ずっとがほしくて 2
本当に、今日を選んだのではなかった。
結果として、そうなってしまったが、夜会でのことは、彼の即興なのだ。
ダンスのあと、もうほんのわずかな解術で、シェルニティを、本来の姿に戻せることに気づいた。
彼女の「呪い」を、最も効果的な方法で解く。
かねてより、考えていたことではあった。
そして、それはうまくいった、と言える。
これで、シェルニティは貴族から受け入れてもらえるはずだ。
しかも、より好意的に、歓待されるに違いない。
貴族らは善人ぶりたがっていたし、劇的な演出は、彼ら好みでもあるし。
ただ、シェルニティの意思を無視した自覚はある。
呪いを解くかどうか、また、いつ、どうやって解くかは、彼女と話し合って判断すべきことだった。
(結局、私にも貴族気質がある、ということだ)
自分の身勝手さを、彼は自嘲する。
貴族を見下しているにもかかわらず、その性質を利用する己もまた、貴族の範疇にいるのだと、感じていた。
彼女を締め出した世界の住人になった気がして、自分が嫌になる。
「前にも言ったが、私を、いいもののように思ってはいけないよ」
「あの時にも言ったけれど、結局、あなたは、良いことをしたの。だって、呪いを解いてくれたのでしょう?」
「きみに意見も求めずにね」
「私は納得をしているわ」
「納得している? なぜだい? きみは、呪いがかかっていることすら知らされていなかったのに」
シェルニティは、意見を持たない。
そのように育ってきたからだ。
言われたことに、言われるがまま従ってきた。
両親、クリフォード、そして。
「きみは、私のすることに従った。そうさせたのは、私だ」
「それではいけないの?」
「私は、きみを支配する気はない」
シェルニティを取り巻いていた連中と同じにはなりたくない。
が、結局は、同じことをしているのではないか。
彼らは彼女を隠し、自分は彼女を見世物にした。
シェルニティのためだとしながら、本当に彼女のためになったか、自信はない。
「私、少し不愉快になっているわ」
「そうだろうね」
「あなたは、1人で勝手に考えて、1人でペラペラ話す。それは、悪い癖よ」
肩に、シェルニティの手が乗せられる。
「呪いが解けたということから察するに、私の顔に痣はないのでしょう?」
「そうだよ。きれいさっぱり、なくなっている」
「みんなは、それが理由で私を“見られる”ようになったらしいけれど、あなたは、逆に私を見なくなったわね? いいから、こっちを向いてちょうだい」
彼女の言葉に、彼は、のろのろと顔をそちらに向けた。
シェルニティは、とても美しい。
苺色をしためずらしい金髪は艶やかで、肌は日焼けを知らないほどに白かった。
薄茶色だった瞳の色は輝きを増し、まるで金色に見える。
もちろん右頬に、もう「痣」はない。
「あなたは、なにを心配しているの? 呪いを解いたことで、なにか困った事態に陥っているのなら……」
「そうではないよ、シェリー」
肩にあった彼女の手を取った。
その手の甲に口づける。
もう、その必要はないのに。
貴族たちに話したことは嘘ではない。
魔術は、彼をしても万能ではないのだ。
指先ひとつで、シェルニティにかけられた「呪い」を解くことはできなかった。
それこそ、時間をかけている。
食事に解術を施し、彼自身が、彼女にふれることで、少しずつ解いていたのだ。
彼が、決まって右頬に口づけていたのにも、意味がある。
蛇に咬まれた場所から毒を吸い出すかのごとく、解術の作用を促していた。
「これからのきみは、間違いなく、彼らに、礼儀を持って受け入れられる。きみがうつむいて生活をする必要はなくなったのだよ」
それが、彼の願い。
シェルニティを、謂れのない悪意から守り、そこから自由にしたかった。
その願いは果たされたと言ってもいいだろう。
「そのために、あなたは、ひと芝居を打ったのでしょう?」
「ああ、そうだ。きみを見世物扱いしてね」
「それを気にしているの?」
「きみが……怒らないから、私が代わりに、私に怒っているのさ」
シェルニティの境遇に救われてばかりいる。
あんな真似をされれば、普通なら怒るし、なにより傷ついたはずだ。
「私は、きみが怒らないことも、傷つかないことも見越して、即興で芸を披露して見せたというわけだ」
「そうね。私は、怒ってもいないし、傷ついてもいないわ」
「それは、きみが……」
言いかけた言葉が止まる。
不愉快だと言っていたはずなのに、シェルニティは、笑っていた。
「どうして笑う?」
「だって、あなたったら、とても過保護なのですもの。私、過保護にされたのは、初めて……あら、あなた、また私の初めてを手に入れたようよ?」
胸の奥が、きりきりと痛む。
最近、増えてきた痛みだった。
これ以上、踏み込んではいけない。
彼は、自分自身を厳しく律しようとする。
シェルニティには、この先、素晴らしい未来が待っているのだ。
多くの選択肢の中から、彼女自身が選び、本当の意味で納得できる人生がある。
けれど、その選択肢の中に、自分を入れることはできない。
入れてはいけないのだ。
2人の間に「ずっと」は、ない。
彼は、シェルニティの顔を見つめる。
そして、小さく微笑んだ。
「いいかい、きみ。私は、きみの本来の姿を知っていた。ほかの者たちは知らず、きみから目を背けていただろう?」
「ええ。ずっとそうだったから、あたり前に思っていたわ」
「だが、たった1人、違う人がいやしなかったかい?」
シェルニティは首をかしげたあと、目をしばたたかせる。
思い出したようだ。
アーヴィング・ガルベリー。
「そういえば……王太子殿下は、私を見てくださったわね」
「審議の時も、彼は、きみを見ていたよ」
「そうだったの? 私、ほとんどうつむいていたから、知らなかった」
そう、アーヴィングだけは違った。
アーヴィングは、審議の場でも、シェルニティを見つめていたのだ。
それに気づいたのは、彼だけではない。
彼の幼馴染み、アーヴィングの父であるフィランディも気づいていた。
「今の、彼の魔術師としての力量では、呪いを見抜くことはできない」
「つまり、私の痣を本当になんとも思わなかったのは、王太子殿下だけだと、そう言いたいのね」
「そうだ」
魔力顕現はしていたものの、民として暮らしていたアーヴィングは、魔術の教育を、ほとんど受けずに育っている。
本格的に学び始めたのは王宮に入ってからだ。
「彼は、きみを……痣があっても、きみを美しいと思ったのさ」
シェルニティには、相応しい「王子様」がいる。
彼女は、お姫様であり、王子様と末永く幸せに暮らすべきなのだ。