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解かれた秘密に 4

 ぱんぱんっと、軽く手を打ち鳴らす。

 楽器演奏者までもが、手を止め、彼に注目していた。

 貴族たちは、言わずもがなだ。

 

 彼は、ゆっくりと、ホールの中央に立つ。

 そして、彼を中心に、輪を描くようにして立っている人々の前で、ぐるりと視線を1周させた。

 これで、全員が、彼の話を聞く体勢に入っただろう。

 確認できたとばかりに、うなずいてみせる。

 

「きみたちは、とんでもない間違いをしている。そのことに、気づいてもいない。だが、それも無理からぬことだ。この件については、特定の……そう、一定以上の優秀さを持った魔術師が関与しているのでね」

 

 貴族らは、彼が、なにを言いたいのかがわからず、顔を見合わせていた。

 そして、彼からされた「間違っている」との指摘に、多くは動揺している。

 なにか、後ろめたい行いでもあるのだろうが、彼の指摘した内容とは、まったく関係のないことだと、彼にはわかっていた。

 彼らには、想像すらできるはずがないからだ。

 

「どういう経緯かは、私にもわからない。18年も前に、この国の公爵家が、1人の娘を授かった時のことだ。その子は、当然に母親のお腹の中で眠っていた。この先、自分の身に、どのような厄災が降りかかるとも知らずにね」

 

 彼は、あえて、持って回った言いかたをしている。

 貴族が、茶番を好む、と知っていた。

 道化師として踊るのは、彼だ。

 彼は、自分の役割を、承知している。

 

「やがて、その子は、安全な母の胎内から離れ、外の世界に産まれ落ちた。右頬に大きな痣を伴って、だが、それがどういう意味となるか、わからないままに」

 

 ホールが、少しざわついた。

 シェルニティを、ちらちらと見る者も出始めている。

 悪い傾向ではない。

 無視されるよりは、格段に良い反応だった。

 そのざわめきを制するように、彼が、少し手を上げる。

 すぐに、ホール内が、静まり返った。

 

「最初にも言ったが、きみたちは間違っている。今夜、自らのとった行動を、思い返してもらいたい」

 

 彼は、大仰に手を振りかざし、シェルニティを指し示す。

 そうしつつも、彼自身は、貴族たちから視線を外していない。

 

「きみらは、彼女から視線をそらせ、その存在を無視し、あたかも、見えていないかのごとき行動を取った。胸に手をあてなくてもわかるはずだ。ついさっきまでの己の行動なのだからね」

 

 貴族たちは、顔を見合わせながらも、ばつの悪い表情を浮かべている。

 彼に叱責されていると、思い込んでいるに違いない。

 シェルニティは、彼の「お気に入り」だ。

 その彼女を蔑んだことで、怒りをかったと「勘違い」をしている。

 

 もちろん、そうさせているのは、彼なのだけれども。

 

(心配しなくても、きみたちには、ちゃんと命綱を用意している)

 

 言葉を止め、いかにも不愉快そうに、彼らを見回した。

 誰もが、彼と視線を合わせようとはせず、うつむいている。

 中には本気で恥じている者もいるだろうが、ほとんどは違うと、わかっていた。

 彼、彼女らは「あれではしかたない」と、己の言動に対し、言い訳をしている。

 

 心の中では、シェルニティを無視したことを、正当化しているのだ。

 

 そうした「貴族らしさ」は、彼の好まざるところではあるが、今夜は、それを、最大限に活用するつもりだった。

 彼は、ちらりと、アーヴィングに視線を投げる。

 

「もっとも、真の美しさが外見にあらず、だと、わかっているかたが、1人はいたようで、私の憂いも、多少は、癒されている」

 

 さりとて、アーヴィングは王族だ。

 貴族は、王族と自らを同一視はしない。

 別の法則で生きていると思っている。

 だから、アーヴィングがシェルニティを認めたところで、「彼は、王族だから」で、すませてしまう気なのだ。

 

「だが、これも先に言った通り、きみらの言動は無理からぬことだった。しかたのないことだったと、私も理解している」

 

 彼の言葉に、誰しもが安堵の表情を浮かべる。

 ローエルハイドの怒りに触れずにすんだらしい、と結論したのだろう。

 が、話は、ここからが本題なのだ。

 

「だがね、諸君。彼女に、なにも罪はない。なにしろ、彼女の、あの痣は、呪いによるものなのだから」

 

 ひときわ、ざわめきが広がる。

 誰も、想像していなかったはずだ。

 生まれつきの痣が「呪い」だったなんて。

 

「きみたちには呪いだとは、わからないだろうが、私にはわかる。私がわかる理由くらいは、きみらにも、わかるだろう」

 

 ジョザイア・ローエルハイドは、特異な魔術師であり、強大な力の持ち主。

 それを知らない者はいないし、知っていれば理解はできる。

 

 彼は「見抜いた」のだ、と。

 

「なんとも、理不尽な話だとは、思わないかね、諸君。いたいけな赤子が、呪いを刻まれ、産まれなければならなかったのだよ? 彼女は、なにも知らない。知らぬまま、呪いを受け入れさせられてきた」

 

 ホールの空気が、がらっと変わる。

 これが、彼の用意した「命綱」だ。

 貴族らは、言い訳しつつも、シェルニティへの言動に対し、わずかな後ろめたさは感じていただろう。

 微かに残る良心から、罪悪感を引き出したのは彼だが、それはともかく。

 

「公爵様! 公爵様の、お力で呪いを解くことはできないのですか?!」

「そうですとも! そんな理不尽は許されませんわ!」

「赤子に呪いなどと、無慈悲にもほどがあるではありませんか!」

 

 彼は、心の中で、皮肉の拍手を送った。

 こうやって、貴族らは、己が、いかに「良識的」で「善人」であるかを示そうとしているのだ。

 さっきまでの行動など振り返りもせず、平気で手のひらを返す。

 それが「貴族」だ。

 

「私にとっても難しいことだったよ、実際。母親のお腹にいる頃にかけられた呪いは、彼女の血肉にまで影響を及ぼしていたのさ」

「なんてことでしょう……お可哀想に……」

「なんとかならないのでしょうか?」

 

 口々に、彼に「善人」からの申し立てが述べられる。

 彼は、またも、それを手で軽く制した。

 

「私は、難しいとは言ったが、できない、とは言っていない。ただ、少々、時間がかかり過ぎてしまったことには、忸怩(じくじ)たる思いをいだいているがね」

 

 彼は、ここにきて、初めて、シェルニティに向き直る。

 彼女のほうへと手を伸ばした。

 

「シェリー、ここに来てくれるかい」

 

 シェルニティは状況をのみこめていないのだろうが、彼に歩み寄ってくる。

 右手で胸元を押さえ、左手で彼の手を取った。

 

「彼女の呪いは、理不尽なものであり、到底、許されるべきものではない。呪いが解かれ、彼女が正当な扱いを受けることを、きみらが、願ってくれていると信じているよ」

 

 貴族らは、誰も、彼の言葉を否定せずにいる。

 むしろ、大きくうなずいていた。

 

「シェリー、きみを、本来の姿に戻そう」

 

 そう言って、彼は、シェルニティの右の頬に口づける。

 ふわりと、彼女の髪が風になびいた。

 そして、周囲に濃い緑色の光が広がる。

 

 少しの間のあと、光が消えた。

 

 瞬間、どっとという歓声が広がる。

 彼は、じっと彼を見つめているシェルニティに、微笑んでみせた。

 

「きみがうつむくことは、もう2度とない、シェルニティ・ブレインバーグ」


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