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 彼は「不機嫌」と書いてあるような顔つきで、腕組みをして立っている。

 正面にあるカウチには、ロズウェルドの国王が寝転がっていた。

 即言葉(そくことば)で、夜中に呼び出されたのだ。

 

「きみが魔術師だということなら、教えてもらわなくても、私は知っている」

 

 国王は「与える者」であり、魔力を持たない。

 ゆえに、魔術師ではない。

 

 というのは、建前だ。

 フィランディは、キサティーロよりも、優秀な魔術師だった。

 ただ、フィランディの場合は、契約に縛られており、リカに与えられる魔力を、ほかの魔術師に分配する役割がある。

 与えられている、すべての魔力の行使が可能なら、キサティーロを凌ぐのだ。

 

 もちろん、彼は、フィランディが、己のために力を使わないことを知っている。

 

 国王とは、国の平和と安寧のための存在だ。

 そして、フィランディは「国王」だった。

 いつも軽口を叩いてはいるが、彼は、フィランディを認めている。

 

「俺の息子が、肩を落として帰ってきたぞ」

 

 言いながらも、フィランディの口調に、憤りは感じられない。

 過保護なほどに気にかけている息子のことだというのに、落ち着いている。

 

「それは……」

「息子は、あの娘に“フラれた”のだ」

 

 フィランディの言葉に、彼は、肩をすくめてみせた。

 シェルニティとアーヴィングが会ったのは、たったの2回。

 知り合って間もないのだから「フラれた」と結論するのは、まだ早い。

 

「粘着気質(かたぎ)のガルベリーらしくないじゃないか。これから、まだ時……」

「潔く諦めよと、言ってある」

 

 ガルベリーの男は、粘着気質。

 からかうために、そう言っているだけで、本質は、一途なのだ。

 1人の女性を、一心に想い続ける者が多い。

 フィランディの息子であるアーヴィングは、間違いなく、その傾向にある。

 けして、心変わりせず、シェルニティを愛し続けたはずだ。

 

「本気になってからでは、傷が深くなるだけなのでな。今のうちに諦めたほうが、息子のためであろうが」

「きみが、口を挟むことではない」

「お前が世話を焼くことでもない」

 

 フィランディの冷静さが、彼を苛々させる。

 そもそも、寝転がったままでいるのが、癪に障った。

 が、感情を見せたくもなかったので、指摘はせずにいる。

 

「ジョザイア」

「その話をするつもりはないよ、ランディ」

「お前の気持ちなんぞ知らん。俺は、話したいことを話す」

「では、これで、失礼させてもらうよ。夜中に叩き起こされて、気が滅入っていることだしね」

「俺からは逃げられても、己から逃げおおせはせぬぞ」

 

 その言葉が、転移しようとした、彼を引き()めていた。

 彼自身、どこかで気づいてもいたからだ。

 忘れたつもりになっていたが、シェルニティと出会い、またぞろ過去に引きずり戻されている。

 

「アビゲイル・エデルトン」

「ああ……覚えている。きみから、やめておけと繰り返し言われたからな」

「だが、お前は、止まらなかった」

「婚姻まで、一直線さ」

 

 当時、彼は17歳だった。

 自分では「分別がある」と信じていたため、誰の忠告も耳に入らなかった。

 

「前の年、お前の両親は他界し、俺はエヴァに去られておった」

 

 お互いに、心に傷を負っていた年だと言える。

 彼女を探すと前向きになっていたフィランディを、彼は追いかけたかったのかもしれない。

 幼馴染みに置いていかれたくなくて。

 

 だから「愛」に(すが)った。

 

 それが、間違いだったのだろう。

 彼が「愛」だと信じたものは、ただの情熱に過ぎなかったのだ。

 愛だと信じたくて、必死に縋りついても、本物には成り得なかった。

 本物になる可能性すらなかったのだと、気づいた時には手遅れだった。

 

「アビーを殺したのは、私だ」

「そうだ。お前が、もっと早く、己の心を認めておれば、アビゲイルは、死なずにすんだであろう」

「……グサっと来ることを、言うねえ……」

 

 17歳の時、夜会に来ていた伯爵家の令嬢、アビゲイル・エデルトン。

 彼は、アビゲイルと「恋に落ちた」と思った。

 何度も、一緒に夜会に出かけ、毎日のように会い、2ヶ月後には求婚。

 同じ気持ちで、同じ時間を過ごしてくれていると思っていたのだ。

 

「アビゲイルは野心のある女だった。ローエルハイドの名がほしくて、お前と婚姻したがっているのは、俺には明らかであったがな」

 

 彼は気づかず、フィランディの忠告を無視している。

 というのも、アビゲイルは「恋をしていた」からだ。

 

「私を愛してくれていると信じるに足るものだったよ」

「俺は、お前の目が、そこまで節穴であったかと、驚いたのだぞ」

「そうとも。ランディ、きみは、いつだって正しい」

 

 アビゲイルの愛は、別の男に向けられていた。

 それを、彼は、自分に対してのものだと信じ込んでいたのだ。

 

「子を成さぬよう薬を飲まされておっても信じ続けるとは、呆れたものだ」

「まだ2人でいたいのだろうってね。都合のいいように考えたかったのさ」

「せめて、“黙って”薬を飲ませる理由くらいは、訊くべきであったな」

 

 彼は、大きく溜め息をつく。

 フィランディの言う通りだった。

 アビゲイルは、彼に黙って、食事や飲み物に、薬を混ぜて「予防措置」を勝手に取らせていたのだ。

 

「あげく子ができても、目を醒まさぬとは、これほど愚かな幼馴染みもおらんと、俺は、本気で嘆いていた」

「アビーの子なら……大事にできると思った。それが、ローエルハイドの血だと、そう思っていたのでね」

「愛する者のためなら、どのようなことでもできる、か?」

「する、だよ。ランディ」

 

 彼は、予防措置を取らされていたため、子ができるはずがない。

 けれど、アビゲイルは、彼が、そのことに気づいているとは知らずにいた。

 そのため、彼の子ができた、と告げてきたのだ。

 彼は知らない振りをして、喜んでみせた。

 実際、子ができたことについては、嬉しかったというのもある。

 

 その頃にはもう、アビゲイルとの間に、距離ができていたからだ。

 

 子ができ、その子を大事にすれば、アビゲイルとの距離を埋められる。

 そこに、儚い希望を見出していた。

 

「その時点で、追い出しておればよかったのだ」

「あの時も、きみは、そう言ったよな」

「愚か者に成り下がった幼馴染みが、地の底に落ちるのを止めたかったが……」

 

 止められなかった。

 その忠告も、彼は無視した。

 結果、アビゲイルは、死ぬことになる。

 

 『あなたを愛したことなんて1度もない! 私が愛したのは、この人だけよ!』

 

 アビゲイルが「愛した」と言った男は、彼女を刺した。

 おそらく、子ができたことを告げられたのだろう。

 ローエルハイドを恐れ、不逞(ふてい)が発覚する恐怖に駆られたらしい。

 が、帰宅した彼が見たのは、腹から血を流しているアビゲイルの姿だった。

 

 彼は、その男を刻み殺し、それを見たアビゲイルは、半狂乱になったのだ。

 血まみれの体で、男に取り縋り、泣きわめく姿に、初めて彼は気づいた。

 

 自分は愛されていなかったのだ、と。

 

 そして、瀕死にもかかわらず、アビゲイルは、彼の治癒を拒んだ。

 魔術は、万能ではない。

 相手に拒絶されると、効かないものもある。

 治癒も、そのひとつだ。

 

「お前は愚かな、臆病者だ。ジョザイア・ローエルハイド」

 

 フィランディの静かな声が響く。

 

「あの娘以外に、お前は、いったい誰を愛せるというのだ」


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