家族の食卓 4
「子供って、あんなふうなのね。見えているものが違うみたいだったわ」
「子供と言っても、来年には大人と呼ばれる歳になるのだがね」
キサティーロは食堂ではなく、テラスのほうに食事を用意させている。
有能な執事がいると、とても楽だ。
ガゼボのほうから、少年らの声も響いていた。
普段は静かな屋敷が、賑やかになっている。
彼の両親が健在だった頃には、同じように、笑いであふれていた。
「あら? 今、思い出したのだけれど、リンクスはウィリュアートン公爵家のご子息なのね。審議の時にいらした宰相様の?」
「血筋から言えば、そうなるな」
「血筋以外に、親は決められないでしょう?」
彼の、含みを持った言いかたに、シェルニティが首をかしげている。
リンクスの環境は、シェルニティと少し重なるところがあった。
ただ、リンクスのほうが、わずかばかり「運が良かった」とは言える。
「リカ、ああ、あの時にいた宰相のことだ。リカには双子の兄がいてね。リンクスの父親は、どちらなのか、わからないのさ」
「わからない? なぜ?」
「母親が、双子の両方と関係を持っていたからだよ」
ウィリュアートンの屋敷の者たちは、そう思っているし、なにより、リカ自身が、そう思っている。
だから、リカは、リンクスに会おうとしないのだ。
過去を思い出したくないという気持ちもあるのだろう。
リカは堅物だから、とアリスが言うように、自分の行動を恥じている。
14歳という若さで女性に熱を上げ、周囲の忠告を無視した。
結果、騙されていたと知った時には、もうリンクスが産まれていたのだ。
(アリスは弟を守ろうとして、嘘をつき、未だに、正していないわけだが)
リンクスの母親は、14歳になったばかりのリカに目をつけた。
ウィリュアートンの子息だと知っていたからだ。
世慣れていないリカは、その女性に、すっかり夢中になってしまった。
体の関係を結び、婚姻の約束までしていたという。
さりとて、14歳では、まだ親の承諾がいる。
周囲は、反対の嵐。
リカは、ますます依怙地に、頑固になっていた。
その頃、アリスは、その女性の本音を知るため、1人で会いに行っている。
見た目はそっくりでも、ひと言、話せばリカでないことはわかったはずだ。
『あのオンナ、オレのことも誘ってきやがったよ。ま、そのほうが、“確実”って思ったのかもしれねーな。もちろん、寝てやしないぜ?』
当時は、アリスとリカ、どちらが当主になるかは不明な状態。
長男はアリスだ。
当主の妻と、当主の縁者の妻とでは、大きな差がある。
その女性は「当主の妻」になりたかったのだ。
アリスは、当然に、その女性を切り捨てている。
2度と弟に近づくなと、追いはらったのだが、彼女は子を成していた。
ある日、子を抱え、ウィリュアートンの屋敷に来たのだ。
子ができたのだから婚姻をしてほしいと、リカに言った。
まだ「夢から醒めていなかった」リカが承知しかけたため、アリスは、自分も、その女性と関係を持った、と告げた。
リカと自分を間違えていたので、誤解を正さずベッドに入ったのだと。
そして、決定打が打たれる。
突然の兄の裏切りとも言える行為に狼狽えるリカに、その女性は言ったのだ。
『どちらの子でもかまわないでしょう。ウィリュアートンの子なのよ』
結局、その女性を受け入れないことで、双子は意見を一致させた。
そして、一生、遊んで暮らせるほどの大金と引き換えに、リンクスを引き取っている。
アリスは、そのことを口外すれば、逆に生きていけないようにする、と脅しまでかけ、後始末をした。
当時のリカは、まるで使いものにならなかったのだ。
心が、すっかり壊れてしまっていた。
今では普通に、何事もなかったように過ごしているリカだが、当時よりもマシになっただけに過ぎない。
アリスのことは許せても、自分自身のことは許せずにいるのだろう。
リカは、アリスのことしか信じていない。
アリスが頑なに弟を守ろうとするのは、この件があるからだ。
もっと早く弟の「熱病」に気づいていればと、悔やみ続けている。
2人は「2人で一人前」だから。
「あなたには、わかっているのね」
ハッとして、回想を断ち切った。
シェルニティが、彼を、じっと見ている。
「それに……たぶん、リンクスにも、わかっているのじゃないかしら」
言葉に、彼は眉をひそめた。
シェルニティに特別な力があるとは思えない。
リンクスとも短い会話しかしていなかった。
そう、リンクスは、どちらが実父であるかに気づいている。
彼には、血脈を見る力があった。
誰と誰が血縁関係にあるかが、わかる。
さりとて、リンクスに聞かれたわけではない。
彼が、そうした力を持っていると知っているのは、現国王だけだ。
「どうして、そう思う?」
「わからないわ。ただ、あの子、私に求婚したあと、周りを見ていたの」
「周りを?」
「そうよ。まるで、誰かに聞かせたくて言ったみたいだった」
近くの木の枝、高い場所ではあるが、そこにはアリスがいた。
リンクスはアリスに聞かせたかったようだ。
「確かに、ナルが言ったみたいに、そのあと、ちょっとだけ意地悪な顔をしたわ。だから、リンクスは、自分の出自を知っていて、それを、揶揄したのではないかと思ったの」
シェルニティは、表情から感情を読み解く「察する」という能力を持たない。
代わりに「観察」で、状況を把握することに優れている。
彼女は、1人で暮らしており、周囲から情報を与えられなかった。
自らで状況を知るためには、観察し、推測するしかなかったのだろう。
でなければ「叱られる」かどうか、判断できないから。
「きみは、やはり探偵らしいね」
彼の軽口に、シェルニティが反応しない。
なにか物憂げな表情を浮かべている。
「どうかしたかい?」
「リンクスは、寂しくないかしら」
「彼は大丈夫だろう。乳母に任せられっ放しだったが、ほとんどウィリュアートンの屋敷にはいなくてね。エセルのところで育っているようなものなのだよ。だから、両親を恋しがったりはしていないのさ」
現国王の弟エセルハーディ・ガルベリーは、ナルの父親だ。
妻のアレクサンドラとともに、リンクスをナルと兄弟のごとく育てている。
「エセルはちょっと……なんというか……まぁ、愛情が深い……深過ぎる男でね。リンクスが冗談で、父上なんて呼ぶだけで号泣するような……」
「まあ! とても面白いかたね。でも、そういうかたがいらっしゃるなら、あなたが言うように、あの子は大丈夫だわ」
彼は、1度だけ聞いた、おそらくリンクスの本音を思い出す。
『オレは、双子の兄のほうに似ると思うぜ?』
『なぜだい?』
『オレが意地悪だからサ』
リンクスはリカが実父だと気づいている、と、その時にわかったのだ。
実父に「似る」気はない。
そうはっきりと言ったも同然だった。
息子だと認めてもらう気はないと、リンクスのほうから、リカを見限ったのだ。
(だからといって、アリスに似なくてもいいだろうに)
礼儀知らずなところも、意地悪なところも、年々、アリスに似てきている。
本当に、リンクス自身の意思によるものかはともかく。
「シェリー、きみは子供が好きかい?」
「子供と接したのは初めてだから、なんとも言えないけれど。そうね。いつかは、自分の子供がほしい、と思ったわ」
なぜ、シェルニティに、そんなことを訊いたのか。
彼は、訊いたことを後悔する。
子供を抱いた彼女が、自分ではない男性と寄り添っている姿を想像したからだ。




