表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/80

解かれた秘密に 3

 クリフォードは、あまりの屈辱感に、身の震える思いがしていた。

 実際に、震えているかどうかまで、頭が回っていない。

 

 目の前で、王太子とシェルニティが踊っている。

 

 周囲の目を気にした様子もなく、王太子は、にこやかに微笑んでいた。

 相手がシェルニティでさえなければ「気があるのかもしれない」と勘繰っていたに違いない。

 それほどに、王太子は「よそ見」をしていないのだ。

 ちらりと、周りに視線を走らせることもなかった。

 

 ひたすらに、シェルニティだけに視線を向けている。

 そして、時折、楽しげに笑っていた。

 

(リリアンナを紹介できていれば、こんなことには……)

 

 紹介しかけた時に、折悪く、2人がやってきた。

 そのせいで、リリアンナを紹介できずじまいになっている。

 すぐに2人はダンスを始めてしまい、周りは、それを見ているしかなかった。

 

 ジョザイア・ローエルハイドと並んで踊ることなどできるわけがない。

 仮に、並べる者がいるとすれば、王族である王太子くらいだ。

 けれど、王太子も、彼らを見ているだけだった。

 大勢の令嬢から、視線を向けられているのはわかっていただろうに、誰にも声をかけずにいたのだ。

 

 もちろん、クリフォードは、2人がテーブル席に着くのを確認したあと、王太子を探した。

 リリアンナを紹介し、王太子の最初のダンスパートナーにする予定だったのだ。

 彼女は、このホール内の、どの令嬢よりも美しい。

 王太子と踊ることで、より視線を集められる。

 

 なにより、クリフォードは、そんな美しい妻を持った男として、羨望のまなざしを向けられるはずだった。

 王太子とて、きちんとリリアンナを知れば、彼女の虜になっただろう。

 王族からも羨ましがられる存在と成り得たのに。

 

(どこまでも、私の邪魔をする。忌々しい女だ)

 

 けれど、ひとつだけ、クリフォードの思惑通りに運んでいることがある。

 周囲の目だ。

 いくらローエルハイドの隣にいようと、シェルニティは無視されている。

 誰も、シェルニティについて、ふれようとはしない。

 きっと夜会後には、噂が立つ。

 

 ローエルハイド公爵は奇怪な嗜好の持ち主である、と。

 

 もとより、ローエルハイド公爵家は異端だ。

 ほかの貴族との関わりは、ほとんどないに等しい。

 表に出てくることもないため、貴族の格好の餌食となる。

 早晩、醜聞にまみれることだろう。

 

 その結果として、ローエルハイド公爵家の名は(おとしめ)められるのだ。

 かつての「栄光」も、役には立たなくなる。

 うまくいけば、王族との縁が切られる可能性もあった。

 いかに王族であろうと、貴族からの突き上げを無視することはできない。

 イノックエルは必死で食い止めようとするだろうけれども。

 

(ウィリュアートンの宰相は、ローエルハイドに興味がなさそうだった。兄のほうは王宮には関わっていない。ならば、ほかの貴族と足並みを揃えるだろう)

 

 ほんの少しだけ気分が良くなる。

 王太子は王族だ。

 あの「可哀想な」女を、民として大事にしていると思わせたいのかもしれない。

 とくに、アーヴィング王太子は、新参なのだ。

 貴族に、いいところを見せ、認められたいと考えても不思議はない。

 

 思えば、納得もできる。

 クリフォードは、自分の勝手な想像を真実に置き換え、心の中で嗤った。

 クリフォードの中では、シェルニティが気に入られるなど、有り得ないのだ。

 ジョザイアはともかく。

 

(奴は、放蕩者だから、ものめずらしいものに飛びついたのだろうがな)

 

 グラスを手に、ジョザイアは、踊っている2人を見ている。

 令嬢らは声をかけたそうにしているが、本人は、視線を無視していた。

 そのくらいは、クリフォードにも、わかる。

 遊蕩を考えるのであれば、最も、魅力的だと思う相手からの視線には、きちんと応えるからだ。

 

「クリフ様、主催者として、ご挨拶に行かないわけにはいかないのでしょうね」

 

 リリアンナが、憂鬱そうな口調でつぶやく。

 以前、ジョザイアの家に行った際、不躾な視線を向けられたに違いない。

 彼女の美しさに、放蕩な男が涎を垂らすのは、当然だ。

 本当は、リリアンナを、ジョザイアには近づけたくなかった。

 が、優越感が、クリフォードを刺激している。

 

「しかたがないさ。私が招いたのだからね」

 

 ジョザイアを、嫉妬させたくなったのだ。

 醜い女を隣に侍らせているしかないジョザイアは、美しい妻を腕にしている自分を、さぞ羨ましがるに違いない。

 表面上は取り繕うとしても。

 

 クリフォードはリリアンナを伴い、ジョザイアに歩み寄った。

 2人も、彼と同じく、手にグラスを持っている。

 

「ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません、公爵様」

 

 ジョザイアが、彼らのほうへと体を向けた。

 そして、クリフォードに、気のいい笑みを浮かべる。

 

「私のほうから挨拶に行くべきだったのだろうがね。つい2人のダンスに見惚(みと)れてしまっていたよ」

 

 などと、見え透いたことを言う。

 おそらく、自らの連れが、周囲に無視される存在だと、今さらに気づき、恥じているのだと、クリフォードは思った。

 虚勢を張るから大恥をかくのだ、とも。

 

「お招きしたのは私なのですから、お気になさらず。ですが、よろしいのですか?」

「なにがだい?」

「彼女は、“あなたの”お気に入りでしょう? ほかの男性と踊らせて、心穏やかではないのでは?」

 

 むしろ、王太子に救われている状況だと思いつつ、当てこすりを口にする。

 ジョザイアが腹を立てたとしても、ここには大勢の貴族がいた。

 なにか事を起こせば、無様を(さら)すことになる。

 貴族の端くれであるなら、その程度はわかるだろう。

 つまり、どれほどの魔術師かはともかく、ここで手は出せない、ということ。

 

「きみは、王宮にいる魔術師より、ずっと優れているようだ、クリフォード」

 

 ジョザイアが、憂鬱そうな口ぶりで、そう言った。

 それから、軽く肩をすくめる。

 

「実際、その通りでね。きみが覗き見たように、私の心は穏やかではないよ」

「公爵様も、ほかのご令嬢とのダンスを、お楽しみになれば気が晴れますわ」

「ええ、そうですとも。なんなら、私の……」

「ええと、きみは……誰だったかな?」

 

 ジョザイアは、リリアンナを見て、首をかしげていた。

 そのわざとらしさに、カッとなる。

 リリアンナの顔からは、血の気が失せていた。

 

「いやはや、私は、私の“お気に入り”にしか、興味がないものでね。この小さな脳に、刻んでおこうとはしているのだが、顔も名も、すぐに忘れてしまうのだよ。とりわけ重要でないと判断した場合には。わかるだろう、きみ。放蕩者の悪い資質ってやつさ。興味の有る無しで、すっかり判断しちまうのだから、嫌になるねえ」

 

 上着のポケットに入っている白手袋が、頭をかすめる。

 それくらいに、クリフォードは激昂していたのだ。

 リリアンナだけではなく、クリフォード自身のことも馬鹿にされている。

 ジョザイアは、クリフォードが放蕩していたのを知っているのだ。

 さっきの当てこすりなど比にならないほど、辛辣な皮肉だった。

 

「おや? 顔色が良くないな。ここは、人が多過ぎて空気が薄くなっているから、気をつけなくちゃあいけないよ。時折、テラスに出て、こざっぱりした空気を吸わないと、ぶっ倒れるはめになる」

「お気遣いをどうも、公爵」

「だが、せっかく招かれたのだから、私も、なにかしらの芸を披露しようと思っていたところなのでね。テラスに出るのは、それからにしてもらえるかい?」

 

 言うと、ジョザイアは、グラスを近場のテーブルの上に置く。

 そして、2人から離れて、ダンスホールの真ん中辺りへと歩いて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ