めて、彼を見てみる。

 ちょっぴり胸が、どきっとした。

 

 水が滴っている、焦げ茶色の髪を、彼は右手でかきあげている。

 伏せた目、眉間には、くっきりと皺を寄せていた。

 民服なので、肌の露出が多い。

 胸元はざっくり逆三角形に大きく開いているし、袖は肘までしかないし。

 

 そこから出ている腕にも水が垂れていた。

 あの腕に、さっきまで抱きかかえられていたのだ。

 気づくと、急に恥ずかしくなってくる。

 こんなにも「男性」を意識したのは、初めてだった。

 

 彼が、自分を正面きって見つめてきたからかもしれない。

 今までにない感覚を覚えている。

 

「言いたいことがあるなら言え、と言っただろう」

 

 彼は、とても不機嫌そうだ。

 髪と同じ、焦げ茶色の瞳には「不愉快」さしか浮かんでいない。

 釣りを邪魔され、水浸しになったのだから、当然、機嫌も悪くなる。

 せめて、と、シェルニティは、胸元からハンカチを取り出した。

 

「これを、お使いくださいな」

「それを?」

 

 彼の呆れ顔に、手元を見れば、ハンカチもびしょ濡れ。

 ポタポタと、水が滴り落ちている。

 

「あら……びしょ濡れだわ」

「それはそうだろうね。きみも、びしょ濡れだと気づいているかい?」

「え?」

 

 指摘され、ようやく自分の髪からも水が滴っているのに気づいた。

 彼に気を取られていて、ほかのことが(おろそ)かになっていたのだ。

 部屋にいる時より、少しはマシなドレスもびしょ濡れになっている。

 そう思うと、体が、ずいぶん重い。

 ドレスが水をたっぷりと吸い込んでいるからだろう。

 

「まったく、とんだことになってしまったな。これでは帰るしかない」

「釣りは、どうなさるのですか? 夕飯は?」

「きみのバスケットが、魚を追い散らしてしまったのでね。どの道、粘っても釣れやしないさ。夕食は別のもので間に合わせるよ」

 

 彼が、シェルニティから離れ、地面に落ちていたものを拾った。

 長い釣り竿で、それを肩に軽く乗せる。

 そのあと、シェルニティに、再び視線を向けた。

 不機嫌そうではあるが、彼女の外見に対してではなさそうだ。

 彼からは「気持ち悪い」という「不快感」は漂ってきていない。

 

「きみは、どうする?」

「どうすればいいのか、わかりません」

 

 ここは、シェルニティが立っていた場所より、ずっと下。

 どうやって上に戻ればいいのか、わからなかった。

 

「きみには、2つの選択肢がある。ひとつ、帰り道を私から教わり、自力で帰る。ふたつ、私の家に立ち寄り、ひとまず服を乾かしてから、どうするかを決める」

「服を乾かしていただけるのなら、ありがたいですわ」

「よく考えなくてもいいのかね?」

「服が濡れているのは、気持ちがいいものではありませんから」

 

 それに、帰り道を教わっても、自力で帰れるかどうか、判断がつかない。

 そもそも、帰る気をなくしていたところだったし。

 

「きみが、それでいいのなら、かまわないさ。ついて来るといい」

 

 彼が歩き出す。

 後ろについて、シェルニティも歩いた。

 池の淵を、ぐるっと半周し、滝に近いところに小道がある。

 そこに入り、少し歩くと、すぐに開けた場所に出た。

 

「これが、私の家だ。城でなくて申し訳ないがね」

「ですが、私の部屋よりは広いですわ」

「それはどうも。褒めていただいて恐縮するよ」

 

 シェルニティは、やはり不思議に思う。

 彼は、彼女に「言いたいことを言え」と言った。

 そして、シェルニティにとっては驚くくらいに「会話」をしてくれる。

 会話なんて望まれていない、と思っていたが、そうでない人もいたようだ。

 

 重そうな木の扉を簡単に開き、彼が中に入っていく。

 シェルニティも、彼について中へと入った。

 豪奢な家具や装飾品はない。

 けれど、清潔だ。

 塵ひとつ落ちてはおらず、埃っぽさもなかった。

 

 中に入ってすぐの部屋は、居間のようだ。

 右側に暖炉、正面に大きなソファが2つ、そのソファの前に、やはり木でできたテーブルが置かれている。

 左側には、続き部屋に通じると(おぼ)しき扉と、上階に繋がる階段があった。

 おそらく2階に寝室などがあるのだろう。

 

「じっとしていないで、ついて来てくれないか? きみは、家を見に来たわけではないだろう?」

「木でできたお部屋がめずらしかったものですから、つい見入ってしまいました」

 

 レックスモアの屋敷は、元が城塞であったため石造りだったし、ブレインバーグの屋敷も、基本的に煉瓦造りだ。

 暖炉などはともかく、全体的に木で造られた家自体が、シェルニティにとってはめずらしかった。

 

「ここは森だ。石や煉瓦より、材木のほうが手軽に手に入るのでね」

 

 彼が階段を上がって行く。

 手すりまでもが木で出来ていた。

 握ると、なんだか暖かい気がする。

 

「とても住み心地が良さそうですね」

「快適だよ。1人で暮らすにはね」

 

 そっけなく言われているのだが、そのそっけなさには気づかない。

 今まで「会話」をしてくれる人自体が、ほとんどいなかったので。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ