表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/80

家族の食卓 4

 

「子供って、あんなふうなのね。見えているものが違うみたいだったわ」

「子供と言っても、来年には大人と呼ばれる歳になるのだがね」

 

 キサティーロは食堂ではなく、テラスのほうに食事を用意させている。

 有能な執事がいると、とても楽だ。

 ガゼボのほうから、少年らの声も響いていた。

 普段は静かな屋敷が、賑やかになっている。

 彼の両親が健在だった頃には、同じように、笑いであふれていた。

 

「あら? 今、思い出したのだけれど、リンクスはウィリュアートン公爵家のご子息なのね。審議の時にいらした宰相様の?」

「血筋から言えば、そうなるな」

「血筋以外に、親は決められないでしょう?」

 

 彼の、含みを持った言いかたに、シェルニティが首をかしげている。

 リンクスの環境は、シェルニティと少し重なるところがあった。

 ただ、リンクスのほうが、わずかばかり「運が良かった」とは言える。

 

「リカ、ああ、あの時にいた宰相のことだ。リカには双子の兄がいてね。リンクスの父親は、どちらなのか、わからないのさ」

「わからない? なぜ?」

「母親が、双子の両方と関係を持っていたからだよ」

 

 ウィリュアートンの屋敷の者たちは、そう思っているし、なにより、リカ自身が、そう思っている。

 だから、リカは、リンクスに会おうとしないのだ。

 過去を思い出したくないという気持ちもあるのだろう。

 リカは堅物だから、とアリスが言うように、自分の行動を恥じている。

 

 14歳という若さで女性に熱を上げ、周囲の忠告を無視した。

 結果、騙されていたと知った時には、もうリンクスが産まれていたのだ。

 

(アリスは弟を守ろうとして、嘘をつき、未だに、正していないわけだが)

 

 リンクスの母親は、14歳になったばかりのリカに目をつけた。

 ウィリュアートンの子息だと知っていたからだ。

 世慣れていないリカは、その女性に、すっかり夢中になってしまった。

 体の関係を結び、婚姻の約束までしていたという。

 さりとて、14歳では、まだ親の承諾がいる。

 

 周囲は、反対の嵐。

 リカは、ますます依怙地に、頑固になっていた。

 その頃、アリスは、その女性の本音を知るため、1人で会いに行っている。

 見た目はそっくりでも、ひと言、話せばリカでないことはわかったはずだ。

 

 『あのオンナ、オレのことも誘ってきやがったよ。ま、そのほうが、“確実”って思ったのかもしれねーな。もちろん、寝てやしないぜ?』

 

 当時は、アリスとリカ、どちらが当主になるかは不明な状態。

 長男はアリスだ。

 当主の妻と、当主の縁者の妻とでは、大きな差がある。

 その女性は「当主の妻」になりたかったのだ。

 

 アリスは、当然に、その女性を切り捨てている。

 2度と弟に近づくなと、追いはらったのだが、彼女は子を成していた。

 ある日、子を抱え、ウィリュアートンの屋敷に来たのだ。

 子ができたのだから婚姻をしてほしいと、リカに言った。

 

 まだ「夢から醒めていなかった」リカが承知しかけたため、アリスは、自分も、その女性と関係を持った、と告げた。

 リカと自分を間違えていたので、誤解を正さずベッドに入ったのだと。

 

 そして、決定打が打たれる。

 突然の兄の裏切りとも言える行為に狼狽(うろた)えるリカに、その女性は言ったのだ。

 

 『どちらの子でもかまわないでしょう。ウィリュアートンの子なのよ』

 

 結局、その女性を受け入れないことで、双子は意見を一致させた。

 そして、一生、遊んで暮らせるほどの大金と引き換えに、リンクスを引き取っている。

 アリスは、そのことを口外すれば、逆に生きていけないようにする、と脅しまでかけ、後始末をした。

 当時のリカは、まるで使いものにならなかったのだ。

 心が、すっかり壊れてしまっていた。

 

 今では普通に、何事もなかったように過ごしているリカだが、当時よりもマシになっただけに過ぎない。

 アリスのことは許せても、自分自身のことは許せずにいるのだろう。

 

 リカは、アリスのことしか信じていない。

 

 アリスが(かたく)なに弟を守ろうとするのは、この件があるからだ。

 もっと早く弟の「熱病」に気づいていればと、悔やみ続けている。

 2人は「2人で一人前」だから。

 

「あなたには、わかっているのね」

 

 ハッとして、回想を断ち切った。

 シェルニティが、彼を、じっと見ている。

 

「それに……たぶん、リンクスにも、わかっているのじゃないかしら」

 

 言葉に、彼は眉をひそめた。

 シェルニティに特別な力があるとは思えない。

 リンクスとも短い会話しかしていなかった。

 

 そう、リンクスは、どちらが実父であるかに気づいている。

 

 彼には、血脈を見る力があった。

 誰と誰が血縁関係にあるかが、わかる。

 さりとて、リンクスに聞かれたわけではない。

 彼が、そうした力を持っていると知っているのは、現国王だけだ。

 

「どうして、そう思う?」

「わからないわ。ただ、あの子、私に求婚したあと、周りを見ていたの」

「周りを?」

「そうよ。まるで、誰かに聞かせたくて言ったみたいだった」

 

 近くの木の枝、高い場所ではあるが、そこにはアリスがいた。

 リンクスはアリスに聞かせたかったようだ。

 

「確かに、ナルが言ったみたいに、そのあと、ちょっとだけ意地悪な顔をしたわ。だから、リンクスは、自分の出自を知っていて、それを、揶揄したのではないかと思ったの」

 

 シェルニティは、表情から感情を読み解く「察する」という能力を持たない。

 代わりに「観察」で、状況を把握することに優れている。

 彼女は、1人で暮らしており、周囲から情報を与えられなかった。

 自らで状況を知るためには、観察し、推測するしかなかったのだろう。

 でなければ「叱られる」かどうか、判断できないから。

 

「きみは、やはり探偵らしいね」

 

 彼の軽口に、シェルニティが反応しない。

 なにか物憂げな表情を浮かべている。

 

「どうかしたかい?」

「リンクスは、寂しくないかしら」

「彼は大丈夫だろう。乳母に任せられっ放しだったが、ほとんどウィリュアートンの屋敷にはいなくてね。エセルのところで育っているようなものなのだよ。だから、両親を恋しがったりはしていないのさ」

 

 現国王の弟エセルハーディ・ガルベリーは、ナルの父親だ。

 妻のアレクサンドラとともに、リンクスをナルと兄弟のごとく育てている。

 

「エセルはちょっと……なんというか……まぁ、愛情が深い……深過ぎる男でね。リンクスが冗談で、父上なんて呼ぶだけで号泣するような……」

「まあ! とても面白いかたね。でも、そういうかたがいらっしゃるなら、あなたが言うように、あの子は大丈夫だわ」

 

 彼は、1度だけ聞いた、おそらくリンクスの本音を思い出す。

 

 『オレは、双子の兄のほうに似ると思うぜ?』

 『なぜだい?』

 『オレが意地悪だからサ』

 

 リンクスはリカが実父だと気づいている、と、その時にわかったのだ。

 実父に「似る」気はない。

 そうはっきりと言ったも同然だった。

 息子だと認めてもらう気はないと、リンクスのほうから、リカを見限ったのだ。

 

(だからといって、アリスに似なくてもいいだろうに)

 

 礼儀知らずなところも、意地悪なところも、年々、アリスに似てきている。

 本当に、リンクス自身の意思によるものかはともかく。

 

「シェリー、きみは子供が好きかい?」

「子供と接したのは初めてだから、なんとも言えないけれど。そうね。いつかは、自分の子供がほしい、と思ったわ」

 

 なぜ、シェルニティに、そんなことを訊いたのか。

 彼は、訊いたことを後悔する。

 子供を抱いた彼女が、自分ではない男性と寄り添っている姿を想像したからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ